キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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二刀持つ少女

 

 そこは、地平線まで続く未開拓の荒野だった。

 キヴォトスには数千の学園がひしめいているが、この世界はそれでも有り余るほどに広大だ。故に、発展する自治区の合間にはこうした荒野が少なくない。

 目線を上に向ければ、紫と朱の色彩が入り混じる美しい空。時刻は5時を回り、このキヴォトスに眩い朝日が登ろうとしていた。

 そこを進軍する巨大な影がひとつ。

 ベアトリーチェ。全てを投げ捨ててでもこの世界の脅威となることを選んだ災厄の女。

 未だ膨張を続けるそのシルエットは、今や体高200メートルを超えようとしていた。もはや山が生物となって蠢いているかのような威容である。それほどの巨体ながら、アレはまだ完全に成熟していない。これ以上放置すれば、本当にあの女を打倒する機会は失われるだろう。

 

「──────────────」

 

 土煙の向こうに見えるその巨躯を見据えて、先生は瞳を細めた。

 かつて「先生の敵対者」を名乗り、しかし舞台装置に過ぎないと断じられた彼女は、あらゆる全てを投げ打つことで本当の災厄へと至った。

 それが彼女なりの意地だったのか、今となっては確かめる術もない。

 だがどうであれ、選択肢は一つだけだ。あの災厄はここで止める。先生の背後には、市街地が遠い地平の奥まで広がっている。ここで彼女を止められなければ、ゲヘナやトリニティ自治区は壊滅に陥るだろう。

 そしてその破綻は、瞬く間にキヴォトス中に広がってゆく。

 

「みんな、準備はいい?」

 

 先生が無線機に問いかけるが、ここにきて否を唱える生徒など存在しない。

 それを確かめ、己の敵対者を確かに睨みつけた後、先生は高らかに宣言した。

 

「それでは──ベアトリーチェ討伐作戦、開始!」

 

 

 号令一下、荒野を進むベアトリーチェの両脇から何百という影が飛び出した。

 その正体は主力を務める風紀委員会、及び正義実現委員会の生徒たちだ。東側と西側に綺麗に分かれた二組織の生徒達が、一斉に手にした銃器で攻撃を仕掛ける。

 それと同時──鋭い風切り音を撒き散らして、遥か遠方から飛来した榴弾が一斉に炸裂した。ベアトリーチェに追随する不可思議な兵たちが、その爆炎と銃火になす術なく破壊されていく。

 

「常に2人1組で行動するのを徹底しろ! 片方は攻撃、片方は攻撃に警戒! 少しでも攻撃が飛んでくる素振りが見えたら無理するな!」

 

「本体に攻撃する必要はありません、周辺の雑兵に狙いを定めてください! それと地面には警戒を! 鋭い脚が地面を突き破って襲ってきます!」

 

 鍛え抜かれた統率力のもと放たれる、蟻の子一匹すら抜けられないであろう一斉掃射。

 耳が遠くなるほどの轟音が連続し、ベアトリーチェの身体は完全に煙に包まれる。

 だが──、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 纏わりつく煙を吹き飛ばし、ベアトリーチェは高らかに咆哮をあげた。

 率いる雑魚を蹴散らすには十分な集中砲火であろうと、その体躯を覆う障壁には通じない。風紀委員会、正義実現委員会の全力を悠然と受け止めてみせたベアトリーチェは、家屋一軒分はあろうという巨大な四肢で地面を踏み締めた。

 その瞬間──彼女を包囲する生徒たち目掛けて、地面から巨大な杭が幾重にも隆起して襲いかかる。

 

「そ、総員退避ーっ!!」

 

 ベアトリーチェはその四肢から根のように無数の触腕を地面に張り巡らせて、己を害する小虫どもを粉砕せんと荒れ狂う。

 狩る側から狩られる側へと転じた生徒たちは、一斉に攻撃を中断して逃げ出した。回避行動を取れない弾薬箱や自走砲、迫撃砲といった兵装がたやすく貫かれてゆき、ベアトリーチェの周囲で爆発が連続する。

 僅か十秒にも満たない攻撃──それだけで、ベアトリーチェは両側から攻撃を仕掛けた生徒たちを蹂躙してみせた。

 

「お、お供は蹴散らしましたけど、やっぱり本体には全然効いてません! イチカさん、これで本当に良いんですか!? あれじゃただ標的を怒らせただけですよ!」

 

 ベアトリーチェの北西側に陣取っていた仲正イチカ率いる中隊の一人が、目尻に涙を浮かべながら悲鳴をあげる。

 そんな少女の頭を撫でながら、イチカは安心させるように言った。

 

「いいや……これでいいんすよ。私たちの役目はあくまで本命の露払い。邪魔な小物を排除できれば上出来っす。それに頭に血が登ってくれた方が、ラクに誘導できるってもんっすよね?」

 

 そう嘯いた彼女が視線を向けた先は、全方位への攻撃を終えたベアトリーチェの前方だった。標的の意識が集中する、この戦域における最危険区域(デッドゾーン)

 そこに、二人の人影が立っている。

 

「さて、ここからが正念場ね」

 

「こちらツルギ、ターゲットが食い付いた。目標地点への誘導を開始する」

 

 空崎ヒナ、剣先ツルギ。

 このキヴォトスにおいて比肩無しとされる二人の委員長は、並んで荒れ狂う災厄を見つめていた。

 怪物の視線が二人を射抜く。空気を痙攣させるほどの殺意が籠められたそれを浴びながら、しかし両者に動揺はない。その余裕がますます癇に障ったのか、怪物は地を揺るがす唸り声を上げ、山のような巨体を揺らして目前の二人へと突進した。

 その迫力たるや凄まじい。身の丈数十メートルの怪物の突進をまともに受けるだけでも十分な脅威だろうに、今のベアトリーチェは「多次元解釈」の障壁を纏っている。それに激突すれば最後──世界と世界の合間に呑み込まれ、あっという間に消滅する。

 それを理解していながら、歴戦の二人の表情に焦りはなかった。

 

「このまま後方に逃げる予定だけれど、どうする?」

 

「作戦に則るならそうなるが、ただ背を向けて逃げるのも癪だな」

 

 みるみる縮まる彼我の距離を物ともせず、ツルギはただ獰猛に笑った。

 空気が更に軋みを上げる。

 世界に影響を及ぼすほどの殺意を発散しているのは、何もこの戦域に一人ではない。剣先ツルギ。その名を体現するかの如き鋭利な殺意と莫大な存在感は、目の前の巨大な災厄をも上回っていた。

 煌々と燃える恒星のような瞳が、眼前に迫る標的を睨む。

 

「奴の脳天に一撃喰らわせる。私が右を受け持とう、風紀委員長。左は任せて良いな?」

 

「問題ない。じゃあ──始めましょうか」

 

 傍のヒナが頷いた瞬間、ベアトリーチェは眼前に立ち塞がる二人の元へと到達した。

 暴風が吹き荒れる。怪物が刃渡り十メートルを超える巨大な前脚を振り上げたのだ。不気味な弧を描くソレは大鎌が如し。ぎらりと不気味に輝いたソレを、ベアトリーチェは容赦なく振り下ろす。

