「まさかお前が、この学校の教師になるとはな」
朝の廊下を歩きながら、オレは会話の口火を切った。これから各自、受け持ちのクラスへと向かうのである。すでに校内は、続々と登校してくる新入生たちのざわめきに満ちていた。思った以上に、理事長室で時間を取られていたようだ。
「そりゃこっちのセリフだぜ。どんな手を使って潜り込みやがった?」
一瞬で、いつもの調子に戻る龍園。ついさっき、理事長の前で畏まっていたのと同じ人間だとは、とても思えない。裏表ありすぎだろ。
「おかしなことを言わないでくれ。坂柳理事長から、直々に声をかけられただけだ」
隠す必要も無いので正直に答えると、ヤツは目を剥いた。
「それが既におかしいんだよ。それにてめえ、教育実習にも居なかったじゃねえか」
「ええ、そうでした」
「確かにおかしいわ。あなた、まさかとは思うけど教員免許は持っているの?」
本当に失礼なやつらだ。
「当たり前だろ。短期集中合宿コースで取得済みだ」
「??そんな教職課程、あるはずが・・・いえ、何でもないわ。あなたに常識は通用しなかったわね」
こめかみを押さえて呻く堀北。まぁ、確かにな。このオレが教師になるなんて、自分自身、まだ信じられない気分だ。例えるなら、龍園が高育の教師になるようなものか・・・あれ?なんか言ってることがおかしいな。(ゲシュタルト崩壊)
「短期集中合宿とか、自動車教習所かよ・・・」
龍園のツッコミは意味がよく分からなかったが、オレは構わず話を進めた。
「お前らは、教育実習をやったのか?」
「ええ、もちろんよ。去年の春に2週間、ここでみっちりと経験を積んだわ」
あっさり立ち直った堀北が答える。
「ククク・・・経験を積むのは良いが、間違っても授業中にお花を摘みには行くなよ、鈴音」
茶化す龍園を完全に無視する堀北。さすがだ・・・
「でも、オレたちが在学中には教育実習なんて無かったはずだが」
秘密主義のこの学校が、たとえ卒業生とはいえ、部外者を易々と迎え入れるとは思えない。
「ええ、これは最近、坂柳理事長が受け入れを決定したものだと聞いているわ」
「ククク・・・俺なんざ、実習の最終日に受け持った生徒たちが泣いてくれたんだぜ?お願いだから行かないで、とな」
「そうでしたね。全員男子生徒でしたが」
「・・・ひより、お前まさか天然か?」
「はい?」
敢えて言おう。
「でも、私たちが在学していた頃に比べたら、ずいぶんと
「はい、私もそう感じました」
「へっ!そのぶん、面白味は無くなったがな」
すでに、教育実習で教壇に立った経験を持つ堀北たちの感想は、全く現場を知らないオレにとって貴重な情報だった。聞くところによれば、坂柳新体制のもと、学校改革が急ピッチで進められているらしい。退学処分に関する基準の緩和や、費用が嵩む無人島特別試験の廃止など、従来の行き過ぎた実力至上主義は改められ、より常識的な進学校に生まれ変わりつつあるようだ。元が常軌を逸していた、とも言えるが。(ばっさり)
一方で、新たに設けられた罰則もある。例えば、校内監視カメラシステムに無断で手を加える行為に対しては、厳しいペナルティが設けられたそうだ。何でも数年前、ハリボテのカメラを勝手に特別棟へ設置した生徒が居たとか。誰だよ、それ。(すっとぼけ)また、部活動でプライベートポイントを遣り取りする賭博試合も全面的に禁止され、違反者には退学処分を含めた、容赦ない措置が講じられることになったという。まぁ、そうなるな。
と、その時。
「ひ、久し振りだね、綾小路君!」
不意にかけられた明るい声に立ち止まる。さっきから予想していた、もうひとりの同期。やはり彼女だったのか・・・
「私、ここの養護教諭になったんだ。宜しくね!」
なぜかオレにだけ向かって微笑む、うら若き白衣姿の女性。まるで天使だ。周りの反応から察するに、どうやらみんなとは顔合わせ済みらしい。
「サプライズ成功です」
嬉しそうに微笑む椎名。
「ええ。その様子じゃ、本当に知らなかったみたいね」
してやったり、といった笑顔の堀北。
「も、もうちょっと驚いてほしかったかな・・・」
そして、僅かに肩を落とす新米養護教諭。ここはフォローが必要な場面だろう。
「いや、とても驚いてるぞ。この顔はデフォルトだ」
ん?待てよ?じゃあ、
「あ、星之宮先生なら寿退職したよ。だから、私が後任ってことになるのかな。全然頼りない新人だけど・・・」
なっ?!ウソだろ??
「お相手は真嶋先生よ。なんでも茶柱先生と星之宮先生が、見るに堪えない実力至上主義の婚活バトルを繰り広げた結果らしいわ。詳しい経緯は、知らない方が身のためね」
オレの疑問に、皮肉混じりで語る堀北。真嶋先生・・・御愁傷様です。(合掌)
「つまり、先に既成事実を作った方が勝ち、ということです」
・・・なぜそこでオレを見る?椎名。
「ククク・・・で、負けヒロインになった茶柱がどうなったと思う?ショックのあまり仕事に走って本気を出したら上に目を付けられ、めでたく文科省に栄転だとよ。人生、わからねぇもんだな」
なるほど・・・
「綾小路君・・・?」
黙り込んでしまったオレに、不安げな瞳を揺らす天使。しかし、こんなに魅力的な養護教諭がいたら、男女問わず生徒が押し寄せることだろう・・・今度、オレも試しに保健室登校してみるか・・・(ダメ!絶対!)
そんな未来を確信しながら、改めて目の前の一之瀬帆波に視線を移す。シンプルなデザインのスーツに長めの白衣を着た姿は、まさに学校へ舞い降りた天使と言えた。
「にゃ?!て、天使だなんてそんな・・・えへ、えへへ」フニャーン
なぜだ。また声に出て・・・いつの間に、こんなおかしな癖がついてしまったんだろう・・・(お約束)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それじゃ、お互い頑張りましょう」
「はい、またあとで」
「ククク・・・」
「みんな、応援してるからねっ!」
ひと言ずつ残し、それぞれの持ち場へと散ってゆく同級生たち。生徒から教師へ。立場は変われど、実力至上主義の教室でやるべきことに、何ら変わりはない。
そしてオレは、およそ7年ぶりに1年Dクラスの教室へ足を踏み入れたのである。
次回第3話:この新入生は・・・誰だ・・・?