キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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赤光と白翼

 

 この学園都市キヴォトスには、単身で軍隊に匹敵するほどの力を持つ生徒たちが存在する。

 例えばゲヘナの空崎ヒナ、トリニティの剣先ツルギ、或いはミレニアムの美甘ネル。彼女ら三大校が誇る最高戦力をはじめとして、一騎当千を可能とする生徒がいることはもはや疑いようがない。だがそれは、このキヴォトスに数え切れぬほど存在する生徒たちの中で、ごく少数の者たちのみが到達しうる領域だ。

 だからこそ、私は目の前の光景に圧倒されていた。

 

 そんな例外中の例外じみた生徒が二人、全力で戦ったら一体どうなるのか?

 

 そんな、恐らく数え切れぬほどの生徒が退屈な授業を聴きながら妄想したであろう命題の答えに、まさしく直面していたからだ。

 

「あははははははははっ!!」

 

 それは、まさしく災害級の暴力と暴力の激突だった。

 木々を根から引き剥がすほどの烈風が巻き起こり、地面には幾つもの大穴が空き、絶え間なく降り注ぐ隕石を赤々とした閃光が薙ぎ払う。

 起こっている現象だけを抽出すれば、災害か怪獣同士が喧嘩しているかのような破壊の嵐が巻き起こっている。

 

「面白いね、あなた! 私についてこれる人とか、このキヴォトスにはほとんどいないと思ってた!」

 

 ズガガガガガガ!! という凄まじい銃声をあげて、ミカが手にしたライフルを連射する。それは明らかに改造の類を施していない市販品のように見えたが、凄まじい威力を有してミフユへと襲いかかった。

 だが、その弾幕に食い破られるほど彼女は甘くない。

 遠くから見ている私にも残像が見えるほどの速度で弾丸を掻い潜り、お返しとばかりに光速の一閃を放つ。それは迫りつつあった隕石を真っ二つにしながら突き進み、ミカの脇腹へと激突した。

 白一色の制服が裂けて、裂けた皮膚の間から鮮血が飛ぶ。

 

「いったぁ……速すぎて避ける間もないとか反則じゃない? ほんと、面倒臭いなあ!」

 

 が、ミカはさして効いている素振りも見せず、振り上げた右手を容赦なく地面へと突き入れた。

 彼女が腕を振り下ろした場所から放射状に亀裂が走り、あまりの衝撃に地面が揺れる。だが、巻き起こった破壊はそれで終わらず──、

 

「な……っ!?」

 

 瞬間、彼女は地面を力技にひっくり返した(・・・・・・・)

 彼女は地面に手を突き入れ、地中の岩盤を引き抜いてちゃぶ台返しみたいに持ち上げたのだ。言葉にすれば簡単だが、それを可能とするのにどれだけの膂力が必要になるのかは考えたくもない。

 一気に視界が土塊と煙に覆われ、ミフユは標的たるミカを見失う。

 彼女は悪態をつきながらも後方へ距離を取ろうとして──それよりも早く、迫り来る土の津波の中心から伸びてきた腕がミフユの襟首を掴み取った。

 

「つーかまえた⭐︎」

 

 ぐん、とミフユの身体が引き寄せられ、その華奢な体に凄絶な威力の蹴りが突き刺さる。その威力と速度たるや迫撃砲の弾頭に匹敵するだろう。

 ミフユの身体が弾き飛ばされ、彼女は刀を杖にしながらなんとか停止する。

 

「は……げほっ、ごほっ! く……この、怪力女……! 本当に、ふざけた力をしてるわね……!!」

 

「酷いなぁ、まるで人をゴリラみたいに……うっ!?」

 

 ばつん! という強烈な音が響き渡り、言い返すミカの肩から血が噴き出した。

 蹴りが突き刺さったあの瞬間、舞い散る土と煙でよく見えなかったが、ミフユはカウンターの一撃をミカの身体に喰らわせていたのだ。

 

「いつつ……ほんと、全然チハヤちゃんとは戦い方が違うんだね。ま、そろそろ手品にも見慣れてきたけど。次は簡単に斬れると思わない方がいいよ」

 