 ズドン、と大地が揺れた。

 地を砕き命を刈り取る必殺の一撃。黒の障壁を纏ったソレの直撃を受ければ、「多次元解釈」の情報密度に呑まれて瞬く間に消滅するが必定であろう。それに抗う力を持つものなど、このキヴォトスには存在しない。だが──、

 

「きひっ。やはり鈍いな、怪物」

 

 どんなに恐ろしい一撃でも、当たらないのでは意味がない。

 ツルギは空中高くに舞い上げられた土塊の一つに着地して、眼下の怪物を睨みながら笑みを浮かべていた。

 どんなに凶悪な一撃であれ、ただの振り下ろしで葬り去れるほど委員長は甘くない。当然のように、ツルギの視界の端ではヒナが宙空にて標的を睨んでいる。

 迷いはなかった。

 ぎゅん、と土塊を蹴って加速したツルギが、手にした得物を標的の頭蓋に向ける。ブラッド&ガンパウダー。ツルギの暴風じみた戦闘力を最大限に活用する超火力を誇る二丁のショットガンによる一撃が、絶叫じみた銃声と共に放たれる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────!!!」

 

 右側からの強烈な一撃。それと時を同じくして、ヒナも反対側から全てを刈り取るがごとき掃射による攻撃を加えていた。

 ぐらり、と標的の巨体が揺れる。

 不完全な「多次元解釈」を貫いて怪物の頭蓋を捉える事ができた弾丸は、一瞬にして叩き込まれた数百発のうちのほんの数発に過ぎなかっただろう。

 だがそれでも、山のような巨体を大きく揺るがすほどの法外な威力。

 ベアトリーチェの命を脅かすには足りずとも、その攻撃は彼女の更なる憤怒を誘発させるには十分だった。絶叫を轟かせ、ベアトリーチェはますます猛り狂う。

 その様子を確認してから、二人の委員長は示し合わせていたように後方へと跳躍した。一度の跳躍でゆうに三十メートルは距離を取り、そのまま用意しておいた車両の後部座席に着地する。

 

「標的の誘導を開始する。頼んだわよ」

 

「了解しました。さて、いよいよ出番ですわよフウカさん!」

 

「なんで? ねえなんで? なんで私がここにいるの? いい感じに送り出したはずなのにどうして私がここにいるのよおおっ!?」

 

 二人の委員長が着地したのは、「給食」と描かれたバナーをボンネットに括り付けたキッチン付きの四輪駆動車だった。

 運転席に座るフウカが涙目で喚く中、ベアトリーチェは再度の突進を開始する。

 無論、敵対者をその車両ごとスクラップにするために。

 

「来るぞ!」

 

 ツルギが警告を叫ぶのとほぼ同時、本能的に生命の危機を感じ取ったフウカは渾身の力でアクセルを踏み抜いていた。

 

「きゃああああああああああああああああ────────!!??」

 

 悲鳴をあげるフウカ、そして二人の委員長とハルナを乗せたまま、怪物を背にした給食部のトラックが荒野を爆走する。

 次々にトラックめがけて振り下ろされる大鎌の一閃。

 それは大地に深々と傷跡を残し岩盤を砕くが、しかし当たらない。フウカの凄まじいドライビングテクニックによって、給食部のトラックは紙一重で攻撃を避け続ける。

 

「流石はフウカさん。たとえ山の如き怪物であろうと、フウカさんの運転技術には追いつけませんか」

 

「ハルナは黙ってて! 集中できないからっ!」

 

 タイヤから白煙が生じるほどの華麗なドリフトを決めて、給食部のトラックは荒野の更に奥地へと突っ走る。

 気がつけば、彼女らは深い峡谷へと差し掛かろうとしていた。

 地面に刻み込まれた巨大な大断層。その幅は数百メートルにも及び、深さは百メートル程度と、ベアトリーチェの巨体を半ば呑み込むほどだ。大峡谷の底を駆け抜けながら、フウカは汗ばんだ手でハンドルを切り続ける。

 だが、この場所へと逃げ込んだのは悪手だった。

 広大な横幅を有しているとはいえ、一直線の峡谷には逃げ道が正面にしかない。ここではフウカの運転技術が万全に活かしきれない。

 ついに小鼠を追い詰めたベアトリーチェは、悠然と大鎌を振り上げる──、

 

「今だよ! 思い切りやっちゃって!」

 

 が。

 決着の一撃を振り下ろす寸前に、ベアトリーチェの体躯は炎に呑み込まれた。

 荒野を揺るがすほどの大爆発。峡谷の底を基点として発生したそれは、ベアトリーチェの踏み締める地面を粉々に粉砕する。

 無敵を誇る超生物であれ、物理法則には逆らえない。

 己を支えていた地面が大規模に陥没したことで、ベアトリーチェの身体ががくんと沈み込む。トラックめがけて振り下ろされた大鎌は寸分を誤り、紙一重のところでフウカ達は難を逃れた。

 

「温泉開発部の落とし穴、驚いてくれたかな? 私たちにとって、穴を掘るのは得意中の得意だからね。まあ、これほどの爆薬を注ぎ込んだのは初めてだけど」

 

 峡谷の上端に、一仕事を終えて土に汚れた少女たちが立っている。

 その先頭に立っているのは、温泉開発部の下倉メグだ。

 彼女が率いる温泉開発部が、この峡谷に設置した大量の爆薬を一斉に起爆したのだ。特に地盤の弱い箇所を的確に破壊し、更にベアトリーチェの途轍もない自重を加えたことで、その破壊規模は凄まじいものとなった。

 ベアトリーチェは沈む脚を動かそうとするが、砕けた地盤はその重量を支えきれずに陥没を繰り返す。まるで底なし沼に足を取られた動物のように。

 

「流石ね、温泉開発部。これ以上なく成功よ」

 

「ありがとね〜ヒナ委員長♪ じゃあ、これで作戦は次の段階に……」

 

 瞬く間に百メートルほどの断崖を駆け上ったヒナが、発破を終えたメグの隣に降り立って状況を俯瞰する。

 作戦は順調に進んでいる。いくら無敵の生物だとしても、物理法則からの脱却を可能とした訳ではない。いずれ脱出されるにせよ、ベアトリーチェは長時間あの地点に縫い止められる。

 これで王手まであと一手。

 あとは──、

 

『……来る!』

 

 最後の懸念事項にヒナが思いを巡られたと同時、警戒を促す先生の声が無線機から発せられた。

 

『標的の口腔内に、超高濃度エネルギーの収束を確認!』

 

 それに続いて、オペレーターからの報告が無線機を揺らす。

 ヒナを含め、戦場に集った全ての生徒が標的の動きに注目した。ベアトリーチェはその頭部を大きく持ち上げて、巨大な口をぐばりと開く。

 そこに──莫大な光が、軋むような音をあげながら集まっている。

 空気がチリチリと焼けつくほどの莫大な熱量。戦場に集う数百の生徒達は一様にその危険性を感じ取る。それがベアトリーチェが放つ中で最大最強の攻撃の予兆であるということは、誰の目にも明らかだった。

 

『例のレーザーが来ます! 狙いは標的の北西、前線基地です!』

 

