キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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きっと私は無敵です

 

 先生が前線の生徒たちに「撤退」の指令を出してから一時間と少しが経過した後。

 

「────────」

 

 作戦本部の天幕に戻った私は、騒がしさが数倍増しになった天幕の隅で言葉を失っていた。

 ただでさえ狭かった天幕の中は、今や様々な生徒たちで若干の過密状態だ。ここに来ているのは各組織の中でも代表者や幹部、あるいはそれに近しい生徒たちに限定されるだろうが、それにしたって数が多い。

 恐らくは、先生が現時点で集められるだけの生徒に協力を仰いだ結果なのだろう。地理的な問題もあってゲヘナ・トリニティの生徒達が多いが、他校の生徒達もちらほらと見受けられる。

 流石に戦いによる疲労の色が皆の顔に浮かんでいるが、士気までは下がっていないようだ。

 と、手持ち無沙汰に突っ立っていた私のところに一人の少女が歩いてきた。

 

「目を覚ましたのね、八重垣チハヤ」

 

「ふっ、風紀委員長……!」

 

 その姿を見て思わずたじろいだ。失礼とは承知だが許してほしい。あの空崎ヒナにいきなり声をかけられると、流石の私でもちょっとびびる。

 が、先日に彼女と交戦した際、ヒナが上手く立ち回って私を見逃してくれたことはアコから伝え聞いた通りだ。

 

「……そ、その、ありがとうございました。委員長が色々と配慮してくれたことはアコから聞いています。お陰でゲヘナを抜けられましたから」

 

「別に構わないわ。それより、傷は痛まない?」

 

 ヒナは私の身体をじっと見つめて、単刀直入にそう問いかけた。

 やはり強者独自のプレッシャーを感じてしまうが、その言葉は純粋に私の身を案じている。

 敵として戦った時にはとても感じ取る余裕などなかったが、そうではない今なら容易く理解できた。彼女の透き通るような瞳の奥には、確かに深い優しさが根付いている。

 

「痛まないといえば嘘になりますけど……でも、これくらいなら平気です。私は頑丈ですから!」

 

「また無茶を言うっすね、本来は絶対安静の状態でしょうに。痩せ我慢はよくないっすよ」

 

 そんな会話をする私たちに、横から混じってくる者がいた。

 目を向けると、そこには見覚えのある黒髪の人物が立っている。正義実現委員会の一員、仲正イチカだ。

 彼女のまたヒナと同じく、先日私が交戦した生徒である。

 

「ああ……イチカもここに来たんですね。その、先日はまともに斬ってしまってすみませんでした。傷は大丈夫でしたか?」

 

「それはこっちの台詞っすよ。ここだけの話、アレはわざとやられたんで安心してください」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「ええ。奇しくも、そちらの委員長さんと考えてることは一緒だったみたいっすね。こういう仕事をしてると、相手の発言が嘘かどうかくらいは見抜けるようになるんで。ベアトリーチェの名前が出た時点で、なんとなく状況は読めたっす」

 

 イチカはそう言ってにこやかに笑う。

 確かに、彼女と戦った際はやけにあっさりと突破する事ができた。あれは最初から私を捕える気がなかった、ということなのだろう。

 だが、風紀委員長のヒナと違って、イチカは正義実現委員会のトップという訳ではない。そんな彼女が私を信じてくれたとしても、ここまで迅速に正義実現委員会を動かすことは難しいはずだ。

 そんな私の懸念を知っているかのように、イチカはその後のことを話し始める。

 

「あなたを素通りさせた後は、私からツルギ先輩に相談を持ちかけました。私は白だと判断してましたが、いかんせんあなたの証言を証明する証拠も何もない状況だったんで、下手に動いていいものかと。でも、ツルギ先輩が……」

 

「あの委員長が、どうしたんですか?」

 

「ええ。責任は自分が全部持つから、出来る限り迅速にアリウス自治区突入の準備をしろ、と言い始めたんすよ。流石に上層部に咎められるかとヒヤヒヤしましたが、運良くティーパーティーも同じ情報を掴んでたみたいで……後は、とんとん拍子に事を進められたっす」

 

 イチカの言葉に、私は思わず驚いてしまった。

 私はツルギと二度戦っているが、その度に完膚なきまでにボコボコにされている。二度目の戦いではかなり善戦できたが、それでも「戦いになった」というだけだ。最初から私に勝機は存在しなかった。

