キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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反転する光

 

 私が放った渾身の一閃は、ベアトリーチェの身体を深々と切り裂いた。

 肩のあたりから脇腹まで至る傷口から鮮血が噴き出すよりも尚早く、叩き込まれたエネルギーがベアトリーチェの体内で炸裂する。

 

「か……ふ……っっ!!?」

 

 膨らみ、異形へと変貌したベアトリーチェの体躯に亀裂が走った。

 体内で爆ぜた「双杖」のエネルギーが、その身体を食い破らんと荒れ狂っているのだ。

 その様を見つめながら、私は崩れ落ちそうな体を刀で支える。あれが最後の一撃だ。もう、今の私に攻撃を加えられるだけの余力はない。

 

「ば……かな……この、私が………っ!!!」

 

 だが、それはベアトリーチェも同じだった。

 苦悶する彼女の身体はまるで爆発寸前の爆弾のように膨張して、体に走る亀裂からいく筋もの光を漏出させる。

 

「あああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああ──────っっ!!」

 

 そして──響き渡る断末魔と共に、ベアトリーチェは内部から膨れ上がった光に呑み込まれていった。

 

「────────」

 

 それが、長く続いた戦いの終わりだった。

 深く息を吐く。全身が痛み、まだ出血は続いている。刀を杖にしていなければ立っていられないほどの満身創痍だ。

 気を抜けば意識を失いそうになるが、それでも私はふんばった。戦いは終わったけれど、まだ全てが終わったわけではないからだ。

 爆ぜた跡には、萎れた花のように縮んだベアトリーチェの姿があった。

 まだ息はあるが、もう自力ですら立ち上がれないようだ。彼女は乱杭歯を噛み締め、頭だけを動かしてこちらを睨んでいる。

 

「これで……決着ね、ベアトリーチェ」

 

 そんな女に、私の横へと歩み寄っていたミフユが刀の切先を突きつけた。

 距離が縮んだからこそ、彼女の傷がひどい状態にあることがありありと分かる。頭から垂れた血は顎まで伝い、制服は見る影もなく血まみれだ。

 ミフユは私を様々な面で上回っているが、こと頑丈さに関しては私の方が上だ。思わず心配になってしまうが、ミフユはそんな私を目線だけで「大丈夫」と制した。

 

「あり得ない……あり得ません……! 先生ならばまだしも、この私がッ……大人でもない、ただの子供二人に敗北するなどと……!」

 

「ただの子供と侮ったことが、あなたの敗因よ。奇跡を起こせるのは、なにも先生だけじゃない」

 

 ミフユの瞳は冷徹な色を帯びて、倒れ伏すベアトリーチェを見下ろす。

 

「いったい「色彩」は何をしているのですか……ッ! 以前ならば、もうこの地に顕現していてもおかしくはない! まさか……あの不吉な光が意思を持ち、何かに執着しているとでも……!? この私では、もう色彩に触れられないと……!?」

 

 色彩。かつてこのキヴォトスに到来し、この世界を終焉寸前まで追い込んだという災厄の光。

 それについて私は多くを知らず、隣に立っているミフユもそれは同じだろうが、ただ一つ確かなことがある。それは、ベアトリーチェが「色彩」を再来させる最悪のシナリオは防げたということだ。

 

「……正義実現委員会に連絡するわ。色々と引っ掻き回してくれたけど……その下手人を突き出せば、完全にチハヤの疑いも晴れるでしょう。それで一件落着よ」

 

「そうですね。色々ありましたが、なんとか解決することができました。これもミフユのおかげです」

 

「礼には及ばないわよ、今さら。私は、私がするべきと思ったことをしただけだから」

 

 彼女は微笑を浮かべて、亀裂の走ったスマホを懐から取り出した。激闘の後だったが、幸い壊れてはいないようだ。

 彼女が正義実現委員会への通報ダイヤルを打ち込むのを見守っていると、空気を揺らす笑い声が聴こえた。

 

「ふ、ふ────……」

 