「光刃だけが脅威なんて思わないことね。さっきの発光現象は、この武器が私を主と認めた証。使えるようになった機能は幾らでもある……丁度いいから、あなたで試し斬りしてあげる」

 

「試すって言うなら、相手は慎重に選んだ方がいいよ。だって、その相手に叩き潰されちゃったら「テスト」にすらならないじゃない?」

 

 ごきん、とミカの右拳が不気味な音を立てるのに呼応して、ミフユは冷静に刀を構え直した。

 改めて見ても、その異質なフォルムは私の「彼岸白雪」とは正反対だ。かろうじて刀の形を保っているが、割れた鎬筋の中心から赤々と光り輝く炉心が露出して唸りをあげている。

 私たちの持つ遺物が、その持ち主の戦い方に合わせて形を変えるのだとすれば──あれこそが、ミフユの戦闘能力を最も活用できる形状なのだろう。そしておそらくは、あの武器を作り出した「司祭」とやらが想定した通りの使い方でもある。

 

「炉心変形──エネルギー射出モジュール、起動!」

 

 ミフユの声に合わせて、かろうじて刀の形を保っていた鉄の塊は今度こそ形状を放棄した。

 目にも留まらぬ速さで刀身が変形し、新たな形へと変形していく。組み上がったどこかSFチックな形状のそれは、銃器──否、どちらかというと宇宙戦艦に搭載された砲門に近いだろうか。

 躊躇なく、ミフユはその引き金を引いた。

 瞬間的に世界が真っ赤に染め上げられるほどの閃光の束が、ミフユの眼前にある全てを薙ぎ払う。

 

「──────────……!!」

 

 対して、ミカは無言のままその閃光を睨んだだけだった。

 きっと彼女に特別な武器やアクションなどは不要なのだろう。それだけで、あの天使は奇跡を成せる。天から落ちてきた隕石が幾重にも彼女の前に突き刺さり、超高熱のレーザーを受け止めた。

 地面に突き刺さった岩塊が、赤光の束によって瞬く間に表面からドロドロに融解してゆく。

 その破綻を待つことなく、ミカは既に走り出していて──それは、射撃を終えたミフユも同様だった。

 

「はあああああああああああああああ……!!」

 

 ミフユは既に武器の形状を変えている。最初は刀で次はレーザー砲、今度は巨大な槌。

 彼女が渾身の力で振り下ろした大質量を、ミカは正面から受け止めた。

 バギバキバギバキ!!! と地面が悲鳴を上げて、ミカの両足から大地に亀裂が走る。

 インパクトの瞬間、槌の裏側に設けられたブースターが赤い光を放って自ら加速し、その威力を高めたのだ。その多種多様な形状は、本来の持ち主(天童アリス)が単騎であらゆる兵器や脅威を粉砕するべく設計されたのか。改めて、「双杖」の名を冠する古代兵器の性能が恐ろしくなる。

 が──戦車すら容易く真っ平にするであろう一撃を、真正面から受け止められるミカも大概だ。

 

「そのヘンテコな武器、あとどれくらい変形を残してるのかなぁ?」

 

「それが明らかになった時に、あなたが倒れていなかったら教えてあげる」

 

「あは、なら私が知ることはなさそうだね⭐︎」

 

 ミカとミフユは短い言葉を交わした後、熾烈極まる戦いを再開した。

 両者一歩も譲らぬその戦いぶりを見つめながら、私は本能的な危機感を覚えて拳を握るしかない。

 

(私の見立てでは、あの二人の実力はほとんど互角……戦いに決着がついたとしても、どちらもタダじゃ済まない……!)

 

 目の前で争う二人はまさしく無敵、或いは無双の超常生物のようにも思えてくるが、実際は私と同じこのキヴォトスに生きる一生徒だ。そこには必ず限界があり、どちらかが倒れる時が必ず来る。

 もはや戦う術を持たない私にまだできることがあるとすれば、それはあの戦いを止めることだ。

 ベアトリーチェは言っていた。彼女の得意は、不和と憎悪を煽り立て、他人を永遠に他人とさせることであると。私はこの旅の中でその策略に嵌っていることを知っていたが、私が狙われている以上、戦いの中で対話や説得に意識を割くことができなかった。

 だが、ミフユが代わりに戦ってくれている今ならば──聖園ミカを言葉で止められるかもしれない。ベアトリーチェの目論見通りの悲劇を、止められるかもしれないのだ。

 

(なにか、何か考えないと……彼女をどうにか説得して、戦いを終わらせる方法を……! ミフユさんが、折角戦ってくれているんだから……!)

