キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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Round4: 災厄の狐

「はああああああ……!!」

 

 襲いかかる弾幕を掻い潜り、私はマシンガンを連射する自立歩行型ドローンへと刀を抜き放った。

 瞬きの間に閃光が走り、三メートルはあろうかという金属製の体躯に一筋の線が刻まれる。巨体ははその線を境界にゆっくりとズレて、火花を撒き散らしながら爆発した。

 だが、立ち止まっている暇はない。

 キャタピラとガトリング砲を備えたもの、空を飛び爆弾を投下してくるもの、数多くの戦闘用ドローンがどこからともなく湧き出ては襲いかかってくるのだ。

 

「キリがありませんね……! これだけの数、まるで軍隊を相手にしているかのような……!」

 

 その時、ゾッとするような殺気を感じ取って、私はその方向に視線を向けた。

 作業用に仮組みされた細い足場の上に、一人の少女が立っている。

 その名は狐坂ワカモ。災厄の狐と呼ばれる七囚人の一人であり、数多の戦闘用ドローンを引き連れて私を追い詰めている張本人。

 彼女は見るからに凶悪そうな多連装ロケットランチャーを担ぎ、こちらに照準を合わせている──!

 

「喰らいなさい……!!」

 

 刹那、装填された小型ミサイルが一斉に火を噴いた。

 九発ぶんの軌跡が白煙をあげながら宙を飛翔し、凄まじい速度で突っ込んでくる。

 全力で地面を蹴って後方に跳んだ次の瞬間、着弾したミサイルが凄まじい爆発を巻き起こした。

 

「くっ……自分のドローンを巻き込むのも、お構いなしですか……!」

 

 爆風に吹き飛ばされつつもなんとかバランスを保ち、靴底で荒れた床を擦りながら着地。

 なんとか体勢を立て直すよりも早く、目の前にバラバラと複数個の手榴弾が落ちてくる。

 

「…………っ!!」

 

 私は咄嗟に身体を低くして、再び巻き起こった爆発から身を守る。

 ワカモの戦い方は、私が今までに戦ってきたどんな人物とも異なっていた。

 簡単に言えば、一切の破壊に躊躇がない。爆発、爆発、ひたすら爆発。引き連れたドローンの大群と豊富な携帯火器の波状攻撃で、私のことをチリも残すまいと攻め立ててくる。

 爆発の黒煙に紛れて距離を詰める、あるいは身を隠せればいいのだが──、

 

「その程度で……隠れられると思いましたか!?」

 

 私が滑り込んだ柱の陰に、再びミサイルが撃ち込まれて爆炎を撒き散らした。

 

「くぁ……っ!!」

 

 追い立てられるように飛び出して、周囲の状況を素早く確認する。

 戦場は立体駐車場から街中へ、そして今は高層ビルと思しき構造物の建築現場へと移っていた。

 移った、というよりは、追い込まれたという表現が正しいか。

 ここまで誘導され、建築中のフロアを上へ上へと追い詰められて、もはやこれより先に逃げ場はない状況だ。散乱する建材や足場が周囲を埋め、頭上には青空が広がっている。

 

(相手はたった一人なのに、なんてデタラメな火力なんでしょうか……! 次から次へと、どこからともなく兵器を持ち出して……ここまで戦っても、一向に弾丸が尽きない!)

 

 ワカモの圧倒的な火力を前にして、私は彼女に接近する術を見出せないでいた。

 彼女が操る複数機のドローン、次から次へと取り出す最新式の兵器。その波状攻撃は、まるで一個兵団を相手にしているかのような錯覚すら感じさせる。

 

「はぁ、はぁ……はぁっ……!」

 

 対して、私の体力は刻一刻と限界に近づいていた。

 このままではジリ貧だ。この圧倒的火力を注がれ続ければ、いつか私の防御にも綻びが生じる。その時、私の敗北は確定するだろう。

 だからこそ、致命的なラインにまで体力を消耗する前に、決着をつけなければならない。

 とはいえ、際限なく湧いてくるドローンの群れを刀一本で撃滅するのは不可能だ。何か、一度に連中をまとめて片付ける方法があれば、ワカモの懐に飛び込めるはずなのだが。

 

(頭では……わかって、いますけれど……もう、息がっ……!!)