 予想していたとはいえ、思わずヒナは息を呑んだ。

 前線基地。そこには作戦のオペレーターを担当する生徒や、指揮を取るアコや先生がいる。まさにこの作戦における頭脳であり心臓だ。

 ……この大峡谷に誘導して奴の動きを止めるという作戦には、最初から一つの懸念事項があった。

 それは、作戦の指揮を取る前線基地があまりに近いという点だ。

 ベアトリーチェの動きを封じるにはこの峡谷が最適だが、峡谷から前線基地までの距離は三キロ程度しか離れていない。それ程に近づいてしまえば、ベアトリーチェは必ず目障りな基地の存在に気づく。

 それどころか──今まさに現実となっているように、直接攻撃を仕掛けることが可能になってしまう。

 

「うわあ……まだ撃つ前なのにこの熱量、きっと途方もない威力だよ!? まるでヒノム火山の火口みたい! 先生、本当に大丈夫なのかな……!?」

 

「ええ……でも、まだ想定の範疇。作戦に変更はない」

 

 メグは思わず先生の身を案じたが、ヒナは冷静に彼女を諭した。

 ベアトリーチェの強烈な一撃が前線基地を襲うことは懸念事項ではあれど、最初から予想されていた事だ。寧ろこの作戦の最大目標は、ここで奴に奥の手を切らせることにある。

 故に、前線基地には最初から、一つの対抗策が用意されていた。

 それは戦場に集った何百という生徒達の中でただ一人、最強の護りを有する鉄の天使。

 

『頼んだよ────ミネ!』

 

 自分へ向けられた呼びかけに短く応答し、少女は手にした盾を悠然と持ち上げた。

 救護騎士団団長、蒼森ミネ。

 彼女は前線基地の正面にて、熱線の脅威から生徒達を守るために待機していた。

 その美しく澄んだ瞳は遥か三キロメートル先、こちらに鎌首をもたげる怪物の姿を確かに捉えている。その口腔に収束しつつある光塊を見せつけられても、その莫大な殺意に晒されても、少女に臆する様子はない。

 

『最大威力の熱線が来ます! 予測着弾地点に変化なし! 推定威力、TNT換算にして1キロトン──!』

 

 この無謀な作戦を、彼女は自ら一人で遂行すると提案した。

 理由など単純だ。いついかなる時も誰かを守る。それこそが救護騎士団の理念であり、それはどんな戦場にあっても変わらない。

 

「────救護騎士団団長、蒼森ミネ。参ります」

 

 彼女が呟くと同時に、白の極光が放たれた。

 触れたものを例外なく焼き溶かす破滅の光。それは瞬く間に三キロメートルの距離を踏破して、前線基地そのものを灰も残さず消滅させる。

 その合間に割り込んで、少女は両手で握りしめた盾を振り上げた。

 

「──────…………っっ!!!」

 

 瞬間、彼女の背に悠然とはためく羽根が何十倍にも膨張したかのような幻視を伴いながら、少女は極光を真正面から受け止めた。

 轟音と熱風が吹き荒れ、荒野が揺れる。

 皮膚を焼く凄まじい熱と、全身を粉々にする莫大な圧力が彼女に襲い掛かる。

 

「く、ぐっ……!!!」

 

 地面に押し付ける両足が圧力に押されて、ミネは一息の間に三十メートルほど後退した。それ以上に後退しそうになる身体を、盾を地面に突き刺して押し留める。

 

『ミネ団長……!!』

 

 凄まじい光と熱が撒き散らされ、余波の暴風だけで設置の甘い基地の天幕が吹き飛ばされていく。

 されど、その防御は健在だった。放たれた光はミネの盾に受け止められ、左右に大きく二分して受け止められている。

 だが最後まで堪え切れるか。

 全身をくまなくバーナーで焼かれているかのような熱、脆い箇所から砕けていく骨と筋繊維、それらが与える絶大な痛み。それらに屈して少しでも彼女の防御が緩めば、瞬く間に基地は光の中へと消え失せる。

 

「あ……ぐっ……ぐうううぅっ……!!!」

 

 盾を抑え続ける両腕がブレるのを、ミネは必死で押さえつけた。

 絶大な負荷に折れかける膝を、背負った責務で補強する。

 己が此処に立っている意味。引き受けると決めた役目。団長として殉じ続けてきた覚悟。それら全てを顧みて、彼女は自らの内にある堅固な柱を想起する。

 そう、それは。多くの言葉を弄さずとも、ただ一言で表せる。

 

「救護が必要な場に────救護を!!!」

 

 彼女は目をくわと見開き、渾身を込めて盾を手にした両腕を振り上げた。

 凄まじいとしか言いようのない力技だ。轟然と唸りを上げる極光が、その軌道を捻じ曲げられる。

 

 ──そして。荒野には元の静寂と、悠然と立ち続ける少女だけが残された。

 

 前線基地にその脅威が牙を剥くことはついぞ無く。余波で幾つかの天幕こそ吹き飛ばされたものの、基地内には擦り傷を負った生徒すら確認できない。

 暫くの静寂を経て、状況確認を済ませたオペレーターは歓喜を滲ませた声で高らかに告げた。

 

『────人的被害、ありません! 作戦成功です!』

 

 響く歓声を背中で受け止めながら、ミネは微かに笑った。

 どんなに強固な信念を有していても、やはり不安は残るものだ。彼女は自らが役目を果たせたことに安堵して、穏やかな瞳で遠くを見つめた。

 視線の先には忌々しげにこちらを睨む巨影と、その上空に待機する豆粒ほどの飛翔体がある。

 ここまで多くの生徒が役目を果たし、勝利の糸を繋いできた。

 そしてベアトリーチェが奥の手を消費した今、その努力が結実しようとしている。

 ミネは遠くに目線を向けたまま、穏やかに呟いた。

 

「状況は整いました、八重垣チハヤさん。どうか貴方が、あの脅威を打ち砕けますように」

 

 

「やはり、トリニティが誇る鉄壁の盾は揺るぎませんね。流石は教護騎士団の団長……その在り方に敬意を称します」

 

 ミネが熱線による一撃を防ぎ切ったのと同時刻。

 荒野の彼方へと消えていく光を眺めながら、一人の少女が基地の隅で呟いていた。

 ゲヘナ救急医療部の氷室セナだ。

 彼女はゲヘナ製の救急車の傍に立ち、危機が乗り越えられたことを悟る。流石は救急騎士団団長、キヴォトスに名高き鋼の天使。彼女の護りは、あの絶大な熱線を完全に防ぐことに成功していた。

 そして、それを実感していたのは彼女だけではなく──、

 

「……起きて早々、一大スペクタクルな映画でも見せられた気分だわ」

 

 その隣に立つ、雪峰ミフユも同じだった。

 つい先ほど意識を取り戻した彼女は、病み上がりの身体を起こしてでも、事の顛末を見守ろうと救急車の外に出てきていたのだ。

 

「残念ね。せっかく目を覚ましたのに、もう戦いは佳境だなんて」

 

「あなたまで無茶を言わないでください。先に目を覚ました八重垣チハヤさんが戦っているのは、その並外れた耐久力と回復力があるからです。ミフユさんはとても戦える状態にありません」

