あと6〜7話で完結予定です。
「……ベアトリーチェと戦うにあたって何よりも警戒するべきは、彼女の
アリウス自治区へと踏み込み、ベアトリーチェとの決戦に臨む少し前。
数時間とはいえしっかり睡眠をとって身体を休めた後、私とミフユは焚き火を囲んで最後の作戦会議に臨んでいた。
「黒服から聞いたわ。神秘を殺す刃、とかいう触れ込みの兵器でしたっけ?」
「ええ。まあ、私も詳細は知らないんですけどね」
どうやらミフユはゲマトリアの「黒服」から接触を受けた際に、色々とベアトリーチェについての情報を仕入れているらしかった。どうやらあの胡散臭い大人は私一人では不足と見て、追加戦力としてミフユを送り込むことにしたようだ。どうにも彼らの尖兵にされているようで癪だが、実際助かった。
怪訝な顔で聞き返すミフユに頷きを返し、私の知っていることを話す。
「とはいえ実際に対峙して、あの兵器の恐ろしさは分かっているつもりです。間違いなく、アレはヘイローに掠っただけでも私たちを死に至らしめるでしょう。身体で受けるのも危ないと思います。アレが帯びている「恐怖」とやらは、私たちによくない効果をもたらすみたいですし」
「はあ、冗談きついわね。こと刃物において、あなたの直感が誤っているとも思えないし」
息を吐いて、ミフユはどこかで拾ったであろう細い棒切れを揺らめく火に投げ込む。もしかしたら風化して崩れ去った棺の破片か何かだろうか。若干祟られそうで怖いが、ミフユはそんなこと毛頭に気にしていないらしい。
まあ、これから致死兵器を有する相手と戦うというのに今更幽霊を怖がるのもおかしな話だ。こほんと咳払いして、私は話を続ける。
「でも、私たちの武器なら対抗できます。ベアトリーチェは私達を鏖殺する準備を整えていたようですが、流石に古代の遺物までは対策しきれなかったんでしょう。剣と刀の斬り合いにさえ持ち込めれば、こちらにも分があるはずです」
「刃物を使った近接戦闘であなたに並ぶ者なんていないでしょうからね。こればかりは「剣」を選んだ向こうの想定外かしら」
「へへ……いや、照れてる場合じゃありませんでした。以前はなんとか正面から打ち合えましたが、今の私はボロボロです。奴も私への対策は考えているでしょうし、とても押し切れるとは……」
「大丈夫。その穴を埋めるために私がいるから」
心強い言葉に思わずミフユの方を見やると、彼女は傍に置いてあった刀を引き寄せた。
「聖園ミカと戦えたのはある意味僥倖だった。ようやくこの刀の真価を引き出すことができたから。今ならきっと、生徒会長がメモに残した通りのフルスペックを引き出せる」
ミカと対峙した際、ミフユがかつて私が起こしたものと同じ発光現象を引き起こしたのは記憶に新しい。
この「ザババの双杖」と呼ばれる兵器には、どうやら自立型のAIのようなものが搭載されているようで、それらに己を所有者と認めさせた時にかの発光現象が発生すると私は踏んでいる。それによって、遺物は所有者に合わせた形状を取ると同時に、そのスペックを限界まで引き出せるようになる。
例えるなら、機能を制限されたゲストアカウントから権限を付与された本アカに切り替わるようなものだろうか。もっとも私の雑な認識が合っているかも分からないし、合っていたとして条件や規則性などは何一つ知り得ないのだが。
ともかくミフユが「できる」と言うのだから、間違いなくできるのだろう。彼女はそういうタイプの人間だ。
「頼もしいです。でも、どうして急に発光現象が起きたんでしょうね?」
そんな疑問をふと漏らしてしまったが、しかしミフユには思い当たる要因があるようだった。
「覚醒要因に心当たりがないわけじゃ……ない。まあ、どう足掻いても仮説の範疇を出ないから置いておくわ。今まっさきに検討するべきは、ベアトリーチェをどうやって倒すかよ」
「こもっともですね。とはいえ、今のところ策が思い付いているわけでもないんですが……」
「だと思ったわ。そこで、私に一つ考えがある」
私がいつも何も考えずに刀を振り回して突撃する脳筋だと考えているかのような言葉を吐かれた気がするが、いちいち突っ込んでいても再び脱線するだけなので自重する。
「──この遺物には、決めれば確実にベアトリーチェを倒せる
必殺技。
突然に飛び出した浪漫溢れる単語に思わずミフユを輝く瞳で見つめると、彼女はやや恥ずかしそうにして目を逸らした。
「何よその目は。べ、別に私が考えたわけじゃないから。誰よりもこの武器を使いこなしてた初代生徒会長が手記にそう記してたから、便宜上そう呼んでいるだけ。勘違いしないで」
「そんなのどうだっていいんですっ。ほ、本当にこの遺物には必殺技があるんですか!?」
「ええ……ぶっつけ本番になるけれど、ミカとの戦いで慣らし運転はできた。流石は太古の遺物というか、まるで何十年も使っていた武器みたいに馴染んだわ。あの調子ならまず失敗はしない。隙さえあれば、確実に「必殺技」を撃ち込める」