 そういう訳で、私は正直なところヒナ以上にツルギに対して苦手意識を持っているというか、一度目の戦いでショットガンの弾丸を全弾叩き込まれた挙句に片腕を逆方向に捻じ曲げられたときのトラウマがずっと消えてくれないのだが──やはり、ツルギもまたトリニティという一大校を背負う委員長ということか。

 と、そんなダブル委員長の偉大さに思いを馳せていると、

 

「チ〜ハ〜ヤ〜ちゃんっ⭐︎」

 

 後ろから突然抱きつかれて、私はぎょっとして振り返る。

 そこにいたのは、白翼を有する天使のような少女だった。

 

「み……ミカ!?」

 

「ごめんね、チハヤちゃんを助けた後はかっこよく決着をつけたかったんだけど。あの女、思ってたより厄介みたい。それより、ほんとに体調は大丈夫なの? なんだか顔色悪くない?」

 

「あ、あはは……いや、大丈夫ですよ、ほんとに」

 

 私の顔色が悪いのは別に私のコンディションが悪いと言うわけではなく、ミカに組み付かれて思わずその剛腕に薙ぎ倒された時のことを思い出したからなのだが、そこは彼女を慮って黙っておく。

 

「それより、ありがとうございました。ミカがあの時私たちを庇ってくれていなかったら、私とミフユもあそこで……」

 

「いいのいいの! あれくらい、まだまだ借りを返すには足りないくらいだし! でも、チハヤちゃんしかここにいないってことは……」

 

「ええ、ミフユはまだ目を覚まさないみたいです。ただ、命に別状はないそうなので安心してください。あの怪物が倒れる頃には、きっと目を覚ましますよ」

 

 そんなやり取りをしていると、天幕の奥の方がにわかに騒がしくなってきた。

 見ると、先生がプロジェクターの準備をする横で行政官のアコが声を張り上げている。

 

「ブリーフィングを始めます! 各組織の代表者は集まってください!」

 

「……どうやらそろそろ時間のようね」

 

「そうっすね。世間話はこの辺りにして、怒られる前に移動しますか。チハヤさん、また後ほどっす」

 

 私と話していた三人は、ブリーフィングの開始に伴って各々がいるべき場所へと戻っていった。

 私はどうしようかと悩んだが、ここで突っ立っているのもなんなので、邪魔にならない場所で会議の様子を見守ることにする。本音を言えば先生に今すぐ伝えたいことがあるのだが、こんな状況で空気を読まずに先生を確保するわけにもいかない。

 

「しかし、これは……」

 

 その事はひとまず置いておくにして、前線から撤退してきた錚々たる顔ぶれは圧巻だった。

 風紀委員長、正義実現委員会などのゲヘナ・トリニティが有する精鋭組織をはじめとして、RABBIT小隊やミレニアムのハッカー集団なども肩を並べている。私の知らない生徒達はレッドウィンターか、それとも山海経あたりの組織だろうか。そしてお尋ね者の美食研究会や温泉開発部に至っては、やはり何故ここにいるのかすら分からない。

 

「揃いましたね。では早速、情報共有から始めさせて頂きます」

 

 そんな感嘆に浸っていると、ベアトリーチェ討伐作戦のブリーフィングが始まった。

 私が気絶しているうちに何度か行っているからだろうか、前置きも何もない実にスムーズな導入だ。アコは早速プロジェクターを起動させて、天幕に巨大な怪物の姿を映し出す。

 

「標的の名称はベアトリーチェ。体高はおおよそ120メートル、体重の方は推定で8万トン。まさに山の如き怪物ですが、現時点でも膨張を続けています。予測では、三日もあれば体高300メートルを超えるサイズにまで「成熟」すると見られています」

 

 淡々と語られるベアトリーチェの状況に、思わず私は息を呑む。

 交戦映像を見てなんとなく把握していたが、やはりベアトリーチェは私が見た時よりも遥かに大きくなっている。

 かつては一軒家程度の大きさだったのが、今や高層ビル数棟がまとまって蠢いているかのような大きさだ。

 

「加えて、標的は出自不明の雑兵を常に呼び寄せ、周囲に展開しています。現時点で尽きる様子のない無限の兵力であり、こちらも無視できるものではありません」

 

「奴の進行ルートの方はどうなんだ? 依然として変化なしか?」

 

 アコの説明がひと段落してから、聞き入っていた生徒の一人が質問を投げる。

 

「残念ながら、進行ルートに変化はありません。標的は依然、ゲヘナ・トリニティ自治区境界線に向かって進行しています。幸い、巨大さに反して進行速度は遅々たるものですが……それでも、早朝五時を回る頃には境界線の終端へと到達するでしょう」