 

 もうずっと呼吸が荒い。喉は引き攣り、身体の節々は限界すれすれの連続酷使に悲鳴をあげている。

 泣き言を押し殺して、私は迫り来る弾丸を弾き飛ばした。

 思考と身体の制御を切り離す。迫る脅威を片端から斬り伏せながら考える。この状況を打破する術、なんだっていいからあの狐の懐に潜り込む方法を。

 ジャングルじみた複雑さで絡み合う鉄骨群、ブルーシートで覆われた何か、積み上げられた建材、何かこの膠着をひっくり返せるものが必ず──、

 

(……………!!!)

 

 見つけた。

 その瞬間、私は勢いよく身体を反転させて、ワカモとは真反対の方向へと走り出した。

 

「この期に及んで……! もう逃げ場などありませんよ!!」

 

 ワカモが新しい武器を手に追いかけると同時、追随するドローンたちも一斉に私を追って動き出す。

 彼女の言葉通り、狭いビルのフロアにまともな逃げ場などがあるはずもない。私はすぐに袋小路まで追い込まれ──しかし走る速度を落とすことなく、渾身の力で白雪を真一文字に振り払った。

 

「おおおおぉお……っっ!!」

 

 会心の手応えを受け止める暇も惜しみ、両断したそれ(・・)に激突する寸前で身体を急制動させる。靴底から煙が立つほどのギリギリだったが、なんとか私は勢いを落として立ち止まり、肩で息をしながら振り返った。

 当然ながら──自ら逃げ場のない壁際へと走った私は、数多の戦闘用ドローンによって包囲されつつあった。

 その中心からゆっくりと、狐面の少女が歩み出る。

 

「そろそろ鬼ごっこは終わりですか? ならば、あなたにはここで死んで頂きますが」

 

「いいえ……死にませんよ、私は。こんなところで」

 

 そんな言葉の応酬の最中。

 ギギギギギギ…!! という不気味な轟音が、建築中のビルを大きく揺るがした。

 なにか巨大なものが擦れ合って、蠢くような音。私の背後から響き渡るそれに、ワカモはハッとして視線を向ける。

 

「私はまだ……先生の代わりを、最後まで果たせていないんですから」

 

 こういう高層ビルの建築現場には、資材運搬用のタワークレーンが最上階に設けられていることが多い。この現場も例に漏れず、高さは50メートルは越えるであろう立派なクレーンがフロアの端に鎮座していた。

 私はソレの基礎部分を、うまく角度をつけて真っ二つに切断したのだ。まさに、私たちが立っている方向めがけて倒れ込むような角度で。

 この現場を仕切っているであろうカイザーなんたら社には申し訳ないが──もはや、手段はこれくらいしか残されていない。

 

「…………っ!!」

 

 危険を悟ったワカモが素早く手元の端末で散開の指示を出す。

 しかしそれよりも早く、横倒しになった何十トンもの鉄の塊が、容赦なくドローン軍団へと襲いかかった。

 凄まじい轟音と煙、爆ぜたドローンの爆炎が立ち込めて、ミシミシと建築中の建物が悲鳴を上げる。そんな中、私は倒れ込んだクレーンの上へと飛び乗り、ただワカモへの最短距離を疾駆していた。

 流石の災厄の狐も、回避と形勢の立て直しに回らざるを得なかったらしい。

 彼女が後退し、新たな銃器を取り出すよりもなお早く、私は彼女の頭上へと飛び出していた。宙空でぐるんと体を縦回転させて、渾身の一閃をワカモの脳天へと叩き込む──……!!

 

「だああああああああっ─────!!」

 

 縦一文字に空を裂いた剣閃は、しかし寸前にてワカモの脳天を掠め、彼女の肩口へと叩き込まれた。

 ワカモは頭上に飛び込んできた私を見て、ほぼ直感で首を全力で横に逸らしたのだ。狙いが外れ、思わず歯を食いしばる。

 

「浅い……浅い、浅いですとも! 先生を喪ったこの胸の痛みに比べれば、あなたの(なまくら)な一閃など!!」

 

「……っっ!!」

 

 私が着地するよりも早く、ワカモは素早く胸元から何かを取り出した。

 手榴弾に似ているが、その特徴的なフォルムは明らかに普通のものとは異なっている。アレは確か、連邦生徒会が禁止しているはずのサーモバリック手榴弾……!

