キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
これにて最終話となります。


エピローグ

 

 ──キヴォトスに災厄を齎した女、ベアトリーチェとの戦いが決着してから二ヶ月が経った。

 

 ベアトリーチェ討伐作戦は大きな人的被害もなく成功。先生を抹殺しようと目論んだ彼女の計画は頓挫し、怪物と成り果てた彼女は生徒達によって倒され、黒服と名乗る人物と先生によって今度こそ封印される運びとなった。まあ、私は意識を飛ばしていたのでその辺りの詳細は知らないのだけれど。

 ともかく戦いは終わって、キヴォトスには元の平穏な日常が戻ってきた。

 それで、そんな日常へと帰還した私はいま何をしているのかというと──、

 

「……ミフユ、そこのポテチ取ってください」

 

 もはや慣れきった天姫ヶ峰高等学校の生徒会室にて、私は対面に座ってぼけっとしているミフユにそう言葉を投げていた。

 

「あなたね、せめて一日一袋にしておきなさいよ。さっきから食べてばっかりじゃない。生徒会室のお菓子を一人で食べ尽くす気?」

 

「味気ない病院食をひたすら食べ続けたんですよ私は! そのうえ最近まで忙しかったし、ちょっとくらいいいじゃないですかっ! これは長い入院生活を耐えた私へのご褒美なんです!」

 

 じろりとこちらを睨むミフユに、私はつい最近まで病院のベッドに括り付けられていた過去を持ち出して、如何に自分が三時のおやつに飢えているかをアピールした。

 私はかれこれ一ヶ月間も、過酷な入院生活の中でおやつを禁止され続けてきたのだ。加えて日課の鍛錬も禁止され、逆にここ最近無視し続けていた勉学の義務とやらが思い出したように肩を叩いてきて、教育用BDをベッドの上で死んだ瞳で見続ける日々。「箱舟」の一件を解決した際はもっと早く退院したので、こんな目に遭うこともなかったのに。

 それを思い返してため息をつく私を見て、ミフユは呟く。

 

「ぶつくさ文句を言ってるけど、そもそも一ヶ月の入院で済んだ事が奇跡なのよ? 両手両足含む複数箇所の骨折に加えて靭帯破裂、その他もろもろ外傷のハッピーセットみたいな状態だったのに。本当どうなってるのかしらあなたの身体。なんなの、あの剣先ツルギに並ぼうとでもしてるの?」

 

「いやあ、そんな褒めなくても」

 

「褒めてるんじゃなくて引いてるのよ。どんどん常人離れしていくわね……」

 

 ミフユがやっと手渡してくれたポテチの袋を受け取り、早速開封。何枚かをぺろりと平らげて、湯呑みに注がれた熱々のお茶をゆっくりと啜る。

 そうしている間も、開け放たれた生徒会室の窓から色々な音が聞こえてきた。小鳥の囀りに木々のざわめき、校庭を走り回る初等部の子供たちの笑い声。

 実に平和だ。

 私はその感慨を抱けることを幸せに思いつつ、手持ち無沙汰にしているミフユに言葉を投げてみる。

 

「あれから色々ありましたけど、ようやく落ち着いてきましたね」

 

「そうね。もう世間は誰もあの事件のことなんて話してないし、メディアもすっかり取り上げなくなったし」

 

 ベアトリーチェが先生の殺害を目論んで引き起こしたこの事件は、最終的にゲヘナ・トリニティという二大校を巻き込んでの大騒動となった訳だが、その後の事態収拾はその規模に反してスムーズに執り行われることとなる。

 まずは殺人未遂犯としてキヴォトス全域に指名手配されていた私だが、晴れて冤罪だった事が各メディアで報じられ、無事名誉回復とあいなった。

 真犯人が逮捕されたという旨の報道もなされているが、情報はかなりぼかされている。プライバシー保護という名目ではあるが、実際はかつての「箱舟」の一件同様、ゲマトリアや聖遺物、司祭といった秘匿情報に情報統制が敷かれた結果だろう。

 そして、キヴォトスといえばトラブルには事欠かない地だ。二ヶ月もあれば両手で数えられない程度には事件が起きる。先生殺害計画事件、なんて銘打たれたこの騒動も、喉元を過ぎれば頻発する騒乱の一つでしかなくて、世間の関心は新たな事件の方へと向き始めている。

 

「私たちがベッドの上にいる間、先生が率先して事態収束に動いてくれたお陰ですね。まあ、その後も大変だったんですけど……」

 

 ……事件が公に解決したことになっても、私にはまだまだやる事が残っていた。この一件でご迷惑をおかけした方々に、改めて謝罪して回る必要がったからだ。

 D.U.にゲヘナ、トリニティと、私が追われる最中に大きく移動したせいもあって、多くの生徒達を巻き込む結果となってしまった。そうした生徒たちの元に赴くべく、私は入院生活の一ヶ月に続く一ヶ月間を費やすこととなった。

 

「ミフユ。この二ヶ月、学校の事務を任せきりにしてすみませんでした」

 

「まあ、チハヤに比べれば大した事ないわよ。私も余暇を取れない程度には忙しかったけど、貴方は日夜ゲヘナとトリニティを行ったり来たりしてたんでしょう? 以前のようにシャーレに泊まり込んで」

 

「忙しくはありましたけど、そんなに苦じゃありませんでしたよ。謝るつもりが逆に謝られることも多くて、そこには少し苦労しましたが……先生も一緒に来てくれましたからね」

 

