キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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Round5: 正義の体現者たち

 

「きゃああああっ!! み、みんな逃げてっ! あの子、噂の指名手配犯よ!!」

「百鬼夜行の子がどうしてトリニティの校舎内に!? 正義実現委員会はまだ来ないの!?」

 

 悲鳴をあげて逃げ惑う生徒達の合間を縫って、私は高級感溢れるトリニティの校舎を疾駆していた。

 

「なんで、こうなってしまったんでしたっけ……!?」

 

 凶悪犯が何故ここにいるのか分からず恐慌する生徒たちには申し訳ないが、私も未だにこの状況が呑み込めていない。

 数時間前に目を覚ました時、私は何か狭い場所に閉じ込められている事に気が付いた。

 次に目が覚めるなら牢屋の中だろうとばかり思っていたので、私は困惑しながらも脱出を試みて──なんとか戦闘用ドローンのトランクから外に出てみると、なんとそこは有名なトリニティ大聖堂の目の前だったのだ。

 不幸にも目の前を通りかかった大聖堂のシスターが、突然現れた私を見て絶叫したのは言うまでもない。

 

(よりによって、あんな目立つ場所で目が覚めるなんて……いえ、こうして逃亡を続けられていることは幸運ではあるんですけど……!)

 

 それからというもの、トリニティ自治区は突然現れた凶悪犯によって混乱に陥った。

 大聖堂から飛び出してきた武装シスター集団、やたら強いネコ耳とやたら煩い青髪少女のコンビ、地面を砕くほどの膂力で追ってきた救護騎士団の団長。幾つもの脅威を逃げたり戦ったりして躱しながら、私はこうして逃げ続けている。

 そして今、私の背中を追いかけているのは──、

 

「待ちなさい、八重垣チハヤ!」

 

 このトリニティを守護する治安維持組織、「正義実現委員会」の面々だった。

 黒で統一された制服を見ていると、かつて彼女らと戦った時のことを思い出す。私は武者修行の最初の標的を、彼女らの委員長である剣先ツルギに定め──完膚なきまでに敗北して、私は先生に出会ったのだ。

 この流離譚の果てに、かつての旅の最初の相手とまた巡り合うとは数奇なものだが、そんな感傷に浸っている余裕はない。

 

「待てと言われても、私には待てないんです……!」

 

 呟きながら、包帯の巻かれた足を必死で動かす。

 D.U.での戦いは私に深刻なダメージを与えたが、目を覚ました私の身体には何故か応急処置がなされており、各所の出血も止まっていた。誰かは知らないが、怪我の手当をしたうえで私をドローンのトランクに詰めた者がいるのだろう。

 そのあたりの事情について知りたいが、気絶していた私に真実を知る術はない。ただ、今は処置を施してくれた誰かに感謝するだけだ。この手当てがなければ、とてもトリニティの脅威から逃げ続けることはできなかった。

 そんな事を考えながら走っていると、目の前に高級そうな装飾が施された校舎の壁が見えてきた。これ幸いとそこに向かって勢いをつけ、疲労困憊の体に鞭うって跳躍する。

 

「なんだあいつ、壁に……うわっ、早い!?」

 

 いろいろな装飾がゴテゴテとついているおかげで、登攀するのは非常に簡単だ。

 跳躍を何度か繰り返して、私はわらわらと追ってきた正義実現委員会の生徒たちをひとまず撒くことに成功した。だが──、

 

「……………!!!」

 

 遠方からこちらを睨む殺気を感じ取り、私はほぼ反射的に刀を抜いた。

 瞬間、猛然とこちら目掛けて飛来したアーマーピアッシング弾を真正面から叩き斬る。独特の炸裂音が響き渡り、真一文字に切断された銃弾が校舎の屋根に深く食い込んだ。

 

「相変わらず、凄まじい威力ですね……!!」

 

 狙撃位置であろう尖塔の頂点を睨みながら、私は過去に戦った正義実現委員会の狙撃手──先生の話によると、羽川ハスミという名前らしい──のことを思い出していた。

 D.U.で戦った狙撃手に比べれば気配は読みやすいが、こちらは弾丸の威力が段違いだ。これだけの威力、あるいは戦車の装甲すらも貫通し得る。こんな満身創痍のコンディションでは、いつ弾くのを失敗して致命打を受けるかわからない。

 射線の通る屋根の上を避けて、私が新たな逃走ルートを探さんと周囲に視線を巡らせていると、

 

「ひひひひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────!!」

 

 遠方から獣じみた狂笑が響いてきて、私は改めて速やかに移動することを決めた。何かが粉砕される音が聞こえてくるあたり、私の方へと壁や校舎を粉砕しながら進んでいるのだろう。

 私がこの戦いを切り抜け、指定されたカタコンベの入り口に辿り着くために、必ず達成せねばならない条件が一つある。

 それは単純、アレ(・・)に追いつかれないことだ。

 怪我の痛みは多少マシになったとはいえ、連戦に次ぐ連戦を経た私に、もはや体力はほとんど残っていない。戦えるとしてもあと一度、それはベアトリーチェとの決戦に残しておくべきだろう。とてもではないが、あんなのと戦う余力などない。