 

 そうして思考を回しているうちに、私は正義実現委員会のイチカの顔を思い出した。

 ここに来る前に交戦した彼女は、私が「ベアトリーチェ」の名前を出した途端に動きを止めていた。百鬼夜行の一生徒である私は、トリニティの内情などほとんど知らない。だが、もしその悪名がトリニティで広く知られているとすれば、目の前のミカも例外ではないかもしれない。

 そこをきっかけに話をすれば、私の潔白を証明し、どうにかミカを止められるかもしれない。

 

(これしか、ない……!)

 

 私は決心して、目の前で繰り広げられる戦いに割って入ろうと横たえていた体を起き上がらせた。

 だがその瞬間に、私は私の体がどうなっているのかを理解することになった。

 

「あ゛…………う………っっ!!?」

 

 僅かに体を動かしただけで、凄絶な痛みが私の全身を駆け抜けた。

 痛い。痛い。痛みで思考が飛んで真っ白になる。何を考えて、どうしようとしていたのかすら曖昧になる。悲鳴にすらならない呻き声をあげることしかできずに、私は地面に崩れ落ちた。

 

「あっ…………ぐぅ、あ…………!?」

 

 とうに限界は超えていた。

 これくらい、少し考えれば分かるはずだった。

 戦い続きでアドレナリンがバカみたいに出ていた時ですら、全身の痛みで失神しそうだったのだ。その興奮作用すら失われたいま、もはや意識を保つことすらも困難になりつつある。

 

(そ……そんな……わたしは、私はっ……!!)

 

 ずずん、と巻き起こった爆発が地面を揺らす中で、私は諦め悪く地面を指で引っ掻いた。

 そんなことをしても、体は一ミリも前に進まない。そもそも進めたところで、あの戦闘音に負けない声を出すだけの元気はない。あの戦いを止めることができないという事実が、冷たい錘になって私の肩にのしかかってくるようだった。

 

「み……ふゆ……さん…………………」

 

 絶望と共に最後の気力の糸が切れてしまったのか、視界がにわかに遠くなっていく。

 もうだめだ、と私が意識を手放そうとしたその瞬間──、

 

「大丈夫だ、八重垣チハヤ。あとは私たちに任せてくれ」

 

 うつ伏せで倒れる私の肩に、何者かが手を置いた。

 頭ではなく瞳を動かして、その人物を霞む視界の中で見つめる。

 金糸のように綺麗な髪を持つ、小さな少女だった。

 恐らくは私と同じ生徒なのだろうけれど、どこか現実離れしたその美しさに、私は限界に追い込まれた自分が見た幻覚なのではと錯覚する。

 が、それを否定するようにもう一人の少女が前に歩み出た。こちらはすらりと背が高い美少女で、とても一般人では纏えないような気品と風格を備えていた。

 そして、歩み出た彼女はすう、と息を吸い込み、

 

「ミ────カ──────さんっ!!!!!」

 

 その空気をビリビリと振動させるほどの怒声は、絶え間なく続く爆発にも負けじと響き渡った。

 反射的に、ミフユと熾烈な戦いを繰り広げていたミカがこちらを振り返って──その口にめがけて、彼女は渾身の力で何かを投擲した。

 柔らかそうなスポンジ生地を丸めて楕円を描き、美しい円柱型を生んでいるその物体の正体は、

 

(ロール……ケー……キ?)