 

 思わず天幕の端に設置されたデジタル時計を見やる。

 現在時刻は深夜1時前。アコの言葉が正しいとすると、あと四時間とちょっとでベアトリーチェは市街地に到達してしまう計算になる。

 

「ゲヘナもトリニティも市民の避難は開始しているけれど、侵入を許した場合の被害は計り知れない。なんとしても、ベアトリーチェを自治区の外で食い止める必要がある」

 

 アコの説明に先生が付け加える。それはここにいる全ての人員が抱く共通認識だ。

 市民や建物を気にせず攻撃できる荒野ならばともかく、市街地に入られてはこれまでのような火力集中すらも難しくなる。何より、あの規模の怪物が無秩序に暴れ回った場合の被害はどうなる事か。

 

「標的の情報整理に戻りましょうか。現時点で、ベアトリーチェの攻撃方法は複数確認されています。両前脚の大鎌を用いた一撃。杭足を地中に潜らせ、全方位に解き放つ広範囲攻撃。背中の棘を無数に増やし上空を一掃する対空砲火。加えて、最も脅威とされるのが──」

 

 アコが映像を切り替えて、ベアトリーチェが巨大な口を開いていく映像を映し出した。

 かつての姿を思わせる乱杭歯の奥に、眩い光が収束していく。それは数秒の「溜め」のあと、世界を白く染め上げる勢いで射出された。

 荒野を瞬きの間に駆け抜けた光は、遥か遠方で着弾して大爆発を巻き起こす。

 なんというか、その凄まじさにはもはや言葉もでなかった。完全に怪獣映画に出てくる怪獣の必殺技だ。

 

「……この、莫大な威力を有する熱線です。口腔内の特殊な器官にエネルギーを充填して放つ関係で、一時間に一発放つのが限度のようですが、その破壊力は絶大です。推定によれば、アビドス砂漠に出現する大蛇の熱線に近しいものだとか」

 

 それらの情報だけで、ここに集った生徒達がどれほどの強敵を相手に戦い続けていたかがよく理解できた。

 あれだけの巨大さはそれだけで十分な脅威だ。にも関わらず様々な攻撃手段を用意しているベアトリーチェは、まさにその全身が凶器とも言える。

 そんな怪物を丸一日この荒野に押し留める苦労がどれほどのものか、実際に戦っていない私には想像もできない。

 

「一つ良いニュースがある。皆が頑張ってくれている間に知人の協力を取り付けて、ベアトリーチェを異空間に封印する手段を用意できた。ただ……」

 

 先生は天幕に映し出されたベアトリーチェの姿に視線を向けて、眉を顰める。

 

「それには彼女に攻撃を加えて、抵抗できない程度に弱らせる必要がある。そこで厄介になってくるのが、これだ。この作戦を最も困難たらしめているもの……標的の体躯を覆っている闇。どうやら今のベアトリーチェは、「状態の共存」と呼ばれる現象に守られているらしい」

 

 そう言って、先生は彼女の身体を覆う黒い膜のようなものを指差した。先程天幕で聞いた話によると、あらゆる攻撃があの障壁によって無効化されてしまうとか。

 知人とやらとの接触により、先生はその正体を把握したらしい。なんとなくその正体に察しはつくが、今はベアトリーチェの方が重要だ。

 映し出す内容を件の「多次元解釈」について記したものに変えながら、アコが先生の言葉に続いて説明する。

 

「これは状態の共存と呼ばれるもので……前例に倣って、便宜上「多次元解釈」と呼びましょうか。この空間では、確率的に存在する複数の可能性が分岐せずに混在しています。いわば実在と非実在すらも曖昧な混沌であり、観測はできても干渉するのは困難です」

 

「い、いきなり並行世界の話? 確かに、世界はコイン投げの裏表ですら無限に分岐していくって聞いたことあるけど」

 

「そうですね。要は、幾つもの並行世界があの障壁の内部で重なっていると考えてください。一つの世界として確立している私たちでは、複数の世界が入り混じる多次元にはどうあっても接触できない。そういうロジックで、あの無敵バリアは存在しているんです」

 

「確かに……とてつもない量の火力を集中させても、標的にはほとんど効果がありませんでした。弾丸も爆薬もミサイル弾も、そこに「何もない」かのようにすり抜けてしまう。超自然的な挙動だとは思っていましたが、そんな方法で攻撃を防いでいたなんて……」

 