 そういう訳で事件から二ヶ月が経過し、やるべき事を終えて私が天姫ヶ峰に帰還したのがつい三日前。今日は本当に久方ぶりの休日、何もしなくてもいい日という訳なのだ。

 まあ、一人で部屋に篭っているのも退屈なので、こうして生徒会室でミフユとぐだぐだしているのだけれど。

 

「ゲヘナもトリニティも駆け回りましたが、ティーパーティーでいただいた紅茶とお茶菓子は特に記憶に残ってますねぇ。トリニティの最高級品に舌鼓を打てる日が来るとは思いもしませんでした。それに、またあの有名な「災厄の狐」にも会ったんですよ! 先生と一緒に話してみると、意外と大人しくて……」

 

「……本当に苦ではなかったみたいで安心したわ。まあ、先生がいるなら大丈夫だとは思っていたけれど」

 

 ジト目になっているミフユをスルーして、私は摘み上げたポテチをぱりぱりと噛み砕く。

 そうして沈黙が落ちてからしばらくして、ミフユがぽつりと呟いた。

 

「色々あったわりに……特に何も変わらなかったわね。灯篭祭で天姫ヶ峰のことを知ってもらって、少しは我が校に興味を持ってくれる生徒が出るかと思っていたけど」

 

 彼女の少し寂しげな瞳は、開け放たれた窓の向こうに広がる青空に向けられている。

 私はそれを見つめて、口の中のポテチをごくんと飲み込んでから、同じ青空を見つめて言葉を投げた。

 

「灯篭祭の後はあの事件があって、世間の関心はそっちに向いちゃいましたからね。……でも、得たものはあるんじゃないですか?」

 

 確かに我が校の生徒数が微動だにしていないのは悲しいけれど、今まではこうしてのんびり話しながら二人で午後を過ごすようなことはなかった訳だし。私とミフユも同じ学校で同じ生徒会にいたけれど、その距離は尚も離れていたのだ。

 私たちが乗り越えたあの戦いで何かを獲得できたとするならば、今この時間こそがその答えなのではないだろうかと私は思う。

 そして、恐らくはミフユも同じ事を思って、彼女は微かに口元を綻ばせた。

 

「そうね。まあ、そっちは気長にやればいいんだし」

 

 言葉のやり取りが終わって、生徒会室には静かな時間が戻る。

 このまま静寂の心地よさを味わいながら、私もたまには読書でもしてみようかな、なんて考えていると、

 

「──それはそうと、なんですぐこっちに帰ってきたの? せっかくシャーレにいたんだから、少しくらいはのんびり向こうで過ごしてくればよかったのに」

 

 突然ミフユが話題の方向性を変えて、こちらに向き直って訪ねてきた。

 今の雰囲気からして、このまま二人で余暇を楽しむ感じだったのに、どこで方向転換したのだろうか。

 何かよくない予感を直感的に感じた私は、思わず椅子ごと後ずさる。

 

「いや……な、なんですか急に、そんな前傾姿勢で。D.U.近辺での用事が済んだ以上、無駄にシャーレの居住区画をお借りする理由もないので帰ってきたんです。なんでそんな分かりきったことを?」

 

「だって、せっかく愛しの先生(・・・・・)と二人で過ごせるチャンスじゃない。だから敢えてチハヤを一人で残したんだけれど。で、せっかくのチャンスを少しは活かせたのかしら」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は勢い良く口に含みかけた緑茶を噴き出していた。目の前の事務用ラックトップが被弾してびしょびしょになったが、今はそれに構っている場合ではない。

 

「なな、なっ……何を言ってるんですか!? 愛しの先生って、なッ、なんのことです!?」

 

「え、今更? だってあなた先生のこと好きなんでしょう、恋愛的に」

 

「そ……それは……そんなことミフユに言いましたっけ!?」

 

「以前に、先生のことはお慕い申し上げているとか言っていたじゃない。ほら、忍術研究部と劇をした時。あれはそういう意味でしょう?」

 

 しまった。そういえばイズナの純真な吐露につられて私もミフユの前でそんな風に口を滑らせたことがあった気がする。

 私は極度の混乱にこのまま開き直るべきか、それとも言葉の綾だと誤魔化すべきかも決めきれず、脳内に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すだけの壊れたロボットへと変貌する。

 

「い──いや、違くて、違うじゃないですか! それは、その、慕うといってもあくまで敬意や親愛というか、そういう邪な感情はサムライらしからぬというかですね、私は決してそんな不純な……っ! いえ仮にそういった気持ちを抱いていたとしてもですね、私なんて未熟者がその感情を公にするなんて畏れ多すぎて出来るわけもないですし、それは実質存在しないものと同じなのではないかと私は考えるわけなのですが…!」

 

 ひとしきり一人で喚いてから、はたとミフユがニコニコしながらこちらを見つめていることに気づいて、私は閉口してからぼそりと呟いた。

 

「……そんなに分かりやすいですか? 私」

 

「ええ。そりゃもう先生と話している時のチハヤといったら声が若干高くなっているし尻尾は常にぷんぷん揺れているし、目はうるうるして普段の類稀なる可愛さが更に十割増しといったところかしらね……」

 

 よし、我が校の代表にして規範たる生徒会長様が他人の恋愛で楽しむ悪辣なタイプの少女であることはよく分かった。今後は付き合い方を考えさせて頂くとしよう。

 私のそんな怒りが滲む視線をガン無視して、ミフユは容赦なく話を続ける。

 

「まあいいわ。で、話を戻すけど。あの大人と何か進展はあったのかと聞いてるの」

 