 

「あなたとのリベンジマッチに臨みたい気持ちも僅かにありますが、ここは逃げるが勝ちです……!」

 

 私は素早く屋根から校舎の反対側に飛び降り、そのまま大きな体育館を土足で通り抜ける。

 ここからカタコンベの入り口までは、依然として30キロほどの距離があると私は睨んでいる。走って逃走するには無茶な距離だが、私にはその距離を短縮させる秘策を思いついていた。

 だからこそ、その「策」を実行できる場所にまで行くことができれば、私の勝利と言えるのだが──、

 

「おっと、こっちは通行止めっすよ……八重垣チハヤ」

 

 体育館を抜けて再び大きな通りへと差し掛かった私の眼前に、長い黒髪の少女が立ち塞がった。

 その顔には確かに見覚えがある。かつて私が彼女らに敗れた後、私をシャーレにまで送り届けた正義実現委員会のメンバー。

 

「イチカ……久しぶりですね、あの時以来ですか」

 

「残念っす。かつてあなたを尋問した時は、とてもそんな生徒には見えなかった……それに、シャーレであなたが更生したという話も聞いていたのに。本当に、あなたが先生を傷つけた犯人なんすか?」

 

「私は真犯人ではありません。ベアトリーチェという女が、先生を傷つけた本当の犯人です。まあ、言っても信じてもらえないとは思いますが……」

 

「………………!!」

 

 諦め半分で吐いた私の言葉に、しかしイチカは細い瞳をくわっと見開いた。

 驚いたことに、彼女はその名前に心当たりがあったらしい。風紀委員長に話をした時とは明らかに反応が異なる。最初から説得は諦めていたが、私は一筋の希望が胸に差し込んだのを感じた。

 もしかすると、ベアトリーチェというのはトリニティに何か関係のある存在なのかもしれない。だとすれば、彼女ならば協力を取り付けられる可能性もある。

 

「まさか……八重垣チハヤ、どこでその名前を?」

 

「あの日……ベアトリーチェが先生を襲撃したとき、私はその現場にいたんです。そして、彼女はその名を名乗り、私に罪を被せて姿を消しました。彼女はアリウス自治区とかいう場所で、「空が赤く染まったあの日」を再現しようとしています!」

 

「────────────」

 

 逸りそうな気持ちを抑え、私はなるべく端的に、理路整然と伝えられるよう注意しながら己の状況を説明した。

 イチカは、無言で何かを深く考えているように見える。ベアトリーチェという名前を出したのが大きかったのか、私の発言を犯罪者の戯言と切り捨てるつもりはないようだ。

 

「一刻の猶予もないんです、イチカ。確かにこの言葉の信憑性を裏付けるものなんて何一つ提示できませんが……それでも私は、ベアトリーチェの計画を止めないといけないんです!」

 

「なるほど……あなたの主張は概ね理解したっす。ちなみに、そのことをトリニティの公式な場で改めて述べる気は?」

 

「……残念ながら、そんなことをしている暇はありません」

 

「まあ、そうっすよね〜……う〜ん…………う〜ん」

 

 私とイチカの間に、静かな沈黙が落ちた。

 遠くからは依然として特徴的な狂笑が響いていて、なんなら近づいてきているのが分かる。そのせいで、さっきから私の心は焦りっぱなしだ。

 やきもきする私を置いて、イチカは大きく息を吐いて──、

 

「総員、構え」

 

 その言葉と同時、イチカはばっと右手を上げた。彼女の指示に従って、背後に控えていた三十名ほどの部員たちが一斉に手にした銃を構える。

 

「…………残念です、イチカ!!」

 

 イチカの右手が振り下ろされると同時、乱れなく整列した正義実現委員会のメンバーたちが一斉に発砲を開始した。

 だがそれよりも速く、私は隊列を組む彼女らに向かって地面を蹴っていた。

 これがこの旅における、私が打ち倒すべき最後の障害になる。疲労と怪我の蓄積によって、失笑してしまいそうな程に速度も突破力も落ちているが、ここまで来て泣き言など言っていられない。

 

「おおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 咆哮を上げて、私は最前列の中心に立つイチカの懐へと突っ込んだ。

 以前、正義実現委員会の部員たちと戦った時のことを追想する。あの時と同じく、隊列を成す集団を相手にする際はあえて突っ込んだ方が楽だ。誤射や同志討ちのリスクを押し付けた隙に、こちらの得意な乱戦に持ち込める。

 だがそのためには──なによりも、指揮官たるイチカをいの一番に無力化しなくてはならない。

 

「相変わらず、戦車が突っ込んでくるより怖いっすね……!!」

 

 毒づいた彼女が正義実現委員会特有のライフルを連射する。しかしその弾幕は予想外にも精度が甘く、弾くまでもなく最小の動きで避けられた。

 被弾覚悟の突撃だったが、これなら問題ない。部員たちの火力が私に集中するよりも速く、私はイチカの胴体に横薙ぎの一撃を叩き込んだ。

 イチカの懐に飛び込んだ事で、誤射を恐れて背後に控える部下たちの射撃の手が止まる。私はそのままイチカを薙ぎ倒し、困惑する少女たちの合間に突っ込んだ。

 