 

「大丈夫、理解してるわ。今のは願望を口にしてみただけ。私はあの子ほどタフじゃないし、自分がもう戦えないことは分かってる」

 

 自分の体を支える松葉杖を見つめ、ミフユは悲しげに嘆息する。

 その視線に込められた複雑な感情を読み取って、セナは思わず問いかけていた。

 

「やはり、チハヤさんが心配ですか?」

 

 セナの問いかけに、ミフユは己の内心をあっさりた見透かされたことを恥じて目線を伏した。とはいえ、今の彼女の顔を見れば誰だってその心中を察することができてしまうだろう。

 

「そうね。正直に言うなら、私があの子の代わりを務めたかった。でも、私には資格がないから」

 

「資格……ですか?」

 

「ええ。私たちの刀は人見知りでね、これと決めた相手にしかその力を貸さないの。仮に私がチハヤの「彼岸白雪」を握っても、私にあの刀は応えてくれない。あれはあの子の刀だから」

 

 遺物の起動条件については、それこそミフユがカイザーの兵士として活動していた頃、調べられるだけ調べ尽くしてある。

 それによって得られた情報は、あの兵器には特殊な自立思考型の炉心が組み込まれており──他ならぬ兵器そのものが担い手を選択するという、まるで御伽話の剣を連想させるかのような事実だった。

 実際、実験の中で数多のカイザー兵士が刀を起動させようと試みたが、成功者はミフユをおいて他にいなかった。そして、その事実は双杖の片割れたる「彼岸白雪」にも当て嵌まるだろう。

 けれど──、

 

「……でも、その逆(・・・)は可能なのよ」

 

 ミフユは遠くの空を見つめながら、そう言い切った。

 

「チハヤの「彼岸白雪」と私の「八重一文字」は同一の兵器でも、辿ってきた過去が違う。私の刀は、代々とウチの生徒に継承されてきた。主人替えには慣れているし……チハヤも天姫ヶ峰の生徒である以上、きっと力を貸してくれる」

 

 ミフユの握る刀は、数百年にわたって天姫ヶ峰に継承されてきた秘剣だ。その過程で、それこそ何百という生徒たちの間を渡り歩いてきた過去を持つ。

 そんな経歴を有する「八重一文字」だからこそ、この突発的な主人変更にも対応できると考えて、ミフユは刀を託したのだ。

 

「まあ、本当は生徒会長のみっていう縛りがあるんだけど……チハヤは副会長だし、他ならぬ会長(わたし)が許可しているし。ギリギリセーフってとこじゃないかしら」

 

「事情は理解しました。天姫ヶ峰高等学校に籍を移した八重垣チハヤさんだからこそ、二刀を使う権利を有していると……」

 

「そういうこと。あとは今のチハヤのコンディションで、作戦を成功させられるかどうかにかかっているけど──きっと大丈夫。あの子は必ず勝利する」

 

 ミフユは既に、チハヤがどんな状態で戦場に向かったのかセナから聞かされている。

 それでも、彼女は一切の揺らぎなく断言した。

 

「それは、なぜ?」

 

 問いかけるセナに、ミフユは考える。

 あの少女が有する強さを、ミフユはよく知っている。

 どんな土壇場に追い詰められても、どんなに深い傷を負っても、最後まで消えなかったその瞳の煌めきを知っている。

 でもそれは、実際に彼女と刃を交え、死力を尽くして戦った者にしか理解できない事柄だ。

 そう。もっとわかりやすく、その強さを評するなら──、

 

「あの子はね」

 

 微かに笑って視線を上へと向ける。

 遙か高空、少女がいるであろう朝焼けの空。

 

「どんな脅威だって乗り越える、無敵のサムライなんだから」

 

 その瞬間。

 美しい朝焼けの空に、紫の流星が瞬いた。

 

 

 第一陣の攻撃が始まった直後、私はRABBIT小隊の戦闘ヘリに搭乗させてもらって、朝焼けの空へと昇っていた。

 機内に吹き付ける風に揉まれながら眼下を見下ろすと、地上は既に遠くへと離れてしまっている。目が眩む、なんて表現すら生ぬるいほどの高さだ。あまりにも高すぎて、自分が高所にいるという現実感すら薄れている。

 そして──そんな高所にいるからこそ、眼下を突き進む敵の姿はよく見えた。

 災厄の女、ベアトリーチェ。彼女の誘導作戦は既に始まったらしく、眼科で幾度かの爆炎が膨れ上がったのが確認できる。

 

「まったく……正気とは思えないな、この作戦は」

 

 そんな風に眼下へ視線を向けていると、目の前に座っていた少女がそう呟いた。

 私をこの場所まで運ぶ役目を担ってくれたRABBIT小隊の一員にして、かつてD.U.で交戦した勇猛果敢なポイントマン──空井サキだ。彼女らSRT学園のRABBIT小隊は、私の足になってくれる役割を自ら志願してくれた。

 私がそちらに視線を向けると、彼女は慌てて言葉を続ける。

 

「あ、いや、別に異議を唱えてるわけじゃないぞ。あんたの武器は、本気を出した時は光るそうだな。だから、地上から近づいたんじゃ真っ先に勘付かれる。その点、空から接近すれば多少はマシだろうが……」

 

 サキはヘリの外に視線を外し、既に遠く離れつつある地上を見つめる。

 

「……本当に大丈夫なのか? この高さ、まともに落ちたらただじゃ済まない。なのに、パラシュートも何も無しで降下するって」

 

 その瞳には、少なくない心配の色が揺らいでいた。

 彼女の言葉通り、私はこれからベアトリーチェの元まで降下する事になる。パラシュートやグライダーといった道具は何も持たず、ただこの二振りの刀だけを握りしめて、だ。

 私の足が万全ならこんな無茶せずとも走って近づけるのだが、今の私にそれは叶わない。誰かに担いで運んでもらう、あるいは車両に乗る方法も考えたが、どうやっても私の攻撃に味方を巻き込んでしまう。

 故に、私は「降下」という手段を選ぶことにした。

 足が動かなくとも、重力加速度に頼ればそれなりの速度は叩き出せる。誰もいない空であれば味方を巻き込むこともなく、地上から接近するよりは不意を突きやすい。

 問題があるとすれば、対策無しには地上に激突してそのまま死んでしまうという点だが──、

 

「ありがとうございます、心配してもらって。でも、この子たちは賢いですから。着地くらいはどうってことないです……たぶん」

 

「そこは丸投げなのか!? はあ、刃物がどんな理屈で着地を補助してくれるのかさっぱり分からないから聞いてるんだが……まあ、私には分からない領域の話か。ともかく、着地を抜きにしても最大限の警戒を要する作戦だ。くれぐれも気をつけてくれ」

 

 その言葉に私が頷くと、ヘリの操縦桿を握っていた少女がこちらを振り返った。

 

「所定の位置に到達したよ! ついでに爆破による標的の停止も確認済み! あとは任せるけど、いけるよね!?」

 

