「生徒諸君に告げる。この船は間もなく、目的地の島に到着予定だ。いまデッキに上がれば、非常に意義ある風景を見ることが出来るだろう」
アナウンスを終えると、オレは船内マイクのスイッチを切った。まさか自分が、このセリフを言うことになるとは・・・
「手慣れたものね。在学中の無気力陰キャ振りがウソのようだわ」
横に立つ堀北が、半ば呆れたように言い放つ。裏を返せば、だいぶまともになった、ということだな・・・(ポジティブシンキング)
「でも、まあいいわ。こうして本気のあなたと勝負出来るのだから」
瞳に勝ち気な光を宿す彼女へ、ため息まじりで言葉を返す。
「おい、分かっているとは思うが・・・今回のオレたちは、あくまでもオブザーバーだぞ?」
「ええ。でも、クラス対抗戦であることに変わりはないでしょう?」
1学期が終了した時点で、各クラスの順位に変動はなかった。だが、クラス間のポイント差はかなり縮まってきている。特にオレが担任を務めるDクラスは、恐ろしいほどの先読み能力を発揮する櫛田すみれと、冷静な判断力を見せる参謀役の堀北琴音のコンビが上手く機能し、着実にポイントを上乗せしていた。
ならばなぜ、いまだにDクラスのままなのか?そう、それはせっかく得た勝利の果実を、自由人高円寺転助が台無しにする、という展開が繰り返されたからだ。もしも、ヤツさえまともに動いてくれていたら、いまごろは確実にAクラスへ上がっていたことだろう。(無い物ねだり)
いま、豪華客船は高度育成高等学校の1年生たちを乗せ、小笠原諸島近海を航行中だ。目指すは例の無人島。これから、夏の特別試験が始まろうとしているのである。そしてオレたち教師陣は、試験本部を兼ねた客室に集まっていた。これが上陸前、最後の打ち合わせだ。
「それで、生徒たちの様子はどうだ?」
「なにも知らずに、はしゃいでいるわ。あの時の私たちみたいに」
確かに、無料の太平洋クルージングなど、一般家庭の子女にとっては夢のようなイベントだと言えるだろう。尤も、肝心の客船はオレたちの頃よりふた回りほど小型になっているし、船内の施設も明らかにグレードダウンしていたが。そして何より、試験自体が1週間から5日間に短縮されている。
「ごちゃごちゃ考えても始まらないぜ?俺たちゃ、学校の予算で無料バカンスを楽しめばいいんだよ」
いかにも、全員リタイア戦法を編み出した龍園らしい言い草だ。教職員としては最低な発想だが。(爆発)
「でも、頼みの予算は大幅に減らされているみたいですね。お陰で私たちは、カロリーメイトが主食になるようですし」
「ぐはぁっ・・・!俺の夢をぶち壊さないでくれ、ひより・・・」
「私は読書さえ出来れば良いです」
無人島生活という非日常を前にしても、椎名ひよりの日常は変わらないようだ。
「は?こんなところまで来といて、まだ本を読みてえのか?いつも図書館に入り浸ってんじゃねえかよ」
「はい。ですが最近やけに混み合うようになってきて、なかなか落ち着いて読めないんです」
整った顔に困惑を乗せて、ため息をつく椎名。どうやら、本当に気付いていないらしい。自身が『図書館の華』として、男子生徒から絶大な人気を集めていることに。
「はぁ・・・それはお前が居るからだぞ?椎名」
「え?なんのことですか?」
きょとんとして小首を傾げる、うら若き国語科教師。これが無自覚系ヒロイン・・・
「はぁ・・・そこまで分かるくせに、自分のことになるとポンコツなのね?綾小路君」
「え?なんのことだ?」
堀北のツッコミに、図らずもきょとんとして同じ返しをするオレ。これが無自覚系主人公・・・(?)