「申し訳ありませんが、押し通ります!!」

 

 傷んだ身体を無理やりに駆動させ、立ち塞がる部員たちを斬り伏せて──あっさりと突破できたことを幸運に思いながら、私は先へと続く道へと飛び出しすことに成功した。

 

「よしっ……これなら、あともうちょっとで……!!」

 

 総崩れになったイチカの部隊を後方へと置き去りに、再びトリニティ学区内を疾駆する。

 治安維持組織は私の侵入に色めき立っているが、まだ事態を全ての生徒が把握しているわけではないのだろう。逃げた果てに飛び込んだ校舎の廊下には、お嬢様な生徒達が行き交い各々世間話や部活動の準備に勤しんでいた。

 これ幸いと校舎の廊下を駆け抜け、窓から覗く景色で目的地がすぐそこに迫っていることを認識する。

 

(やっと見えた……あそこに辿り着ければ……!!)

 

 だが、安堵できたのも一瞬だった。

 突然に目の前の壁が粉砕されて、白煙や飛び散った瓦礫が私の行手を阻んだのだ。

 

「きゃああああああああああああっ!?

「な、何!? 誰か手榴弾のピン引っかけた!?」

「ミサイルでも飛んできたの!?」

 

 周囲の生徒から悲鳴が上がり、私を置いて少女達が逃げ惑う。

 私も最初は遠くからミサイルでも飛んできたのかと思ったが、違う。飛び込んできた弾頭は明らかに黒々とした人のシルエットをしていて、凶暴な息遣いが私の鼓膜を揺らしていた。

 

(まず……っ!?)

 

 轟、と凄まじい勢いの黒い竜巻が今度はこちらに突っ込んできて、私は全力で隣にあった教室の扉を蹴破った。

 そのまま教室に転がり込んだ直後、私の立っていた場所をショットガンの乱射が蹂躙していく。一瞬で意識を刈り取る鉛玉の超乱射。数ヶ月前、あれをまともに受けて左腕が反対側に曲がったのは記憶に新しい。

 思わず唾を飲み込む私の前で──ゆっくりと、壁を粉砕して突っ込んできた少女が姿を見せた。

 ゲヘナの空崎ヒナ、ミレニアムの美甘ネルと同列に語られるトリニティの戦略兵器にして、このキヴォトスに君臨する最強の一角。

 

「また会いましたね……正義実現委員会委員長、剣先ツルギ!!」

 

「きひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……っ!!!」

 

 相変わらずゾッとするような笑い声をあげながら、ツルギは私めがけて再び突っ込んできた。今度はさっきよりも更に速い。咄嗟に刀を振るって迎え撃つが、ダンプカーじみた彼女の突撃は止まらなかった。

 

「はぶッ……!?」

 

 鳩尾にツルギのタックルが突き刺さり、彼女はそのまま速度を緩めることなく突貫した。

 瞬く間に教室を置き去りにして、そのまま幾つもの壁を粉砕して進み続ける。当然ながら、ダンプカーのバンパーみたいになっている私は壁を粉砕する衝撃を受け続ける羽目になり、私は必死で吹き飛びそうな意識を繋ぎ止めた。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────!!」

 

 そうして壁を三つほど粉砕して校舎外に飛び出したあと、ツルギは突進の勢いのままに、私を凄まじい力で投げ飛ばした。

 空中で何度かきりもみ回転してから、私は道路を挟んだ反対側の校舎の窓に激突し、そのまま中へと転がり込む。

 

「げほっ……げほっ、げほっ……あ゛くっ……!!」

 

 ちゃんと手足がついているか不安になるほどの激痛に、私は声を押し殺して悶絶した。

 一度戦ったからこそ知ってはいるが、改めてデタラメな力だ。確かに急所たる喉に一撃を入れたのに、なんら無視して私をここまで吹き飛ばすなんて。

 人気のない廊下でうずくまる私の前にツルギは煙の中から姿を見せて、獣じみた瞳で私を見下ろした。

 

「きひひひひひひひっ……八重垣チハヤ、お前はもう逃げられない……ここなら、私も全力を出し尽くせる」

 

「はぁ、はぁっ……本当、あなたに追いつかれたくは……なかったんですけどね……げほっ」

 

 立ち上がりながら、周囲から一切の人気が消えていることを悟る。さっきまでは校舎内に一般の生徒達がひしめいていたのに、こちらの校舎には人が一人もいないようだ。

 

「……なるほど。ここに追い込んだのは、一般の生徒達を巻き込みたくなかったからですね」

 

 彼女の武器は、ヒナの弾幕にも劣らない凄絶な威力を有する二丁のショットガンだ。あの連射に半殺しにされた過去を持つ私としては、その恐ろしさは身に染みて理解している。だがその拡散する性質ゆえに、下手な場所で使えば流れ弾で誰かを傷つけかねない。