かつて私の「彼岸白雪」が私を主と認めてくれた瞬間も、この武器は私が最も扱いやすい形状、機能に特化して変形を行った。まるで手足が一本増えたかのようなあの馴染み具合をミフユも感じているとすれば、不発や失敗のリスクは限りなく低いと考えていいだろう。
「とはいえ──ただ馬鹿正直に必殺のカードを切ったところで、ベアトリーチェを易々と倒せるとも思えない。絶大な威力の代償として、切り札を使った遺物は炉心が焼き付いて全機能が強制的に停止するから」
「炉心が焼き付くというのは……要は、学校の軽トラがエンストして動かなくなるみたいなものですか?」
「……まあ、そんなとこ。必殺技を放ったが最後、私の遺物はしばらく役に立たない棒切れになる。そうなれば戦闘能力を喪失したも同じよ。だからこそ、私達は必ず一撃で勝敗を決する必要がある。そこで、一芝居打つわ」
「芝居……というと?」
「ベアトリーチェは私たちの遺物について深く知らない。だから、あくまで私たちの武器はただの「近接武器」だと錯覚させる。そのために……」
焚き火の前に刀を横たわらせて、ミフユは私の刀と彼女の刀を交互に見やった。
「次の戦いにおいて、私は一切の変形モジュールを使わない。最低限の光刃すら使用は控えるわ。つまるところ、あなたと同じ戦い方をする」
「なるほど。ベアトリーチェは私としか戦ってないので、この遺物はせいぜい黒剣を受け止められる強靭な刃物としか思っていない。その認識を利用すれば、確かに奴の油断を誘えるかもしれません」
ベアトリーチェは私としか交戦しておらず、ミフユの存在は認識していない。だからこそ、「彼女の戦い方」というものを知らない。
その認識の穴を突けば、その身に不意打ちで渾身の一撃を叩き込む事がてきるかもしれない。
「繰り返すけれど、チャンスは一度きりよ。ベアトリーチェを倒せる否かは、件の一撃を叩き込めるか否かにかかってる。だから……」
◆
────ズガガガガガガッッッ!!!!!!!!
凄まじい轟音を奏でながら、かつては優雅な美しさを誇ったであろう至聖所の壁が粉砕されてゆく。
熱を帯びた空気が荒れ狂う中で、私は「作戦」の仔細を思い返す意識を眼前に引き戻した。
「ふふふふふふふふふふふふふフフフフフフフフフフふふふふふふふふフフフフフフフフフフ!!」
災厄の女、ベアトリーチェ。
至聖所の中心で嵐の如く暴れ回る彼女の姿はまさしく怪物だった。灯篭祭の夜に戦った時とは明確に違う。ベアトリーチェはその姿をさらに歪に変容させ、明確に私たちへの殺意をむき出しにしている。
「はっ……元から取り繕えてもいなかったけれど、とうとう本性を表したってところかしら!?」
傍で同じく回避行動を取るミフユが、刀を構えながら奴を睨みつける。
枯れ木のように細く歪み、しかし絶大な膂力を秘めた腕。根のように地面を侵食し、何十何百と別れて襲いかかってくる脚。まるで花のように開いた頭部。
植物、に近いのだろうか。
人のカタチを残しているのは上半身くらいで、下半身は完全にその原型を放棄していた。こうしている今も、地面を突き破って鋭く尖った「脚」が私たちを串刺しにせんと迫ってくる。
「だあああっっ!!」
殺到するそれらを斬り伏せてベアトリーチェを睨むが、奴は余裕の笑みを崩さない。
ヴン、という不気味な音が響いた。
何らかのエネルギー塊がベアトリーチェの眼前に集まっている。それは赤々とした輝きを放ちながら一瞬で臨界に達し、次の瞬間に解き放たれた。
「──────────ッ!!」
殺到する杭脚の対処に精一杯の私をカバーする形で、ミフユが前へと飛び出した。
迫り来る赤黒いレーザーは、とても刀一本で叩き切れる物量を超えている。故に、彼女は傍にあった石柱を真っ二つに切断して盾とした。
膨大な熱量が崩れ落ちた柱に激突し、凄まじい衝撃と閃光が巻き起こる。石が触れた側から蒸発していく不気味な音と熱風が、私とミフユの肌をちりちりと灼いてゆく。
(めちゃくちゃな火力と物量……これがベアトリーチェの本気ですか。情けないですが、私一人ではとても勝てませんでしたね)
二人同時に積み重なった瓦礫の山へと飛び込み、レーザーが巻き起こした爆風から身を守りながら、私は手の中の刀を改めて握りしめた。
一切の躊躇を捨てたベアトリーチェの実力は想定以上だ。膨大な物量で襲いかかってくる触手じみた杭脚、あらゆるものを消し飛ばすレーザー。
これだけでも十分過ぎるほどの脅威だが、奴は本命を更に携えている。
忘れるな。
真の脅威は、奴の懐に踏み入った瞬間に襲ってくる。
「チハヤ、仕掛けるわよ!」
「私が先行します。ミフユはカバーを!」
だんっ!!と二つ分の足音が響いた。
同時に瓦礫の山から飛び出して、私とミフユは猛然と前に駆ける。
(攻撃の熾烈さは増していますが、ベアトリーチェの技量までは変わっていないはず。以前戦った時のように懐に潜り込めば、私たちなら優位に立てる!)