 かつて立体駐車場で刃を交えたRABBIT小隊のリーダーと思しき少女が意見を述べて、深く考え込む様子を見せる。

 正直なところ難しい話だ。留年している身からすれば、思わず唸り声を上げそうになってしまう内容である。

 だが幸いにして、私はかつて行われたA.H.A争奪戦の詳細を既に知っている。アビドス砂漠に墜落した箱舟での戦いに際し、ミフユを倒すために色々と情報を仕入れて作戦を練った過去があるからだ。

 そして、私の記憶が正しければ──、

 

「でも、突破する方法ならあるんだ。多次元解釈は無敵に等しいバリアだけど、過去に一度あの障壁を破壊した事例がある」

 

 そう。難しいけれど、多次元解釈を乗り越える方法が無いわけではない。

 

「本当か? それ、具体的にはどうするんだ?」

 

「演算による算出ですよ。あの多次元を一種の振動値と捉え、その振動値を算出し、全く同じ振動値を再現することで干渉が可能となります。カヨコさんはノイズキャンセリングに例えられていましたが……」

 

 アコの補足は記憶としっかり合致していたので、私は自分の記憶力に安堵した。

 多次元解釈はあらゆる干渉を弾く障壁だが、自らと全く同一の状態にある攻撃だけは素通りできない。攻撃の状態さえ一致すれば、確率や状態を無視して、それが同じ空間にあると捉えられるからだ。

 

「つまりは、こちらも同じ多次元解釈の状態を作り出す事ができれば打開策になる訳ね。けれど……」

 

「ええ……。残念ながら、それを実現するにはミレニアム秘蔵のスーパーコンピューターが何百台と必要になるでしょう。それほどに、多次元解釈の演算を行うのは困難です。なにせ、並行世界の全てを見通して予測するかのごとき行為ですから」

 

 その言葉に、私はぴくりと眉を動かした。

 アコの語る行為を可能とするものを、私は知っているからだ。

 同時に、私は先生に伝えようとしていた事が間違っていないという確信を抱く。

 が、この錚々たる顔ぶれを前にして意見を述べるのはちょっと憚られた。そも、あくまで私は天幕の隅っこで話を聞いているだけの一生徒で、この会議に呼ばれた一員ですらないのだし。

 

「あと五時間も猶予がない状況で、今からコンピューターをかき集めて計算式と睨めっこというのは現実的じゃないね。そも、セミナーはこの一件に慎重姿勢だし」

 

「ゲヘナとトリニティ中心のゴタゴタなので、そうでしょうね……先生が交渉して頂ければなんとかなるでしょうか?」

 

「なんとかはなるだろうけど、やっぱり時間が足りてない。どんなに頑張っても準備に二日は必要だ。それだけの時間があれば、ベアトリーチェは自治区を容易く更地にしかねない」

 

「待ってくれ。多次元解釈は無敵って話だけど、標的はあらゆる攻撃を防いでるって訳じゃないみたいだぞ。爆破や砲撃に怯んでいる様子は何度か確認できた。そのおかげで、なんとか足止めくらいは出来ていた訳だし。まあ、痛手を与えるには遠く及ばないんだが」

 

「恐らく、標的の多次元解釈は不完全なモノなんでしょう。完全な多次元には攻撃なんて通用しない筈ですから」

 

「演算装置を用意できない以上、勝機はそこにしかありませんね。念の為ミレニアムに打診しつつも、多次元解釈の綻びを見つけてそこを突く作戦を考える……現状、やれるのはこれくらいでしょうか」

 

 ここで声を上げるべきか否かと葛藤に苛まれる私を置いて、議論は続いていく。

 私は思わず腰の刀を握りしめて、どうしたものかと思い悩むのだった。

 

 

 

 

 会議は数十分にも及んだが、確固とした結論は出ずに一度小休止を挟むことになった。

 情けない話だが、私は結局声を上げることができなかった。あの顔ぶれに圧倒されてしまったのも一因だが、何よりも複数人に私の考えが馬鹿げていると告げられた時に、面と向かって反論する自信がなかったのだ。

 けれど恐らく、相手が一人だけなら説得できる。

 そうして味方を一人でも増やせば、あの面々に私の考えを理解してもらうことも可能になるだろう。そして第一に味方に引き入れるとすれば、それは先生を置いて他にいない。

 

「────────、」

 

 ぐるりと天幕の中を見渡す。

 残って意見を交換する生徒、食堂に向かう生徒、銃器のメンテナンスに物資の補充を行う生徒など、各々はさまざまな行動をとっている。

 そんな中、先生は天幕から姿を消していた。

 先生の行き先はなんとなく読めていたので、私は重い体を引きずって先生の後を追うことにした。

 来た道をそのまま戻り、前線基地の端っこまで歩く。そこには今もミフユが寝かされている救急車両が停まっていて──私がそこに到達した時、ちょうど先生がその中から出てくるところだった。