 だからこそ、ツルギは私をここまで投げ飛ばしたのだろう。

 恐ろしい姿をしていても、流石はトリニティを守護する正義実現委員会のトップといったところか。その心の奥には、偽りない正義の炎が揺らめいている。

 

「そんなつまらない言葉が遺言でよかったか? 八重垣チハヤ」

 

「いいえ。あなたがさっきの校舎で全力を出せなかったと言うのなら、それは私にとっても同じです。この場所が、あなたが壊してもいい(・・・・・・)程度の場所だと言うのなら」

 

 獣じみた視線を見つめ返して、私は刀を強く握りしめた。

 

「それならば、私も一切の躊躇なく戦える!」

 

 関係のない一般生徒を巻き込みたくないというのは私も同じだ。彼女が自ら理想的な戦場を用意してくれるのならば、私も余計なことを考えなくて済む。

 

「来い。粉々に叩き潰してやる」

 

 じゃこんッ!! とツルギが二丁のショットガンを構えるのと同時に、私は勢いよくツルギめがけて走り出した。

 

 

 

 

 正義実現委員会の副委員長を務める羽川ハスミは、逃亡を続ける八重垣チハヤを追うべく校舎の中を走っていた。

 報告によれば、既に委員長のツルギが八重垣チハヤと接触を果たし、この時間帯は使われていない第93校舎の一角へと追い込んだらしい。

 過去に八重垣チハヤと戦ったからこそ、ハスミはツルギの力であれば容易く無力化できると踏んでいた。実際、かつて八重垣チハヤはツルギに完敗を喫している。その戦いを見ていた者からも、両者間の実力差は明らかだった。

 だからこそ──目的地たる第93校舎の前へと辿り着いたハスミは、己の目を疑った。

 

「……っ!」

 

 あわせて30ほどの教室を抱える巨大な校舎は、既に半壊状態に陥っていた。

 校舎には幾つもの大穴が開き、渡り廊下は輪切りになって地面に落下し、あろう事か三階建ての校舎が上から下まで両断された痕跡すら確認できる。

 そんな竜巻でも直撃したのかと思われるほどの残骸の中で、未だに二人は戦っていた。

 

「きははははははッ────!!!」

「おおおおおおおお────!!!」

 

 アスファルトを抉る鉛玉と鋼鉄を両断する剣閃が行き交い、稲妻じみた速度でふたつの影が交錯する。

 互角と評するにはツルギが圧倒的な優勢であるように見えるが、そも「戦いになっている」という時点で、明らかな異常事態であると言わざるを得ない。

 真正面からあの剣先ツルギと戦闘を成立させられる存在が、果たしてこのトリニティに三人といるだろうか?

 

「ハスミ先輩! 状況は……!」

 

「見ての通りです、マシロ」

 

 駆けつけたメンバー達の間を縫って声をかけてきたのは、一年生にしてハスミと同じ狙撃手を務める静山マシロだった。

 

「私も予想外の状況です。八重垣チハヤは、これまでの戦いで満身創痍に追い込まれていると聞いていたのですが……まさか、ツルギと渡り合うだけの力を残していたなんて。あの空崎ヒナを退けたという噂は本当だったようですね……」

 

「なるほど、状況は承知しました。こちらは先ほど交戦した部隊が壊滅、20名ほどの怪我人が出ています。幸いにも重症の方は出ていませんが……そうだ、イチカ先輩がハスミ先輩に迅速に伝えたいことがあると」

 

「了解しました。作戦終了後、速やかに……」

 

 ハスミの言葉を遮るように、耳をつんざく轟音がトリニティの空に響き渡った。

 チハヤの攻撃がツルギの身体すれすれを駆け抜け、余波で斜めに切断された校舎が滑るように倒壊したのだ。それはもうもうと煙を立てながら瓦礫の山と化し、争う二人の姿を包み隠す。そんな煙の向こうに、うっすらと銃の閃光と舞い散る火花が浮かび上がった。

 

「八重垣チハヤ……確か、前に戦った時はツルギ先輩に一方的にやられていた筈ですが。窮鼠猫を噛むといったところでしょうか?」

 

「いえ、恐らく……単純に、彼女が強くなったのでしょう。シャーレにて、先生と共に過ごす中で」

 

 正義実現委員会の副委員長たるハスミの元には、一般には開示されない秘匿情報の類も多く入ってくる。その中には、あの八重垣チハヤがシャーレと共に解決したとある事件についての情報もあった。

 曰く、彼女は先生と共にかのA-H.A──アトラ・ハシースの箱舟を占領したカイザーグループの過激派と戦い、聖遺物を有する一人の少女を打ち倒したという。

 その戦いを含めた様々な経験が、八重垣チハヤという少女の戦闘力を、キヴォトスでも頂点に位置する生徒たちの域に指をかけるまで押し上げようとしているのだ。

 

「そんな生徒が、何故先生に傷を負わせてここまで逃亡しているのか……色々と不明な点はありますが、それは捕縛後にゆっくりと聞き出せばいいでしょう。マシロ、そろそろ状況が動きます。包囲の準備を」

 

 彼女の言葉はぴったり的中して、大きな爆発がほぼ廃墟同然の第93校舎を揺るがした。

 ツルギが爆発物を用いたのか、チハヤの小さな身体が校舎の外へと吹っ飛んでいくのが見て取れる。致命打を避けて戦ってきた両者だったが、ついに決着がつきそうだ。だが──、

 

(……いえ、安堵するのは早い! あの先には……!!)

