私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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10.彼女は知らず知らず命を救う

 ドシャリ、と血溜まりに倒れ伏した五条を見下ろして甚爾は満足げに頷いた。

 

「初撃をしくじったときは冷や汗かいたが……少し、勘が戻ったかな」

 

 甚爾の手にあるのは十手のような形をした特級呪具──天逆鉾。

 今回、甚爾が無下限呪術による絶対的な防御を攻略できた要因はこれが大きい。

 六眼を持つ五条は天逆鉾の持つ異質な呪力を見逃さない。

 しかし、今回ばかりはその警戒ゆえに術式で守りを固めたのが仇となった。

 天逆鉾が有する能力は発動中の術式の強制解除。それは五条の無下限呪術による防御も穿つ。

 持ち前のスピードで一気に距離を詰めた甚爾は右手に構えた天逆鉾で五条の防御をぶち抜くと、首から脇腹までを一気に切り裂き、続け様に右足を滅多刺しに。体勢を崩したところで、すかさず左手に持っていたナイフで五条の頭を突いてトドメを刺した。

 天与呪縛による規格外の膂力(パワー)敏捷性(アジリティ)を生かした芸術的とも言える早業である。

 

「さて、アイツらはどっちへ行った?」

 

 五条を倒した甚爾は先に天元の元へ向かった夏油と星漿体を追う。

 

(足跡が残ってねぇ……ってことは飛行できる呪霊に乗ったのか)

 

 問題ない。臭跡で十分追える。

 五条悟さえ倒してしまえば後はザコだ、と余裕の甚爾。

 しかし、その歩みは唐突に止められた。

 

「ふーん?」

 

 甚爾の視線が向くのは己の目の前。

 パッと見ただけでは気付けない極細のワイヤーがそこには張られていた。

 

「つまらねぇ仕掛けしやがって」

 

 初歩的なワイヤートラップだ。これを避けるために呪霊に乗ったのか。

 自分の正体を看破していたことには驚いたし、こんなトラップまで用意しているとは思っていなかったが、対策としては些かお粗末すぎる。

 周りには薄く火薬の臭い。しかし警戒するほどのものではないと判断した甚爾は無造作にナイフでワイヤーを断ち切った。

 その瞬間、パンッ、と軽く響く破裂音。

 

「あ?」

 

 爆弾にしては変に軽い音だと甚爾が違和感を覚えたその瞬間、横にあった植え込みから、いきなりリボンと紙吹雪が撒き散らされる。

 

「は?」

 

 ワイヤーが繋がっていた植え込みを覗けば、そこには大量のクラッカーの残骸が転がっていた。薄く漂っていた火薬の臭いはこれかと納得すると同時に《なぜクラッカーが?》という疑問が湧いてくる。

 普通ワイヤートラップといえば、その先は爆弾か飛び道具と相場が決まっているだろうに。

 

「またか……」

 

 更に数歩進んだところにまたワイヤー。今度は断ち切ると大量のシャボン玉の弾幕が。

 さすがにふざけているとしか思えないトラップに甚爾は己の顔がひきつるのを感じていた。

 

「おい……いつから高専はテーマパークになったってんだ」

 

 シャボン玉を払ったことでベタベタになってしまった腕を服の裾で拭いながら甚爾は進んでいく。

 甚爾の目ならどこにどんなトラップが仕掛けてあるのか看破するなど容易い。

 だが──

 

「多すぎる……」

 

 しかも、どれを取っても殺意が欠片も感じられないトラップばかりだ。まるで子供の悪戯。それが却って甚爾を疲れさせていた。

 一々避けていてはキリがないと焦れた甚爾はため息を一つ吐いて足を振り上げる。

 

「フン!」

 

 ズドン、と地面を踏み砕く震脚。

 その振動で次々とトラップが連鎖的に作動していく。

 落とし穴、閃光弾、ネズミ花火、ビックリ箱、ブーブークッション、どこからか湧いて出てきた大量の馬のマスクとゴキブリのオモチャ。空から降り注ぐ癇癪玉。大音量で読経を響かせるスピーカー。

 

「マジで何なんだこりゃ……あ?」

 

 顔をしかめながらも、どういう状況か把握しようと周りを見回した甚爾の上空から突然何かが降ってくる。

 それを甚爾は手にしていた天逆鉾で反射的に叩き切るが──

 

