桜舞う4月。走り去るバスを背に、オレは目の前にそびえ立つ校門を見上げた。数年振りの母校は、変わることのない威容を誇っている。
「はぁ・・・行くか・・・」
いまだに慣れないスーツの着心地にため息をついて、歩き出す。まだ早朝なので新入生の姿は無いが、在校生らしき人影がちらほら見受けられた。
「やだ見て!誰かしら?!あのひと!」
「!!超イケメンじゃない?!」
ひそひそと囁き合う声が聞こえる。誰の噂をしているのかは知らないが、朝っぱらから忙しないことだ。あれが若さというものなのか?この道を通学していた頃が、やけに遠く感じられた・・・いや、いまは感傷に浸っている場合じゃない。遊びに来た訳ではないのだ。自らの立場を再認識したオレは、時折感じる奇異の目を躱しつつ、足早に理事長室へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「失礼します」
ノックをして扉を開けると、秘書らしき人物が対応に出て来た。やや幼さが残る小柄な女性だが、なかなかの美人だ。この学校は、相変わらず女子のレベルが高いな。
「お待ちしておりま・・・」
すると、妙なところで言葉を区切る秘書さん。ん?駄洒落でこちらの緊張をほぐそうとしているのか?
「あ、綾小路・・・君?」
オレの名前を確認してくる美人秘書。どうやら、駄洒落はあれでお仕舞いらしい。
「はい、本日付けで本校に着任した綾小・・・って、坂柳?」
そこに居たのは、少し大人びたかつてのライバル、坂柳有栖だった。しかし・・・
「治ったのか?」
彼女の様子にオレは確信する。先天性疾患を抱えていたかつての弱々しさは、全く感じられない。
「は、はい・・・おかげさまで・・・いまはこちらで、お父様・・・いえ、理事長付きの秘書をしています・・・」
なぜか、信じられないものを見たかのように、半ば茫然としたまま受け答えをする坂柳。彼女にとって、オレとの再会はそんなにショックなことだったのか・・・(大ショック)
それにしても、万全な坂柳有栖か・・・もし、これがあと数年早ければ、オレは彼女に敗北していたかも知れないな・・・
「はっ?!そ、それよりもお父様!どうして事前に教えて下さらなかったのですか?!わたくしがどれほど彼のことを心配していたか・・・それに綾小路君もあんまりです!せめて電話のひとつでも・・・」
一時の衝撃から覚め、にわかに取り乱す坂柳。確かに、こちらからの連絡は控えていたが・・・
「お、落ち着きなさい有栖。悪かった、私が悪かったよ・・・」
娘の様子に困惑気味な理事長。これが親バカというものなのか?(違う)
「クククッ・・・愛されてんなぁ、綾小路」
「はぁ・・・心配するだけ無駄だったみたいね」
「お久し振りです、綾小路君」
間近で聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。振り向いた視線の先には、懐かしい顔が並んでいた。
「お前ら・・・まさか?」
「あなたに言われたくないわ。でも、その『まさか』よ」
不服そうに言う堀北鈴音は、呆れたような苦笑を浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
4年前。高度育成高等学校をAクラスで卒業したオレはホワイトルームに戻り、全てを白日のもとに晒した。自らを作り上げたあの場所を、徹底的に破壊したのだ。それこそが、最高傑作などと称された不良品の自分に出来る、最善策と信じて。当時はかなり、大々的に報道されたものだ。だからこそ、高校時代の知り合いとは、ずっと接触を避けていたのである。
「ずいぶんと、大活躍だったみたいじゃねえかよ。それがここの先公になるってのは、いったいどういう風の吹きまわしだ?」
「ええ、私も気になります」
完璧にスーツを着こなした龍園翔と、穏やかな微笑みを見せる椎名ひより。そして・・・
「あとでじっくり聞かせてもらうわよ。覚悟なさい」
至近距離で睨んでくる堀北は、いかにも新任教師然とした堅苦しさを感じさせる。なんだか、若返った茶柱先生みたいだ。ただ・・・あの人はいつも、生徒に見せつけるためブラウスのボタンを外していたが、堀北が同じことをしたところで
「綾小路君、あなた久し振りの再会なのに、早速何か失礼なことを考えていないかしら・・・」
相変わらず、妙なところで勘が鋭いな。あと教師用の大型コンパスを出すのはやめろ。それは洒落にならん。せっかく一段と綺麗になったのだから、それに相応しい言動を心掛けてくれ・・・
「なっ??!わ、私が綺麗に・・・?えへ、えへへ・・・」デレーン
いかん、最後の方は声に出てしまった。そして、そんなオレの失言を聞き咎めたのか、激しく動揺しながらデレた顔を見せる堀北。ずいぶんと器用なことをするものだな。正直、ちょっと怖い。
「ふふふ。やはりおふたりは仲が宜しいようで」ピキッ!
