キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

29 / 41
Round3: カルバノグの兎

 シート越しに差し込んでくる僅かな陽光を目に受けて、私はゆっくりと目を開けた。

 

「んぅう……」

 

 身体を起こして、周囲の状況を確認する。

 私が身体を横たえていたのは、ゲヘナ学園が有する小型軍用トラックの荷台だ。ヒナとの戦いの後、たまたま廃墟の一画に放置されていたのを拝借したのである。

 トラックの荷台には生徒が乗車できるよう、全面を覆うシートが取り向けられていた。おかげで、人目につかずに安心して横になって体を休められた。

 

(風紀委員のみなさん、申し訳ありません……この一件にカタがついたら、備品は必ず返却しますので)

 

 そんなことを考えながら、私は荷台のシートを少しだけ開いて外を見やった。

 朝日に照らされた街並みは、既にゲヘナのものとは大きく様相を変えている。昨晩、私はゲヘナ学区を抜けて、キヴォトスの中心たるD.U.へと入ることに成功したのだ。

 今私がいるのはD.Uでも端の方だ。ここからD.Uを横断して、ゲヘナ自治区とは反対側にあるトリニティ自治区へと向かわねばならない。

 

「ぅく……っ」

 

 その時。ズキン、と左足を駆け抜けた痛みに、私は顔を顰めて荷台に引っ込んだ。

 靴下を脱いで見てみると、左足首のあたりが大きく腫れ上がってしまっている。昨日ヒナに撃たれたにも関わらず無茶をした結果、痛めてしまったらしい。

 加えて、口の中に負った火傷も酷い痛みだ。こっちに関しては包帯や絆創膏でどうにかなるタイプの傷ではないので、とにかく氷を口に含んで患部を冷やすという原初的にも程がある方法で対処せざるを得なかった。

 正直効き目があったのかどうかは分からないが、一晩経って多少痛みはマシになったように思える。

 

(トラックに山ほど救急用具が積まれていたのは幸いでした。包帯に絆創膏に、軟膏式の傷薬や解熱用の氷まで。救急医学部の物資でも運んでいたんでしょうか? とはいえ、流石に一晩程度では完治しませんね。これ以上、身体を休めている時間はないのに……)

 

 色々と身体中に傷が残っているが、特に重大なのはやはり足だ。

 まだまだ道のりが残っている以上、フィジカル的な性能に直に響く足を怪我してしまったのは単純な痛み以上の痛手となる。

 もっとも、空崎ヒナという極大の脅威をこの程度で切り抜けられたのは幸運だった。あそこでリタイアという可能性だって、十分すぎるほどに存在していたはずなのだから。

 

(そうだ。D.U.に入れたんだし、ここならシャーレが近いじゃありませんか。私一人では心細いですし、先生に協力をしてもらって……)

 

 無言でスマホを取り上げようとして、私はぴたりとその手を止めた。

 何を考えているのだろう。その先生はベアトリーチェの凶刃に倒れ、いまも生死の境を彷徨っている状況だというのに。

 

「…………………ぅ」

 

 電源の切れたスマホには、私の顔が写っていた。

 その死人もかくやというひどい顔を見て、反射的に視線を逸らす。

 そのまま見続けていたら、かろうじて保っている何かが折れてしまうような気がしたからだ。私は強く膝を抱えて、いま見たものを誤魔化すように前面に回り込ませた尻尾へと顔を埋めた。

 

「私が不甲斐ないばかりに、こんな状況を招いてしまったんです。だから、私がなんとかしなくちゃ……もう、代わりは誰もいないんですから」

 

 小さな呟きが、髪色と同じ色の尻尾へと吸い込まれて消えていく。

 鼻の奥がツンとして、目尻から透明なものが溢れてきた。痛みは我慢できる範疇なのに、どうしても止められなかった。どうやら身体の疲弊と同じくらい精神の方も疲弊しているようだ。

 このままもう少しばかり休んだら先に進もう、そんなことを考えていた時──、

 

「あのぉ〜、すみませ〜ん。ここ車停めちゃだめなところなので、移動させて欲しいんですけどぉ〜」

 

 突然、シートに覆われた荷台の奥から私へと声がかけられた。

 

「運転席にはいませんでしたけど、この中にいますよね〜? このままだと、切符切らないといけないんですけど〜」

 

(はっ……まさか、ヴァルキューレ生徒の巡回……!? しまった、もっと目立たない場所に停めるべきだったっ。ま、まずい……!!)