ベアトリーチェの弱点は、彼女に剣の技量が備わっていないことだ。
以前に戦った際、私は一人でも彼女を追い詰めることができた。その理由は、単純に私がベアトリーチェを技量で上回っていたからだ。どんなにあの黒剣が恐ろしい兵器だろうと、懐に入っての斬り合いにもつれ込めば、間違いなく私もミフユもベアトリーチェに対して優位に立てる。
だからこそ、前だ。
一撃必殺の黒剣ではなく熾烈な攻撃でこちらを削り取ろうとするベアトリーチェの戦略は、彼女もその弱点を承知していることを暗に示している。奴は私たちに近づかれたくないのだ。
攻撃と死線を掻い潜った先──そこに、私たちにとって最大の勝機がある。
「司祭どもの遺物を手にしているというのに、野蛮人が如く振り回すだけとはなんとも愚かしい。どういった経緯でそんなものを握っているのか知りませんが、子供の浅知恵ではそこが限界でしょうか」
突進してくる私たちを見据えて、ベアトリーチェは落胆を示すかのように首を横に振った。
それだけで、黒の閃光が破壊を伴いながら左右へと薙ぎ払われる。エネルギーと熱を受け止めた至聖所の床が捲り上がるように爆ぜて、破片と爆炎を撒き散らしながら迫ってくる。
「だあああああああああっっ────────!!」
怯みそうな足を決死の勢いで前へと踏み出し、襲い掛かる閃光を飛び越える。
超高温のレーザーに触れた外套が、じゅっ、という不気味な音を立てながら蒸発した。少し皮膚に掠ったのか、凄まじい痛みが太もものあたりを貫く。思わず溢れかけた悲鳴を噛み殺して、私は硬く「彼岸白雪」の柄を握り締めた。
ここからはこちらのターンだ。既に抜刀された刃は今か今かと振るわれる時を待っている。
ベアトリーチェが黒剣を振り上げるのを待つよりも速く、一撃を奴の体に叩き込む────!!
「遅いですね」
が。
放たれた渾身の一閃は、同等の速度をもって振り抜かれた黒剣によって受け止められた。
「っ……な……!!?」
手首が折れたかと錯覚するほどの衝撃に、私は思わず驚愕の声を漏らしていた。
以前戦った時は力押しできたのに、今のベアトリーチェはまるで違う。まるで岩山にでも斬りかかったかの如く重い手応え。高架道路すら一刀両断する私の一撃を受けてびくともしないあたり、今のベアトリーチェは膂力や体幹において私やミフユを上回っている……!?