 

 宙を飛んだベージュ色のソレが寸分の違いなくミカの口へと吸い込まれ、飛翔の勢いを伴ってねじ込まれたのを確認したのを最後に、今度こそ私の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

「ナギちゃんに……セイアちゃん?」

 

 突然現れた乱入者を目にして、ミフユと相対していたミカは呆然とその名前を呼んでいた。いきなり口に放り込まれたロールケーキを喉奥に飲み込んでから、だが。

 

「やれやれ……ミカの暴走癖はいつになっても治らないらしい。駆けつけてみればひどい有様じゃないか。木々は薙ぎ倒され地面は陥没、一体どれだけ暴れれば気が済むんだい?」

 

「あは、セイアちゃんの減らず口は相変わらずだね⭐︎ 別に私一人で全部やったんじゃないってば」

 

 まるで世間話でもするかのような軽い調子で言葉を交わし合うミカと、セイアと呼ばれた狐耳の少女。

 雪峰ミフユはその姿にやや唖然としつつも、警戒心はまったく緩めずに武器を構えていた。

 

(間違いない。あの二人、確かティーパーティーの人員……!)

 

 ミフユは仮にも学校の長を務めるものとして、有名な学校の運営組織は勉強も兼ねて一通り把握してある。

 チハヤを追い詰めた聖園ミカは、このトリニティ総合学園を収める「ティーパーティー」なる組織の一員だ。そして駆けつけたのは、かの統治組織を構成する他二人の人員。

 確か名前は桐藤ナギサ、そして百合園セイア。

 同組織の面々が駆けつけた以上、その目的としてまず考えられるのは「救援」だろう。敵が一人から三人に増えた可能性が最も高いと考えて、ミフユは油断なく刀の切先を二人に向ける。

 だが、そのミフユをじっと見つめた桐藤ナギサはこう言った。

 

「どうか武器を下ろしていただけませんか、雪峰ミフユさん。我々はここに戦闘のためではなく、対話のために来たんです」

 

「……なんですって?」

 

 予想外の言葉に、ミフユはぴくりと眉を動かした。

 だが、状況はナギサの言葉の正しさを示している。ティーパーティーを構成する三人といえば、権力闘争が熾烈なトリニティの頂点に位置する生徒たちだ。一般生徒ではお目にかかるのも難しい彼女らが、しかし今回は護衛の一人もつけずに姿を見せた。

 この事実は、彼女らが戦闘意思を持たないことを暗に示していると捉えるべきだろう。安全上のリスクを一切無視した荒技だが、言葉の信憑性は十分に証明できている。

 

「ちょっとちょっと。なに勝手に話を進めてるのかな、ナギちゃん。その子達って、先生に殺人未遂をしでかした張本人たちなんだよ? ナギちゃんもちゃんとニュース見てるよね?」

 

「あくまで嫌疑がかけられている、というだけだ。まだ犯人と確定したわけじゃない」

 

「なら、どうして逃げるのさ? やましいことがないなら、別に逃げたり抵抗する必要なくない?」

 

「その真意を聞くために、こうして私たちが来たんだ」

 

 セイアはミカを落ち着かせたあと、トパーズのように美しい瞳でミフユを見つめた。

 

「私は八重垣チハヤに聞かなければならない。なぜ、百鬼夜行生の生徒がこんなトリニティの辺境……正確には、アリウス自治区に続く地下墓所の入口を目指していたのかを、ね。もっとも、当の本人は意識を失ってしまったようだが」

 

「……だから代わりに、私に尋ねたいと?」

 

「ああ。百鬼夜行からこの場所まで君も到達したんだ、八重垣チハヤと同じ目的を有しているんだろう?」

 

 ミフユがかつてティーパーティーについて調べた中で、噂程度の話ではあるものの、百合園セイアは神秘的な力を有していると聞いた事があった。

 実際にこうして相対して、その噂は確かに間違ってはいないだろうとミフユは思う。その瞳は、すでに語ってもいないのに全ての真実を識っているかのような雰囲気があった。

 そもそも、戦闘の意思のない者に刃を向ける訳にもいかない。ミフユは長い沈黙を経てから刀を下ろし、ゆっくりと口を開いた。

 

「私たちは、ここの入り口から地下墓所を通ってアリウス自治区に向かい……先生を殺めようとした真犯人、ベアトリーチェの目論見を阻止しようと動いている。それが私たちの目的よ」

 

「「「────────……!!」」」

 

 その言葉に思い当たることがあったのか、三人は一様に驚きの表情を浮かべてミフユを凝視した。

 