 

 私は慌ててバタバタと体勢を崩し、それから必死に脳内でこの状況を切り抜ける方法を考えた。

 私の顔は、もはや連日ニュースで放送されて誰もが知るところだ。ヴァルキューレの生徒は特に、その顔を指名手配犯として見慣れている事だろう。このまま顔を出したら、即座にバレて逮捕されてしまうかもしれない。

 

「あの、いますよね? 怪しいな……ゲヘナ風紀委員のトラックだし、犯罪者が乗ってるはずないけど……もしもし?」

 

 とはいえ、顔も出さずに応対すれば余計に怪しい。

 私は限られた時間で熟考に熟考を重ね、半ばヤケクソじみた手段に出た。編笠を深く被り、頬や顎をぐしゃぐしゃにしていた涙と鼻水はハンカチでぬぐって、ほとんど鼻までしか見えない状態で顔を出したのだ。

 

「こほん。こ、これは失礼しました。わたくしはゲヘナ学園風紀委員の、ゆ、雪峰ミフユといいます。ここが駐車禁止だとは知らず、すぐに移動しますから……」

 

 顔を出すと同時、地面を見つめて視線を合わせないようにしながら適当なことをまくし立てる。

 あとは、もはやこの生徒がどこか抜けているポンコツ警官さんであることを祈るしかない。私の応答に、ヴァルキューレの制服を着た少女はしばらく沈黙して──、

 

「なるほど、やっぱり風紀委員の方でしたか! 分かっていただければいいんですよ。しかし、最近の風紀委員は制服も自由に選んでるんですねぇ……一張羅の我々としては羨ましい限りです!」

 

 彼女がしごく平和なことを言い始めて、私はほっと胸を撫で下ろした。

 幸いなことに、私の正体に勘づくまでには至らなかったようだ。そりゃあ、世紀の大悪党がこんな街の片隅で切符を切られかけているとは思うまい。また、風紀委員のトラックを使っていたことも功を奏した。

 

「ちなみに、D.U.まで何をされに来られたんです?」

 

「はい。わたくし現在、シャーレに荷物運搬任務中でありますっ」

 

「えっと……荷物、奥にないみたいですけど……」

 

「こ、これは、これからシャーレで荷物を受け取ってゲヘナに帰るという意味の荷物運搬任務でして……ハイ」

 

「ああ、そうでしたか」

 

 ほとんど口から出まかせで飛び出した「ゲヘナ風紀委員の雪峰ミフユ氏」に徹する私に、ヴァルキューレの生徒はすっかり油断した様子で世間話を始める。

 

「もしかして、お会いするのはシャーレの先生ですか? あの方なら今は不在にされてますよ。なんでも、凶悪犯に斬りつけられて今も目を覚ましていないとか……」

 

「は、はっ……はは……そ、そうらしいですねぇ。先生不在の間、代わりに連邦生徒会の方が対応してくださるそうで。ほんと物騒な話ですよね」

 

「先生を重体に追い込むなんて、まったく許し難い凶悪犯ですよ。しかも、あの風紀委員長から逃げおおせてD.U.へと向かったそうで。そんな凶悪犯に皆さん怯えていらっしゃるので、我々もこうしてパトロールを強化している訳です。貴方も気をつけてくださいねぇ」

 

「あ、ありがとうございます……最大限気をつけさせていただきます。それじゃ、私はこれで……」

 

 そそくさと運転席に向かおうとする私を、何かを思い出したようにヴァルキューレの生徒が制止した。

 

「あ、最後に一つだけ。さっきも言った通り、いま我々は件の指名手配犯「八重垣チハヤ」を探しているところでして……こういう顔の女がいたら、ぜひヴァルキューレにご一報ください」

 