戦略を選び直す間もなく、甲高い音を立てて白雪の刃が弾かれる。
たたらを踏んで後退する私の頭めがけて、致死の刃が振り下ろされ──、
「させるかっ──────!!!」
それよりも速く、ミフユが白煙の中から飛び出した。
位置関係はベアトリーチェの背後。ちょうどベアトリーチェを前後で挟み撃ちにする立ち位置だ。私めがけて黒剣を振り下ろさんとする彼女の首めがけて、ミフユは刀を握り締めて強襲する。
だが。
幾つの瞳がすっと細められ、最初から想定済みとばかりにベアトリーチェは冷笑した。
「見えていますよ」
────ぎゅるんっっ!!と。
瞬間、ありえない挙動をベアトリーチェは見せた。腰をスプリングみたいに180度は捻って、垂直に打ち下ろした黒剣の軌道を背後へと捻じ曲げたのだ。
まともな人間では実現どころか予測すら困難な動作。ベアトリーチェの黒剣が歪な円弧を描き、宙空のミフユめがけて襲い掛かる。
「っぅ……!!?」
私の居合斬りすら見切るミフユの反射神経が限界まで働き、彼女は振り下ろそうとした刀を引き戻した。
直後に黒剣が刀を直撃し、相殺しきれなかった衝撃がミフユの全身を叩く。めきめき、と彼女の骨が軋む音がここまで響いてくるほどの衝撃音のあと、ミフユは砲弾みたいな速度で至聖所の天井まで吹き飛ばされた。
「ミフユ……!?」
彼女の心配をしている余裕すらなかった。
目の前で、ベアトリーチェの体が不気味に蠢く。捻った体躯がぎりぎりと、まるで溜め込んだ力を爆発させる前兆のように震えている。
反射的に刀を横に構えた直後、衝撃があった。
まるでゼンマイの巻かれたおもちゃみたいに、ベアトリーチェは捻った腰を戻すと同時に黒剣を横に薙いだのだ。
黒が視界を一閃したと思った瞬間、私はダンプカーが激突したみたいな衝撃を受けて吹き飛ばされていた。
「がっ………!!?」
何度か床の上を跳ねて、埃を被った残骸の山にぶつかって停止した。
全身が軋むようだ。ぼやけた視界で両腕を見下ろし、変な方向にへしゃげていないのを確認する。よかった。たった一撃を受けただけで感覚が喪失してしまったけれど、腕はちゃんとした方向を向いていた。
とはいえ、腕が折れなかったのは不幸中の幸いでしかない。私が前に視線を向けると、ベアトリーチェは黒剣で口元を隠すようにしてくつくつと笑っていた。
「驚いているようですね。以前に私と戦った時と比較して、私が強くなっていることに」
その言葉に思わず歯噛みして、私は刀を杖に立ち上がる。
ベアトリーチェの言う通りだ。近接戦に持ち込めば有利、と踏んでいた私の予測は甘かったと言わざるを得ない。今のベアトリーチェは、私の想定よりも遥かに強靭になっている。
「この至聖所は私の領域。未だ色彩との接触には至っていませんが、あの時とは桁が違うと思って頂きましょう」
耳障りな声で喋るベアトリーチェの体躯を冷静に観察する。
さっきの攻防から判断するに、剣を振るう軌道自体は相変わらず単調だ。けれど、まず速度と威力が尋常ではない。奴がどんな理屈で力を得ているのかは知らないけれど、とにかく私やミフユを純粋な力比べで圧倒する程度の膂力は有している。
加えて、自在に変化するあの体躯も厄介だ。人が人である限り攻撃範囲には自ずと限界が生じるが、奴はまっとうな人のカタチを捨てている。そのせいで、こちらの常識に基づいた攻撃予測が通用していない。
「チッ……やってくれるわね」
がらがら、と重々しい音が遠くから響いてきた。
そちらを見やると、口中の血を吐き捨てながらミフユが瓦礫の山から歩み出てくるところだった。額からどろりとした血が垂れて、薄青色の瞳が片方赤く染まっている。
「あなたは雪峰ミフユでしたか。八重垣チハヤは面白いものを見せてくれましたが、貴方にはさして興味を惹かれませんね。まず、貴方の方から潰すことにしましょうか」
「─────────……」
瞬間、ちらりとミフユがこちらを見たのがわかった。
その真意は言葉にせずとも解る。さっきのベアトリーチェの発言からして、奴は私たちの目論見通りにこの遺物の力を低く見積もっている。事前に打ち合わせた通り、例の作戦を実行に移すべきだろう。
(私がやるべき事は、ミフユが「必殺技」を撃ち込むために……ほんの一瞬でもいいから、奴の注意を全て私に向けること。ベアトリーチェと真正面から打ち合って、ミフユから注意を逸らさせる)
だが、問題が一つあるとすれば──、
(想定よりもずっと……今のベアトリーチェは、強い……!)