「や……そ、それは……ま、まだ私は、そういうのはちょっと……覚悟ができてないといいますか……か、仮に告白するとしても、それはもっと私が理想のサムライになれたときと決めていて……あの戦いの時は一瞬そう思えましたけど、結局まだまだ未熟ですし……」

 

 極度の羞恥からぼそぼそと切れ切れの言葉を吐く私の目の前で、ミフユは突然立ち上がり、

 

「甘い! 甘すぎるッ!!」

 

 と、縮こまる私に大声で喝を入れてきた。

 

「あなたも先生がどんな人か知ってるでしょう? 客観的にみて、このキヴォトスでブッチぎり最大倍率であろう超人気物件よ。そんな日和った考えで並み居る女生徒たちをだし抜けると思ってるの? 明日にでもコロッとそこら辺の女が王手をかけていてもおかしくないんだから、もっと危機感を持ちなさい!」

 

「い、いや、それは、そうですけど! そ、そうなん、ですけどぉ……」

 

 分かりきってはいるが直視し難い事実を無理やり目の前に突きつけてきたミフユは、がらがらと部屋の隅からホワイトボードを引っ張ってくる。

 

「どうせ暇なんだし作戦を立てるわよ。なに、私達はあのベアトリーチェだって追い詰めたんだし、今更先生を攻略するくらい容易いことでしょう? そうね、まずは事故を装って既成事実を……」

 

「ちょっと、普段どんな内容の本読んでるんですか!? 物騒過ぎますよ! も、もっと普通に少しずつ関係性を重ねてですね……」

 

「だからそれじゃ折角のチャンスを棒に振るんだってば。ここは恋愛巧者の私のアドバイスを元に、綿密な作戦を立てる必要があると言ってるの」

 

 …この人、やっぱり確実に私で遊んでるな。

 その確信を抱くと同時に、なんだか恥ずかしさより怒りの方が勝ってきた。思わずびきりと額に青筋を立て、ミフユのたわごとに言葉を返す。

 

「ハハ。恋愛巧者って、どうせ普段読んでるラノベ由来のにわか巧者じゃないですか。なのにアドバイスとか、よくそんな自信ありげな顔できますね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミフユは突然無言になった。

 目線を向けると、ミフユは顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。どうやら私の指摘は図星も図星だったようだ。

 

「い……言っちゃならないことを言ったわね……に、にわかって……」

 

「フン、最初に人をからかったのはそっちじゃないですか! 私は先に殴られたから殴っただけですよ! これは正当防衛です!」

 

「言葉の鋭利さに天と地の差があるでしょうが!! だいいち仮にも先輩に何よその態度は!」

 

「自分だけさん付けされてること気にしてたくせにいまさら学年差を持ち出すのは卑怯ですよ! ていうか私は留年してるだけで歳の差ありませんし!」

 

 その辺りでもはや言葉は不要とミフユが掴みかかってきたので、私も声を上げて応戦する。狭い生徒会室は急増のリングへ変貌、事務机を押し除けて散乱する書類の上で暴れ回る。

 そうしてしばらく互いに頬をつねったり髪を引っ張ったり関節をキメようとしたりと醜く争っていると、

 

「──お姉ちゃん達、どうしたの? 何か騒がしくしてるみたいだけど」

 

 と。廊下の奥から、ミフユの妹であるコフユの声が聞こえてきた。

 どうやら騒ぎを聞きつけて、生徒会室の様子を見にきたようだ。立て付けの悪い木製扉を引き開けようとしているのか、扉からガタガタと音が響く。

 まずい。仮にも学校を率いるツートップのこんな醜い争いを、模範を示すべき下級生に見せるわけはいかない……!

 どうやらその考えを持ったのはミフユも同じだったらしい。私とミフユは示し合わせたように組み合っていた両腕を肩に回して、仲良く肩を組みながら振り返る。扉を開けたコフユが姿を見せたのは、それとほぼ同時だった。

 

「こ、コフユ。今日も良い天気ね。ええ、もちろん喧嘩なんてしていないわよ。仲良く談笑しつつ、昨今の株式相場について議論したりなんかね」

 

「そうですよ〜。最近はカブが美味しい季節になりましたからね、値段も下がってますし買い出し品に追加してもいいんじゃないかと」

 

「バカ、株の相場っていうのはそういう話じゃない!」

 

 忌々しげにこちらを睨むミフユの言葉の意味が分からずに困惑していると、コフユは何かを悟ったかのような笑みを浮かべて、

 

「ふ〜ん…まあいいけど。仲良くなったね、二人とも」

 

「そ、そうですよ。仲良くなったのです我々は。で、何の用事で来たんです?」

 

「ひひっ。教えてあげなきゃと思ったけど、これはサプライズの方が面白そう。また後で教えてあげるねー」

 

 姉妹共々よく分からない言葉を残して、コフユはしぱぱーっと廊下を走っていってしまった。廊下は走ってはいけませんと諫言する間もなく、だ。まあ、私は元気があって良いと思うけれど。

 散らかった生徒会室に置いてけぼりにされて、私とミフユは改めて視線を交わす。

 

「……で、さっきの話に戻るけれど。チハヤはせっかく他の娘にも負けないくらい可愛い容姿をしているんだし、それを活用しない手はないわ」

 

「ええ……まだ続けるんですか、この話……」

 

「続けるに決まってるじゃない。いくら先生といえど、あなたが最終的にゴニョゴニョしてゴニョゴニョしてあげればイチコロのはずよ。だからそれを最速かつ効率的に達成するために……」

 

「ちょっと、何をそんな破廉恥なことを……!? さっきも聞きましたけど、本当に普段から何を読んでるんですか!?」

 