 笑っているのは、倒れ伏したベアトリーチェだった。

 私とミフユは怪訝な顔で彼女を見下ろす。

 だってその笑みの理由が分からない。ベアトリーチェは完全に戦う力を喪失し、脅威であった「黒剣」も粉々に粉砕した。これ以上、ベアトリーチェに何か奥の手があるとは思えなかった。

 

「何を……笑っているんですか、ベアトリーチェ」

 

 それでも、私の直感は「何かある」と告げていた。

 まだ終わってはいない。そう感じたのはミフユも同じだったのか、彼女はスマホをしまいこんで刀を構えた。そして、それは私も同様だ。

 並んで警戒態勢をとる私たちを、ベアトリーチェは瞳を細めて睥睨する。

 

「あなた達は疑問に思わなかったのですか? 何故、キヴォトスの外へと放逐された私が「ヘイローを破壊する剣」などというものを携えて帰還できたのか……」

 

 思えば不思議ではあった。

 キヴォトスの外。不明の異次元へと放逐されたベアトリーチェは、どうしてまたこの地に帰還することができたのか。

 黒服は「不手際」があったのだろうと推察していた。私は、これだけ強いのだから、ベアトリーチェはその執念をもって不可能を可能にしたのだと思っていた。

 

「まさか……」

 

 ミフユが何かに思い至ったように呆然と口にする。そして恐らくは、私も同じことを考えていた。

 一つだけ、もっと簡単で分かりやすい要因がある。

 すなわち──私たちの知らぬ何者か(・・・)が、ベアトリーチェの帰還を密かに手引きしたという可能性があるのではないか、と。

 

「だから子供だと言っているのです。この私を止めた程度で全てが終わると思い込んでいる、その甘さが! あなた達にとっての死因となるのですよ!!」

 

 黒幕は他にいる──そんな可能性に思い至った時には、全てが手遅れだった。

 凄まじい熱と光が、ベアトリーチェの萎びた肉体から放出されたのだ。

 

「く……っ!!?」

 

 私とミフユは刀を地に突き刺して、烈風に吹き飛ばされそうになる身体を必死に押し留めた。

 前進すらできないまま、光の奥を睨みつける。そこには確かに倒れ伏していたはずの女が、ゆっくりと身体を起き上がらせる姿があった。

 

「この計画(プラン)は実行に移すつもりなどありませんでしたが……「色彩」が到来しないのであれば、構いません。この世界は、この醜き箱庭は、この私が手ずから滅ぼすこととしましょう。この私が、カタチある終焉となることで!」

 

「なに、が……っ!?」

 

「私をこの地へと再び送り込んだ「司祭」達よ! この私に、今度こそ……この世界を終焉へと導く力を授けなさい!!」

 

 司祭。

 その言葉が意味するところは一つしかない。

 無名の司祭。かつてこの世界に存在し、今は消えたという謎多き存在たち。彼らは「名もなき神」と呼ばれる存在を崇拝し、その為に数多の遺物を創り上げた。私たちが握る二振りの刀も、元を正せばその「司祭」たちが鍛造したものだ。

 曰く、彼らはこのキヴォトスの滅亡を望んでいるという。そしてそれは、目の前のベアトリーチェも同様だ。

 だからこそ、彼らは同じ野望を持って手を組んだ。そして司祭たちは放逐されたベアトリーチェに武器を授け、尖兵として送り込んだということなのか──、

 

「ふふっ……ふふふふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 彼女の身体が、光の中で闇に包まれていく。

 それはどこまでも見通せぬ漆黒だった。カタチある暗黒、としか言い表せない不気味なそれは、ベアトリーチェの体躯をくまなく覆ってゆく。

 その不気味な影に、ミフユが目を見開く。

 

「あの黒い障壁……まさか箱舟の……!? だとしたら、一振りじゃ足りない(・・・・)……!」

 

 致命的な何かを悟ったミフユは前に踏み出そうとしたが、吹き付ける熱風が行手を阻んでいる。

 だがそんな事はどうでもいい。何か致命的なモノが産まれようとしている、そんな直感だけが脊髄を駆ける。今すぐこの場から離れるべきだ。

 だが、もうとっくに足は言うことを聞いてくれない。

 