 

「チハヤ?」

 

 そんな先生に声をかけると、先生は驚いた顔をした。

 

「……ミフユのお見舞いですか?」

 

「セナから状態は逐一聞いているけど、それでも心配でね……状況をこの目で確認しておこうかと」

 

 その言葉に、私は思わず苦笑した。

 ミフユの命に別状がないことを知っていても、心配性の先生はここに来ざるを得なかったのだろう。私が寝ていた間も、先生は同じことを繰り返していたのかもしれない。

 そんなことを考えながら、私は基地の外周に積み上げられた弾薬箱の山を見やった。ゲヘナとトリニティどちらのものかは知らないが、空になった箱を基地の端にまとめているらしい。

 

「少し話しませんか、先生」

 

 そんな私の提案を、先生は最初から予想していたかのようだった。

 無言のままに頷いた先生を連れ、私は散在する空の弾薬箱に腰を下ろす。巨大なソレはまるでベンチみたいに長かったので、隣に先生が腰を下ろす余裕もあった。

 

「………………」

 

 ぬるい風が荒野の砂をさらってゆく。

 それを肌で感じながら、私と先生は無言で目の前をしばらく見つめていた。

 目の前には投光器に照らし出された基地の姿が、闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。耳を澄ませば、武器の用意を行うガチャガチャとした音や生徒たちの声に混じって、微かな地響きが聞こえてきた。

 ベアトリーチェ──怪物と化してなお強大になった脅威が、今も近づいているのだ。

 私はそれを改めて自覚してから息を吐き、ぱっと顔を上げて先生を見つめた。

 

「私を使ってください、先生」

 

 単刀直入に、私は言うべきことを先生に告げた。

 

「私ならやれます。この彼岸白雪と八重一文字なら、きっとベアトリーチェの障壁を突破できます」

 

 腰から取り外した八重一文字を膝の上に置き、その隣に彼岸白雪を並べる。白と黒、相反する色を纏う二つの刀は、しかし最初から二つで一つだったかのように馴染んでいる。

 先生は私の目を見て、それから二振りの刀に視線を落とす。その瞳に驚きはなかった。最初から、先生は私がこう言い出すことを知っていたかのよう。

 

「……できると思う根拠はあるの?」

 

 その上で、先生は真剣に尋ねてきた。

 先生がその問いを投げかけてくることは予想していた。そして残念ながら、私にその根拠を十全に示すことはできない。この遺物は未だ多くの謎に包まれていて、私はそれらの謎を説明できないからだ。

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「この二振りの刀は、過去に造られた古代兵器だということは先生もご存知ですよね?」

 

「うん。刀のような形状をしているけれど、その兵器の本質は刃物でも武器でもない。双方向の共鳴現象により、箱舟や本船といったオーパーツに匹敵する情報演算処理を可能とする……それが、その刀の真髄だったね」

 

 それは遠い過去、ミレニアムの全知と呼ばれる少女が出した結論だった。

 莫大な演算能力を以てあらゆる事象の再現を可能とする、超抜級の古代兵器。それが、「ザババの双杖」と呼ばれたこの刀の正体である。

 

「先ほど、アコは言っていましたよね。多次元解釈の障壁には、同じ状態の攻撃しか通用しない。その振動値を算出するためには、莫大な演算処理能力が必要になると……先生なら察しがついている筈です。この二刀なら、あの障壁の振動値を算出できる。それなら、多次元解釈を破壊できる事ができます」

 

 要は、かつての戦いと同じことをすればいい。

 一度目の障壁は「本船」の演算能力を借りて破壊した。二度目の今回は、「双杖」の演算能力を借りて破壊すればいいというだけの話。

 とはいえ、前回の事例を並べて語るのにもやや問題点がある。

 

「……まあ、私は本来の所有者ではありませんからね。振動値の計算方法なんて分かりませんから、土壇場での演算はこの子達に丸投げするしかありません」

 

 ミレニアムで出会ったゲーム開発部の少女、「名もなき神々の王女」としての資格を有するアリスに比べると、私はただの一生徒だ。

 つまり、どうやっても限界がある。

 何より信頼するこの刀だって、私が知っていることは、この武器は所有者の望みに応えてくれるという一点だけだ。「斬る」以外に何か複雑な処理を求めるなら、刀を信頼して丸投げするしか術を持たない。

