ライラのアトリエ ~ブルネン家の錬金術師と秘密の石碑~ 作:ベレット
「────」
慎重に掬い上げたおたまの中に、小さな箱が浮かんでいる。
これが依頼にあった───
「──お……おおお、お母さん! お母さーん! やった! わたし、ようやくやったよぉ! 癒しの軟膏、作れたぁ!」
「ははっ、お疲れ様。 これで晴れて錬金術師デビューだね。 おめでとう」
前日に作成した中和剤を用いて調合した、癒しの軟膏。
今、それがわたしの手の中にある。
信じられない、まさか本当に作れるだなんて昨日までは思いもしなかった。
今まで何度トライしても成功しなかったのに。
こんなに心が満たされたのは初めてかもしれない。
錬金術を始めてからこんなに嬉しかったのは、多分……ううん、間違いなく今日が初めてだ。
心が自然と弾み、頬が緩んでしまう。
「ねぇねぇ、お母さん」
「ん? なに?」
「錬金術って、面白いね。 もっと色々作りたくなっちゃった」
「うんうん、だよね! わかるよ、その気持ち! 次から次へと作りたくなるよね! そんなライラにはぁ……これをプレゼントしまーす!」
お母さんが本棚から持ってきたのは、大量の本。
表紙には、レシピ、と記されている。
「なにこれ。 レシピ……? 料理の本?」
「ううん、違うよ。 これはね、錬金術のレシピなの。 お母さんが今まで作った道具を作るのに材料や作り方を書き綴ってあるんだよ」
これが……?
八冊を越えるこの分厚い本が全部、錬金術のレシピ?
す、凄い量……。
「こっちが爆弾系統の基礎レシピ。 フラムやレヘルン、クラフトが載ってて……んで、こっちのが薬品関係のレシピだね。 さっき作った癒しの軟膏はもちろん、他にもネクタルとかプニゼリーとかが載ってるよ。 あとは……この本にはドライビスクのような食品のレシピが。 これにはインゴット、小麦粉、スピリナイトみたいな中間素材用調合品のレシピが一通り書いてあるから、色々試してみて」
「あ……ありがとう、お母さん。 大切にするね。 でも良いの? こんなの貰っちゃって」
「うん、もちろん。 というよりも、むしろ貰ってくれないと困るかな。 これは全部、いずれわたしの後を継いで錬金術師になったライラに渡そうと思って、長年準備してきたものだから」
「……うん、それじゃあ遠慮なく使わせて貰うね。 いつかお母さんみたいな錬金術師になる為に」
そう感謝を伝えるとお母さんは照れ臭そうに微笑んで、わたしの髪を優しく撫でた。
手櫛で髪をすくように、何度も何度も。
優しい眼差しでわたしの目を見つめながら。
「────おお、もう完成したのか。 流石は我が家自慢の錬金術師、ライザリン・シュタウト殿とライラリン・ブルネン殿だ。 仕事が速くて助かる。 これは報酬だ、気兼ねなく受け取りたまえ」
出来上がった癒しの軟膏を早速渡してあげると、おじいちゃんは大喜び。
薬と交換に5000コールくれた。
お母さんとは別々に。
「ありがとうおじいちゃん、大事に使うね。 はい、お母さん。 お金、預けておくね」
と、渡そうとしたが、お母さんは受け取らず。
「ううん、それは預かれないよ。 そのコールはライラが錬金術師として稼いだお金だからね。 好きに使って。 素材や資料買ったりとか、ね」
「……うん、わかった。 自分で管理してみる。 ありがとう、お母さん」
キリッとした顔つきでお礼を伝えると、お母さんはフフッと笑う。
その時だった。
身体に……島そのものに異変を感じたのは。
「ん……? うわわわわっ! なんか地面が揺れてるよぉ!」
「ふぃふぃ!?」
「え……うそ…………この揺れってもしかして!」
突如として揺れる大地。
その大きな揺れのせいで、フィーちゃんも驚いてお母さんの胸元からお父さんの頭へと避難する。
「収まったか……おい、ライザ。 今の揺れはまさかとは思うが……」
「……うん、間違いない。 今のは……地震だと思う」
「やっぱりか。 どうなってやがる。 島のコアは17年前にライザが鍵で大地と錨で繋いで安定させた筈だろ。 なのになんで今更揺れやがる」
「わからない。 けど、コアに何かあったのかも。 それこそ、万象の大典が現れた時みたいに」
地震……って、本で読んだ事あるあの現象だよね。
地面が揺れるとかってやつ。
なんでいきなり地震なんか……。
生まれてからの14年、今まで一度だってクーケン島に地震が起きた事なんかなかったのに。
それにお母さん達の様子も変だ。
いつもは余裕を見せているのに、今はとても焦っている。
今しがた言ってた、コア……とか、万象のなんとかっていうのと、なんか関係あるのかな。
おじいちゃんも、そんな二人に違和感があるようで。
「一体どうしたというのだ、お前達。 確かに暫く起こってはいなかったが、クーケン島では珍しくもないではないか」
「それはそうなんですけど……」
と、お母さんが答えづらそうにしていると、お父さんが。
「すまない父さん、少し用事ができた。 ライザ、行くぞ」
「あ、うん。 じゃあモリッツさん、行ってきます。 ライラもお留守番よろしくね」
「う、うん……行ってらっしゃい」
よっぽど急ぎの用事みたい。
お母さんとお父さんは走り去ってしまった。
なんだか胸がザワザワする。
何もなければ良いんだけど。