 会話内容がよろしくない方向へと進み始めたのを直感的に感じ取り、私はバレない程度の速度でゆっくりと運転席へと向かう。

 そんな私から視線は外し、少女は私物と思しきスマートフォンを取り出して検索窓に打ち込み始める。

 

「薄いブロンド色の長髪に獣耳、百鬼夜行に多い半着物型のセーラー服を着用……桃色の外套に編み笠、そして腰には大型の刃物を携帯している。って感じで、こんな風貌をした人物なんですが……」

 

 そうして、彼女はニュースサイトにでかでかと掲載された「凶悪犯」の顔写真を映し、それを私に見せるために拡大させてから────瞬きの間に青ざめた顔つきになって、私と画面の中の私を交互に見やった。

 当然だが、いくら見比べても違いがあるはずがない。それは私の写真なのだから。

 彼女は四回も確認を繰り返したあと、ぶるぶると小さな体を震わせて、

 

「い、い、いたあああああああああああああああ

ああああああああ─────────っ!!!」

 

 と、つんざくような大声で叫んだ。あまりの大音量にD.U.の彼方へと叫び声がこだまして、何度か繰り返して聞こえたほどだ。

 思わずギョッとして硬直した私の周囲から、

 

「なに!? 凶悪犯か!?」

「八重垣チハヤめ、とうとうD.U.に現れたか!」

「親切な先生の仇だ! 取り囲めーっ!」

 

 わらわらわら、とヴァルキューレの生徒たちが顔を出す。

 街路樹の裏、マンションの廊下、排水溝の中、なんと私のトラックの下まで。一体どこに潜んでいたのかと思うほどの数の生徒が顔を出して、私を認識するや否や手錠と銃を手ににじり寄ってくる。

 

「な、なんて速さと数……失礼します!」

 

「待て、むざむざ逃すかっ! みんな、出動だー!」

 

 私は咄嗟にエンジンをかけて、蹴り飛ばすほどの勢いでアクセルペダルを踏み込んだ。

 風紀委員会ご自慢のエンジンが唸りをあげ、車体に捕まろうとする警官を振り払って加速し始める。そのまま全速力で路地を駆け抜け、D.U.の大通りへと飛び出したあたりで、背後からパトカーの警報音がいくつも聞こえてきた。

 その音を聞いていると、ヴァルキューレの友人たちのことを思い出してしまう。キリノとフブキも、どこかで私を捕まえるために奔走しているのだろうか。先生を傷つけた私に、失望しているのだろうか……。

 

「はっ、そんなことを考えてる場合じゃありません。見つかってしまった以上、なんとか振り切ってトリニティへ向かわないと……!!」

 

 意識を切り替え、片道だけで5車線もあるD.U.の大通りを突っ走る。

 幸いシャーレに滞在していた時の経験もあって、少しばかりD.U.の地理には慣れている。ハンドルを握りながら、可能な限り目立つ大通りを避けて、それでいてトリニティ方向へと向かうルートを頭の中で算出。十字路に差し掛かったあたりでハンドルをぐわんと回す。

 

「まずはここを右……って、え!?」

 

 が、まるで私の進路を予想していたかのように、行先から何台ものパトカーがこちらに迫ってくるのが見えた。

 慌ててハンドルを逆に回し、そのまま直進を余儀なくされてしまう。ならば次の十字路を右折、と試みても、同じようにパトカーが進路を塞いでいる。

 それだけではない。私が側道に入ることを嫌っているかのように、必ずヴァルキューレの生徒たちが私の進路を狭めている。まるで、私にこの大通りを直進し続けて欲しいかのように──、

 

「……!?」

 

 気がついた時には、周囲を並走していたはずの一般車が影も形もなくなっていた。仮にもキヴォトスの首都たるD.U.の大通りを走るのが私のトラック一台など、そんな光景があり得るはずがない。

 つまりこれは、何者かによって意図された光景ということで──、

 

『ヴァルキューレの人たち、交通規制と誘導ご苦労様〜。ま、後は私たちに任せてもらっていいよ』

 

 と、目の前のビルの陰から巨大な影が飛び出した。

 黒光りする装甲、唸りをあげるローター、こちらを向く無骨な機関砲とロケットポッド、その他様々な搭載兵装。

 戦闘用のヘリコプターが、私の行手を阻むように飛び出してきたのだ、と把握した時には既に、雨のようなミサイルの乱射がトラック目掛けて降り注いでいた。

 