「────────!!」

 

 ベアトリーチェの背後に浮かぶ光輪に亀裂が走った直後──凄まじい閃光がその身から放たれ、至聖所を粉々に吹き飛ばすほどの大爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 次に目を覚ました時、私は真っ白な空間に突っ立っていた。

 目の前を見回してみても、そこには何もない。

 木々も、建造物も、動物も、人も、あらゆる全てが存在しない。どこまでも真っ白な平野と真っ白な空だけが続く、空間と呼んでいいのかすら怪しい何処か。

 それを見て、私は死んだのだ、と直感的に思った。

 私の記憶は、ベアトリーチェが引き起こした大爆発に巻き込まれたところで途切れている。それも、手榴弾やC4なんて規模の威力ではない。満身創痍の身体であんなものを受けてしまったのだから、ヘイローが壊れても仕方がないと思った。

 けれど──、

 

「こんにちは、八重垣チハヤちゃん」

 

 その悲観的な考えを否定するように、背後から声が飛んできた。

 振り返る。そこにはミフユと同じ髪色をした、どこか彼女に似た少女が立っていた。その顔に見覚えはないけれど、その声と姿はやはりミフユにとてもよく似ている。その柔らかい雰囲気までは似ていないようだけれど。

 

「あなた……は……?」

 

 思わず口走る私に、少女は笑みだけを返した。

 

「……私のお友達に不思議な力を持つ子がいてね。少し力を貸してもらって、あなたに会いにきたの。遠い未来(・・・・)を生きるあなたに。ちょっと反則だけどね」

 

 その言葉で、なんとなく事情を理解した。

 彼女が私のことを遠い未来の人間だと言うのなら、つまり彼女は遠い過去の人間だという事になる。どうして過去の人間が姿を見せられるのかとか、ここは何処かとか、そういう疑問を色々とすっ飛ばして考えた場合の話だが。

 ミフユによく似た容姿。そして何よりも、彼女の腰に下げられた一振りの刀は、ミフユのものと同一だ。それらが示す答えは一つしか思い浮かばない。

 

「つまり、あなたは……その……」

 

 私が述べようとした答えを、少女は申し訳なさそうに制した。

 

「ごめんね、あまり時間がないんだ。お話をしたいのもやまやまだけど、この場所にいられる時間はほんの僅かだから。だから、端的に伝えておくべきことを伝えるね」

 

 こほん、と彼女は咳払いして、腰に下げていた刀の紐を解いた。

 「彼岸白雪」の対となる、もう一振りの刀。

 それを示すように掲げて、少女は続ける。

 

「あなたとあなたの親友が持つこの武器は、遥かなる過去に司祭達が作った破壊兵器。その事実は、あなた達も知っていると思う」

 

 こくりと頷く。この刀をかつて創り上げた者たちが無名の司祭と呼ばれる存在であることは承知の上だ。

 考えてみれば、それこそが奇怪な因果を引き寄せたのかもしれない。彼らの武器を使う私たちだからこそ、同じく司祭の創り上げた武器を振るうベアトリーチェと戦う事になったのか。

 

「それでも……誰が作ったのか、本来の目的がどうか、なんていうのは関係ないんだ。双杖は所有者を認めた時、その人に力を貸してくれるから。そして、あなたなら「資格」がある。その手に二刀を握る資格がね」

 

「二刀……つまり私の刀とミフユの刀を、同時に使えと言いたいんですか?」

 

「うん。これからあなたの前に立ち塞がるのは、最後にして最大の脅威。あの災厄を倒すためには、この兵器本来の使い方で立ち向かうしかない」

 

 私はその言葉を聞いて、思わず目線を伏せた。

 彼女の言葉と考えを全て理解できたとは思わないけれど、忠告の内容は明白だ。

 私が握る遺物、「ザババの双杖」。それは、かつてとある王女のために鍛造された兵器であり、二対一体を旨とするオーパーツだ。その真価は、単身で同時に使用したときにこそ発揮される。