 

 その方角にあるものを思い出して、ハスミの心中に嫌な予感がよぎった。

 

「総員、すぐに八重垣チハヤを包囲します。マシロ、あなたは部隊の半分を率いて左から彼女を取り囲んでください。おそらく、彼女の狙いは……!」

 

 

 

 

 私は長い間空中を吹き飛んでから、固い砂利の地面の上に叩きつけられた。

 全身がみしみし軋んで、胃の中の空気が吐き出される。痛みで上手く息が吸い込めない。必死で咳き込んで空気をかきこみながら、頭上に広がる青い空を見つめて考える。

 

(やっぱり……ヒナと同格の相手に、二度もまぐれ(・・・)の勝利を収めるというのは……不可能、でしたね……)

 

 やはり私はまだまだだ。このキヴォトスで最強の座に君臨する少女達には届かない程度の強さでしかない。

 だが、私は最初からツルギに勝とうとは思っていなかった。

 私はただ、この場所に到達することさえできればよかったのだ。

 四つん這いになって咳き込む私のすぐ目の前に、校舎の端から跳躍してきたツルギが着地する。

 

「………………そうか」

 

 しかしツルギはすぐに私めがけて突っ込んでくることなく、周囲を見渡してぼそりと呟いた。

 

「そういうことか……お前の狙いは」

 

 獰猛な視線が周囲を一巡し、私へと再び注がれた。予想はしていたことだが、私の企みなどツルギは一目で看破してしまったようだ。

 私は震える手で、身体の下に横たわる鋼材──私の足元を一直線に伸びる、列車のレール(・・・・・・)を掴んで立ち上がる。

 そんな私とツルギの周囲は、既に数えきれないほどの生徒達によって取り囲まれつつあった。ツルギとの苛烈な戦闘が行われている間、正義実現委員会のメンバーは着々と包囲の準備を進めていたのだろう。やはり、統率された武力集団という点で彼女らの横に並ぶものはいない。

 そして、その中から背の高い少女がツルギの横に歩み出た。

 

「ゲヘナとトリニティ間を繋ぐ、ハイランダー鉄道学園の無人貨物列車……それに飛び乗って逃亡しようと計画していたのでしょうが、少々誤りましたね」

 

「あなた……は…?」

 

「申し遅れました。私は正義実現委員会の副委員長……羽川ハスミと申します」

 

「ああ、なるほど……以前から二度もあいまみえましたが、顔を見るのは初めてです。あなたが、私を狙っていた狙撃手ですか」

 

「ええ。いくら撃ち込んでも弾かれるので、あなたにはやきもきさせられましたが……そんな傷では、もはや戦闘続行は不可能でしょう。加えて、次の列車がここを通るまでにあと三分の時間があります。それだけの猶予があれば、あなたを無力化するには十分ですよ」

 

 ハスミの言葉は、正確に私を取り巻く状況を言い当てていた。

 彼女が言う通り、私はここを通る列車に飛び乗って逃げることを目論んで、この線路がある方向へと逃げていたのだ。

 上手い具合に逃走ルートを変えて、ちょうど列車がここを通るタイミングで逃げ込むつもりだったのだが──ツルギに追いつかれてしまったせいで、計画していたルートは全て使えなくなってしまった。

 戦いの中でここに辿り着けたのは幸運だったが、予定より早く着いてしまっては意味がない。

 

「誇りと信念を胸に刻み──『救護が必要な場に救護を』!」

 

 と。その台詞と同時、まるで鉄塊が落ちてきたかのような轟音をたてて、一人の人影が背後の校舎から飛び降りてきた。

 手にした大盾で地面を打ち砕きながら、ゆっくりと身体を起こしたその少女の名前は──蒼森ミネ。このトリニティにおいて、正義実現委員会に並ぶ一大組織である「救護騎士団」を率いる団長である。

 

「あなたは……ミネ団長!?」

 

「ハスミ副委員長、遅れてしまい申し訳ありません。そこの彼女が東の備品倉庫をバラバラに斬り裂いてしまい、残骸の山に埋まってしまったものですから」

 

「そ、倉庫が崩れて生き埋めに? よく無傷でしたね……いえ、それくらいはする人でしたか」

 

 ハスミとミネがそんなやり取りを交わす中、私は小さく息を吐いた。

 背後に現れた蒼森ミネが決定打だ。今この瞬間、私の勝機は完全に失われた。

 

「……これは、流石にもう私一人ではどうにもなりませんね」

 

「八重垣チハヤさん、どうか速やかに投降を。あなたがまだ戦うと言うのであれば、その悪き心を救うため……少々手荒い「救護」をする必要が生じてしまいます」

 