 開け放たれた扉から上体を乗り出して下方を見やる。

 空を突き抜けて上昇したヘリはちょうどベアトリーチェの真上、高度1000メートルの位置にまで到達していた。そして、奴は巨大な陥没孔にその下半身をめり込ませて動きを止めている。

 全て作戦通り、これ以上ない状況だ。

 そして同時に、これより先は後はない状況でもある。

 ベアトリーチェの成長率は推定の五割に届こうとしており、その体高は既に200メートルを上回った。これ以上成長すれば、たとえ障壁を破壊できたとしても討伐は不可能になる。

 故に、奴はここで倒すしかない。

 パイロットに首肯を返し、私は両手の刀に意識を集中させる。

 

「ミフユ。あなたの刀、お借りします」

 

 この戦いに決着をつける時が来た。携えるは「彼岸白雪」、そして「八重一文字」と銘打たれた名刀。これよりこの二振りに、私は私の全てを託すことになる。

 静かに呟いて、私は腰に下げた「彼岸白雪」と「八重一文字」を同時に抜刀した。

 X字状に重なった刃がぎらりと輝き、そのまま両手で二刀を構える。

 

 ……きっと、この刀はその瞬間を待ち侘びていたのだろう。

 

 その瞬間。

 赤と青の輝きが同時に私の身を照らしあげて、美しい紫の虹彩が朝焼けに瞬いた。

 

「────────……!!」

 

 私を観察していたサキが驚嘆に息を呑む。

 明けの明星がごとく輝いたその光は、かつてのものとは比べ物にならない。まるで手の内に恒星を握っているかのようだ。

 ヘリのローター音に負けないほどの重低音が刀身から轟き、炉心が脈動する熱が掌から伝わってくる。

 その輝きは遠くから見れば、空に瞬く流星のようにも映っただろう。

 

『標的の上空1000メートル地点に超高密度エネルギーの拡散を検知! 八重垣チハヤさん、待機状態に入りました!』

 

『討伐作戦、最終フェーズに入ります! カウント開始!』

 

 オペレーターの報告を受けたアコが、無線機越しにタイミングを指示する。

 

『10、9、8、7、6、5、4、3────……』

 

 一歩前に踏み出して、ヘリに吹き付ける暴風をその身に浴びた。

 遥か下方、打ち倒すべき敵の姿を睨みつける。

 その姿を見るだけで全身が総毛立った。私の本能が、アレが私に死をもたらすモノだと理解しているからだろう。鋭敏化した生存本能は今すぐにこの愚行を止めろと叫び、足はがたがた震えている。

 それを自覚して、私は薄く笑った。

 やはり私の根底は弱虫だ。だからこそ──そんな自分を信じられるようになった私自身を、私は誇りに思う。

 アコによるカウントがゼロを告げる。その瞬間、

 

「八重垣チハヤ、行きます────!!」

 

 躊躇なく、私はタラップを蹴って宙へと飛び出した。

 全身を先程とは比にならない暴風が包み込む。心地悪い浮遊感は一瞬、私は瞬く間に重力に導かれた自由落下を開始した。

 1000メートル下方まで真っ逆さま、一手でも何かを誤れば即死のデッド・コースター。緊張と恐怖に浮かんだ嫌な汗が、荒れ狂う空気に根こそぎ吹き飛ばされていく。

 様々な情報を総合して算出されたこの作戦の成功率は、一割を下回っている。

 奴の体高を計算に入れると、詰めるべき距離は800メートル。私がその半分を無事に降下できる可能性が六割。距離を詰めきって攻撃を届かせる可能性が三割。その上で無事に障壁を破壊できる確率が一割以下だ。

 

『チハヤさん、よく聞いてください! 標的の動きは抑え込みましたが、完全に自由を失ったという訳ではありません! そちらにも攻撃は飛んできます! 最大限の警戒を!』

 

 無線機のイヤホンからアコ行政官の声が響くと同時、下方に見えるベアトリーチェの背中が不気味に蠢いた。

 気付かれた。

 その強烈な殺気が私へと向けられたことを、ビリビリと粟立つ皮膚で理解する。

 

「……………ッ!」

 

 思わず舌打ちする。もう少し気付かずにいて欲しかったが、存外にベアトリーチェは私の事を覚えていたようだ。たとえ理性を失っても、その身に刻まれた痛みの記憶までは消えないのか。

 ベアトリーチェの背中が不気味に隆起する。奴はまるで剣山が如く、複数の「棘」をその背に生やしてみせた。それらの切先全てが、一様に上空の私を狙っている……!

 

『第一波、来ます!』

 

 アコが鋭く叫んだ直後、ベアトリーチェの背から突出した漆黒の槍がミサイルじみた速度で放たれた。

 上空が刹那的に黒に染まるほどの莫大な数が私めがけて殺到する。

 一本一本が私の背丈ほどある恐るべき凶器、その連続射出たるや対空砲数十門の一斉掃射に匹敵しよう。

 だが、こっちだって負けていない。

 迫る黒の弾幕を全て視界に収め、手の内の二刀を硬く握りしめる。悠久の時を経て揃った二振りの刃、その真価を示す時だ。

 

「だァああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に全力で振るった二刀が、迫り来る脅威の悉くを粉砕する。

 まさに抜山蓋世、脅威的な切れ味と威力は古代兵器たるに相応しい恐るべき性能である。斬撃はそれだけで真空の刃を形成し、多重の防壁となって私を守る。

 加えて──私はずっと一振りの刀だけで戦ってきたというのに、二刀流はそれよりも手に馴染んでいた。

 私に才能があるという訳ではない。刀の方が私の動きに「合わせている」のだ。噴出した不可視のエネルギーが空気を叩いて速度を高め、振りが最速になるよう重心の位置すら変化させ、私の運動能力を最大限に──否、それ以上のレベルにまで引き上げている。

 それは物理法則をも超越し、変えられるはずのない落下起動を捻じ曲げることすら可能とさせた。

 

「あ゛……く………………っ!!」

 

 だが、その事実は諸刃の剣だった。脳天からつま先までを貫いた激痛に悲鳴が溢れて、私は反射的に身体を軋ませる。

 埒外の力を引き出せるということは、それは本来の私には不可能な無茶を通しているという事に他ならない。

 心臓が過度の運動に悲鳴をあげ、筋組織が脆いところから千切れ、処置してもらった傷が開いていく。

 

(しま……っ)

 

 己の失敗を自覚した時には遅かった。全身の痛みに視界が一瞬白飛びして、私の動きが急激に鈍る。

 そして、その瞬間をみすみす逃す相手ではない。空中で体勢を崩した私を、斬撃を潜り抜けた槍の雨が串刺しにかかる。

 

「───────……!!!」

 

 が、しかし。

 その攻撃は、私に到達する寸前で火花を散らしながら弾かれた。

 思わず視線をベアトリーチェから外す。遥か荒野の彼方には、地上で幾つかぎらりと煌めく反射光が見えた。地上に待機する各陣営の狙撃手が、それぞれ別角度から狙撃を行って私を守ったのだ。

 落下する私めがけて放たれる攻撃を宙空で撃ち落とす、まさに神業。それを容易く行える手練れの狙撃手が複数人、私を守ろうと奮闘してくれている。そして、私を援護するのは彼女らだけではなく──、