「──っ!?」

 

 振ってきたものはどこにでもありそうな黄色と赤で塗装された缶。

 しかし、その中身が最悪だった。

 切り裂かれた缶から溢れ出す半ば液状化したニシンの身。飛び散る灰茶色の塩水。そして辺り一帯に撒き散らされる激臭。

 それは世界三大臭い食べ物の一つ──

 

「──シュールストレミング!?」

 

 しかも缶がパンパンに膨れ上がるほど熟成させられた年代物。

 天与呪縛によって底上げされた五感が完全に仇になった。常人でも耐えられないその臭いを犬以上の嗅覚を持つ甚爾が嗅げばどうなるか。

 

「オ゛エ゛ッ……!」

 

 すぐにその場を離れたが、あまりにも強烈な臭いに甚爾は悶絶する。

 

(ちくしょう! 完全に鼻がやられた! これじゃ痕跡を追えねぇ!)

 

 作戦は間違っていなかったはずだ。盤星教からの手付金三千万。それを呪詛師御用達の闇サイトに星漿体暗殺の懸賞金として提示した。

 中学生一人殺して三千万──うますぎる仕事だ。

 案の定、釣られた呪詛師が五条達の元へ殺到し、体力と集中力を削ってくれた。

 そして高専に入った瞬間に背後からの奇襲によって五条にトドメを刺す──そのはずだったのに。

 

(わからねぇ……どこでミスった。気取られるようなヘマをした覚えはねぇぞ)

 

 甚爾が混乱するのも無理はない。彼は何もミスなど犯していないのだから。

 これらは全て、禰々が五条用に仕掛けたトラップだ。

 任務が終わって油断したところを音でビビらせるためのクラッカー。

 ただベタベタとして不快にさせるだけのシャボン玉。

 他のトラップも全て嫌がらせのためでしかない。

 トドメのシュールストレミングも甚爾が相手でなければ、ここまでのダメージを負わせることはできなかっただろう。五条なら激臭に悶えながらも、すぐに術式で防いだはずだ。

 要するに甚爾の運がなかったとしか言い様がない。

 しかも、甚爾の不運はそれだけでは終わらなかった。

 せり上がってきた吐き気を堪える甚爾の背後から足音が近付いてくる。

 

「よぉ。随分のんびりしてるじゃねぇか」

 

「……マジか」

 

 甚爾が振り返ると、そこには先ほど倒したはずの五条が立っていた。

 なぜだ。なぜ、あれだけ滅多刺しにして生き延びている。

 

「大マジ。元気ピンピンだよ」

 

 そう言って五条は前髪をかき上げた。

 そこにあるのは甚爾がトドメにナイフで刺した額の傷。その傷がたった数分の間に塞がっている。そんなこと普通の治癒力ではありえない。ということは──

 

「反転術式か!」

 

「正ッ解!」

 

 負の(エネルギー)である呪力をかけ合わせて正の(エネルギー)に変換する高等技術。

 死の間際、五条は極限の集中によって奇跡的に得た反転術式で肉体を治癒。地獄の底から舞い戻ってきたのだ。

 

「さーて……第二ラウンドだ」

 

 そして、反転術式を得たメリットは治癒だけではない。

 反転術式によって生まれた正の(エネルギー)を肉体に刻まれた術式に流し込む。

 すると、どうなるか。

 流れる(エネルギー)が反転するということは当然、術式もそれに合わせて無限の収束から無限の発散へと裏返る。

 

「術式反転──赫」

 

「────!」

 

 甚爾は回避しようとするも、シュールストレミングのダメージのせいで動きが鈍い。

 五条から撃ち出された赫い衝撃波を正面からくらった甚爾は高専に建っている塔を三つほどぶち抜いたところでようやく止まった。

 

「ハッ……化物が」

 

 悪態を吐きながら甚爾は立ち上がる。

 衝撃で額が僅かに切れたが、天与の暴君とまで呼ばれた甚爾の肉体は赫を受けてなお十分に動けるだけの耐久力を持っていた。

 

(クソが! ろくな死に方しねぇとは思ってたが、こんなふざけた罠で死んで堪るか!)