「────────────!!!!」

 

 咄嗟、私は運転席のドアを蹴り飛ばして外へと飛び出していた。

 速度を乗せたまま硬いアスファルトに激突、身体がバラバラになりそうな衝撃に悲鳴を押し殺して耐える。そんな私を差し置いて走り続けたトラックは、砲火の雨に包み込まれて大爆発を遂げていた。

 飛び降りたダメージは痛いが、あのままトラックと心中するよりは遥かにマシな被害だ。

 

「ぅぐっ……今度の相手はヘリコプターですか……!」

 

『おっと、潔くトラックを乗り捨てて回避するだなんてやるねぇ。でも、あんたが袋小路にいることは変わんないよ?』

 

 あちこちの出血をあえて無視し、私は空を舞う巨大兵器を睨みつけた。

 拡声器でも積んでいるのか、ヘリコプターからはパイロットと思しき人物の声がこちらにまで響いてくる。

 

「なるほど……さすが、このD.U.の治安を守るヴァルキューレですね。私のような新参者が、そう易々と逃げられるはずもありませんでしたか。逃走ルートを読まれ、先回りされるとは……」

 

 ヘリコプターの動きを注視しながら、私はここからどう動くべきかを考える。

 背後から常に聞こえていたパトカーの音は、いつしか聞こえなくなっていた。包囲網は形成しているだろうが手を出してこないあたり、あのヘリコプターに余程の信頼を置いているのだろうか。

 とはいえ、刀一本しか持たない私にとって、空から一方的に火力を投下できる戦闘用ヘリは最悪の相手だ。真っ向から戦うなどとは考えず、アレの攻撃から逃れる方法を探す方が賢明だろう。

 

(ヘリの攻撃を避けるなら室内……地上は何重に包囲されているかもわかりませんし、下水道なんかに繋がっている建物なんかがあればベストなんですが……)

 

 その瞬間、私の背筋を言語化できない独特な悪寒が貫いた。

 

「──────────ッッッ!!?」

 

 理屈というより直感に従って、稲妻じみた一閃を私の右側──誰もいないはずの場所へと打ち放つ。

 強い衝撃があった。

 直感で放った斬撃は結果的に、私の頭蓋を撃ち抜く角度で飛来した狙撃弾を宙空にて受け止め、甲高い音を響かせて弾き返したのだ。

 

『うっそ!? あたしが注意を引いてる間にミユが狙撃すれば終わりと思ってたのに、今のを斬るの!?』

 

 正直なところ、私もびっくりしていた。

 ほとんど今のはマグレで弾けたようなものだ。着弾する直前まで、私は一切の気配も殺気も感じていなかった。恐るべき気配の薄さ、まさに狙撃手の中の狙撃手と言わざるを得ない。

 

(一度狙撃されたのに、狙撃手の居場所が全く把握できない……!? まるで幽霊でも相手にしているかのような……ともかくこの状況、ますます外にいては致命的!)

 

 希望的観測はそこそこに、私はひとまずヘリコプターの火力を受け止められそうな頑丈な建物がないかと視線を巡らせた。

 周囲は頼りなさそうなガラス一面のビルばかりだが、その合間に一つ、巨大かつ頑丈そうな建物がある。

 

(あれは……立体駐車場!)

 

 私がそちらを向くとほぼ同時、今度は機関砲の掃射が私目掛けて襲いかかってきた。

 流石に弾くのは諦めて、全力疾走でアスファルトを蹴る。足に更なるダメージが蓄積される鈍痛に顔を顰めつつも、私はなんとか掃射から逃げて立体駐車場へと飛び込むことに成功した。

 

「はぁ、はぁっ……あ、危なかったです。ヴァルキューレが、まさかあんな最新鋭のヘリと凄腕の狙撃手を用意しているとは……」

 

 私はヴァルキューレの中でもあまり荒事に関わらない生活安全局の生徒とよくつるんでいたので、彼女らの本気がこれ程だとは知らなかった。

 何か引っ掛かるものを覚えつつも、私は人気のない立体駐車場の奥へと進む。

 