「やはり……どうやら、事態は思ったよりも単純ではないらしいね」

 

「セイアさんの悪い予感がまた当たりましたか……」

 

「え。ど、どういう意味? なんでこの子がベアトリーチェの名前を知ってるわけ? あの件は、トリニティの中でも限られた生徒しか知らないはずだよね?」

 

 ミカが答えを求めるようにセイアを見やるが、彼女は首を横に振ってミフユを見つめる。状況の詳細な説明が求めれていると判断して、ミフユは知りうる限りのことを話し始めた。

 

「この事件の発端は……ゲマトリアのベアトリーチェが、百鬼夜行で生じた騒乱に乗じて先生を襲撃したことにあるわ。襲撃の際にチハヤが先生を庇ったおかげで、最悪の事態は免れたけれど……彼女はチハヤを犯人に仕立て上げて存在を隠し、自分の領域であるアリウス自治区で「色彩」とやらを呼び寄せる儀式を行おうとしている」

 

「なるほど、ゲマトリアに色彩……君たちは数少ない真実を知るものとして、ここまで辿り着いたわけだ。しかし、君一人ではそこまでの情報を把握することはできないはず。その話は一体誰から?」

 

「……お察しの通り、これは私一人で掴んだ情報じゃない。ゲマトリアの「黒服」という大人が、私たちと同じくベアトリーチェを止めるために動いてる。私がここに来れたのも、彼がこの場所を教えてくれたからよ」

 

 チハヤが百鬼夜行から姿を消した後、チハヤを捜索していたミフユの前に姿を見せたのが黒服という大人だった。

 彼は端的に状況を説明し、元はベアトリーチェと同じ組織の人員であったことを告げ、この場所に向かうように示したのだ。

 色々な点で胡散臭い大人ではあったが、彼の言葉は正しかった。実際にこの場所はアリウス自治区に向かう地下墓所へと通じており、チハヤと合流することができたのだから。

 

「ゲマトリアの一員、ベアトリーチェ……彼女は先生とアリウスの生徒達の手で討伐され、その後は行方知らずと聞いていたましたが……」

 

「黒服の言葉を鵜呑みにしていいのかは怪しいけれど、ベアトリーチェはその後ゲマトリアを追放されたそうよ。ゲマトリアの理念とやらを外れ、このキヴォトスを終焉に導こうとした罪で。……でも、彼女は戻ってきた。凶悪なヘイロー殺しの兵器と、この世界に対する復讐心を引っ提げてね」

 

 蘇った復讐者、ベアトリーチェ。

 ミフユはまだその姿を見たことも、声を聞いたこともない立場ではあるが、その危険性については既に理解していた。

 かつて「色彩」と呼ばれる何かを呼び寄せ、空を赤く染めて世界を終わらせようとした存在。そんな怪物が、さらなる憎悪を深めて力を増して帰ってきたのだから、このキヴォトスにとっての脅威度は計り知れない。

 

「ありがとう、雪峰ミフユ。君のおかげでようやく状況が掴めてきた。だとすれば事態は一刻を争う……少なくとも、我々が互いに争っている場合ではないようだ」

 

「い……いや、でもっ、ちょっと待ってよ!」

 

 そこで、沈黙を保っていたミカが唐突に割って入った。

 

「ちょっと一方的に信じ過ぎじゃない? チハヤちゃんが以前に先生からその話を聞いていて、人のいないアリウス自治区を逃亡先に選んだってセンは? ベアトリーチェの存在はでっちあげで、それっぽい理由で私たちを騙そうとしてるって可能性も捨てきれないよ?」

 

 彼女の疑念はもっともだ。ミフユもチハヤも、ベアトリーチェという脅威の存在を確たる真実として示せる証拠は何一つ有していない。これが裁判だったとすれば、少なくとも無罪放免とはいかないだろう。

 だがミカは、もっと別のものに駆り立てられているように見えた。その真意を見透かして、ミフユはミカを睨みつける。

 

「そういう討論をしている間もないから、チハヤはこんなボロボロになってまで進む必要があったと言ってるの。別に信じろとは言わないけれど、疑って立ち塞がるなら相応の対処をするだけよ」