私が歯噛みすると同時、ベアトリーチェは全方位に向けて杭脚の嵐を解き放った。
至聖所の広大な空間全ての床が、地中から突き出た脚によって津波のように波打ち破壊されていく。
「くぅ……!!」
私が残った全ての力を回避と迎撃に費やしている間に、ベアトリーチェはさらなる攻勢に打って出た。
狙いは満身創痍の私ではなく、あくまで戦闘能力を残したミフユの方だ。その巨体が滑るように奔り、床をガリガリと擦りながら黒剣が振り上げられる。
しまった──全方位に向けた攻撃の本当の狙いは、私とミフユを分断することにあったのだ。
「はあああああああああああっ!!」
標的となったミフユはしかし臆することなく、手にした刀で立ち向かっていく。
だが、今のミフユは本来の戦い方を自ら縛り、私と同じような戦闘スタイルを取っている。あの運動能力から放たれるベアトリーチェの攻撃は、不慣れな戦い方で捌き切れるほど甘くない。
そもそも、注意を引かなければならないのは私なのだ。ベアトリーチェがミフユを狙ってしまっては、作戦が上手く機能しない。
「ミフユっ……いま、行きます……!!」
私は一刻も早く、この怒涛の攻撃を乗り越えて奴の元へと辿り着かねばならない。
津波じみた勢いで地中から襲い来る杭脚の数々を刀一本で斬り捌き、必死で震える足を前へと運ぶ。
「くそっ……この、邪魔ですっ──!!」
絶え間なく遅い来る攻撃の奥から、刃と刃が激突する剣戟の音が響いてくる。
早く、早く、もっと早く。
私は背筋を凍らせるような嫌な予感に襲われながら、疲労も痛みも全てを無視して「彼岸白雪」を振い続けた。
そして、ついに迫り来る攻撃の波濤を斬り伏せて、視界が開けたその先に──、
「───────────な」
その先に見た光景に、私は思わず言葉を失っていた。
赤。
最初に視界に入ったのは赤だった。まるで雪の精霊みたいなミフユには似合わない色が、その体を染めていたのだ。
彼女は──剣戟の末に吹き飛ばされたのか、至聖所の壁にもたれかかるようにして沈黙していた。
至る所から流れ落ちた血が、床に真っ赤な血溜まりを作っている。彼女の制服は幾つもの箇所が破け、その奥から血が滲んでいた。中でも額と右脇腹のあたりはどれほどの怪我をしたのか、溢れ出した血で見るも無惨に真っ赤に染まっている。
そして、そのヘイローは────、
「はあ、呆気ないものです。一対一に持ち込んでしまえばこの程度ですか」
口角を上げながら、ベアトリーチェがこちらを振り返る。
ヘイローの消えた少女に背を向けて、その瞳をぎらつかせながら。
「さて──次は貴方です、八重垣チハヤ」
その瞬間。
ぶつん、と頭の中で何かが切れた音がした。
「あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!」
気がついた時には、私は全力で駆け出していた。
全身を巡る血流が全てマグマに置き換わったのかと錯覚するほど、全ての細胞が憤怒に叫んでいる。
その怒りは疲労の蓄積やあらゆる痛みを上回り、かつてない速度を引き出した。音すら上回る速度で、ベアトリーチェの巨躯へと肉薄する。
「やはり貴方は興味深いですね。貴方の身に累積したダメージ量は、明らかに肉体の活動限界を超えている。にも関わらず、こうして立ち向かってくるのですから」
「お前えぇええええええええええええええええええぇっっっ──────!!!!」
私が怒りと共に振り下ろした一閃を、ベアトリーチェは真正面から黒剣で受け止めて見せた。
耳をつんざく激突音が至聖所を揺るがし、余波の烈風が粉々に砕けた瓦礫を宙へと運ぶ。
この異質を極めたような不協和音は、とてもではないが自然に発生するものではない。超常と超常、互いに反則級の兵器が激突することで過干渉でも起こしているのか。
「ふふ──この世界にあってその武器を手にした事といい、貴方は特異な神秘をその身に宿しているのかもしれません。この世界のバグとでも言いましょうか。ゲマトリアの愚物どもであれば、或いは貴方を研究の対象とした可能性もある。ですが、それも最早私には関係のないこと! ええ、私の最も欲するところはただ一つ! あなた達の鏖殺しかないのですから!」
ベアトリーチェの言葉を無視して、私はさらに前へと踏み出した。
轟然と振るわれるデタラメな剣戟を、真正面から受けるのではなく背後に流す。二つの刃は擦れ合い、不気味な音と火花を散らしながら交錯を繰り返す。
「──────────っっ!!」
喉元への突きを上半身の捻りで避け、頭を落とす袈裟斬りを滑りながらやり過ごし、地面を削る薙ぎ払いを角度をつけた刀で受け流す。
凄絶な攻撃をギリギリのところでいなしながら、私は刀を力強く握り直した。
死と隣り合わせの攻防。避けると受けるの判断を一度でも誤れば、足捌きを一瞬でも違えば、その瞬間に私の命が尽きる。頭上に瞬く光輪を一薙ぎで刈り取る凶器が、幾度となく数ミリ横を駆け抜けてゆく。
「よく耐えますね。ですが、その身体でいつまで私の攻撃を正確に避け続けられるでしょうか!?」
そんなの私にだって分からない。
ただ一つ明確なのは、私がこの女を許せないという事だけだ。
何度も頭上から振り下ろされる黒剣を、ジグザグに跳んで避けながら──私は、それまで防御に使っていた「彼岸白雪」の刀身を勢いよく鞘に収めた。
「…………!!」
ベアトリーチェの顔に警戒の色が浮かぶ。
果たして奴はこの一撃にまで対応できるか。
これはまた見せていない最鋭最速、いわば私にとっての必殺技。
深く、深く、獲物に飛び掛かる寸前の肉食獣じみた姿勢に至るまで身体を沈め、一瞬で溜めた力を解き放つ。
居合抜刀。弾丸なんぞ比較にならない速度で放たれた一閃が、ベアトリーチェの身体へと打ち込まれる──!