「ミサイルを撃ち込まれたら怖いですから、少しでも奥に逃げて……最悪、速度が出そうな車を拝借して……」

 

 その瞬間、私は停められた車と車の間で何かが光ったのを目撃した。

 その正体をこちらから確かめるまでもなく、小さなシルエットが車両の底から飛び出してくる。ボディの両端に車輪を搭載した、分厚い円筒状をしたドローンと思しきそれは、容赦無く私目掛けて突っ込んでくる。

 

「っ……!?」

 

 そのドローンが放った閃光が視界を真白に染め上げる寸前、私は全力で後ろへと跳んでいた。

 スタン・グレネード、あるいは閃光弾──強烈な閃光と大音量によって視覚と聴覚を無効化する手榴弾の一種。

 

「ぁ……く……っ!」

 

 回避運動は取ったものの、爆発物だと思って単純な回避行動に徹したのが失敗だった。

 閉所で放たれた強烈な音と光までは完全に避け切れず、たたらを踏んでバランスを崩す。平衡感覚が鈍り、耳の奥が鈍痛と耳鳴りに埋め尽くされる。

 思わず刀を杖代わりにして二歩、三歩と後退して、私は冷たいコンクリの床に膝をついた。

 

(や、やられた……直撃は避けましたが……しばらくは、万全に動けない……!)

 

 私が歯軋りすると同時、強烈な爆発音が無人の立体駐車場を揺るがした。

 音源は右。壁だった場所を発破によりぶち抜いて、白煙の中から人影が突っ込んでくる。

 

「おおおぉおおぉ──────!!」

 

 その正体は、ウサギ耳にも似た鉄帽を被り、突撃小銃を構えた一人の少女だった。

 私が勢いよく刀を構え直すと同時に、向けられた銃口が獰猛に火を噴いた。果敢な突撃の最中でありながら、正確に私の頭を狙った制圧射撃が襲いくる。

 

「……ッ!!」

 

 だが、その狙いの良さがかえって的を絞らせた。迫り来る弾丸に辛うじて刃を合わせ、着弾前に全てを弾き飛ばす。

 だが、射撃を無効化されてもなお少女は怯まなかった。

 そのまま突撃の速度を緩めず、こちらの懐目掛けて突っ込んでくる。

 

「うそ……止まらな……っ!?」

 

 その勇猛さには思わず虚を突かれたが、こちらの間合いに飛び込んでくるのなら好都合だ。

 余計な考えは捨て、目の前の敵を無力化することに専心。横に倒した刃に勢いを乗せ、急所のみぞおちに白雪の刃を叩き込んだ。

 

「が……ふ……っっ!!!」

 

 少女の喉から搾り出したような声が漏れ、めきめき、と人体が悲鳴を上げる音がした。

 会心の手応えが、その一太刀が少女の急所を寸分違わず打ち抜いたことを伝えてくる。

 まず一人は倒した。どんな生徒だろうと、私の一閃を急所に受けてまともに立っていられるはずがない。そう考えつつも、私は次に備えんと刀を引き戻そうとして──しかし、刀が動かないことに気がついた。

 

「は……っ!?」

 

 見れば、私の一撃を受けたはずの少女が、俯きながらも私の刀を抱え込むようにして掴んでいる。

 

防刃装備(・・・・)なんて骨董品を引っ張り出した甲斐が、あったな……! 危うく一撃で失神しかけたが……!!」

 

 瞬間。

 凄まじい力で前へと引っ張られたかと思うと、鉄帽を被った頭で頭突きをお見舞いされた。

 

「ぎゃうっ!?」

 

 巨大なハンマーじみた勢いの一撃に、私はのけぞって痛みに喘ぐ。

 その好機を逃さぬとばかりに、少女は続けざまに攻撃を繰り出してきた。肘打ち、掌底、膝蹴り──片手で私の刀を掴んだまま、流れるような体捌きで体術を放ってくる。

 その連撃をなんとかいなしながら、私は確信していた。

 これは闇雲な喧嘩殺法などではない。確かな知識と豊富な経験に裏打ちされて鍛え上げられた、ひとつの技術として確立した近接戦闘。すなわちCQCだ。近接戦闘を得意とする私でも、徒手空拳での戦いはほとんど経験がない。

 

(ま、ずいっ……このままじゃ、やられる……!!)