 オートマに頼り切りのパイロットと、マニュアルを熟知したパイロットでは、引き出せる能力値に差が生じるのは当然のこと。仮にかつて「箱舟」を覆っていた完全な多次元障壁が立ち塞がっていたならば、私が手段を尽くしても破壊できなかっただろう。だが──、

 

「……でも、それは向こうも同じです。私に埋め切れない限界があるように、ベアトリーチェにも限界がある。条件は、結局のところ同じなんですよ」

 

 私が身不相応の力を全て引き出せないように、ベアトリーチェも与えられた力を完全に活用できていない。

 その証拠は先程の会議で既に挙げられている。

 多次元解釈──複数の並行世界を束ねた特殊状態を作り出し、絶対の防壁と成す埒外の技術。あらゆる干渉を弾く無敵の壁。だが戦いの中で、ベアトリーチェには僅かとはいえ攻撃が通っている。

 奴の「多次元解釈」は不完全なもので、微かな綻びが生じているからだ。

 その綻びにこそ勝機がある、と私は踏んでいる。

 不完全な箇所さえ見定めてしまえば、振動値の算出に求められる演算能力は多少なりとも軽減される。その一点、斬り口を誤らずに斬りつければ、間違いなくあの障壁は突破できる。

 だから、ただ一点問題があるとすれば──、

 

「それでも……危険すぎる」

 

 私の懸念を読んだかのように、先生はぽつりと呟いた。

 残された唯一の問題。

 それは、当の作戦を実行する私自身に、戦う力がほとんど残っていないということだ。

 

「チハヤはもう戦える身体じゃない。万全の状態で戦いに臨むことができた前回とは違うんだ。いくら意識が戻ったといっても、君は満身創痍のままなんだよ」

 

 先生は組んだ両手に額を押し付けて、何かを葛藤するように地面を見つめている。

 

「ベアトリーチェは危険なんてものじゃない。少しでも失敗すれば、どんな生徒であろうと命を落とす危険性があるような強敵だ。今のチハヤが立ち向かうには、あまりにも危険すぎる」

 

「……それは」

 

 先生の言葉に、私は思わず言葉に詰まった。それは至極もっともな意見だ。なにせ、私自身がこんな危険な賭けは狂っているとしか思えない。

 私が提案したのは、あくまで理論上は可能というだけの話で、肝心の私のコンディションを変数に入れていない。

 いざ自分の状態を省みれば、お腹には穴が空いてるし、片足の骨には亀裂が走っていて走ることもままならないし、全身傷だらけでいつ傷が開くかも分からない。だからこそ、セナも次に戦えば死ぬと言外に告げていたのだ。

 そんな満身創痍で戦ったとして、果たして勝利を掴めるのかは甚だ疑問だろう。

 

「分かってはいたんだ。あの箱舟が失われたいま、あの障壁を破壊できるのは、チハヤかミフユの二人しか存在しない。アリスを呼んで、チハヤ達の刀を使ってもらうことも考えたけれど……それも不可能だ。ケイが不在の今、アリスが過去の遺物を操った時に何が起こるか予測できない。以前にアリスが刀に触れた際は、一瞬とはいえ茫然自失の状態になったと聞いているし」

 

「じゃあ……現状、やっぱり私しか……」

 

「でもね、それじゃ駄目なんだ。たとえそれしか選択肢がないことが、どんなに明白だったとしても。だって──」

 

 先生は目を伏して、何かを苦悩するように眉間に皺を寄せる。

 それを呆然と見つめる私に、先生は吐き出すように呟いた。

 

「私が不甲斐なかったから、チハヤをたくさん傷つけてしまった。私がもっとしっかりしていれば、チハヤはそんなにボロボロにならずに済んだはずなんだ。だからもう……これ以上、チハヤが傷つくのは……」

 

 それは。

 私が初めて見る、先生の弱音だった。

 

「………………、」

 

 全身に衝撃が走ったかのような錯覚に、私はただ息を呑むことしかできなかった。それ程の驚愕が、私の頭を埋めていた。

 その言葉や考えが理解できなかった訳じゃない。

 ただ、まるで道に迷った子供のように顔を曇らせて沈黙する先生の姿なんて、今まで想像すらしなかったから。

 

(……ああ、そうか……)

 

