拷問官は魔法少女を嗤わない 作:人類の敵(保護者)(前向きな自殺)
血の通っていないヤツ、なんて言われた事はあるだろうか。
私は、ある。
なんて言ったって、それが事実だからだ。物理的にね。
私は昔から屁理屈が多い人間だった。けどね、それは私を納得させる物がこの世に少な過ぎたからだ。私は納得無しに肯首もしない。だからだろうか、私がその『血の通っていないヤツ』になったのは。
「ジグ、今回はどんな拷問をしてやったんだ?」
でも、私は思うよ。こうして私の話を嬉々として聞きに来る連中の方が血の流れてない連中だな、とね。
「今日は2人も客が居た。しかもお友達と来た。その
「ははは、また悪どい事を考えたもんだな! この目で見れないのが残念だ!」
「私だけの特権だ」
やたらと過激な衣装の獣人の女戦士、彼女の事は嫌いだ。性格が合わない。五月蝿く、むさ苦しく、加減を知らない。おかげで何度捕虜達のメンタルケアと治療に労力を費やした事か。
当然ながらそんな愚痴は口にはしない。今しがた私の書斎の戸を開いたメイド服の
「ジグ様、魔素供給のお時間です」
緋色の髪を一房に纏めた少女が恭しく両手を組んで頭を下げている。メイド服を着た少女の姿は可憐の一言だが、その首に着けられた物々しい鈍色の首輪が、その感想にノイズを生む。控えめに言って、大変如何わしい。
「流石は魔界一の拷問官だな。この前の生意気な魔法少女がもうこのザマか、どんな手品を使ったんだ?」
「君には一生分からない手品だな」
折角の彼女から逃げるチャンスだ。有効に活用させて貰う。
「では
「はい、ジグ様」
「……な〜んで態々魔法少女の通り名で呼ぶんだ? 適当に渾名でも付ければ良いだろ」
「分かっていないな。彼女達はヒーローだ。この手に堕ちても尚そう呼ばれる事の屈辱は? 誰でもない、ヒーローとしての彼女達が堕ちたのだと突きつける事はこの上ない陵辱だろう」
悪辣さは飾り。だが真に迫っていなければ、安いメッキと剥がされる。妥協は許されない。それこそ私は魔界一の拷問官、鋼鉄のサディストでジェントルマン、ジグ・ジャグラーなのだから。
「……すげぇな、今お前の事、頭良いって思っちまったぞ」
「こんな事で理解するな馬鹿者。君は偏差値を悪事でしか測れないのか、全く嘆かわしい」
脳筋なんて言葉すら、彼女の前ではチャチに見える。脳に生肉でも詰まっているならこの厳かな書斎に似つかわしくない野生児の様なルックスと言動にも納得が行く。さっさと出て行きたまえ野良犬。
「では、失礼する」
いよいよ相手をする気も失せた私は、軽く挨拶をして部屋を出る。案内人は先程のメイド服の彼女だが、これは形式的なモノでしかない。私はこの場内の構造は知り尽くしているし、案内など本来は必要ない。何故か彼女達がそうしたいと言ったから、そうさせているだけだ。
「……」
無駄に広い城内、私は移動中に小粋なジョークなどとても無理なタチで、無言の時間が過ぎていく。
やや視線を下げれば、数歩前を行く赤い絨毯よりも尚赤い彼女の髪が、ひらりはらりと空を泳ぐ。我々の敵とされる魔法少女と呼ばれる彼女達は皆可憐で色とりどりである。まさしくアニメイションの中の住人の様で、こんな私ですら現実感を失う事がある。
「──何か、考え事ですか」
「……いや、つくづく思うが、君も含めた彼女達はなんと可憐なのだろうか、とな」
「口を閉じた方が宜しいかと」
「すまない、失言だったな」
彼女は振り向く事なくスタスタと歩く。心なしかその歩みが速まった気もする。当然だ。こんな環境でこんな慰めにもならない言葉、怒りを買っても仕方ない。
仕方ないので、私はふと周りを見渡してみる。廊下には古めかしくも豪奢な調度品の数々。果たして、この廊下の突き当たりまでだけで魔界の幾つの貧しい村々を救えるか。途方もない。
その中に、大きな姿見もある。私はそこに映る私を見た。
燕尾服を模した黒い装甲に青い線で描かれた幾何学のパターンに覆われた姿。つるりとした仮面の様な頭部には目も鼻も耳も無い。代わりに目元までをシルクハットの様な円筒の部品が占めており、口元には歪な笑みの様な緩い三日月を描く青のヒビ割れがあるだけだ。
誰もが私を化け物と断じるだろう。人間の形を見よう見まねたマネキンと言われても納得が行く。やはり、こんな化け物に褒められた所で、少女達が喜ぶはずもないか。
薄ら笑みのマネキンだ、所詮は。閉じる口も無いなら、いっそ無意味にこのひび割れで笑い喚けば良いだろうか。その方がよっぽどこの見た目には合っている。
「彼女達の様子はどうだ」
「特段、問題はありませんが」
「そうか、なら良い」
私の会話はいつも長続きしない。趣味の悪いマスケラを被った変態、そんな風に思われているのだろうか。言動が悪いせいか、時折同僚達にも引かれる事がある。口に出すだけなら何だって言えるだろうに。
そうして私は、城の最下層まで降り、厳重に鍵が掛けられた鉄の門扉の前に立つ。3つの鍵を特定の順番に挿す必要があるが、これは防犯対策だ。そして3つの鍵は、私が魔法で創る異空間に収まっている為、基本的には私以外開けない。
この部屋の名は、牢屋、あるいは拷問室。怨嗟の悲鳴がこだまする呪われた場所。
少女が振り返り、門扉から目を逸らす。その内に私は虚空に裂いた歪みの中から鍵を取り出して挿す。中でいくつものシャフトが動き、それが終わるとゆっくりと扉は開かれた。
果たしてその中は──前世で良く見た、日本風のアパートメントの様式が広がっていた。
『おかえりなさい』
玄関口には、無邪気な笑みを浮かべる幼児服の少女や、頭を下げる制服姿の少女達の姿。全員、隣で侍る彼女の様に重厚な首輪が付けられている。けれどもここは拷問室などとは名ばかりで、ただ彼女達が暮らし易い環境だけが其処にある。
拷問官? 私はそんな非道には走らない、走れない。ただ待っているだけだ、彼女達を救い、私達を打ち倒すヒーローが目覚める瞬間を。手の込んだ自殺とでも言おうか。納得の行く結末へ向かい、不可逆に進んでいくだけとも言えるか。
──さて、唐突だがここで一つ昔話をしよう。私が拷問官となった訳と、彼女達との馴れ初めを。
私の名は、ジグ・ジャグラー。どこにでもいる凡人の転生者だ。