「だから、それはあくまで最終段階だと言っているでしょうが! 否が応でもその状況に持ち込むためにも、綿密な計画を立てる必要が……!」

 

「だから私はそんな計画乗りたくありませんって!」

 

 さっきに比べて幾分声を抑えながらしばらく激論を交わした後、私は深く溜息をついた。

 

「……ハア、わかりました。もう埒があきませんし、こうなったら単純な方法で決めましょう」

 

 

 

「そっちからこんな提案してくるなんて、随分と強気じゃない。病み上がりだろうと、私は手加減なんてしないわよ」

 

 学校裏の林を終端まで進むと、木々の合間にぽっかりと開いた空き地がある。縦横の幅は三十メートルほどあるだろうか。奥に聳え立つ岩壁には、幾重にも抉り取ったような痕や、斬りつけたような痕が残っている。

 恐らくは、かつて遺物を使っていたであろう歴代の生徒会長達が、この場所で人知れず訓練を行っていたのだろう。数え切れないほどの傷跡を抱いたこの岩壁は、まさに天姫ヶ峰の歴史そのものだ。

 そして──そんな岩壁に見守られるように、私とミフユは距離を置いて相対していた。

 

「別にいいですよ、最初からミフユに手加減なんて期待してませんから」

 

 十メートルほどの距離を空けて立つ私とミフユの間を、湿った風が吹き抜ける。

 ここ最近は暖かい日が続いたおかげか、空き地に雪は積もっていない。黒々とした土肌をブーツでつついて、動きに支障がないことを確認する。

 

「ルールはどうしますか? 先に一本入れた方の勝ちってことでいいんです?」

 

「もちろん」

 

 そう答えると同時に、重々しい音を立て、ミフユの手にした遺物が真っ赤に明滅した。その独特な駆動音は、まるで肉食獣が唸り声を上げているかのような威圧感をこちらに与えてくる。

 それに呼応するように、私は刀の柄に手をかける。

 話が延々と平行線になると悟った私は、彼女にとある提案をした。こうなったら一本勝負で、敗れた方が勝った方の言うことを聞くことにしよう、と。

 ミフユが勝てば、私はミフユが自信満々に説く口外できないようなコトをする羽目になる。逆に私が勝った時は…ふふ、その提案に見合う程度には恥ずかしいコトをしてもらおう。広報役の天姫ヶ峰ご当地アイドルミフユちゃんとしてデビューしてもらうとか。

 

「……何か良からぬことを考えてるわね。言っておくけど本当に手加減しないし、大人気なく勝つわよ。私」

 

「それはお互い様でしょう。それに……白状すると、一度くらいこういう事をしてみたかったんです」

 

 私の夢は、この大雪原でミフユに出会ったところから始まった。

 刀一本で私を救ったミフユの背中を見て、私は彼女のようになりたいと思って、この百鬼夜行を飛び出したのだ。

 でも──彼女と再会した時、待ち侘びていたはずの再会は決して祝福されるものではなかった。

 

「思い返せば……私たちの関係は、敵対と争いから始まりました。元は一つだったモノを持っているのに、私たちは互いを傷つけることしかできなかった」

 

 私とミフユは二度にわたって戦ったが、そこには常に血と痛みと苦しみが介在していた。互いに死力を尽くし、互いを打倒するために刀を振るうことしか、あの時の私達には選べなかった。それは私の中に、そして恐らくは私以上にミフユの中にも、消えない傷として残っている。

 

「だから、過去を上書きしたいって訳じゃありませんけど……怒りも憎しみも介在しない立場で、あなたともう一度戦いたかったんです。私はずっとあなたに憧れていて……そしていつか、挑戦(・・)したいと思っていたんですから」

 

 ずっと伝えたかったことを告白して、微かに笑う。

 サムライを目指すものとしては、やはり腕試しというのはせずにはいられない。それがミフユ相手とくれば尚更だ。

 だが、少し前までのミフユにそんな提案をしても、きっと拒絶されるだけだっただろう。私を傷つけたことを必要以上に悔やんでいた彼女が、私に刀を振るうことをよしとするとは思えない。

 けれど──今ならば、きっと違うはずだ。

 ミフユはそんな事を思う私の言葉を受け止めて、小さく溜息をこぼした。

 

「まったく、そういう調子が狂うことは後で言ってくれないかしら」

 

 その言葉に苦笑してから、私は深く重心を下げた。

 私が戦闘態勢に入ったのを見て、彼女も同じく覚悟を決めたらしい。私のものとは全く異なる構えで、ミフユは刃越しに私を睨む。

 

「「──────────」」

 

 沈黙が落ち、かさかさと木々が揺れる音だけが空間を支配する。

 勢いよく走り出すその最後の一瞬に、私はこれまでに辿ってきた全てを思い返した。

 色々なことがあったけれど、今この一瞬を得られたのなら、きっと私は正しい方向に進み続けられたのだろう。

 微かに口元を綻ばせて、私は刀の柄に込める力を強める。

 そして──まるで開始を告げるように、落ちた常緑樹の葉が二人の間に舞い落ちた。

 

「「……勝負!」」

 

 私が勢い良く地面を駆けると同時に、ミフユは真一文字に刀を振り払った。

 閃光が奔る。恐るべき威力を有する光の刃が瞬きの間に襲いかかる。模擬戦ゆえ、せいぜいライフルの弾丸程度にまで威力は絞っているだろう。だが、その圧倒的な速さと射程は健在だ。