 改めて、私はそれとなく周囲を観察する。

 正義実現委員会のメンバーは私の周囲をぐるりと取り囲んではいるが、私の戦い方を考慮して長く距離をとっている。どこに逃げても逃げ場はない。

 だが、ゴールはもうすぐそこだ。

 こんな窮地を乗り越えるための切り札を、私はまだ残している。

 

「──────────────」

 

 決心して、私は懐から一枚のカード(・・・)を取り出した。

 不気味な黒一色で造られたソレは、曇天の空の下で妖しく輝きを放っている。私がソレを掲げた直後、何かが呼応するようにびしりとカードに亀裂が走った。

 それはまるで、あの「黒服」と名乗った男の似姿が如く。

 

「な……まさか、あれは……先生の!?」

 

 取り囲む生徒たちに緊張が走り、一斉射撃の命令が副委員長の元に下される。それと同時、前後を挟むツルギとミネは本能的な危機感から私を無力化せんと走り出していた。

 だがそれよりも速く、私は黒服に教えられた通りの警句を口にする。

 曰く、それはありえざる奇跡を呼び起こすもの。子供が扱えるはずのない「反則」を、その手中に収めるもの。

 顕現するは彼らが創り出した人工の天使、或いは神秘を纏いしただの怪物。その名は────!!

 

「来なさい……太古の教義、『ヒエロニムス』!!」

 

 瞬間、私の手にした大人のカードが眩い閃光で世界を染め上げた。

 

「────────────……っ!!」

 

 その閃光に息を呑みながら、私は細めた瞳で握りしめていたカードを見つめた。

 巨大なものが蠢く地響きが世界を揺るがすと同時、大人のカードは端からさらさらと灰になって崩れていく。黒服の言葉通り、この奇跡に頼れるのは一度きりなのだ。

 カードから放たれた烈風が強烈な土煙を巻き上げる中、私は目前に立つ不可解な人影を視認した。

 

「全く、黒服も不愉快な発明をしてくれたものだ。我が崇高たる芸術作品を、芸術を解さぬ子供に尖兵として扱われるとは。それに、払われるべき対価や代償はどこへ消えた? なるほど、その点も踏まえて不良品というわけか」

 

 ごくり、と思わず息を呑む。

 その人かどうかも分からない何かは、あるはずのない視線を私の瞳へと向けていたからだ。

 

「だが、これも我々の不始末にカタを付けるためだ。今回に限り、そなたに我が傑作の力を振るうことを認めよう」

 

「あな……たは……」

 

「我が名はマエストロ。さあ、八重垣チハヤ。私の力を借り受ける以上──落胆だけはさせないでくれたまえ」

 

 次の瞬間には、その人影は砂塵の向こうに消え失せていた。まるで、砂漠の熱が映し出す蜃気楼のように。

 それと同時、私の目の前でゆっくりと何か巨大なものが体を起こす。高さ十メートルはゆうにこえるであろう背丈のそれは、砂塵の中でゆっくりと天を仰ぎ、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────!!」

 

 天につんざく咆哮によって、舞い上がった砂塵を散り散りに吹き飛ばした。

 その中心から、まさしく異形が顕現する。

 あれについて詳しいことなど分からない。ただ、ゲマトリアの有する強力な兵器であるということただ一点を除いては。

 その身が竦むような異形に、私は私自身が振るった力の恐ろしさに立ちすくんで──すぐに頭を振って、心の中の迷いを吹き飛ばした。いまは迷っている場合ではない。砂塵の中で聞いた言葉通り、ゲマトリアは私がこの力を使いこなすことを期待している。

 

「ええい、やってやります……!!」

 

 私の意思を受け取ったかのように、異形の怪物が行動を開始する。

 

「っ……総員、包囲陣形を維持したまま攻撃開始!」

 

 号令一下、正義実現委員会による一斉射撃が怪物に向かって放たれる。私はその巨体を背後において、背中合わせになる形で刀を構えた。

 ヒエロニムスに背後を任せて、私は目の前の脅威に集中する。

 そう決心したと同時に、目の前に大きな武器を構えた影が突っ込んできた。人影の正体は救護騎士団の団長、蒼森ミネ。彼女は確実に私を叩き潰さんと、重厚感のある大盾を振り下ろしてくる……!