 

 私は最早なりふりなど構っていられず、被弾覚悟で少女へと襲いかかった。

 動体視力頼りのガードを跳ね除けられ、懐に強烈なボディブローが食い込む。その痛みを気合と根性でねじ伏せて、私は反撃の右フックを少女の右頬に叩き込んだ。

 

「「…………っっ!!」」

 

 私と少女は同時に呻いて、そのままヨロヨロと数歩後退した。

 

「はぁ、はぁっ……事前に聞いちゃいたが、随分と元気のいい奴だな……!」

 

「ぜぇ、はぁ……そちらこそ……!」

 

 少しばかり空いた距離を挟んで、私と少女は睨み合う。

 後退しながらも捨てた銃器はちゃっかり回収していたらしく、少女はすでにこちらに銃口を向けている。

 

(この距離なら……いくら撃たれようがせいぜい数発、無傷で簡単に詰められる。でも……)

 

 問題があるとすれば、さっき彼女を斬った時の手応えだ。

 あの筋肉質な身体に一撃を叩き込んだ時、何かに衝撃を吸収されるかのような感触があった。防刃装備、と彼女が呟いていたことからも、彼女が刃物に対する何らかの装備を着込んでいることは確実だ。銃が全ての武器に勝るこの世界にも、探せばあるものだと感心してしまう。

 

(一撃で昏倒させられなければ、またさっきのように刀を掴まれる。そうなったら、今度はあちらの圧倒的な有利……厄介な相手です)

 

 目の前の敵の脅威度を再認識しながら、私は先生とキリノが以前に話していたことを思い出していた。

 曰く、かつてこのD.U.には「SRT特殊学園」という学校があったそうだ。強力な特殊部隊を育成する場として設立されたその学校は、しかし連邦生徒会長の失踪や不祥事が重なって閉校となり、ヴァルキューレに吸収合併されることになった。

 だが、未だSRTの存続を望み、声をあげ続けている生徒たちがいるという。

 それこそがRABBIT小隊。幾度となく先生と共に戦い、D.U.と先生の窮地を救ってきた、歴戦の特殊部隊である──と。

 

「RABBIT小隊……あなた達が……!」

 

「ええ。そして、あなたを捕まえるモノでもあります」

 

 その声は正面ではなく真横。

 立体駐車場に乱立する柱の陰から言葉が飛んでくると同時に、私にめがけて苛烈な弾幕が発射された。

 それと同時、さっきまで殴り合っていた少女もトリガーを引く。

 

「……っ!!」

 

 二人の射撃手から放たれた十字砲火(クロスファイア)に思わず息を呑んで、私は迫る弾丸の迎撃が不可能であることを悟った。

 私の弾丸弾きは銃火器による攻撃に対して無敵のようにも思えてしまうが、その実意外と弱点がある。その一つが、「多方向からの同時攻撃」だ。一方向から飛んでくる弾丸を見切るのと、全くの別方向から同時に飛んでくる弾丸を見切るのは、難易度に天と地の差が開いている。

 故に私は迎撃を諦め、足元に刀の刃を振り下ろした。

 床を瞬きの間に斬り裂いて、そのまま一つ下のフロアに飛び降りる。だが、

 

「読めていますよ、それくらい」

 

 私を待っていたのはコンクリの床ではなく、そこにぎっしりと敷き詰められたプラスチック爆弾だった。

 冷たい声色の声が聞こえたと同時、私を呑み込んで凄まじい爆発が巻き起こる。

 

「────────……くはっ!?」

 

 私はその爆発をモロに受け止めて、天井まで吹き飛ばされて背中を強打し、そのまま冷たい床に叩きつけられた。

 

(動きを読まれた……! それに、さっきの流れるようなポジショニングと連携攻撃……RABBIT小隊の実力は、私の想定よりずっと高い!)