 

「「──────!!!」」

 

 視界が真っ白に染まったと思った瞬間、私とワカモの合間で強烈無比な爆発が巻き起こった。

 爆破半径にある全ての酸素が燃焼され、より凶悪になった爆炎が私とワカモを呑み込み、衝撃波を伴って吹き飛ばす。あまりの威力に一瞬意識が飛んで、私は倒壊したタワークレーンの残骸に激突することでなんとか意識を取り戻した。

 

「げほッ……げほッ、ごほッ! かはっ……!!」

 

「はぁ、はぁっ……はぁっ……げほっ!!」

 

 爆発が止んで無音になった工事現場に、二人分の呻き声だけが響き渡る。

 ワカモにとっても、今の一撃は捨て身の攻撃だったはずだ。あの距離に接近された時点で負けと考え、自爆してでも攻撃する手段を残しておいたのだろう。

 

「ん……あ゛ああああ……!!」

 

 力を振り絞って、私はゆっくりと立ち上がった。

 震える手で刀を握り直す私に、ワカモは凄絶な視線を私へと向ける。その片手には、いつの間にかリモコンのような機器が握られていた。

 

「まだ戦うと言うのですね、あなたは。その気力が、一体どこから湧いてくるのかは知りませんが……果たして、コレは受けられますか?」

 

 ワカモは言葉と同時、そのスイッチを躊躇なく押し込んだ。

 その瞬間、凄まじい轟音と共に床が揺れた。音源は下。ここまで衝撃が響いてくるほどの爆発が、下のフロアで発生したのだ。

 その狙いは──言葉で説明されるよりもずっと早く、傾いてゆく床の感覚で理解できた。

 

「まさか……っ!!?」

 

 あろうことか、ワカモは建設中の高層ビルの基礎を粉々に吹っ飛ばしたのだ。

 再び作りかけのフロア全体に強烈な振動が走り抜けて、私は慌てて走り出す。崩れ落ちる床、降り注ぐ建材の雨の中を必死に駆け抜け、私は勢いよく空へと跳びだした。

 高さにして実に八階ほどか。その先には足場などなく、ガラス張りの無機質なビルの壁面が待ち構えている。満身創痍の状態でこんな高さから墜落したら、それこそ致命傷になり得る……!

 

「くっ…………のぉおお!!」

 

 私は無我夢中で白雪を振るい、眼前に迫るビルの壁面を斬り裂いた。

 歪な孔が穿たれたことで強度の落ちたソレを、跳躍の勢いのままにぶち破る。受け身を取る余裕もなく床に叩きつけられながらも、私はなんとか停止することに成功した。

 

「はぁっ、はぁっ……はっ!?」

 

 が、油断するには早かった。

 息を切らせて立ち上がった私の目の前に、とうに先回りしたワカモが立っていたからだ。

 

「────────……はぶっ!?」

 

 杭打ち機じみた勢いで飛んできた膝蹴りが、私の鳩尾に痛烈に食い込んだ。あまりの衝撃に息が止まり、筆舌に尽くしがたい痛みが全身に伝播する。

 そのまま崩れ落ちた私めがけて、ワカモが手にしたショットガンが火を噴いた。

 散弾は的確に膝を受けたばかりの鳩尾を狙い、痛恨の一撃に私はなすすべもなく吹き飛ばされる。

 

「げほっ……ごほっ、ごはっ……あ゛……っ!」

 

 私の血混じりの咳に混じって、ぴしりと小さな音が響き渡る。

 その音源は、ワカモが被っている狐の面だった。ソレは瞬く間に亀裂を走らせ、二つに分かれて、硬質な音を立てて地面に転がり──その奥から、息を呑む程に美しい顔が顕になった。

 百鬼夜行を見渡しても、あそこまでの美しさをたたえた少女は五人といないだろう。

 ただ今は、その美貌は私への憤怒と憎悪に充ち満ちている。

 

「ふぅ。この面を脱がせる程の強者とはいつ以来の邂逅でしょうか……ですが、それが限界です。もはや、あなたに戦う力は残されていません」

 

「あまり……私を、舐めないでくださいよ……!」

 

 傷だらけの身体に鞭打って、私は刀を構え直す。

 とはいえ、連戦がたたって身体はもうとっくにガタガタだ。痛い場所が多すぎて、どこをどう怪我しているのかも分からない。

 が、ワカモもその身を守るドローン達と、大量の弾薬爆薬をこれまでの戦いで失っている。勝負はまだ分からない、と私は自分を奮い立たせようとして、

 

(………………?)