 突進の勢いを緩めぬまま、鞘内に収めた「彼岸白雪」を抜刀──迫る光刃を弾き飛ばす。

 硬い手応えとともに火花が散り、軌道を捻じ曲げられた光のすぐ真横を駆け抜ける。

 

「予想はしてたけど、やっぱり速度が増している……今回の事件で、相応に強くなったというところかしら」

 

 幾度か光刃と剣閃の応酬を繰り返した後、ミフユはゆっくりと「八重一文字」を上段に構えた。

 以前の彼女であれば、決して私に距離を詰めさせず、遠距離からめった斬りにする戦法を選んだはずだ。だが今の私ならば距離を空けても突破されると考え、あえて自ら近距離戦(インファイト)を挑もうと言うのか。

 

「でも、それはちょっと悪手じゃないですか……!?」

 

 私が踏み込んだ直後、二つの刀は正面から激突して激しい火花を舞い散らせた。そのまま全体重で激突し、私とミフユは刀の鍔を噛み合わせて睨み合う。

 

「おおおおおおおおおおっ……!!」

 

 びきり、と地面に亀裂を走らせて、私は更に前へと踏み込んでいく。

 やはり単純な力押しなら私の方が上だ。数秒の後に拮抗が崩れ、ミフユの刀が弾かれる。その瞬間を見逃さず、空いた胴めがけて横一閃────、

 

「ふっ!」

 

 が、放った一撃は当然のように受け止められ、あっさりと後方にいなされ(・・・・)た。そのまま幾度か剣戟を交わしても、やはりミフユの懐に刃は届かない。火花と衝撃だけが撒き散らされ、余波を受け止める荒地を削っていく。

 それも当然か。私が数多の戦いを経て成長しているように、彼女もまた成長しているのだ。以前のように、斬り合いで圧倒できるほど今のミフユは甘くない。

 

「はあああっ!!」

 

 轟、とミフユの「八重一文字」が咆哮を上げる。彼女が刀身を天高く振り上げた時、もう既にソレは変形を終えていた。

 巨大な槌の形状による渾身の一撃が、真上から私めがけて振るわれる。

 刀一本では受け止めきれない。

 そう判断した刹那、私は渾身の力で地面を蹴った。

 ブーツの先を掠めて、巨大な質量が私が立っていた地面を圧し潰す。判断が一瞬でも遅れていれば間に合わなかった、ギリギリのタイミング。

 

(危ないところ……でした、がっ!)

 

 三角跳びに近しい要領で、私は着地と同時に前へと飛び出した。

 槌の形状をとった一撃は威力も速度も絶大だが、その分通常時に比べれば細かい取り回しで劣る。その一撃を避けた今、ミフユは私の反撃を防ぎきるだけの余力がない。

 だが、ふと湧いた危機感が私の足を鈍らせた。

 私がそれくらいの推測を立てられるのなら、それはミフユも同じはずだ。であれば、ここに生まれた隙すらも、彼女は最初から想定済みなのではないかと──、

 

「ッッ!!」

 

 急ブレーキをかけて身体を押し留めると同時、眼前を巨大な閃光の柱が焼き払った。

 ミフユが何かをしたのではない。地中から勢いよく光の柱が立ち昇って、私を捉えようと爆ぜたのだ。まるで地雷を踏みつけたかのように、眼前の地面を破って閃光が撒き散らされる。

 原理は知らないが、ミフユはさっきの振り下ろしを放った際、地中に「八重一文字」のエネルギーを滞留させたのだろう。それを一拍遅れて爆発させ、反撃してくる私を確実に捉えようとした。

 さっきは大人気なく勝つとか言っていたけれど、その言葉に恥じない、万全たる二段構えの攻勢だ。けれど、

 

(────……いや、まだ先がある(・・・・)!?)

 

 その戦慄を覚えた瞬間。

 未だ立ち昇る閃光の奥から、本命の一射が放たれた。

 世界を一直線に裂く閃光。それは槌から砲形態へと変化した、「八重一文字」による必殺の一撃であろう。勘だけを頼りに伏せた私の頭上を、光の束は容赦なく薙ぎ払っていく。

 そうして、地面からの奔流と掃射による一連の攻撃が終わった後。

 土煙の中でなんとか立ち上がりながら、私は思ったことを素直に口にした。

 

「いや、本当に大人気ないですね……ここまでやられると、流石にちょっと引きますよ」

 

「な、なによ。手加減はしないってあらかじめ言っておいたでしょう」

 

 若干自覚はあったのか、ミフユはばつが悪そうな顔をして頬を赤らめる。

 

「……ともかく、今の連続攻撃を完全に回避しきるとは思わなかったわ。本当に強くなったのね、チハヤ」

 

「いいえ、まだまだです。私はもっと強くなるつもりですから。私だけなら、これ以上を求めるのは無謀な欲張りだったかもしれませんけど……今は、独りじゃありませんから」

 

 今だからこそ、思う。

 かつての私は一人ぼっちで、サムライになるという仮初の夢しか頼れるモノはなくて、だからこそ限界があった。結局のところ、私が一人でどれだけ鍛えても、到達できる境地なんてたかが知れているのだ。

 でも、今の私は色々なものを得て、経験して、八重垣チハヤ一人では到達できなかった限界の先に立っている。

 そして──この先にも、まだまだ進んでいけるはずだ。

 多くの人達との繋がり、先生、目の前にいる彼女。そういった多くの人々が、私と一緒にいてくれる限り。

 

「……楽しい一時だったけれど、ここまでよ。そろそろ決着を付けましょう」

 

 ミフユは薄く笑って、刀の形状に戻った遺物を高く掲げた。

 直後、その刀身から世界を染め上げるが如き光が溢れ出す。唸りを上げる炉心から溢れたエネルギーが、赤雷となって撒き散らされる。

 