 

「べ、別に今さら戦おうなんて思ってないよ! もうそんな雰囲気でもなくなっちゃったし。でも、私は……」

 

「あなたの考えていることを当ててあげましょうか。聖園ミカ、あなたは私たちのことを信じられないんじゃなくて、ただ信じたくないんでしょう。私たちの主張が正しかった時、自分が罪のないチハヤを痛めつけた悪人になってしまうから!」

 

 ミフユの糾弾に、ミカは顔を青くして黙り込んだ。

 小さく震える両手で、彼女はぎゅっと白いスカートの布地を握り込む。そうしなければ罪悪感に潰されてしまいそうなのかもしれない。

 それでも、ミフユには止まるつもりなど毛頭なかった。

 

「私はあなたを許さない。いいえ、あなただけじゃないわ。これまでチハヤを傷付けた生徒はみんなっ……!!」

 

「ミフユさん……どうか、そこまでにしてください……」

 

 だが、吐き捨てようとした言葉を小さな声が遮った。

 場の全員が思わずそちらに視線を向ける。そこには、ボロボロになって意識を失ったはずのチハヤが立っていた。

 

「チハヤ!?」

 

「げほっ……わ、私……私は、ミカを……糾弾する気なんて、ありませんから」

 

 ふらっ、とチハヤの身体が前傾によろめいて、思わずミフユは彼女を抱き止める。

 チハヤは苦しそうに咳き込みながら呼吸を整え、ミフユに肩を貸される状態になりつつも続けた。

 

「私も、同じ立場なら……絶対に同じことをしていたはずです。もし先生を傷付けた人を前にしたら……仇を、必ず討ってやると……怒りで我を忘れていたでしょう。誤った正しさを信じることは……誰にだって、あることのはずです」

 

「ち……チハヤちゃん……」

 

「だから……これ以上傷付け合うのは……やめにしましょう。こんなことをしたって……きっと、ベアトリーチェを喜ばせるだけです」

 

 しん、とした沈黙が落ちる。ミフユもミカも、チハヤにそう言われてしまっては何も言うことはできなかった。

 仕切り直すように咳払いしたナギサが、凛然とした瞳で二人を見つめる。

 

「八重垣チハヤさん、雪峰ミフユさん。ひとまず、ティーパーティーはあなた方の主張を信じることとします」

 

「桐藤ナギサ……どうして? 自分で言うのもなんだけど、トリニティのトップがそう簡単に私たちを信じていいの?」

 

「以前、私には同じような事がありました。疑心暗鬼の沼に沈み、大切なものを自ら捨て去ろうとしたことが。私はあの事件以来、もう二度と同じ轍は踏むまいと心に決めております」

 

 そう語るナギサの言葉には、決して揺るがぬ意志の強さが感じられた。

 人を信じる。言葉にすれば簡単だが、実行に移すのは時として非常に困難な行為だ。特にあらゆる権力の頂点に立つ彼女にとって、その選択をすることにどれ程の重圧がのしかかっているかなど想像もできない。

 だが、ナギサは考えを変えるつもりはないようだった。

 

「それに、チハヤさんと既に親交のあるヒフミさんから報告も受けておりますので。曰く、ペロペロ様好きに悪い人はいない、必ず真犯人は別にいると」

 

「ナギサ、正しくはペロロ様だ。またヒフミに怒られるぞ」

 

「あはは……そうですか、ヒフミが……確かに、トリニティには彼女とアズサがいましたね……」

 

 そんなやり取りを終えて、ミフユは深く息を吐いた。

 地下墓所に突入するまでに立ち塞がる最後の障壁を、なんとか乗り越えられたと判断したからだ。

 

「見逃してくれると言うのなら、私たちはもう行くわ。トリニティのトップのあなた達が、名目上は凶悪犯の私たちに助力するわけにもいかないでしょう」

 

 ミフユがちらりとティーパーティーの三人に視線を向けると、彼女らは気まずそうに目を伏せた。

 

「……すまないね、雪峰ミフユ。できる限りのことはしたいが、我々は軽々に動ける立場にない」

 