 それは私もミフユも、最初から理解していたことだ。

 けれど──、

 

「それは……本当に、それしかないのでしょうか」

 

 私はその選択肢に抵抗感を覚えて、思わずそう呟いていた。

 

「なんとなく分かっています。私とミフユのどちらかが二刀を振るえば、かつてない力を引き出せるであろうことは。でも、私とミフユはずっと前から、それを禁忌と定めているんです」

 

 それは──その手段に踏み切ったとき、どんな事態になるか分からないからだ。

 かつてのミフユは双杖を揃えようとしていたが、それは「箱舟」を起動させるための鍵にしようとしていたに過ぎない。私とミフユのどちらかが二振りを用いて戦った時、どれほどの力を振るうことになるのかは、博識なミフユにすら予想できなかった。

 膨大な力に振り回されて自爆する、ならまだマシな結末だ。最悪の場合、暴走した力が新たなキヴォトスの脅威になることだってあり得るかもしれない。

 箱舟での戦い以後──先生から遺物を任された私たちは、そんな懸念から遺物の同時使用だけは禁じることにした。単純な取り決めだが、それが子供なりに考えた、莫大な力を制御するための方策だったのだ。

 

「……いえ。これはただの言い訳ですね」

 

 私はぼそりと呟いて、伏せた瞳で刀を見やる。

 もはや手段を選んでいる余地がないことは、誰の目にも明らかだ。

 今のベアトリーチェを止めるためには最早それしかない。大爆発が生じる寸前、ミフユは「一振りでは足りない」と口にしていた。聡い彼女は私よりずっと早く、目の前の少女と同じ結論に至ったのだろう。

 それを理解しているのに、その決断に踏み切れない。

 それはつまり、私の覚悟が定まっていないということに他ならない。

 

「私は……きっと、怖いんです。莫大な力というものはすべからく御し難いもので、こんなちっぽけな手には余るものですから」

 

 私の弱気な告白を聞いた少女は、それでも無言を貫いた。

 真っ白な世界に数秒の沈黙が落ちる。

 たっぷり余韻を残した静寂の後に、少女はゆっくりと口を開いた。

 

「────あなたの夢は、なんだったかな?」

 

 その問いに僅かに息を呑んでから、私はその瞳を見据えて返答した。

 

「私の夢は……立派なサムライになること、です」

 

 彼女と同じように、腰に下げた刀の紐をほどいて取り外す。

 そうして黒の光沢が美しい鞘に目線を落としながら、私は続けた。

 

「でも、その夢の輪郭は未だに不透明なままです。私はどんな姿になりたいのかも曖昧なまま、がむしゃらに走り続けているだけ。ずっと昔、この「彼岸白雪」を手に百鬼夜行を飛び出した頃から何も変わりません」

 

 立派なサムライになる。

 私は私自身の夢をそう定めているけれど、そのゴールラインが明確になったわけではない。何をどうすれば夢が叶うのか、どんな成長を遂げれば「立派なサムライ」とやらになれるのか。

 私はそんなことも曖昧なまま、それでも無我夢中で走っている。

 

「その輪郭が定まらない以上、私の根っこは今も無価値な弱虫のままです。サムライという仮面を被ることで、自分を強く見せようとしたあの頃と変わらない」

 

 これまでの事を思い返しても、私には後悔ばかりが浮かんでくる。

 自分の夢が、そんなハリボテの夢であろうと構わないと認めたところで、私の奥底に根付いた弱さが変わるわけではない。

 だからこそ、私は何もかもが失敗ばかりだった。先生は守れず、親友は傷つき、多くの人々を巻き込んだ。私がもっと強ければ、こんな結果は招かなかっただろうに。

 そんな悲観が若干の諦念に変わったのか、私は自嘲気味に呟いた。

 

「やはり、こんな未熟者では無理なんです。二刀を扱うことなんて」

 

 こんな事を自ら言うなんて、あまり私らしくないと思う。

 

 ……たぶん、私はものすごく疲れているのだ。

 