 

『動ける人員は標的の背部、及びチハヤさんへ向かう攻撃に火力を集中してください! 対空砲火を少しでも防ぐんです!』

 

 私を狙うベアトリーチェの背中で、空気すら焼き尽くす程の爆炎が絶え間なく巻き起こっている。この戦場に集った全ての生徒が、私に向かう対空砲火の阻止に全霊を尽くしているのだ。

 彼らの奮戦に支えられていることを自覚して、私は傷ついた体を奮い立たせた。

 こんな所でしくじって、彼女らの努力を無に帰すわけにはいかない。

 だが、やはり空中では満足に動けない。せめてなにか足がかりに出来るモノがあれば、確実にこの攻撃を防ぎ切れるのに──、

 

『ミカ、チハヤに足場(・・)を用意して!』

 

『おっけー……!!』

 

 そんな私の考えを見通した先生の指示が無線機から聞こえたと同時に、ミカの軽快な声が響き渡った。

 ぞわり、と大気が蠕動する。

 彼女の尋常ならざる神秘が、あり得ない現象を呼び覚ます前兆だ。

 

『私の全力! チハヤちゃんのために出し尽くすよ!』

 

 瞬間。分厚い空気を引き裂いて、隕石の群れが降り注いだ。

 ミカの狙いを刹那で悟る。そのうちの一つに目をつけた私は身体を真横に広げ、空気を思い切り受け止めて減速してから、落下する岩塊の底面に両足で着地(・・)した。

 私も隕石も落下しているのだから、着地したというよりはただ足をつけているだけに過ぎない。それでも、何もない空中で二刀を振るうよりかは遥かに戦いやすい。

 

『まあ、あんまり細かい調整は苦手なんだけど……っ! チハヤちゃん、いけそうかな!?』

 

「問題ありません! 助かりました!」

 

 先ほどの攻防で、今の私がどれくらい動けるかは理解した。「彼岸白雪」と「八重一文字」の物理法則を上回る動作補助があれば、落下する隕石群の中を跳び回りながら攻撃を弾くことも可能だろう。

 

「はあっ……はぁっ、ぐ……!!」

 

 口から溢れた生暖かいモノを無理やり飲み込む。壊れかけの身体に見えない亀裂が走っているのか。痛みで身体より先に頭の方がどうにかなりそうだ。

 武器のスペックに傷だらけの身体が追いつかず、その代償を埋めるために無茶をして、さらに傷が悪化する悪循環に陥っている。

 だが、着実に距離は縮まっている。この間合いを詰め切った果てにこそ勝利があるのだ。だからまだ音を上げるわけには──、

 

『チハヤさん、しっかり! 第二波が来ます!』

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 天をつんざく咆哮と共に、再びベアトリーチェによる対空砲火が開始された。生徒達の攻撃を潜り抜けた砲火が、私目掛けて殺到する。

 全意識を目の前の脅威に集中。

 隕石の合間をジグザグに跳ぶことで狙いを絞らせず、時に分厚い岩塊を盾にして、数百の穂先による攻撃を辛くも凌ぐ。

 

「っ……く……!!」

 

 残存距離400メートル地点を突破。

 ここまででようやく間合いの半分だ。生徒達の援護が無ければよくて重傷、悪ければ撃墜されていただろう。

 だがここから、私の生存率は更に低下する。当然だが、標的との距離が縮まればそれだけ迎撃までの猶予が短くなるからだ。

 今までは見てから防げていたが、次の攻撃以降はその猶予すらなくなる。光の速度で判断を下し、己の身を守る事だけに専心するしか、私に生存の道はない。

 

「はあっ、はぁっ……はあ゛っ、あ゛……!!」

 

『第三────チハヤさ────迎──────』

 

 無線機から響く声が何を言っているのか、それすら全身の痛みが曖昧にかき消していく。痛みが五感を薄れさせているのか、もはや意識をいつ失ってもおかしくない。

 それに、体力の方も限界スレスレだ。たとえこの攻撃を回避しきれても、少しでも無駄な動作に体力を消費すれば障壁を破壊するだけの体力が残らない。

 第三波の対空砲火が迫り来る前に、体力の消費配分を決定する。

 限界は二手だ。

 これより先は一度きりの防御と攻撃、それに全てを費やす。二度防いだ対空砲火の射撃間隔から想定して、空中で対処すべき砲火はあと一度だけ。この速度であれば、第四の対空砲火が放たれるよりも速く私の攻撃が届く。

 故に、生死を分ける次の攻撃だけをなんとか凌ぎきればいい。

 方針を定め、血反吐を吐き捨てて眼前を睨みつける。紙一重で避けられる攻撃を切り捨て、防御は極力最低限に。更に激しく輝く二刀を握りしめ、迫り来る槍の雨を打ち払う。

 

「────────ぁ、ぎ!?」

 

 三度目の攻撃に呑まれて一秒と経たないうちに、下半身が爆発したみたいな凄絶な痛みが全身を駆けた。

 逃げ遅れた足に、防ぎきれなかった槍が直撃したのだ。

 ぶぢん、という不気味な音が身体を通じて鼓膜を震わせる。確実にどこかが千切れた。筋繊維か靭帯か、片足が根こそぎ持っていかれたか。ともかく、確実に壊れるべきではない箇所が致命的に破壊された。

 

「〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!!」

 

 視界が衝撃と痛みで真っ赤に染め上げられる。

 喉奥から迫り上がった絶叫を口中で噛み潰し、唇に歯を食い込ませて遠ざかる意識を繋ぎ止める。

 構うもんか。今さら足が壊れたってどうってことはない。最初から走れる足ではないから、こんな方法に頼っているのだ。頭上に瞬くヘイローが壊れない限り、たとえどんな傷を負おうと私は止まらない。

 

「が、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

 決死の咆哮を上げ、私は残る攻撃を一息に薙ぎ払った。

 紫の残影が空間を縦横無尽に斬り払い、視界を埋める黒の先に眩い光を捉える。その一点を二刀をもってこじ開けて、強引に矢と化した身体を滑り込ませた。

 更なる危険域を突破、残存距離およそ200メートル。

 もはやこれ以上の攻撃を防ぐ余裕などない。だがこのペースならば、第四の対空砲火が来る前にこの刀を叩き込める。

 その確信を抱きながら槍の雨を潜り抜け、そして──……、

 

『超高密度エネルギー反応、再度確認!!!』

 

 その波濤じみた攻撃の果て。

 遥か下方に、大きく口を開く死神の姿を見た。

 

『なッ、口腔がもう一つ……!?』

 

 オペレーターからの悲鳴じみた報告を受けて、アコが呆然とその事実を口にする。

 遥か下方に現れたそれは普通の口ではなかった。ベアトリーチェが逸らすように掲げた頭部、その喉元に巨大な亀裂が走り、ぐばりと大きく開かれていく。

 奴の口腔は、最初から二つ(・・)あったのだ。

 並ぶ乱杭歯の奥に、眩い極光が収束していく。この戦いで最大の警戒を要する、全てを焼却する光の帯。ソレが数秒の後に放たれることを、思考より早く脳髄を駆けた直感で理解する。

 