「────────────……っっ!!!」
が、ベアトリーチェは恐るべき速度で黒剣を首元へと引き戻して防御を間に合わせた。
兵器と兵器の激突。余波で生じた烈風が小さな瓦礫を巻き上げて、床に蜘蛛の巣状の亀裂を生じさせる。
「ちぃっ……!!」
まだだ。渾身の一撃は防がれてしまったが、今のはベアトリーチェにとっても紙一重のタイミングだった。
これまでの打ち合いで、私の目はベアトリーチェの変則的な動きにも慣れつつある。このまま攻めの勢いを切らさずに畳み掛ければ、確実にあの防御を打ち砕ける。
腹の底からの咆哮をあげて、私が勢いよく刀を振り上げたその瞬間、
「ああ────本当に、子供というのは愚かしいですね」
強くて不気味な衝撃が、私の身体を走り抜けた。
最初は、何が起きたのか自分でも分からなかった。
生暖かいものが口から溢れ、呆気なく膝から力が抜ける。じわじわと赤く染まっていく制服が掠れた視界の中に映って、私はようやく視線を下に向けた。
地面を突き破った鋭い杭脚が脇腹に深々と突き刺さっているのが、ぼやけた視界の中に見える。
「ご……ふ………………っ?」
「この私が、馬鹿正直に「剣」だけで斬り合いをするとでも思いましたか? 最大の脅威に気を取られましたね。あなたのヘイローにこの剣を突き立てられるならば、手段など幾らでもあるというのに」
ずちゅ、と粘ついた音を立ててソレが引き抜かれる。
腹に穴が空いたのに、もはや痛みすら感じなかった。ただ全身からふっと力が抜けて、私は膝をついたままがくりと項垂れる。
決着はついた。
頚を差し出す罪人を裁く処刑人のように、ベアトリーチェが黒剣を構えるのが見ずとも気配でわかる。
私には、もう次の攻撃をどうこうするだけの余力はない。
「向こうに転がっている子供も、全く同じやり方で倒れました。彼女は、この刃の真価を試す前にヘイローが消えてしまいましたが……今ばかりは、貴方のしぶとさに助けられました。その目障りな光輪を砕き、確実なる死を差し上げましょう」
「じゃ、あ……」
そのベアトリーチェの言葉を聞いて、私は血を口端から垂らしながらそう呟いた。
遠のきかけた意識が、その事実に揺り戻される。
「じゃあ、その剣は……まだ、ミフユには、使っていないんです……ね」
その言葉の真意が理解できずに首を捻るベアトリーチェを無視して、私は俯いたまま微かに笑った。
それなら、それなら問題はないのだ。
私の目的は達成された。即ち、少しでもベアトリーチェの注意を私に全て向けさせるという目的を。
「それなら……あの人は、きっと……」
彼女の頭上に輝くヘイローが壊れていないのなら。
まだその命が燃え尽きていないのなら。
かつて私と戦った時のように、彼女は────!!
「はッ──────……!?」
一瞬固まったベアトリーチェが、何かに気付いたようにばっと真横を振り返った。さっきまで、ミフユが血溜まりに沈んでいた瓦礫の山を。
そこには、何もなかった。
ただ、点々と続く血の跡がベアトリーチェの背後に向かって伸びている。血痕を追って、奴がさらに視線を己の背後へと向けるよりも早く──放たれた鮮烈な真紅の輝きが、至聖所を眩く染め上げた。
◆
はるか昔から存続してきた天姫ヶ峰高等学校には、こんな逸話が残っている。
曰く。かつての天姫ヶ峰は巨大なカルデラじみた凹型の地形ではなく、一切の人間を拒むように聳り立つ岩山だったという。
それをたった一人の生徒が、硬い岩山を超常的な力で強引にくり抜いてあの地形を作ったのだ。一切の爆薬も重機も使わず、手にした一振りの刀をもって。
今日。
その伝説を、何百年ぶりに再現する。
「螺旋砲身形成、ならびに砲撃姿勢よし。対神性消滅機構起動……炉心リミッター解除、臨界点突破……エネルギー射出モジュール、最大出力……!!」
ベアトリーチェの警戒から逃れたミフユは、遺物の操作に全神経を集中していた。
杭脚に貫かれた脇腹からは今もぼたぼたと血が流れ落ちている。流れる血が混じった片目はまともに見えていない。傷の具合を考えれば一刻も早く止血すべきだが、彼女はそれよりも優先すべきことがあると判断した。
がこん、がこん、がこんッ──!!