 

 しかし、肉体は問題なくとも感情はそうはいかない。

 自分も他人も尊ぶことのない、そんな生き方を選んだ身。路地裏で人知れずくたばってもいいと思っていた。何なら、それを望んでいた節さえあったというのに。

 こんな嫌がらせみたいなトラップで死にたくない。

 こんな悪戯に過ぎないような仕掛けで死にたくない。

 とうの昔に捨てたと思っていた自尊心が押し込めていた心の奥底から這い出てきた。

 

(今逃げれば……)

 

 生き残れる。骨はイッていないし、全力で逃げに徹すれば甚爾の脚力なら振り切れるはずだ。

 代わりに依頼は失敗。報酬もなし。あの術師殺しでも五条悟には敵わなかったのだというレッテルを貼り付けられることになるだろう。これから回ってくる依頼も激減するかもしれない。《一度は勝ったのだ》、《あの無下限呪術の使い手を地に這いつくばらせたのだ》と喚いたところで誰が信じるものか。

 

(……だが、それでもいい)

 

 依頼を続行しようと思えばできた。

 五条の術式の情報は得ていたし、天逆鉾を使えば攻略は可能だ。

 激臭にやられていた嗅覚も少し時間が経てば回復する。

 しかし、もう完全にやる気が削がれた上、甚爾の本能がどうしようもない違和感を訴えていた。

 何かが違う。何かが噛み合っていない。このままだと取り返しがつかない間抜けを犯す。そんな違和感。

 

(ここで退かなきゃヤベェ……!)

 

 甚爾は五条に背を向けると全力で走り出す。

 

「じゃあな、五条悟」

 

「なっ……!? テメェ!」

 

 五条は激昂した。あれだけ自分を滅多刺しにしておいて逃げるのか。ふざけるのもいい加減にしろ。

 

「逃がすかよ!」

 

 みるみる遠ざかっていく甚爾の背中を見て五条は赫では届かないと判断。

 反転術式を得た今ならできる奥の手。

 それは術式順転の蒼、術式反転の赫、それぞれの無限を衝突させることで生成される仮想の質量を押し出す秘技。

 

「虚式──茈」

 

 だが、全力で逃げる甚爾は五条が構えた時点で回避を始めていた。

 

「オマエみたいな化物の相手なんざしてられるかよ」

 

 自分のすぐ横を紫色の光が通り過ぎていくのを見て甚爾は己の判断が間違っていなかったことを確信する。

 あのまま続けていたら恐らく自分は死んでいた。

 

「今回ばかりは運に恵まれたな」

 

 そう呟いて、ふと思い出した。

 

(ああ、そうだ。恵──伏黒恵。俺のガキはそんな名前だった)

 

 元気にしているだろうか。自分のことを覚えているだろうか。いや、そもそも生きているだろうか。

 たまには会いに行ってやってもいいかもな、なんてらしくもない気まぐれを起こした甚爾は、そのままの足で僅かに覚えていたボロアパートの住所に向かうことにした。




 というわけで不運(ハードラック)(ダンス)っちまったけど命は拾った甚爾さんでした。シュールストレミングではなく、激辛唐辛子の粉末をぶちまける案も考えたんですが、視覚、嗅覚、味覚をダメにするのはさすがに逃げるのも厳しくなるかなと……。序盤のクラッカーやシャボン玉は緩すぎかもしれないですが、あまり深く気にしないでください。

 さて、いよいよ明日でストックも最後になります。続きはまた書き溜めてから投稿しようと思っていますが、その前にまずはここまで読んでくださった皆さんに感謝を。
 呪術廻戦二次では珍しい内容だったと思いますが、考えていた以上に多くの肯定的な意見が頂けて嬉しかったです。感想や評価を見直しては頬を緩ませています。
 後はアンケートの回答もありがとうございます。まさかここまで接戦になるとは……。僅差で闇堕ち派が多いのでそちらで書き進めています。一応、救済ルートも書いてみたのですが、やはりメロンパンをボコるルートのほうが圧倒的に主人公が生き生きしてるので。本当に性格が悪いですねぇ。

 それでは次回、星漿体編ラストになります。どうぞよろしくお願いします。

星漿体の件が終わったところでストックがなくなるんですが、参考までにお聞きします。後の展開としてメロンパンをボコるために夏油の闇堕ちは──

  • あり。メロンパンはボコろう。
  • なし。夏油様の闇堕ちなど許さない。
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