 

「はああああああああああああっっ!!」

 

「くっ……!!」

 

 ドゴン!!! と爆発じみた音を立てて、地面が陥没するほどの一撃が天空から振り下ろされた。

 紙一重でそれを避けた私は、反転した身体に勢いを乗せて横振りに刀を振るう。だが、ミネは私が回避することすら読んでいたのか、素早く盾を持ち上げて──、

 

「甘いですっ!」

 

 真正面から受けるのではなく、刃と盾の表面が平行になる形で私の一撃を受け止めた。

 トリニティの校章が入った盾表面は滑らかな曲線を描いており、その上を撫でるように受け流された「彼岸白雪」が後方へとすり抜ける。

 

(しまっ……)

 

 その隙に生じた間隙へと、ミネは強引に体を滑り込ませた。

 彼女の持つショットガンの銃口が腹部に押しつけられたと思った瞬間、躊躇なく全ての弾丸がゼロ距離で撃ち込まれる。

 

「──────……ぁ……ぎ!!!?」

 

 鳩尾がちぎれ飛んだかと思うほどの衝撃に、私は悲鳴すら上げられずに吹っ飛ばされた。

 痛い。痛い。D.U.で負った傷に施された応急処置は、とっくに殆ど意味を失っていた。何本の骨にヒビが入ってどれだけの血を流したのか、もう考えたくもない。思わず、なんで私一人がこんな痛い目に遭わないといけないのかと、そんな弱音が頭をよぎる。

 

(考えるな、考えるな、考えるな……痛くない、痛くないっ、傷なんてこれっぽっちも痛くなんて……な……い)

 

 それはきっと、傷の蓄積とともに私の心が折れかかっている証拠で、私は意識的に考えるのをやめて剣を握った。

 痛みのあまりに五感が鈍って、「何かを握る」という感覚すら感じられなかったけれど、私の愛刀は確かに手の中にある。なら、まだきっと戦えるはずだ。

 

「自分を騙すのも限界でしょう。その傷、立っているのもやっとのはずです。意識を保っているのすら奇跡に近い。なのに、どうしてあなたはそこまで……」

 

 ミネは私という凶悪犯を相手にしているにも関わらず、どこか慈愛の籠った瞳を私に向けた。

 

「いえ、討論する時間はありませんね。正義実現委員会には文句を言われるでしょうが、あなたはまず真っ先に救護騎士団の治療所へと連れていきます。一度あなたの意識を奪ってから、ですが」

 

 がこん、と重々しい音を立てて、ミネが巨大なライオット・シールドを構え直す。

 再装填の隙を晒してくれるほど甘くはないらしい。彼女は、あの重厚な鈍器で確実なトドメを刺しにくるつもりだ。

 

(確かに……もう、意識が……腕も足も、限界で……わたし、はっ……)

 

 ミネは大地を踏み砕きながら突進し、鉄槌じみた盾をこちらめがけて振り上げた。

 ダメだ、と直感的に悟る。

 ガクガク震える足はもう言うことを聞いてくれないらしく、目の前の鉄塊を回避できない。最後の切り札まで使ったのに、あと少し、ほんのあと一歩だったのに、私はここで敗北すると直感が告げる。

 

(わたし、は…………)

 

 絶望と共に刀を降ろしかけたその瞬間、私が構えていた「彼岸白雪」の刀身が真っ二つに割れた。

 驚きの表情を浮かべるミネめがけて、割れた刃筋の奥から強烈な閃光が迸る。かつて一度だけ確認したものと同じ現象。私の白雪が主の危機を察知して放った光は、一瞬なれども確かにミネの視界を奪った。

 私はそんな事よりも、ただ「彼岸白雪」に叱咤されたような気がして呆然とその刃を見つめていた。

 たぶん、この愛刀は私に告げているのだ。

 お前はこんなところで諦めるのか、と。

 

「っ……ぅああああああああああああ!!!!」

 

 私は最後の力をかき集めて、視界を奪われたミネの単調な攻撃を避けきり、カウンターの一撃を彼女の喉元に叩き込んだ。

 会心の手応えと共に彼女の体が吹き飛び、宙を飛んで正義実現委員会の包囲網へと突っ込んでいく。

 そして──ミネが地面に叩きつけられるのと、自立運行の貨物列車が目の前に突っ込んできたのはほぼ同時だった。

 

「────────────!!」

 

 一撃加えた勢いのままに前へとひた走り、思い切りジャンプする。失敗すれば貨物列車に轢かれて今度こそ終わりだったが、なんとか高度は足りていた。

 そのまま載せられた貨物の上──運良く柔らかい緩衝材たっぷりの荷台の上へと墜落し、そのまま私は列車のなすがままに運ばれていった。

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……やっと……着いた……っ」

 

 途中で列車から飛び降りたあと、ボロボロの体を引きずるように歩き続けた私は、その扉が見えた途端に安堵から崩れ落ちた。

 トリニティの地下に張り巡らされた複雑怪奇な地下墓所(カタコンベ)、その入口。

 洞窟に後から扉を据えつけたような形状のソレは、トリニティ郊外の誰も立ち寄らないような林の中に、ひっそりと秘匿されるかのように造られていた。

 

「ここまで、来れば……安心です……」

 

 一度ここに入ってさえしまえば、追手が私を追撃することは不可能になる。地下墓所は特殊な性質があるらしく、正確な道順を知らなければ目的に辿り着けない構造になっているからだ。

 ちなみに、私は事前にルートを黒服から伝え聞いている。中で迷ってしまう心配はない。

 

「あと……もうちょっと……もうちょっと、頑張らないと……」

 

 目的地にたどり着いた安堵からか、余計に疲労と傷の痛みが強く感じられた。全身が休みたいと悲鳴をあげているのがわかる。救護騎士団の長たる少女が私の重傷ぶりを語っていたのだがら当たり前だが、今の私はほとんど戦える状態にない。