胃の底に響くような重々しい音を奏でながら、刀のカタチを保っていたものが爆発的に展開する。質量保存の法則なんてまるきり無視。細い刀のフォムルに収まりきらないはずの各種武装が全展開され、その後ただ一撃を成すために収束していく。
それはまさしく巨大な砲、だった。
あらゆる機械を乱雑に繋ぎ合わせたパッチワークみたいな異形の
その大きさと重量はとてもまともな人間が操るものではない、と直感的にミフユは悟っていたが、それでもトリガーを引くだけならば問題はない。
「最終認証シーケンス────オール・クリア!」
その言葉に合わせ、砲は準備万端とばかりに唸りを上げて真っ赤な閃光を撒き散らした。
この武装は人智や常識を超えたもの。恐らくは根っこのところで、あの黒い剣とミフユの刀は同一の存在なのだ。即ち、「この世界に蔓延る神秘を鏖殺する」ために造られたものであるという点で。
それはつまり──双方の兵器を造ったものが同じである、ということではないのか?
その奇妙な一致に気がついて、しかしミフユはノイズになりかねない思考を中断した。
「──────────……まさかっ!?」
そこでようやく、ベアトリーチェが背後を振り返って驚愕に瞳を見開いた。
だが、もはやどう動こうが奴は逃げられない。照準をしかと見つめる薄青の瞳は、確かにベアトリーチェを捉えている。
息を鋭く吐きながら、彼女はトリガーにかけた指に力を込めた。
恐らくは誰よりもこの遺物を知っていたであろう少女が編み出した秘奥。あらゆる神秘を、脅威を打ち砕くただ一つの必殺。その名は──、
「"ラガシュ・ディンギル"──────!!」
瞬間、巨大な一筋の赤光が世界を貫いた。
己めがけて迫り来る赤の奔流を前にして、ようやくベアトリーチェは気付いたのだろう。チハヤとミフユがこの遺物の真価を知っていながら、意図的に無知な子供を演じて油断を誘っていたことに。
「その程度の浅知恵が、通用すると思いましたか──────!!?」
だが、ベアトリーチェはそれでもなお前へと踏み出した。
彼女はその右腕に絡みついた巨大な黒剣を盾として、渾身の一射を迎え撃ったのだ。
次の瞬間。広大な至聖所全てが真っ赤に染まるほどの閃光を撒き散らしながら、赤と黒が激突した。
「ぐ…………ッ………………!!!」
赤雷と暴風が至聖所を蹂躙し、ミフユは浮き上がりそうになる身体を必死に押し留める。
ベアトリーチェは、生きていた。
その黒々とした刃を斜めに構え、絶え間なく襲い掛かる赤の奔流を背後へと受け流している。未だ健在たるその姿を閃光の奥に視認して、ミフユは思わず奥歯を噛み締めた。
びしり、と巨大な黒剣に白い亀裂が走る。
だがそこが限界だ。その亀裂が刀身を覆い尽くす前に、ミフユの方が限界を迎えた。
全てを穿つ赤光は、十秒ほどの射出を終えて完全に掻き消えた。
「………………っ!!」
赤い粒子が舞う中、至聖所に静寂が戻る。
ミフユの決死の攻撃は恐るべき兵器に確かな亀裂を生じさせたものの、しかし決着には至らなかった。
遺物が放熱しながら元の形へと戻り、全ての機能を停止してがらんと地に落ちる。今のはあらゆる機能をただ一撃に費やす奥の手だ。腹部の傷も鑑みれば、ミフユはもう戦える状態ではなくなった。
対して──ベアトリーチェは、無傷。
ひび割れた剣を構え直し、彼女はゆっくりと身体を起こす。
「なるほど……少々貴方を侮っていたようです。まさか、その遺物の力を引き出す術を獲得しているとは……ですが、その不意打ちも失敗に終わりました。もはや、貴方達にこの戦況を覆す力はない」
沈黙した刀を手に地面に座り込んだミフユに、ベアトリーチェはがりがりと剣を引き摺りながら肉薄する。
形ある死が、今度こそ彼女に近づいてゆく。
「どうやら、勝敗は決したようですね」
その言葉に、ミフユはもう顔を上げる事すらしなかった。
高々と剣を振り上げるベアトリーチェに、彼女は口端を緩めてこう言った。
「ええ────私たちの勝ちよ、ベアトリーチェ」
彼女の確信を示すように、再び閃光が瞬いた。
それは勝利の確信を抱くベアトリーチェの背後。
そこに──輝く刃を構えた、もう一人の少女が立っていた。
◆