「今のティーパーティーは、エデン条約の騒乱以降立場を弱めております。下手な独断行動は統治体制の崩壊、或いは他学園の介入すら招きかねません。正直、私たちがここにいることもかなりの綱渡り。歯痒いですが、今すぐに介入行為に踏み切るのは難しいですね……」

 

「ええ、別に薄情とは思わない。あなた達の立場が複雑な状況にあるというのは理解しているつもりだし。私たちのような弱小校の生徒に比べれば、ティーパーティーを縛るものは数多いでしょう。ここを通してくれるだけでも十分だわ」

 

 チハヤが肩を貸せば歩けることを確認して、ミフユはゆっくりとティーパーティーの三人に背を向けた。

 目の前には、広大な地下墓所へと繋がる古い扉がある。この先にアリウス自治区と呼ばれる領域があり、そこにベアトリーチェが──この世界にとっての厄災が待ち構えている。

 

「……待って!」

 

 一歩を踏み出そうとしたその時、背中に制止する声が飛んできた。

 改めて振り返ると、そこに純白の羽を背負った少女が立っている。彼女は他の二人よりも一歩前に踏み出して、噛み締めた唇をわななかせた。

 

「ミカ……?」

 

 肩を貸されたチハヤが、小さくその名を呟く。

 

「私っ……私はいつもこうなの。感情に振り回されて、誤った選択ばかりして、最後に自分が間違ってたことに気づく。ごめんなさい、ごめんなさいチハヤちゃん。私は、いつまで経ってもやっぱり……」

 

 ミカは小さく震えながら、青い顔でたどたどしく言葉を紡いだ。今すぐに自分で自分を殺してしまいそうな、ひどい顔だ。

 ミフユも、そんな自己嫌悪には覚えがあった。

 空回りして失敗を踏むのはなにも彼女だけじゃない。ミフユ自身、こうしてチハヤが満身創痍になるまで追い込まれた要因の一つには自分のとある「失敗」があると考えている。そんな失敗への苛立ちから声を荒げてしまったことに思い至り、ミフユは内心で深く恥じた。

 

「大丈夫ですよ、ミカ」

 

 思わず目を伏せたミフユに代わって、チハヤがぽつりと呟く。

 

「たとえ失敗を繰り返しても……そうして自分を省みることができるなら、あなたはきっと大丈夫だと思います。もし……それでもあなたが、自分を許せないと言うのなら……」

 

 チハヤはしっかりとミカを見据えて、

 

「私たちが戦っている間、代わりに先生のことをお願いします」

 

 あなたは強いですからね、とチハヤは苦笑する。

 彼女はきっと、自分の傷にはあまり頓着していないのだろう。ただ、自分のせいで誰かが傷つくことには酷く臆病なのだ。その自己犠牲的な精神は崇高なものなのかもしれないけれど、ミフユからすれば危なっかしくて見ていられない。というか、今すぐ色々怒りたい。

 けれど、それはもう少しこの道を進んでからだ。

 

「──────」

 

 会話は十分に終えたと判断して、ミフユは改めて前を見やった。古く重い木製の扉に手を添えて、ぐっと力を込めて押し開ける。

 その途端、奥から吹き込んできた風が二人の髪を弄んだ。

 冷たい。地下特有のものか、或いは地下墓所に埋葬された死人の体温でも帯びているのか。天姫ヶ峰の冷風を思い起こさせる空気が、地下墓所には充満しているらしい。そして何よりも、進むべき地下墓所は完全な暗闇に閉ざされている。

 思わず進むのを躊躇しそうになる光景だったが、この程度で怯むようならばこんなところまで来ていない。

 

「行きましょう」

 

 もはやゴールはすぐそこに迫っている。

 ミフユはチハヤと歩調を合わせて、力強く一歩を踏み出した。




以前X(旧Twitter)に投稿したブルアカのイラストからSSを書いてくださいった方がいましたので、こちらで紹介させて頂きます。是非読んで頂けると嬉しいです。
「アウトローを目指した少女はヴィラネスになるのか?」
https://syosetu.org/novel/342569/
元ツイート:
https://twitter.com/momo_nosukeee/status/1773636967823220816/photo/1
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