 戦って戦って戦って戦い続けて。それなのにまだ最大の脅威が潜んでいる事を知って、そんな疲労の重みが心を折ろうとしている。そんなものに屈しそうになっている時点で、やはり私は弱虫なのだろうと考える。

 けれど──、

 

「ううん。それは違うよ、チハヤちゃん」

 

 目の前の少女は、その弱音をきっぱり否定した。

 

「あなたはもう無価値な弱虫なんかじゃない。さまざまな戦いを潜り抜けて、色んな人と関わって、あなたはとっても強くなった。戦いの中で得たものは、きっと痛みだけじゃないはずだよ。それでもあなたが認識を変えられないのは、あなた自身が自分を信じきれていないだけ」

 

「それ、は────……」

 

 私は思わず呟いて、目の前の少女を見つめ返す。

 自分を信じきれていないというのなら、それはずっと昔からその通りだ。

 だって私は、私しか知らない私の弱さをたくさん知っている。サムライという仮初の姿で覆い隠してきた弱くて脆いところも、他の人には見せたくない醜いところも、余す事なく知っている。

 他ならぬ私だからこそ、私は弱い私を許せないのだ。

 そんな不信感が私の心を縛り付けて、これまでの疲労が更に心を潰している。

 

「だから、信じて」

 

 それでも、彼女はそう言った。

 

「ここまでひたむきに走ってきた自分と、そんな自分を想ってくれる人たちを信じて。そうすれば、あなたはきっと到達できる。私でも辿り着けなかった果ての果て──銃と硝煙の世界(キヴォトス)にあっては辿り着けるはずのない、剣の境地ってやつに」

 

「私自身を……信じる……」

 

 そこで何らかのタイムリミットを迎えたのか、ぐらりと世界が揺れた。

 急激に目の前の少女の輪郭がぼやけていく。夢か現かも分からない曖昧な世界が、カタチを失って霧散していく。私は無我夢中で彼女を追おうとしたが、その姿を捉えることはできなかった。

 だが、最後の瞬間。

 楽しげに笑った彼女の声は、確かにこう告げていた。

 

「頑張って、チハヤちゃん。ゴールはもうすぐそこだよ」

 

 

 

 

「……ハヤ」

 

 沈んだ意識が、誰かの声で揺り起こされる。

 

「チハヤ、起きて」

 

 その優しい声は、私のよく知るものだった。

 瞼を開けると、そこには予想通りにミフユの顔があった。天には美しい星空と光輪が広がり、月明かりがその美しい顔に深い陰影を刻んでいる。

 静かだ。

 場を満たす静寂を鼓膜で感じながら、私はゆっくりと身体を起こした。

 

「何が……どうなったんでしたっけ。私たちは、ベアトリーチェを倒して……それで……」

 

 不思議な人に会った。

 あれは夢に見た幻だったのか、それとも本当に何らかの影響を受けていたのか。

 そんな事を考えていると、焦げ臭い匂いが鼻をついた。

 そうだ。私とミフユは爆発に巻き込まれたのだ。その事に思い当たって、私はすぐに体を起こした。

 寝ている場合ではない、今の状況は一体どうなって……、

 

「──────……!!!」

 

 その光景を見た瞬間、私は戦慄した。

 周囲にあった瓦礫どころか、巨大な至聖所そのものが跡形もなく粉砕されている。周囲には熱混じりの煙がたなびき、まともなカタチを保っている人工物はほとんどない。だから頭上に夜空が広がっていたのだと、私は今更ながらに理解した。

 その破壊の中で、倒れた私の周囲僅かな空間だけが破壊を免れていた。

 それはつまり、あの爆発が起きた瞬間、彼女は私に覆い被さる形で私を庇ったということで──

 

「無事で……よかった……」

 

 言葉を失った私を置いて、ミフユは身体を傾かせて前のめりに倒れ込んだ。

 

「みっ……ミフユ、そんな……っ!!」

 

「結局……こうなる、とはね。こうなるなら、最初から禁じ手を使うべきだった、かしら。ほんと、失敗したわ……」

 