 

 痛みを堪えて身体を起こし、追撃が来るより早く退路を探す。

 

(だとすれば、このまま、二対一を強いられるのは不利……! いったん距離をとって、こちらから奇襲できる状況を取らないと……!)

 

 私は立体駐車場の中を走り抜け、小さな非常階段の扉を押し開けた。

 恐らくこの立体駐車場は、彼女たちが私を仕留めるために作り上げた魔窟だ。どんな場所、どんな死角に私を倒すための仕掛けが潜んでいるのか分からない。昔、殺人ウサギの潜む洞窟に挑む騎士の本を読んだことがあるが、今の私はまさしくソレだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……!」

 

 錆びついた扉をほとんど吹き飛ばすように通過して、そのまま外に面した非常階段に出る。

 このままここを駆け降りて裏路地に入れば──と考え、私が一歩を踏み出したその瞬間、

 

「…………っっ!?」

 

 音もなく襲いかかった狙撃銃による一撃が、私の目の前すれすれを通過して階段の手すりに激突し、甲高い音と火花を撒き散らした。

 

『残念だけど、ここから逃げられるなんて思わない方がいいよ〜』

 

 無音の狙撃とは対照的に、ローターの爆音を響かせる戦闘用ヘリコプターが私のすぐ頭上に飛来した。

 

『この立体駐車場を常時スキャンして、あんたの位置情報は常に把握してる。外に出ようものなら、私の機関砲とうちの狙撃手が蜂の巣にするってわけ。あんたはもう、あたしらの洞窟(テリトリー)から逃げられない』

 

 その言葉を示すように──私が身体をひっこめると同時、二発目の狙撃が閉めた扉を撃ち抜いた。

 彼女の言葉が正しいのなら、私にもはや逃げ場はないということになる。絶望的な状況に思わず唇を噛む私の目の前に、二人の人影が立ち塞がった。

 

「追い詰めたぞ、八重垣チハヤ」

 

 さっき突撃してきた少女が、鉄帽を深く被り直しながらギラついた視線をこちらに向ける。

 その瞳に浮かんでいるのは──憤怒。

 先生を傷つけた者を許さないという義憤の色が、私を睨む瞳にありありと灯っているのが分かる。

 

「大人しく降伏しろ。お前にもう逃げ場はない。いまさら抵抗したところで、私たちには勝てないぞ」

 

「く……」

 

「武器を手放して両手をあげ、そのまま地面に伏せてください。あなたが抵抗しないのであれば、我々も無意味に危害を加えることはありません」

 

 隙がない。

 二人ともに油断なく銃口を構え、いつでも私を蜂の巣にする用意を終えている。

 十字砲火の有効性はさっきの攻防で知られているだろう。同じように階下へ逃げたところで、また爆弾の歓迎が待っているかもしれない。

 そして何より、まだ閃光弾の影響が抜けていないのだ。少なくとも平衡感覚が戻らない限り、今の私ではこの二人を倒せない。それは少女に言われるまでもなく、もはや自明の理とも言えた。

 

(こうなったら……もはや、あれを使うしか……)

 

 私は最後の手段──黒服に託された「切り札」を意識して、制服の懐に意識を向けた。

 幸いにも、二人は私の武器が刀だけだと思っているはずだ。武器を地面に置き、降伏すると見せかけて切り札を使えば、この状況を打破できるかもしれない。

 

「わかり……ました」

 

 私はゆっくりと地面にかがみ込み、帯から抜いた「彼岸白雪」を床に置く。

 たったそれだけの所作なのに、私には何十倍にも時間が引き延ばされたかのように思えた。チャンスは一瞬、少しでも失敗すれば私は負けるだろう。

 敗北は、それだけは絶対に許されない。

 刀を床に置き、ゆっくりと手を離そうとしたその時。

 

『────RABBIT1、RABBIT2! 今すぐそこから逃げて!!』

 

 彼女らが腰に下げた無線から、鋭い警告が発せられた──次の瞬間、私の目の前で凄まじい爆発が巻き起こった。

 

「なっ……!!?」

 

 膨れ上がった爆炎は二人をたやすく呑み込み、そのまま停めてあった車のボンネットまで弾き飛ばした。

 私まで熱と衝撃に呑み込まれそうになり、コンクリの床に伏せながら置いた刀を握り直す。

 