「──────……!」

 

 その強烈な閃光は、「ザババの双杖」なる古代兵器が所有者を認め、その性能を極限まで引き出した証。

 かつての私は、どうして過去の兵器が私達のことを認めてくれたのか理解できなかったけれど、今ならば分かる。

 

 ──最後の要因となったのは、きっと「名前」だ。

 

 名前はその存在を定義するもので、同時に縛り付けるものでもある。誰かが新たに名前を与えない限り、双杖と銘打たれた兵器はずっと兵器のままで、その役割しか担えない。

 だからこそ、この兵器が私達を認めるためには、「新たな名前」が必要不可欠だったのだ。

 もちろん、自律思考すれど喋る術を持たないこの二振りの刀にとって、私たちの名付けた名が祝福すべきものだったかは分からない。もしかしたら、もっと良い名前がよかったと内心不満に思っているかもしれない。

 けれど──、

 

「ふふ」

 

 眼前の相方に呼応するように、私の手の内にある「彼岸白雪」はぶるりと震えた。

 一切の変化をせず、極限までその切れ味を研ぎ澄ませるその形状は、対面にて自在に変形する「八重一文字」とは対極だ。だがそれは、互いの所有者の戦闘方法に特化した形状を追い求めた結果に他ならない。

 そして、彼らが私達に合わせて変化しているその事実こそが──かつて双杖と呼ばれた破壊兵器が、新たな在り方を快く受け入れてくれていることの証明のように、私には思えた。

 

「決着を付けるというのなら、私にも異論はありません!」

 

 改めて白雪に感謝を抱きながら、私は刀を低く構えて、閃光の中を突貫する準備を万全に終える。

 

「いい覚悟ね。じゃあ、最後の攻防といきましょう!」

 

 その言葉と同時、眼前にて赤の閃光が爆発した。

 地を奔り空を裂き、空間そのものを染め上げる光。それはまるでオーロラのように天蓋を覆い、そのままカタチある刃となって私目掛けて殺到する。

 対して、私は勢いよく走り出していた。

 極限まで高められた集中力と、多次元を斬り伏せたことで更に研ぎ澄まされた瞳が、私に残された勝機を視覚情報として映し出す。

 何を弾き、何処を走り、どう動いてミフユの元へと辿り着けば良いか、それら全てを刹那のうちに弾き出して、土煙と赤光の中に「道」を描く。

 

(────────そこ!)

 

 微塵切りにされる大地と空間の狭間を駆け抜け、迫り来る刃の悉くを斬り払い、土煙の向こうへと踏み出して──。

 そうして間合いを詰め切った最後に、やはりミフユは待ち構えていた。

 彼女は私が無傷で突破することなどとうに予測して、確実な一閃を叩き込まんと八重一文字を上段に構えている。

 ここからは純粋な速度勝負、どちらが速いかという単純明快な立ち合いだ。一切の小細工なしのこの決着を、他ならぬミフユが望んだことを好ましく感じながら、私は勢いよく間合いへと踏み込んだ。

 

「「はあああああああああああああっっ!!」」

 

 互いの喉が、そして互いの刀が唸りを上げる。

 上段から縦一線に振り下ろされる「八重一文字」の煌めきを見つめながら、横一文字にミフユを打ち抜く「彼岸白雪」に全力を注ぎ込む。

 そして────、

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 静寂の戻った空き地に、二人分の荒い呼吸音が響いていた。

 私とミフユは互いに仰向けに倒れて、言葉もなく同じ空を見上げている。

 

「今のは……どっちが先だったと、思います?」

 

「さぁ……ハイスピードカメラでも導入してたら、判定できたかもしれないけれど」

 

「プロのサッカーじゃないんですから……」

 

 最後の決着の瞬間、私とミフユは同時に互いの刃を受けて吹き飛ばされた。

 決着がどちらだったのかは何とも言い難い。私の方が先だった気もするし、ミフユの刃が先だった気もする。それはミフユも同様だろう。つまるところ、あれだけ派手にやっておいて、どっちが勝ったかは判然としないという訳だ。まったく無意味な時間を過ごすことになってしまった。

 だが──その割に、私の内には感じるべきはずの徒労感や、疲労感といったものは存在しなかった。ただ目の前の青空のように、どこまでも澄んだ心持ちだった。

 

「んふっ」

 

「何よその笑い方、気持ち悪……ふふ……」

 

 そんなやり取りをしていると、空き地の向こうから足音が聞こえてきた。

 こんな場所に誰が来るというのか。予想もできず、頭だけを動かしてそちらを見つめる。

 そこには、見覚えのある白いコートと革靴の大人が──、

 

「楽しそうだね、二人とも」

 

「「ぶーーっ!!?」」

 

 空き地に現れた先生(・・)を目にした瞬間、私とミフユは同時に目を剥いて飛び起きた。

 まったくの想定外だ。天姫ヶ峰の生徒ならばともかく、D.U.に居るはずの先生がここにいるとは想定すらしていない。

 慌てて乱れた前髪を払っていると、先生の隣にコフユが立っているのに気付く。なるほど、恐らく彼女が先生をここに案内したのだろう。

 

「で、なんで二人はこんなところで戦っていたのかな? 喧嘩ってわけじゃないみたいだけど。コフユちゃんは知ってる?」

 

「それはね……お姉ちゃん、先生に教えてあげてもいい?」

 

「ま、待ちなさいコフユ! それ以上は天姫ヶ峰生徒会の沽券に関わるからっ……!」

 