 それでも、今すぐに倒れ込みたいのを我慢して、私はゆっくりと古い扉へと歩き出した。

 休息を取るのならば、せめて地下墓所を少しでも進んでからだ。こんな場所で見つかってしまっては目も当てられない。あの扉を潜って少しだけ歩いたら、今度こそ休息を取ろう。

 休んで、少しでも戦える力を戻したら、私は憎きベアトリーチェとの決戦に臨む。戦って、私は絶対に奴の計画を止めてみせる。

 たとえ刺し違えて、このヘイローが壊れたとしても。

 

(私は先生を守れなかったばかりか……私が弱かったばかりに、先生を慕う多くの人々を悲しませてしまいました。ならせめて……この命に換えても、最後のご奉公を……先生の代役を、果たさないと……)

 

 俯いてそんなことを考えながら、私が腫れ上がった右足を前に踏み出したその時──、

 

 

「みーつけた⭐︎」

 

 

 まるで天使のように可憐な声が響き渡り、私は弾かれるように顔を上げた。

 

 そこに、一人の少女が立っていた。

 

 純白の翼、美しい桃色の髪。美しい白一色の制服は、まるで絵本の中のお姫様のように美しい。宙に浮かんだヘイローは、まるで一つの銀河がごとく煌めいている。

 そのあまりに可憐な容姿は、傷だらけの戦いを続けてきた私にはどこか現実離れした印象すら感じさせて、私は思わず目を疑った。目の前に立つその天使は、極度の疲労が見せた幻ではないのかと。

 

「あなたが八重垣チハヤちゃんだよね! も〜、探したんだよ? わざわざトリニティに来てるって聞いたから、一体どこに向かうんだろうって思って考えてたの!」

 

 が、少女は世間話をするかのような声色で、私の返答など求めていないかのように話し続ける。どうやら幻の類ではなさそうだ。

 

「それで、少し前にもこんなことがあってさ。まさかと思ってここに張り込んでみたら……ビンゴ! ほんと、人生って何があるか分からないよね⭐︎」

 

 そんなことを言いながら、少女はまるで私に肯定を求めるかのようにウインクする。

 分からない。この少女がなぜここにいるのか、どうして私を探しているのか、無言を保ったまま考える。

 

「でも、頭のてっぺんからつま先までボロボロだね。ほんと、痛そうで見てらんない。その傷はいったい誰にやられたのかな? 正義実現委員会? 救護騎士団かシスターフッド? あ、もしかして全部だったり?」

 

(どうやら……正義実現委員会の追手ではないようですね。個人的に私を追っている生徒の一人、といったところでしょうか……)

 

 今や、先生に恩義のあるあらゆる生徒が「八重垣チハヤ」を探している状況だ。私がゲヘナやトリニティで数多くの追手に襲われたように、この生徒もその一人なのだろうと見当をつける。

 とはいえ、あまり戦いが得意なようには思えない。武器は何の変哲もない市販品で、口調や立ち振る舞いも戦う者のそれではない。気を抜けば前のめりに倒れてしまいそうな満身創痍だが、それでも敵が一人ならなんとかなるだろう。

 痛みと疲労で限界の手足を叱咤して、私はゆっくりと刀を構え──、

 

「ねえ、何ぼーっとしてるの? 聞いてるんだけど」

 

 しかし、その時にはもう遅かった。

 気が付いた時には、目と鼻の先に硬く握られた拳が迫っていた。

 

「──────……ぶっ!!?」

 

 瞬間、ミサイル弾なみの衝撃が私の頭を撃ち抜いた。

 世界が反転する。意識が明滅して手足がぶらぶらと揺れる。私はたった一撃で十メートルは吹き飛ばされ、太い木の幹に激突してから崩れ落ちた。

 

「ぁ……かふ……っ……!? っ!? ……っ!?」

 

 視界が何度も上下反転したせいで、世界がぐるぐると回って止まらない。どろりと鼻元に熱いものを感じたのは、多分鼻血が出ているからだ。

 そんなことに気を回す余裕もなく、私は眩む視界の中で広がる純白の翼を見た。

 

「ちょっと緊張感が足りないんじゃない? あなたは今、どんな相手を前にしてるのか理解してる?」

 

「はっ……はっ、はっ……!?」

 

 見えなかった(・・・・・・)

 あり得ない事だ。飛んでくる銃弾すら見切って斬り捨てられる私が、いくら油断して気を抜いていたとはいえ、殴られるその瞬間まで彼女の姿を捉えられないなんて。

 全身に遅れて鳥肌が立つ。

 いま自分の目の前に立っている極大の脅威を、ようやく脅威であると認識する。 

 

「教えてあげるよ、八重垣チハヤちゃん」

 

 にわかに荒くなる呼吸を続けながら、私は一つの事実を悟っていた。

 私はきっと、出会ってはいけないモノに出会ってしまったのだと。

 

「私は聖園ミカ。あなたに、罰を与える者だよ」

 

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