『まずいです! あれは予測にありません、あんな一撃を今のチハヤさんが受ければ──……!!』

 

 確実に死ぬ。

 私の手中にある双刃をもってしても、あの光は打ち払えない。だからこそ、前線基地を危険に晒してでも「撃たせておく」必要があったのだ。

 だが、奴が件の熱線を二連射できるとなれば話が変わる。

 全身の痛みを掻き消すほどの悪寒が走る。私にはどうやってもアレを止められないし、空中で避ける術もない。この悪寒は、数瞬後に訪れる死を知覚した生存本能が鳴らす最後の断末魔だ。

 

「■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 それを悟った瞬間、天を両断する光が放たれた。

 眩い白が、秒を待たずして私へと襲いかかる。

 どうしようもなく私の負けだ。ここまでベアトリーチェが奥の手を隠し通していた時点で、八重垣チハヤの勝機は完全に失われた。

 

 けれど、それは────、

 

「イズナ流忍法」

 

 それは。

 この空に、私が一人しかいなかった場合の話だ。

 

「"変わり身の術"────……!!」

 

 凄まじい閃光と熱を撒き散らしながら、致死の光が真横を駆け抜ける。

 光は標的を外したのではなく、外された(・・・・)のだ。

 先生が手繰る「大人のカード」。

 その奇跡に後押しされて、私の隣に駆けつけた一人の忍者によって。

 私の身代わりになった人形が、光に揉まれて消え失せていく。そんな光景を映す視界の隅、役目を果たして落下していくイズナは私に向かって笑顔で親指を立てていた。

 

「「────────……!!」」

 

 同じ主に仕える者同士、もはや言葉なんて必要ない。その輝く瞳を見れば、彼女が告げんとする言葉は明白だ。

 頑なに私の勝利を信じる瞳に背を押され、私はベアトリーチェの頭上へと飛び出した。

 様々な脅威を突破して目の前に迫るは、最後にして最大の壁。奴の多次元障壁を断ち斬るという難関だ。

 ベアトリーチェの全身を覆う漆黒の鏡面、その何処かに必ず存在する綻び。それを私は見定めて、この二刀で斬らねばならない。

 その見極めを少しでも誤れば一貫の終わり。私は多次元に呑み込まれて消滅するかバラバラになるのだろう。それに加えて、激突までの猶予はもはや五秒と残っていない。

 まさしく生と死の狭間、命を賭けた極限の一瞬。

 そんな限られた時の中で、私はその綻びを見つけられるのか?

 

 ────無論だ。

 

 その確信を抱けることに笑みを溢す。

 これまで岩を斬り、鋼鉄を斬り、弾丸を斬り、ありとあらゆるモノを斬り伏せてきた。その中で育まれた私の瞳は、こと「見ること」に関しては、このキヴォトスで比肩無しと断言する自信がある。

 そんな八重垣チハヤだからこそ、その不可能を可能にできる。

 が。強い覚悟と共にベアトリーチェを睨みつけた瞬間、私を阻むように白い影が立ち塞がった。

 

【驕るな────────────!!】

 

 その不意打ちに、極限まで引き伸ばしていた時間が完全に止まる。

 静止した世界の中で、私は確かに白の幻影を見た。

 

【貴様の目論見は叶わない! ソレを握る資格など、貴様には最初から無いのだから!】

 

 それは幽霊か亡霊のように不安定で、しかし確かにそこに存在していた。

 現れた影は一つではない。動きを止めた私を、幻影は複数に分かれて嵐のように猛りながら私を取り囲む。

 

【貴様の夢は無意な空想でしかなく、その武器は我々から簒奪した偽りの刃に過ぎない! 貴様を構成する全ては空虚な偽物だ! そんな存在が、本当に至るべき場所に至れると思うのか!?】

 

 恐らくは実体など持たないであろうソレは、私を支える自信という柱を粉砕しようと次々に私を糾弾する。

 実体を持たず、存在を有さず、それでいて干渉してくるような相手をどうこうする余裕なんてない。

 

【いいや、不可能だ! 其は我らが秘奥、神の権能を発露せし聖杖! 貴様程度が御し切れるものでは断じてない!】

 

【そう! 貴様の理想は叶わず、抱いた夢が叶うときなど永遠に来ない! 八重垣チハヤは何者にもなれない半端者のまま、ここでその生涯を終えるのだ!!】

 

 ただ言葉だけが私に突き刺さり、視界は白の嵐に呑まれていく。

 目の前が閉ざされる。何もかも白く消えていく。倒すべき敵を斬るどころか、見定めることすら出来なくなる。

 そんな私を彼らは見下ろして──ただ、憎悪の籠った言葉を吐いた。

 

【【【【だから────貴様はここで死ね、八重垣チハヤ!】】】】

 

 そうして。

 視界が白に完全に染め上げられる寸前、私は目を閉じた。

 叩きつけられた言葉を反芻する。こんな時だというのに厄介なのに目をつけられてしまった。

 

 ────だって、この幻影が吐く言葉はわりと的を得ている。

 

 彼らの言葉に誤りはない。この「彼岸白雪」も「八重一文字」も本当はサムライの武器ではないし、私の夢は弱い自分から目を逸らしたいがための紛い物だ。

 

 ────けれど。

 

「……そんな言葉で、私が怯むとでも思いましたか?」

 

 私は瞳を開き、目の前の暴風を睨みつけた。

 そんな戯言、論じるにも値しない。私のような弱虫が至るべき場所に至れるのか、と彼らは問うたが、そんな言葉は周回遅れも甚だしい。彼らに言われなくたって、それは私自身が何百回と自問自答してきたことだ。

 それを承知で、私は先生に言ったのだ。

 

 ────私はやれる、と。

 

 それが私の出した答えだ。私がどんな半端者で弱虫でも、私はきっと到達する。至るべき場所がどんなカタチをしているのかすら曖昧でも、私はきっと「サムライ」になってみせる。

 

「あなた達の武器を勝手に使っているのは事実なので、文句は最後まで聞きましたけど。権能とか資格とか知りませんし、私は私の務めを果たすだけです。今更なにを言われようと、私の心は折れません」

 

【貴様、何を……!?】

 

「私がどこに辿り着き、どんな生涯を終えるのか。それを決めるのは私自身です。だから、あなた達が何を言おうと関係ありません」

 

 白の暴風が、手の内から溢れた紫の光に駆逐されていく。

 彼らによって生み出された「彼岸白雪」と「八重一文字」は、しかし言葉はなくとも確かに告げていた。

 こんなつまらないモノに時間を割く必要はない、と。

 その心強い輝きに頷いて、私は二刀を構え直す。

 

「そこを退いてもらいます。遠い過去の亡霊が、今を生きる私たちの歩みを阻むなんて──そんなこと、許すわけにはいきませんから!!」

 

 溢れんばかりの気概と共に答えを口にした瞬間、行手を阻む白の幻影は粉々に霧散した。

 現実に引き戻され、停止した時間が急激に動き出す。

 身体を揉む暴風の圧、全身を貫く痛み、目の前に迫る脅威の存在感。あらゆる現実に襲い掛かられながらも、私は両の瞳で倒すべき敵を睨んだ。

 

「────────────……!!」

 

 そして、私は見つけた。

 全ての光を呑む漆黒の鏡面壁。あらゆる干渉を拒絶する絶対防御。

 その中、ベアトリーチェの頭部から頸部にかけてのほんの僅かな箇所に映る空が、ありえない形に歪んでいる。

 それはベアトリーチェの限界、あり得ないはずの綻びだ。

 勝機を見定めた主に呼応するように、二刀に備わった永久炉心が咆哮する。感応し共鳴し、刀身が纏う紫の閃光は限界を突破する。

 奇しくも「光の剣」そのものに成った得物を背後に流し、私は全身を旋回させて標的を見据えた。

 

「ベアト、リーチェエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええっっ─────!!!!