 

 ふと、私の心を強烈な既視感が襲った。

 真剣勝負の中で感じることなどあるはずのない、胸が暖かくなるような感覚。久しぶりに大切な居場所に帰ってきたかのような安心を覚えて、私は咄嗟に周囲の状況を観察した。

 

(そんな……ここは……まさか……)

 

 そうして視線を巡らせた結果、私はすぐに自分が立っている場所の正体に気がついた。

 熾烈な戦いに気を取られて、今の今まで気が付かなかったらしい。

 その事実に呆然とする間もなく、クレーン攻撃を生き延びた飛行タイプのドローンが新しい兵装を投下するのが見えた。黒光りするソレは、対戦車用に製造されたであろう単発式のロケットランチャーだ。

 

(私、は………………)

 

 ワカモが兵装を掴み取ると同時、巨大な弾頭がこちらに向けられる。

 引き伸ばされた時間の中で、私はこのまま握りしめた刀を振るうべきかどうかを思案した。

 身体はまだ辛うじて動く。闘志もまだ燃え尽きていない。このままワカモに挑めば、あるいは彼女を倒せるかもしれない。

 でも──どんなに考え抜いても、私はここ(・・)で刀を振るう気にはなれなかった。

 

「………………私の、負けですね」

 

 心の中で先生に小さく謝ると同時、私は撃ち込まれたロケット弾を自ら受け止めんと刀を捨てて走りだし──そこで、私の意識は断絶した。

 

 

 

 

「ふふ……ふふふふふふふふふふふふ!!!」

 

 強烈な爆発による熱と衝撃がオフィスを薙ぎ払ったあと、意識を失って倒れ伏した少女をワカモは見下ろしていた。

 

「ああ……先生、ワカモは成し遂げました……これで、あなた様の無念を晴らすことができました……!」

 

 呟きながら少女の近くに歩み寄り、その姿を確認する。

 まじまじと観察してみると、少女の身体には多くの傷が残っているのが見て取れた。制服はいたるところが焼け焦げて、出血している場所も少なくない。恐らく、ここに辿り着くまでの間に幾度も戦いを切り抜けてきたのだろう。

 そして、それだけ傷ついても、この八重垣チハヤという少女は歩みを止めなかったということでもあって──、

 

「…………………………」

 

 だからこそ、憎き先生の仇をこうして打ち倒したにも関わらず、ワカモの胸には一抹の疑問が残っていた。

 

(最後の瞬間。この少女の瞳にはまだ闘志が燃えていた。にも関わらず、彼女は突然に抵抗を諦めて自らミサイル弾を受けたように見えました。それは、なぜ……?)

 

 ここまで戦い続けたような生徒が、最後の最後に戦いを諦めるとは思えない。

 その疑問が、ワカモの心には小さな棘として引っかかっていたのだ。

 しばしの沈黙を経て、ワカモは静かに息を吐く。

 残念ながら、あまりのんびり思考している猶予はないのだ。戦いが終わったとなれば、漁夫の利を狙っているヴァルキューレやウサギの特殊部隊がすぐにでも襲いかかってくるだろう。

 状況を確認せんと、ワカモは周囲をぐるりと見渡して──そこで、己が立っている場所に見覚えがあることに気がついた。

 

「な……」

 

 思わず息を呑んで、ワカモは何度も周囲を確認する。

 

「まさか、ここは……」

 

 見覚えのある事務机。書類が所狭しと並べられた本棚。親しみのある文字が書き込まれたホワイトボード。

 ワカモが立っていたのは他でもない、シャーレの中──彼女が誰よりも愛する先生のオフィス(・・・・・・・)だった。

 二人のどちらかがこの状況を意図した訳ではない。D.U.の市街地で熾烈な戦いを続ける中で、二人は偶然にもシャーレの建物にまで移動していたのだ。

 