 彼女の制服の背面は、焼けてほとんど原型を留めていなかった。身体に受けた火傷と骨折がどれくらいのもので、総合的なダメージがどれほどになるのかは想像もつかない。

 取り乱す私に、しかしミフユは満足げに笑う。

 

「チハヤ……まだ、戦いは……終わってない。だから、この子を……あなたに、託す」

 

 彼女は震える手で、鞘に収めた刀を私に差し出した。

 

「ふふ。私ね……前に、あなたが言っていたように……この刀に、名前をつけてみたの……」

 

 そう言えば、ずっと前に「刀に名前をつけたらどうか」とミフユに言ったことがあった気がする。そんな、既に懐かしくすら感じてしまう日常の記憶を蘇らせた私に、ミフユは言った。

 

「名は……『八重一文字(やえのいちもんじ)』」

 

「それ、は」

 

「うん……。勝手だけれど、チハヤの名前から……拝借させてもらったわ。あなたが私への憧れを、その刀に込めたのと……同じ、ように。私だって、あなたの強さに、憧れたんだから──」

 

 その言葉に思わず息を呑み、私は差し出された刀を強く握り締めていた。

 

「ごめん……後は……任せ……っ」

 

 そこまで言って、ミフユは今度こそ完全に意識を途絶させた。彼女の腕が力無く落ちて、頭上のヘイローが掻き消える。

 私は託された刀を呆然と見やりながら、彼女の言葉を反芻していた。

 ミフユは、私に憧れたと言ったのだ。

 その事実に嬉しさを感じるよりも先、私は重大なものを見落としていたのだと気づいて、ただ驚愕に言葉を失っていた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────!!!!」

 

 意味のない轟音、空気を揺るがす咆哮が夜空を突き抜けてゆく。

 私は上手く働かない頭をのろのろと上げて、月光に照らされた目の前を見やった。

 目の前には、正しく怪物が立っている。

 

「ベアト……リーチェ…………」

 

 私はその名前を無意識に溢したが、本当にそう呼んでいいのかすら分からなかった。それはあまりに、元のカタチをかなぐり捨てていたからだ。

 それは巨大な蠍のようなシルエットをしていた。太い多脚で地面を踏み締め、特に巨大化した両前脚は「黒剣」を想起させる漆黒の鋭さを誇っている。視線を奥に移せば、長い水晶、あるいは塔を思わせる何かが膨張した腹部を貫くようにして顕現している。そして頭部には、ぎょろりぎょろりと蠢く焦点の合わない無数の瞳と、口腔からはみ出した鋭い歯。

 それはもう、理性や意識と呼べるものすら失っているように私には思えた。

 

「ベアトリーチェ、あなたはそこまで……いや、司祭たちは最初からこうするつもりで、ベアトリーチェを送り込んだんでしょうか……」

 

 私には最早怒りはなく、彼女への憐憫すら感じていた。

 本来死ぬはずの存在だったとはいえ、「司祭」達によって掬い上げられ、こんな怪物に成り果てるに至ったのだとしたら、やはりその末路は哀れと言わざるを得ないだろう。

 それでも彼女の罪は消えないし、私のするべきことは変わらない。キヴォトスの脅威となるあの女を、ここで倒さなければ──、

 

「ぐ……っ!!」

 

 それでも、現実は残酷だった。

 二刀を託された以上、奴を打倒する手段はこの手の内にある。

 けれど身体に蓄積したダメージは、もはや戦闘など不可能な領域にまで達していた。

 出来ることといえば、ミフユを抱えながら、その怪物を睨みつけることしか。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■──────!!」

 

 そんな私たちを置いて、目の前のベアトリーチェは咆哮をあげながら体を膨張、変形させていた。

 詳しい理屈は知らないけれど、アレは恐らくまだ変容の途中なのだ。それを示すように、既に一軒家分はあろうかという巨大は、しかし際限なく膨らんでゆく。

 あのままいくと、奴は本当にこのキヴォトスにとっての終焉へと育ってしまうかもしれない。

 そんな焦りを見せる私を、蠢く瞳のうち一つがしかと捉えた。

 