 明らかに狼狽してわたわたする姉を見て、コフユは邪悪に笑っていた。恐らく、生徒会室でのやり取りは全部聞いていていたのだろう。イタズラが過ぎますよ、と叱っておきたいところだが、コフユが先生に洗いざらい話しては色々なものを失ってしまうので、私も黙りこくるしかない。

 この調子だと、我が校で最も権力を握っているのは生徒会長でも副会長でもなく、この幼女ということになるのではないか……。

 そんな恐ろしい推測は一旦やめて、改めて先生に視線を戻す。

 

「こ、こほん。先生、お久しぶりと言うほどでもありませんが……一体どうして天姫ヶ峰に来られたんです?」

 

「チハヤが帰ったすぐ後に急用ができてね。追いかける形になってしまったけど、緊急でやって来たよ。今朝は二人に連絡がつかなかったから、コフユちゃんのほうに事前連絡しておいたんだけど……」

 

「コフユの「サプライズ」というのはそういう事でしたか。すみません、うちの生徒会長は一度読書し始めるとあんまりスマホとか見ないタイプで……連絡しても気付かない事があるんです。後で私から注意しておきますので」

 

「気付いてなかったのはあなたも同じでしょうが……なに一人だけ「関係ないです」みたいな顔してるのよ……!」

 

 そんなことを言ってミフユに睨みつけられていると、先生の背後にちらりと制服の切れ端が見えたような気がした。

 じっと目を凝らすと、何かがいる。先生の後ろにぴったりくっつく形で何らかの生物が隠れている。私が恐る恐るその正体を確認しようとすると、それは自ら先生の後ろから姿を現した。

 

「あ……あの……」

 

 それは、百鬼夜行によく見られる着物風の制服を着た少女だった。

 長い前髪の隙間から、こちらを伺う綺麗な瞳がこちらを覗いている。歳は私とそう変わらないか、一つ下くらいだろうか。

 

「わ……私、いま通ってる学校に馴染めてなくて……先生に相談したら……あなたの話を聞いたんです。八重垣チハヤさん」

 

「わ、私の?」

 

「チハヤさんは元いた学校を飛び出して、天姫ヶ峰(ここ)で夢を叶えたって聞きました。わ、私にも、ささやかな夢があって……それを叶えるために、ここで一から頑張りたいんです。そうしたら、チハヤさんみたいに強くなれる気がするから……」

 

 彼女の言葉を、私は呆気に取られて聞いていた。色々な感情が心中を渦巻いて、何をどう真っ先に出力していいのかも分からない。

 けれど、一つだけ言えることがある。

 私はきっと、彼女が抱く気持ちに共感できる。誰かのようになりたいと願って、たとえ道が見えなくても走り始める。そんな少女を、私はよく知っているから。

 

「それは……」

 

「そ……そのためなら、転校だってする所存です! なので、もし良ければ、転校届の受理を前向きに検討していただけないでしょうかっ……!!」

 

 それを聞いて、私とミフユは思わず顔を見合わせた。

 転校届の受諾希望。それはつまり、天姫ヶ峰の生徒数獲得に動いていた我々の努力が実った瞬間でもあったのだが、いざ転校希望の生徒を前にすると喜びより驚きの方がまず先に来てしまった。

 思わず、私は口を開いて──、

 

「い、いや……もちろん歓迎しますけど、いいんですか? ここって本当に何もないですよ。山奥だし雪は多いし電波悪いし都会まで遠」

 

 そんな事を口走ったその瞬間、片足に凄絶な痛みが走って私は「ぎゃっ」と悲鳴をあげた。

 見ると、隣に立っていたミフユが渾身の力で私の足を踏んでおられるではないか。

 

「なに変なこと口走ってるのよあなたは……! せっかく我が校に興味を持ってくれているというのに!!」

 

「し、正直に悪いところは伝えないと不誠実じゃないですか? 事故物件を黙って売りつける悪徳不動産屋じゃないんですから」

 

「別に隠すつもりはないけど、まずは良いところから話すでしょ、普通! いきなりネガティブな内容から挙げ始めるプレゼンとか論外でしょう!?」

 

「た……確かに……!」

 

 至極真っ当なことを言われて、私は愕然とする。

 いや、そんな事にも気が付かないくらい、今の私は気が動転しているということなのか。

 

「あ、あの、迷惑だったでしょうか……いきなり押しかけてこんなこと……」

 

「そそそ、そんなことはありません! いや、本当にとっても嬉しいので、逆にテンパっちゃってるっていうか……!?」

 

 思い切り両手を振って誤解を解いていると、横から助け舟を出す形で先生が付け加えてきた。

 

「実は他にも幾つか、天姫ヶ峰高等学校に興味があるって子達から連絡をもらってるんだ。そっちは、あくまで学校を見てみたい程度の話ではあるんだけど」

 

「本当に!? どうして黙っていたの先生!?」

 

「や、ちょ、襟を掴んでブンブンしないで……先の事件のゴタゴタが残ってて、二人とも余裕が無さそうだったから……チハヤが戻ってから伝えようかと、ちょっ、だから止め……」

 

 朗報続きによる嬉しさで、加速しっぱなしの心臓が一際大きく跳ねた気がした。

 色々あった割に新入生はゼロかあ、と二人してちょっと残念がっていたが、なんやかんや灯篭祭で試した事の成果は出ていたらしい。

 やっとミフユから解放された先生は、ちょっと顔を青くして続ける。

 

「……と、ともかく、彼女に関しては転入の意志が強いみたいだったから、予定を前倒しして連れてきたんだ。だから、まずは彼女の転入準備を進めつつ、興味のある子達に向けて学校紹介ツアーなんかを計画してみたらどうかな?」

 

 先生の襟から手を離したミフユは足早に転入希望の少女に歩み寄り、今度はガッと少女の両手を掴む。

 

「そうと決まれば、早速我が校を紹介しないと。どうせ今日は暇だったから丁度いいし。そうだ、寮の部屋も余っているから今なら部屋を選び放題だし、学校を回った後はそっちの内見も──」

 

「あ……は、はいっ……」

 

「ふふ、お姉ちゃん嬉しそう」

 

 本当ですね、とコフユに同意する。

 その溌剌とした姿を見て、私はシャーレを初めて訪れた時のことを思い出した。先生に夢を語っていたあの時の私も、あれくらい明るく見えたのだろうか?