「そんな……私としたことが……怒りのあまり、周囲の確認すらも忘れて、あなた様の居場所を……!!」

 

 あらゆる破壊行為に躊躇がないワカモでも、敬愛する先生の居場所だけは例外だ。深い後悔と自責の念がワカモの心を苛み──しばらくして、ハッとした彼女は顔を上げた。

 視線の先には、意識を失って倒れているチハヤがいる。

 その傷付いた姿を見て、ワカモは呆然と呟いた。

 

「まさか……あなたは、私よりも先に気付いていたと言うのですか? この場所が、誰の居場所なのかを」

 

 あれほど爛々と闘志を燃やしていた少女が、もし戦いを止める理由があるとすれば、それこそ己と同じ想いを抱いたからなのではないか。

 ワカモの脳裏に、そんな疑問がよぎる。

 それはあり得ない疑問の筈だった。八重垣チハヤは、他ならぬ先生を意識不明の重体に追いやった張本人だ。そんな少女が、先生のことを想って戦いを止めるはずがない。

 

(そんな……はずは………………)

 

 ワカモはただひたすらに、倒れた少女を見下ろして悩み続けた。

 それが本当に己の倒すべき敵なのかと。

 考えて、考えて、考えて──目の前にある事実と己の直感のどちらを優先させるべきか悩み続けて、ワカモは一つの結論に達した。

 

「私は……」

 

 倒れたチハヤに手を伸ばしたその時、外に蠢く複数の気配をワカモは感じ取った。

 彼女の直感は、敵意を持って近づくものに対してはレーダーが如く鋭敏に働く。もはや目で確認するまでもなく、新たな敵がこのシャーレを取り囲みつつあった。七囚人の己に匹敵するであろう凶悪犯、八重垣チハヤを捕縛するために。

 

「あの小隊が動き始めましたか。かつて私を捕らえた狐たちの同類……それに、ヴァルキューレの主力も集まりつつある」

 

 ワカモは素早くチハヤの身体を確認し、シャーレのオフィスに備えられていた救急セットを持ち出した。

 出血がある部分は包帯で抑え、剥がれかけたテーピングは貼り直し、銃弾や爆発による打撲傷の酷い箇所に冷却剤を貼り付ける。手早く応急処置を済ませたワカモは、呼びつけておいた自立型ドローンのうち一体がオフィスに到着したことを確認する。

 

「さて……」

 

 駆けつけたドローンは、強靭なキャタピラと一門の砲台を要した比較的オーソドックスな形状をしていた。以前にワカモがミレニアムで事件を起こした際、ついでに30機ほど鹵獲しておいたものだ。

 このドローンは元々資材運搬用だったものを、警備用に改造された機体らしい。故に、ワカモはドローンの背後に大型貨物用のトランクが備え付けられていることを知っている。

 彼女はチハヤの身体を抱え上げると、人一人が辛うじて入るそのスペースに彼女を横たわらせた。

 

「私が敵を引き付けている間にお行きなさい。ここからなるべく遠くへ……そうですね。ゲヘナから逃げてきたのなら、その真逆であるトリニティの方角がいいでしょうか」

 

 ワカモが端末から指示を飛ばすと、ドローンは緩やかにその機体を動かし始めた。

 ミレニアムのドローンは極めて優秀だ。後は機体のAI制御と判断に任せておくだけで、彼女を安全に目的地まで送り届けるだろう。

 

「八重垣チハヤ……私には、まだわかりません。あなたが本当に先生を傷付けた犯人なのかどうか」

 

 小さく呟いたワカモは、残りの武器を引っ掴んで破壊されたシャーレのオフィスから飛び出した。

 眼下には、ウサギのヘルメットを被った小隊や駆けつけた戦闘ヘリ、ヴァルキューレの警邏用車両が待ち構えているのが見える。その数にも何ら臆することなく、ワカモはその目の前に着地した。

 単身のワカモに対して敵勢は数多く、有利は明らかに向こう側にある。

 そんな戦いに挑むことが愚かな行為であることは、彼女もしかと理解していた。だが──、

 

「ですが……今は、私の直感を信じることにします」

 

 あの瞬間、敗北を承知でミサイルの前に飛び込んだ八重垣チハヤの行動を鑑みて、ワカモはこの場所で戦うことを決めたのだった。

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