すると今度は、冷え冷えとした空気を纏った坂柳が言葉を発した。可憐な微笑みを浮かべてはいるものの、目だけ笑っていない。こちらもまた、ずいぶんと器用なことをするものだ。やはり怖い。
「もしかして綾小路君は、堀北さんと交際しているんですか?」
そして、天然のド直球を投げ込む椎名。外見は大人びても、中身はあの頃のままらしい。
「なっ?!だ、誰がこんな女誑しの知的なイケメンなんかと・・・!」
またもや激しく狼狽えながら、意味不明な返しをするツンデレ堀北。いまオレは、彼女からどんな評価を下されたんだ・・・?
「ところで、椎名も、なのか?」
堀北はまだ分かるが、椎名が教師というのは、なかなかイメージ出来ない。しかし、敢えて言葉を省いた問いかけに、彼女は明快な答えを寄越した。
「はい、元々勉強は得意でしたし、ここなら好きなだけ読書も出来ますから」
まさか、勤務中も図書館に入り浸るつもりじゃ・・・
「安心して下さい。ちゃんと司書教諭の免許も取得済みです。また一緒に、好きな本のお話をしましょうね?綾小路君」
オレの心を読んだのか、先回りして補足する椎名。どうやら、職場でも本の虫を続けるつもりのようだ。
「ククク・・・いい加減、砂糖が多すぎて堪ったもんじゃねえぜ」
すると、ずっと含みのある笑いを浮かべていた龍園が、横から割り込んできた。まさかこいつが教師になるなんて、いったい誰が予想できただろう?完全にオレの理解を超えている。敢えて例えるなら、星之宮先生がまともな相手と結婚するようなものだろうか。
「おいおい、言ってくれるじゃねえか。てか、聞いて驚くなよ?実は星之宮はな・・・」
「話、先に進めてもいいか?」
「ちっ!なんか俺にだけ冷てぇな。ちったぁ、こっちも相手にして・・・」
しかし、龍園がその先を続けることは出来なかった。この場を仕切る坂柳理事長が、口を開いたのだ。
「さて、積もる話もあるだろうけど、そろそろいいかな?」
その言葉に、緩みかけた空気が瞬時に張り詰める。
「!!も、申し訳ありません!」
みんなを代表するように堀北が謝罪し、全員が一斉に整列する。そう、オレたちはもう、学生ではないのである。
「気にしないで下さい。ところで、すでにお分かりかと思いますが・・・本校では皆さんに、今年度の新入生をお任せしたいと考えています」
改めて理事長の口から聞くと、緊張感で身が引き締まる思いだ・・・
「担任まで全員『新入生』というケースは、今回が初めてです。が、
もうひとり、か・・・何人かの顔が浮かんだが、誰なのかは敢えて聞かない方が良いのだろう。それにしても、ずいぶん高く評価されたものだ。隣の3人はまだしも、オレのどこに教師としての適性があるのか、いまだに自分でも全く分からない。
因みに担当クラスは、Aクラスから順に堀北、椎名、龍園そしてオレだった。やっぱりDなのか・・・おそらくまた、癖のある不良品揃いのクラスなんだろう。無論、生徒たちのパーソナルデータは確認済みだが、すでに3つも
「では皆さん、頼みましたよ。後輩たちに、本当の実力至上主義というものを教えて上げて下さい」
こうして、オレの教師生活が幕を開けたのである。
次回第2話:もうひとりの同期は・・・やはり彼女だった。