 なんにせよ、私の夢が前進したように、ミフユの夢が目に見える形で前進しているのは大変に喜ばしいことだ。

 そんなことを考えていると、私はとある事に気がついた。

 

「そういえば、まず最初にするべきことをしていませんでした」

 

 ちらりとミフユの方を見ると、彼女も私の思うところを察したようだ。

 ここには生徒会のメンバーが揃っていて、目の前にはこれから我が校の一員になろうという少女がいる。となれば、まずは我が校の生徒会として正式に挨拶をしておくのが筋だろう。

 こうして生徒を迎えるのは初めてだけれど──きっとこれからも、こうした出会いを経験する機会は来るはずだ。そうなることを願っているし、出来るとも思っている。

 そんな未来への希望を込めて、私とミフユは声を合わせた。

 

 

 

 

「「ようこそ、天姫ヶ峰学園へ!」」

 

 

 

 

 【キヴォトス剣豪流離譚 第二章 完】




【あとがき】
おまけ程度の内容ですが、本編中に登場したキャラや設定の所感だったり、補足だったりをまとめておきます。

◆八重垣チハヤ
 本作の主人公。
 まずは「キヴォトスで刀を振り回す女の子」が書きたいなという閃きから始まり、そこからどんなキャラクターにするか、どんな話にするかを考えていきました。
 ブルーアーカイブの二次創作を書くうえで、やっぱり全力で青春してるキャラが良いなと思い、色々な意味を孕んでいる「青春」という言葉の中でも、特に「夢」にフィーチャーしたキャラとして設定しました。
 ただ可愛くてカッコいいところだけではなく、青春には付きものである挫折や苦難、葛藤といった一面も描けたと思っているので、満足しています。
 個人的にオリ主の強さは「原作における最強格の一歩〜二歩手前」くらいが丁度いいと思っているので、最初はそれくらいで設定しましたが、最終的には最強格に並ぶくらい強くなりました。まあ、これだけ戦って強さがそのままというのも変なので…。

◆雪峰ミフユ
 本作のライバル/相棒ポジションのキャラ。
 憧れの対象でありながら主人公とは正反対の位置に立つ敵対者、という立ち位置から、チハヤとは対照的に夢を諦めてしまったキャラとして設定しました。
 最初は普通に刀を振るっていたのですが、チハヤが「憧れのサムライなんていなかった」と自覚させられる際にインパクトが足りないなと感じて、今のSFチックな描写をすることになりました。その過程で遺物の設定等を練っていった(盛っていった)記憶があります。
 第一章は、彼女とは異なり夢を諦めきれないチハヤが、そんな彼女と対峙して、その残酷な諦念を打ち砕く、という流れで完結しますが、完結時点では第二章を書くつもりはありませんでした。
 が、二人の今後を妄想する中で、和解はしたけど絶対ギクシャクするよなあの二人…人間関係で思い悩んだりするのもブルアカに自分が求めている青春の一つの要素だよな…二人がそれに振り回されるところも見たいな…という考えに至り、結果的に第二章を書き始めました。
 その点でいくと、第二章はほとんどミフユのために書いたといっても過言ではないと思います。

◆先生 
 ブルーアーカイブ原作の主人公。
 人によって大きく描き方が別れるキャラクターなので、どんな風に描くか割と迷った記憶があります。が、原作においては基本的に一貫して「生徒たちを導く、責任を理解した大人」として描かれているので、なるべくその像から逸脱しないように描いたつもりです。
 ちなみに、原作においては性別を自由に選べるということもあり、作中では性別を特定する三人称を一切使用していません。(意味があったかどうかは微妙…)
 切り札である「大人のカード」の性能については、原作にてはっきりとした描写があまりなされていないので、どう描くか迷いましたが、この作品では「奇跡を呼び寄せて本来あり得ない事象を起こす」みたいなふわっとした感じで書いています。
 もっとコミカルな先生も書きたかったのですが、どうしても話がシリアスになるとそういう一面を挿入し辛く、そこが若干心残りかもしれません。が、自分なりに頼れる大人を描けたとは思っているので、そこは満足しています。

◆ザババの双杖
 原作におけるアリス(名もなき神々の王女)関連の設定がメソポタミア神話由来っぽい、ということを踏まえて、違和感が出ないように同じ神話から名前を拝借して決定しました。当然神話由来の名前がありますが、新しい名前を得て新しく生まれ変わる、というケイ同様の流れを描きたかったのもあり、本編には登場していません。
 「新しい名前を与える」という行為が覚醒に必須の要因、という設定は第一章の頃から考えていましたが、なかなか描写する機会がなく、最終話にねじ込む形になってしまいました。所有歴の短いチハヤがミフユより先に遺物に認められたのは、名前をつけていたかどうかの差です。
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