 

 迎え打つ巨獣の咆哮に負けじと声をあげて、私は渾身の力で手にした光を叩きつけた。

 

 ────瞬間、腕がひしゃげたと思った。

 

 あまりにも硬い手応え。並行世界そのものを壁にする多次元解釈の鏡壁は、かつて斬ったどんなものよりも硬く重く私の刃を受け止めていた。

 刃は通った。斬り口の見極めには成功した。

 けれどダメだ。重なり合う次元そのものを斬るのは無理があった。たとえ刃が通っても私の耐久性を考慮に入れていなかった。だって、ほら、斬るよりも前に私の両腕はもうとっくに砕けて、

 

「舐めるなああああああああああッッ────────!!!」

 

 考えるより早く、私は食い込む二刀に己の額を打ち付けた。

 斬る。斬ってやる。たとえ腕が壊れようと私はこの闇を斬る。多次元のバリアだろうと知ったことか。親友に託され、先生と約束したのだ。私は子供だけれど、自分で背負い込んだ責任くらいは果たしてみせる。

 断線していない腕の筋肉と額に乗せた全体重によって、斬れるはずのない黒に刃が沈んでいく。

 

「っ……ぐ…………ぎ……!!!!」

 

 だが、現実は残酷だった。

 あと少し、あと少し、あと少しなのに。

 私の中はとうにからっぽで、最後の一押しに注ぎ込むだけの力なんてどこにも残っていない。

 意識が遠のいていく。あまりの身体酷使にとうに限界を超えていた身体が、その反動で強制的に意識を途絶させようとする。私の頭上に瞬くヘイローが、絶望的な明滅を繰り返す。

 そうして意識が黒に染め上げられる、その最後の一瞬──、

 

『──ハヤ────む……ば────……!!』

 

 とうに消えたはずの聴覚が、それでも聞き慣れた音を知覚した。

 朦朧としたままに、その声に耳を傾ける。

 それは──、

 

『──……がんばれ、チハヤ!!!』

 

 その祈るような声は。

 私がここに居る理由を、ほんの一瞬で思い出させた。

 頭上に瞬くヘイローが、最後の意地で輝きを取り戻す。使い果たしたはずの力が、ほんの僅かに湧き上がる。

 その発露たる輝きを背負いながら、私は閉じかけた瞳をこじ開けた。

 

 ────この戦いに、決着をつける時だ。

 

 咆哮と共に全身の力を爆発させ。

 砕けた腕と指に全霊を叩き込み。

 刃を阻む多次元の闇を、真正面からねじ伏せて──!

 

「りゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ──────!!!!」

 

 手にした刃を、渾身の力で振り抜いた。

 

 

 ──……ガラスが砕けたような甲高い音響が、朝焼けに照らされた荒野を揺るがした。

 

 私を圧倒していた重圧が消える。

 視界を閉ざしていた黒が砕けていく。

 手に残った確かな手応えに、私は主命を果たしたことを確かに知る。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────…………!!!」

 

 風の吹き荒ぶ荒野に、怪物の絶叫が木霊した。

 絶対の守りを失った衝撃は本体にも波及したのか。ともあれ、その悔しげな声が聞けただけでもスッキリした。薄く笑いながら、私は重力に導かれて落下していく。

 その時。

 目前にとあるモノを見つけて、私は思わず目を見開いた。

 落ちゆく視界の中には、粉々になった障壁の破片が宙を舞っている。それらは未だに鏡のように世界の姿を映していて、そこに、

 

「────────……、」

 

 そこに、私はサムライ(・・・・)の姿を見た。

 私がずっと憧れていたモノ。強くてカッコよくて、誰にも負けない無敵のサムライ。そんな存在はこのキヴォトスのどこにもいない。それは結局のところただの幻想で、弱い私が妄想したまやかしに過ぎない。

 そうと知ってもその憧れを捨てられず、ただ抱き続けた理想の形。

 そんな居るはずのないサムライが、確かにそこに映っている。

 両手に二刀を携えた姿はボロボロで、今にも力尽きそうな様子のくせに、そいつは満足そうに笑って朝焼けの空を見上げている。

 その笑顔を見て、ようやく私は気がついた。

 

「ああ……やっと」

 

 私の、叶うはずのない夢は。

 

「先生……ミフユ……私……やっと、なれましたよ──……」

 

 それでも、この一瞬は叶ったのだ。

 

 ……荒野にベアトリーチェの猛々しい足音が響く。

 私は壁を壊しただけで、まだベアトリーチェは倒れていない。本当の脅威は依然として健在だ。この世界を賭けた戦いは、寧ろこれからが本当の戦いの始まりとなる。

 でも、私の役目はここまでだ。

 全身全霊を使い果たして、あとはこのまま落ちていくだけ。けれど、ここで役目を終えることに不安はない。先生とあの生徒たちなら、必ずベアトリーチェという脅威を打ち倒してくれると信じている。

 満足げに意識を手放そうとして、私は肝心なことをすっかり忘れていたことに思い至った。

 私はまだ落下中で、着地をどうにかしないとこのままペシャンコになる運命なのだ。

 失敗した。二刀のブーストで減速してから安全に着地するつもりだったが、もうそんな体力がない。何が一度きりの防御と攻撃に全てを費やす、だ。最後の最後に残しておかねばならない体力まで使い果たしたら、もう一つの主命を守れないというのに。

 

「はは──やっぱり、まだまだ未熟……ですね……理想のサムライを名乗るには、とても……」

 

 こうなっては、もはや自慢の愛刀たちに着地も任せるしかない。

 まあ、私に物理法則を容易く突破させて、多次元の演算という偉業すらも成し遂げてみせたのだ。気絶した私を地上に運ぶくらいはたぶん可能だろう。モノ使いが荒いとこの子達に怒られるかもしれないが、まだ二刀流は修行中どころか初心者の身なので許してほしい。

 せめて意識が落ちても刀だけは手放すまいと、感覚の鈍い指に残り滓の力をこめる。

 そうだ──あの人の元に帰ったら、まずはこの空で見つけたサムライのことを報告しよう。きっと我が事のように喜んでくれるに違いない。

 そう思い至って、私は思わず血まみれの頬を緩ませた。

 

「ええ……そうしたら……たくさん、褒めてくださいね、せん──せ……い──……」

 

 どこまでも澄んだ朝焼けの中。

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は意識を手放した。

 

 

【挿絵表示】

 

 




次回最終回です。
※一部挿絵を修正しました
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