 私は勘違いをしていたのだ。先生はいついかなる時も頼れる存在で、どんな脅威からも生徒達を守ってくれる、完全無欠の超人みたいな大人なのだと勝手に決めつけていた。

 でも、そんな事はない。

 このキヴォトスに、全てを完全に終わらせる超人なんて最初から存在しない。

 先生だって、私たちのように自らの責任や失敗に思いを馳せて、その重さに顔を顰めることもある。代償と報酬を天秤にかけて、選択を躊躇することだってあるだろう。

 

(私は……酷い生徒です。勝つことばかりを考えて、選択を行う先生の苦しみを慮っていなかった。先生はきっと、私の知らないところで、いつもこんな苦しみを背負い続けていたんですね……)

 

 それでも、先生は責任を決して放棄しない人だ。どんなに葛藤したとしても、選択や責任に伴う苦しみから逃げることはない。

 まだ迷っているが、先生は最終的に選択を下すだろう。

 それでも、その過程に生じる重みを少しでも取り除くことはできないだろうか。

 要は、先生が納得して「私を使う」という選択肢を選び取れるように説得できればいい。

 先ほどに示した根拠だけではまだ足りない。私が提示できるもの。それを考えて考えて考え抜いた果てに、私は一つの出来事を思い出していた。

 

「……先生」

 

 一度だけ息を吐いて、自分の気持ちを確認してから、私は隣に座る先生に声をかけた。

 

「ずっと前、デカいお寿司ロボットと戦った時のことを覚えてますか?」

 

 先生は伏せた瞳を動かし、唐突な事を言い始めたこちらを見やる。

 これは私がシャーレに問題児として放り込まれ、まだ名前すら知らなかったミフユを追っていた頃の話だ。ブラックマーケットで一悶着あったあと、カイテンジャーとかいうテロリストの操るロボットが、私の刀を奪わんとして襲いかかってきたのである。

 

「あの時、私はあっけなく刀をロボに奪われて、とたんに戦えなくなってしまいました。刀を持たない八重垣チハヤは、昔の弱虫に戻ってしまうから」

 

「そんな事もあったね。あの時は驚いたな……」

 

 二人で苦笑する。

 あの頃の私は四六時中を刀と一緒に生活していたせいで、刀が手元にないだけで途端に戦えなくなってしまうという欠陥を抱えていたのだが、それが最悪の状況で露呈してしまったのだ。

 そんな自分が情けなくて恥ずかしくて、なによりその弱さが許せなかった。あの時に感じたそんな悔しさを、私は今も覚えている。

 けれど──、

 

「自分を信じられずに震えることしか出来なかった私を……それでも、先生は信じてと言ってくれましたね」

 

 あの時に私の頭を撫でてくれた手の温かさを、私はまだ覚えている。

 思い返せば、それから多くの戦いがあった。

 目を閉じるだけで激闘の記憶が蘇る。そこには多くの傷と痛みがあったけれど、一人の子供なりに、刀一本でがむしゃらにその戦いを越えてきた。

 そして──そんな私だからこそ、今この瞬間に言えることがある。

 

「先生。あの時は自分を信じられなかったけれど、今は違います。誰かに背を支えられなくても、私は自分を信じられます」

 

 かつて、私の根底にある弱さは忌避すべきもので、同時に隠し通すべき汚点だった。

 でも今は違う。私の根底は変わっていないけれど、それを承知で理想の姿になろうとする諦めの悪さこそが私の強さだと思っている。

 

「どうして、チハヤはそう思うの?」

 

 そう考えるようになったきっかけを、先生は問うた。

 頭に浮かぶ要因はいくつもある。

 自分の弱さを、あの箱舟の戦いで受け入れたこと。百鬼夜行灯篭祭で巨大な怪物と戦ったこと。この旅で多くの強者達と刃を交えたこと。

 精神面でも肉体面でも傷だらけになりながらも、八重垣チハヤという少女は確かなものを獲得していった。

 でも、一番の要因は別にある。

 私は目の前を見つめたまま微かに笑みを浮かべて、

 

「私……ミフユと、友達になれたんですよ」

 

 ただ、一つの事実を口にした。

 

「かつては憧れることしかできませんでした。でも今は、そんな彼女と友達になって、肩を並べて戦えるようにすらなったんです」

 

 かつて百鬼夜行の雪原で垣間見たミフユの背中に憧れを抱いてから、私の夢は始まった。

 いわば、ミフユは私の理想にして夢の原点だ。

 けれどいつしか、私はそんな少女と同じ場所に立っていた。理想であり敵だった彼女と手を取り合い、共に脅威に立ち向かうことができるまでになった。

 

「それに、ミフユは自分の刀に「八重一文字」という名前を付けたそうなんです。私への憧れを、その名前に込めたんだとか。ふふ……私なんかが、ですよ?」

 