「繰り返すけれど、チャンスは一度きりよ。ベアトリーチェを倒せる否かは、件の一撃を叩き込めるか否かにかかってる。だから……」
「……だから?」
「チハヤ。あなたに、最後の一押しを任せたい」
この戦いが始まる前、ミフユは少しばかり申し訳なさそうな顔で私に言った。
「少し前……百鬼夜行灯篭祭に現れたクロカゲと戦った時に確認した、遺物のエネルギー滞留現象を覚えてる?」
懐かしい単語が出てきて、もう随分前のことのように思える百鬼夜行灯篭祭のことを思い返す。
百鬼夜行にて行われたあのお祭りに参加した私とミフユは、百鬼夜行を蹂躙する黒々とした怪物に遭遇した。名前はクロカゲ──通常の攻撃のほとんどを無力化する、恐るべき敵だった。
「そんなこともありましたね。攻撃が通用しないクロカゲには困らされましたが、結局あいつの炎が私の「彼岸白雪」に纏わりついて……その炎もろとも斬りつけることで、なんとか押し留めることができたんでしたっけ?」
「そう。クロカゲも私たちの武器も、この世界の根幹にあるモノから外れたエネルギーを用いている。だからこそ、クロカゲの炎をあなたの刀は纏うことができた。それなら、
同じ武器。それは即ち、私とミフユの刀のことだ。
クロカゲの時はたまたま偶然、運良く似通ったエネルギーを受け取れただけなのだろう。電化製品が、規格と異なる周波数を受け取ってもなんとか動作するように。
だが今回は違う。「双杖」と名付けられたことからも分かるように、この兵器は全く同じ構造、同じ動力をもとに動いている。
「元々、私たちの武器は二つでひとつ。もし仮に、私の「必殺技」が外されたとしても……チハヤの刀なら、きっと私の一撃を
その理論は正しい。
だが、私は一抹の不安から声をあげた。
「でも、本当にそう上手くいくでしょうか。練習してる時間はないですし、私はこんなボロボロの状態です。仮にそこまで漕ぎつけたとして、満足にミフユの作戦を実行できるかどうか……」
「ええ。傷ついたあなたに無茶を言っているのは自覚してる。でも……どんな強力な武器を振り回そうと、私は未熟な一人の子供でしかない」
ミフユは少し自嘲気味に笑ったけれど、あまり思い詰めているようには見えなかった。
それもそうだろう。ミフユはその事実を認識してはいるけれど、悲観してはいない。その無力を嘆き、全てを諦めていたかつての彼女はもういないのだ。
ミフユは瞳を細めて、私を薄青の瞳で見つめてこう言った。
「だから……私の不足を、チハヤに埋めて欲しい。一人では無理なことだって、二人なら成し遂げられると思うから」
◆
「はぁ……はぁ……………はぁっ……!!!」
そんな事を言われたら、私だってやるしかない。
お腹に穴が開いていようと関係あるか、と根性だけで立ち上がる。葛藤と戦いの果てに彼女が伝えてくれた、その信頼に応えるために。
「っ……ああ……ああああああああああああああああああああ!!!」
ミフユはベアトリーチェが渾身の一撃を受け切ることまで想定して、傷ついた体に鞭打って背後へと回り込んだのだ。私とミフユでベアトリーチェを挟むことで、万が一の時、私がミフユの一撃を受け止められるように。
「な────────……」
受け流された赤光を浴びた刀は、真っ赤に輝いてうなりを上げていた。莫大なエネルギーが、雷の如くのたうちながら刀身に纏わりついているのだ。
それが自然と霧散するよりもずっとずっと速く、私は勢いよく前へと踏み出した。
「にぃいぃいいいいいいいいッッッ!!??」
踏み出した脚は震えていて、速度なんて欠伸が出そうな程に遅かったけれど、ミフユの一撃をいなし切って完全に油断したベアトリーチェに余裕はなかった。
それでも、白い亀裂の入った大剣が半円を宙に刻みながら振り抜かれる。私の頭上に瞬くヘイローをその手で粉砕するために。
迫り来る死の刃紋に映る己を、しかし正面から睨み返した。
私はかき集めた最後の力を、そしてミフユから受け取った力を「彼岸白雪」に乗せて──、
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
亀裂の走った黒剣を今度こそ粉砕し、ベアトリーチェの身体を斬り裂いた。