「げほっ……ごほっ! 何が……起きていますか、RABBIT3!?」

 

『ミサイルを山ほど積んだデカいのがそっちめがけて突っ込んでるんだよ! あ、ああ……あんなに後先考えず、バカスカ乱射して……羨ましい!』

 

「んなこと言ってる場合か……どわぁっ!?」

 

 無線機からの言葉通り、立体駐車場にめがけて撃ち込まれていると思しきミサイルがそこかしこに着弾して爆発した。

 それは止めてあった車をそのまま巻き込み、連鎖的に爆発を引き起こす。あっちでも爆発、こっちでも爆発、ただでさえ支障をきたしていた聴覚が完全に機能しなくなるほどの大轟音。

 そして──とどめとばかりに、何か巨大なものが追突する凄まじい衝撃が立体駐車場を揺るがした。

 その衝撃でフロア中央の床が抜けて、私と小隊の二人を降り注いだ巨大なコンクリ片が分断してゆく。

 

「く……RABBIT2、今は身を守ることを優先しましょう! このままでは生き埋めになります、この建造物から退避を!」

 

「くそっ……了解、退路はこっちだ!」

 

 そんな喧騒の中で、立ち込める煙の奥からそんな声が聞こえてきた。

 危ないところだったが、RABBIT小隊は一度撤退する判断に至ったようだ。だが、依然として私の危機は続いている。リーダー格の少女が言っていた通り、こんな場所に残っていたら私は丸焦げになるか生き埋めになるかの二択だ。

 

「一体……誰がこんなでたらめを……!?」

 

 困惑しつつも駐車場の中を見渡して、私は意を決して大通りに面する壁へと走り出した。

 避難階段の扉はまだ狙撃手が見張っている可能性がある。一か八か、爆発の熱と煙で外部からのスキャンが機能していないことに賭けて外に飛び出すしかない。

 鞘に収めた刀を抜き放ち、渾身の一閃でコンクリの壁をぶち破る。そのまま外へと飛び出した瞬間、気持ちの悪い浮遊感と激しい烈風が私の身体を包み込んだ。

 

「な……!?」

 

 まず目に飛び込んできたのは、立体駐車場に食い込む形で停止した巨大な乗り物の姿だった。

 あんなものがミサイルを乱射して突撃してきたのだとすれば、全く正気の沙汰とは思えない。危険と判断したのか、さっきまで滞空していた戦闘ヘリはその姿を消していた。

 狙撃手の方は異様に気配が薄いので察知しにくいが、あの二人にならって撤退してくれた──と思うしかない。

 

「ぐっ……くぅっ!」

 

 長い滞空時間を終えて、私は再び大通りのど真ん中へと着地した。

 相変わらず、街には人気がないままだ。だが、さっきまでとは変わっているところもある。立体駐車場に突っ込んだ水陸両用型ホバークラフトと思しき車両と、そして──、

 

「あなた ですね?」

 

 目の前に、狐の面をつけた少女が立っていた。

 

「私の先生を傷つけたという、このキヴォトス最大の大罪人は……ええ、ええ。先生を傷つけたとあらば……このワカモ、断じてあなた様を許すことなどできません」

 

 その姿を見た刹那、私の全身に悪寒が走り抜けた。

 彼女の正体など考えるまでもない。百鬼夜行連合学院に籍を置く生徒に、彼女の恐ろしさを知らない者はいない。

 キヴォトスにその悪名を轟かせる極悪人にして、現在逃亡中の脱獄犯である「七囚人」。そのうちの一人、かつて百鬼夜行から放逐された破壊の申し子。

 その名は狐坂ワカモ。

 悪逆を尽くすその姿と、顔を覆う狐面から彼女に与えられた異名こそ──、

 

「災厄の、狐…………!?」

 

 呆然とその姿を見上げる私に、ワカモは射殺すような視線を向けてトリガーを引き。

 

「その大罪、死をもって償いなさい──!!!」

 

 私めがけて殺到したミサイルの群れが、D.U.中に響き渡るほどの大爆発を巻き起こした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。