 私の持つ刀は、かつてミフユの名前すら知らなかった私が、彼女のことを想って付けた「彼岸白雪」という名を帯びている。その名を気に入っているから、私はミフユにも名前をつけてみたらどうかと提案したのだ。

 だが──まさかミフユが、私と同じように刀の名前を決めるとは思っていなかった。

 私がミフユに憧れているのは当然としても、その逆があり得るだなんて考えたこともなかったのだ。

 

「それを聞いた時に、気付いたんです。私は沢山の失敗や挫折を繰り返したけれど……それでも、私は彼女に憧れてもらえるような存在になれていたんだって。私はやっと、私が強くなれたことを知ったんです」

 

 自分の醜さや弱さは見えやすいくせに、自分の成長というヤツは酷く見えにくいものだ。

 けれど──ミフユが伝えてくれた事実だけで、私は自分自身の歩みを肯定できた。

 私はもう、かつての弱虫の私じゃない。

 八重垣チハヤという少女は、たとえ傷だらけの足でも一歩ずつ前に進んでいると、確かにそう断言できる。

 

「先生。私は、そんな私を信じます。ここまで走ってきた、その足跡に刻まれたものを信じます」

 

 それが私の結論で、この戦いの中で得た答えだ。

 伝えた言葉に、先生はかすかに目を見開いた。

 でも、まだ足りない。私がいくら私を信じられるようになっても、あともう一人だけ、私のことを信じて欲しいと願う相手がいる。

 私はこれから吐く言葉の気恥ずかしさに目線を伏してから、もう一度ちらりと先生の顔を見上げて、

 

「だから──先生も、私を信じてくれませんか? 親友と主に信じてもらえたなら、私はきっと無敵です」

 

 その恥ずかしさを誤魔化すように、少しだけ笑った。

 以前とは立場を逆にした提案だ。かつて自分を信じろと叱咤された奴が、今度は自分を信じろと無鉄砲に告げている。

 時を経て生じたその変化に、先生は何を思っただろうか。

 

「────────────」

 

 深い沈黙が落ちる。

 そんな私たちを見守るように、満点の星空が言葉もなく見つめ合う私と先生の頭上に広がっている。

 長い長い静寂の後に、先生は深く息を吐いた。

 

「参ったね。女子三日会わざれば刮目して見よ、といったところかな」

 

「そのことわざ、そんな言い回しでしたっけ?」

 

「……いや、これは私のオリジナル」

 

 ごほん、と気まずそうに咳き込んでから、先生は勢いよく立ち上がった。

 

「私は大事なことを見失っていたね。生徒のことを最後まで信じるのが先生の役目だ。それなのに……これ以上チハヤを傷つけたくないからこそ、肝心のチハヤから目を逸らしていた。ごめん」

 

「い、いえ、そんな! 別に心配してもらっているのは嫌じゃないですし、むしろ嬉しいんです、けど……!」

 

 先生に頭を下げられてしまい、私は慌てて立ち上がってアワアワと両手を動かす。

 私の懇願でようやく頭を上げてくれた先生の瞳は、勝利を確信した煌めきに満ちていた。

 その視線に貫かれて、無意識に姿勢を正す。

 

「チハヤ」

 

「はい、先生」

 

 星の瞬く空の下で、私と先生は互いの瞳を見つめる。

 

「先生としてではなく一人の主として、チハヤに頼みたい事がある。これはきっと、どんな生徒にもなし得ない……その刀を振るうサムライにしかできない事だ」

 

 その言葉に、私はぶるりと尻尾を振るわせた。

 己が背負うべき期待と責任を自覚して、成すべきことをもう一度確認する。

 

「あの闇を──斬ってくれるかい、チハヤ」

 

 待ち侘びた先生の言葉に、私はこくりと頷いた。

 このキヴォトスにたった一人のサムライとして、八重垣チハヤは必ず与えられた主命を成す。その果てに、私はきっと至るべき場所に至るだろう。

 万感の思いで「はい」と答えかけた私の口を、しかし先生は立てた人差し指で制止した。

 きょとんと目を見開く私に、先生は優しい声色で告げる。

 

「それと、もう一つ。使命を果たした後は、必ず生きて帰ってくること。いいね?」

 

 その命令に思わず笑って、私は確固たる瞳で返答した。

 

「────はい。この刃に賭けて、必ずや」

 

 夜明けは近い。

 私は強い予感に武者振るいして、腰に下げた二振りの刀を握りしめた。

 

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