「だけど急な話で驚いたわ。確か、無人島試験は廃止になったと聞いていたから」
「読者サービスだろ、たぶん・・・」
堀北の呟きを拾うと、すかさず反応が返ってくる。
「あなた、時々おかしなことを言うのね」
「ククク・・・いまごろ気付いたのかよ。もとからコイツは、まともじゃないぜ?」
相変わらず口の悪い龍園。ずいぶんな言われようだ。
「コホン!そろそろ打ち合わせをしませんか?」
有無を言わせぬ椎名の言葉に、みんなでテーブルを囲む。そこには大きな冊子がひとつ。購入可能なアイテムを網羅したカタログと、ルールブックとを合冊にしたものだ。かなり分厚い。聞くところによると、歴代の試験結果をもとにブラッシュアップされた改訂新版だとか。
「通販生活のカタログみたいですね」
それを手にした椎名が、パラパラとページを捲りながら言った。どんな時でも揺るがないそのメンタルは、全生徒が見習うべきだろう。
試験の中身は、オレたちが知るものと大差ない。与えられたクラスポイントの消費を抑え、他クラスのリーダーを当ててボーナスポイントを得る。また、拠点となるベースキャンプを占有するには、定期的なスポットの更新作業が必要となる。他には・・・まぁ、あとはご存知の通りだ。(手抜き)
ふと、読み進める椎名の手が止まる。ちょうど冊子の巻末辺りだ。見ると、そこには気になる項目が記されていた。
≪追加ルール:以下の行為は禁止する。違反したクラスには、リタイア不可の10Km遠泳試験を課す≫
ほぅ・・・4月からの水泳授業が、まさにここで真価を発揮するということか。で、肝心の禁止行為とは・・・
○自クラスのリーダーに関する情報を他クラスへ漏らすこと
○全員リタイアすること
○他クラスの拠点で寝起きすること
○他クラスとポイントや物品の遣り取りをすること
○スポット占有用の機械に手を加えること
○異性の下着を盗むこと
○試験終了直前にリーダーを変えること
「容赦ないわね。確実に搦め手を潰しに来ているわ」
「ええ。これで目障りなオリ主たちは全滅でしょう・・・(笑)おそらくは、過去の実例に照らして追加されたルールかと。いわば卒業生の置き土産、負の遺産というわけです」
「とんでもない卒業生ね。顔を見てみたいものだわ」
何気ない会話を交わしながら、意味ありげな視線をこちらに向ける堀北と椎名。ここは早急に離脱を図る必要がありそうだ。触らぬ神に・・・
「「ぐえっ?!」」
龍園とふたり、そっと客室を出ようとしたが、首根っこを掴まれ仲良く引き戻される。ヤツと同時に呻いてしまったが、こんな男性二部合唱、需要があるわけがない。(あたりまえ)
「待ちなさい。本題はこれからよ」
「ゲホゲホ!ふぅ・・・あ、危うくリゼロするかと思ったぜ・・・」
りぜろ?聞き慣れない単語だが、何かの符牒か?
「龍園、お前、時々おかしなことを言うよな?」
「綾小路君、あなたまさか、いまごろ気付いたの?もとから彼は、まともじゃないわよ」
堀北の毒舌が炸裂して話題が逸れると、当の龍園が上手く割り込んで来た。
「ククク・・・言ってくれるじゃねえか。それよりも今回の試験、かつてのようにはいかないぜ?なんつったって、意図的なリタイアもリーダー交代も出来ねぇんだからよ。こりゃ、1位は俺のCクラスで決まりだな」
「真っ昼間から寝言はやめなさい、龍園君。勝つのは私のAクラスよ。そもそも、誰のせいで余計なルールが増えたと思っているのかしら」
「ぐはっ!!」
勝敗を巡って早くも臨戦態勢のふたり。実はコイツら、結構気が合ってるんじゃないか?(正解)
「へっ・・・!おもしれぇ。なら総合順位で勝負するか?鈴音。で、俺のクラスが勝ったら、お前の
「なんっ?!だ、誰があなたなんかにっ・・・!」
真っ赤になって反論する堀北だったが、すでに自爆していることには気付かないのだろうか。
「おいおい、ホントに
頼むからそこでオレに振らないでくれ、ドラゴンティーチャー。
「へ、変なこと言わないで!だから私と彼は、
更に傷を深くする元生徒会長。て言うか、動揺しながらこっちを凝視してくるのはやめろ。あらぬ誤解が・・・
「
俄にどよんとした空気を纏う、元文学少女。ハイライトオフの濁った瞳が追いかけてくる。だから言わんこっちゃない。
「えっと、そのお話、もっと詳しく聞きたいかな」
「ふふふ・・・教えて下さるまでここから出しませんよ?」
振り向けば、入り口で一之瀬と坂柳が満面の笑みを浮かべていた。ただし、もちろん目だけ笑っていない。
ちなみに、今回の特別試験におけるこのふたりの肩書きは、それぞれ
・・・なぜか元同級生女子たちの刺すような視線を浴びながら、オレは窓越しに数年振りの無人島を眺めていた。
次回予告:ひさしぶりの無人島。待ち受けるのは大逆転勝利か、それとも・・・