「…………あ」

 

 その直後、邪魔者を退かすかのような軽さで大鎌が振るわれた。

 鋭利に尖った右前脚での縦一閃。

 それを見た途端、私は明確な「死」を感じた。アレは確実に私を葬り去ると理解できて、思わずミフユに覆い被さって目を閉じた。

 何かを考えてそうしたのではない。そんな余裕はなかったからこそ、私は直感だけでそうしていた。

 恐らくは、先ほどのミフユがそうしたように。

 

「────────────……?」

 

 けれど、予期していた衝撃も、逃れ得ぬ死も私を襲うことはなかった。

 恐る恐る顔を上げた私の鼻に、柔らかなものが触れた。

 羽根だ。

 穢れなき純白の羽根が一枚、ひらりひらりと舞っている。

 

「な……」

 

 私の前に、誰かが立っていた。

 その姿を見紛うはずがない。その純白のロングコートは、間違いなく連邦生徒会の所属である事を示すものだ。

 私が誰よりも信じる大人で、ただ一人主と認めた人。

 私がずっとずっと待ち侘びた、その人の名は──、

 

「──────……先生っ!!」 

 

「遅くなってごめんね、チハヤ。ここからは私の出番だ」

 

 涙ぐみながらその名を呼んだ直後。先生はたなびくロングコートの内ポケットから、切り札を躊躇なく抜いた。

 水平に伸びた腕の先で、指に挟まれた大人のカードがぎらりと輝く。

 それに呼応するように、先生の両脇に二つの影が躍り出た。

 ロングコートをたなびかせた、巨大な捻れ角と改造を重ねたガトリングガンを携えた少女。もう一人は黒一色の制服に二丁のショットガンを構えた、漆黒の翼有する少女。

 キヴォトスに最大勢力を以て君臨するゲヘナとトリニティ、その二大校が誇る最高戦力──!!

 

「これより……作戦行動を開始する」

 

「きひっ、ひひひひひひひ──────────!!!」

 

 空崎ヒナ、そして剣先ツルギ。

 彼女らが凄まじい勢いでベアトリーチェへと肉薄するのと同時に、もう一人の影が私のすぐ隣に歩み出た。

 そう。ベアトリーチェが私めがけて振り下ろした大質量の鎌は、しかしたった一人によって宙空で掴み取られていたのだ。

 私の隣に立つ、もう一人の少女の手によって。

 

「や、チハヤちゃん。久しぶりって程でもないのかな」

 

 その姿には見覚えがあった。美しい桃色の髪、銀河のように煌めくヘイロー、穢れなき純白の翼。

 手にしたライフルを無造作にぶら下げながら、彼女はこちらを振り返る。

 

「ナギちゃんには止められたんだけどね。どうしても我慢できなかったから、先生にお願いしてついて来ちゃった」

 

 ばさり、と穢れなき白翼が開かれた。

 今度は私を倒すためではない。私と先生を助けるために、破壊の天使がその力を振るう。

 

「借りを返しに来たよ、チハヤちゃん」

 

「……ミカ!」

 

 彼女はその凄まじい膂力をもって、受け止めた大鎌を真横に弾き飛ばした。標的を外した鎌は地面へと吸い込まれ、亀裂を走らせながら大地を穿つ。

 凄まじい威力。だが、ミカは微風にでも吹かれたかのような自然体でその余波を受け止め──ぎちり、と硬く拳を握り直した。

 

「チハヤちゃん。ここは私たちが時間を稼ぐから、今は退いて!」

 

 その言葉に私が頷くと同時、背後から獰猛なアクセルの音が聞こえてきた。

 振り返ると、こちらに突っ込んでくる救急車らしき車体が見える。黒塗りの救急車、だろうか。その車体にはゲヘナの校章が刻まれているのが、土煙の中で微かに見えた。

 それはドリフトじみた曲線軌道で目の前に停車し、中から救急帽を被った少女が飛び出してくる。

 

「────乗ってください、早く!」

 

 迷う余地はない。私はその声に従って、ミフユを抱えて車内へと転がり込んだ。

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