「何だったんですかね? さっきのアラート」
「さぁ? 泥棒でも入ったんじゃない?」
さっき夜蛾先生が血相を変えて走っていくのが見えましたが。
「硝子の警護を頼む!」なんて言われましたが、生憎私は戦闘は不得手なのですよ。精々熱々のコーヒーをかけてやるくらいが関の山です。
「家入先輩。万が一、侵入者が押し入ってきたら、そのときは諦めてくださいね」
「めちゃくちゃ軽率に先輩見捨てるじゃん。そのときは一人じゃ寂しいから禰々も道連れな。ん……?」
「あれ? 本当に誰か来ましたね」
するとドタドタと激しい足音が聞こえた数秒後、ドアを壊さんばかりの勢いで五条先輩が飛び込んできました。
「禪院ッ!」
「何だ、五条先輩ですか。不審者かと思ってコーヒーかけるところでしたよ」
「五条、ドアが傷むからもう少し静かに開けなよ」
しかし、五条先輩は私の声どころか家入先輩の声も耳に入らない様子でズカズカと私に近寄ってきます。
さすがにあの数のトラップを仕掛けたのはやり過ぎましたかね。随分お怒りのようです。
「あれ?」
近寄ってきた五条先輩をよく見れば全身血まみれで、刃物で滅多刺しにされたみたいに服もボロボロです。そこまで殺傷力の高いトラップは仕掛けていないはずですが。
「テメェ……よくも殺し屋なんて雇ってくれやがったなぁ!」
「え? 殺し屋?」
一体何の話でしょう。まったく身に覚えがないのですが。
互いに訝しげな顔をして見つめ合うこと数秒。
「……オマエじゃねぇのか?」
「殺し屋を雇うなんて私なら絶対しませんよ。生かさず殺さずが私のやり方なんですから」
「ああ……うん。オマエならそうだよな」
「そこで即疑い晴れんのマジウケる」
「それで? 殺し屋って何のことです?」
「ああ、さっき妙な男に──」
それから語られた五条先輩の話をまとめると──高専に入った途端に背後から刺されかけた。私のトラップを警戒していたおかげで奇襲にも何とか反応できたものの、その後は襲撃者の呪力ゼロの天与呪縛による圧倒的な膂力と敏捷性、そして特級呪具によって滅多刺しにされ敗北。死の間際に反転術式を会得して復活。私のトラップに足止めされていた襲撃者に追い付いて第二ラウンド開始だと意気込んだが相手は逃亡。そこで昔、呪力ゼロの禪院家の男と会ったことを思い出した。禪院家の繋がりで私が五条先輩を殺すためにその男を雇ったのではないか──ということであの剣幕で飛び込んできたらしいです。
とんでもない冤罪ですね。私の心はまた深く傷付いてしまいました。この件に対する報復はまた今度考えるとして、今は五条先輩を圧倒するほどの身体能力を持った男のことを解決するとしましょう。
「多分、甚爾さんですね」
「トウジ?」
「甚大の甚に爾今の爾で甚爾。禪院甚爾。禪院家の人間で完全に呪力なしの天与呪縛を持った人なんて甚爾さんだけですよ。口の右側に傷があったなら間違いないです」
本来得るはずだった呪力と術式を代償に人間離れした身体能力と五感を手に入れた天与の暴君。禪院家では認められることのなかった才能でしたが。
数年前に禪院家を飛び出して以来行方知れずと聞きましたが生きていたんですね。
「禪院甚爾……ね」
そう言って五条先輩は踵を返してどこかに行こうとします。
「どこ行くんです?」
「身元が割れたんなら取っ捕まえるだけだ。あの野郎、絶対逃がさねぇ」
「捕まえるのは無理だと思いますよ」
「あ? 何でだよ?」
「証拠がないですから」
仮にも五条さんを殺そうとしたくらいですから、そのあたりは徹底してるはずです。
高専にも監視カメラは設置されてますが、あの甚爾さんのスピードなら速すぎて映らないでしょうし。
「足跡くらいなら残っているかもしれませんが、どうせどこにでもある市販品ですし、それだけで捕まえるのは難しいかと」
強引に捕まえようとして暴れられたら周りの被害は凄まじいことになります。昔、禪院家を出奔するときに禪院の術師部隊を相手に大立ち回りを演じて圧倒したんですから。対抗できるのは五条先輩か夏油先輩だけでしょう。
リベンジが叶わないとわかった五条先輩は盛大に舌打ちを洩らすと、私の横にあったソファに座り込みます。
「念のために確認しておくけどよ。本当にオマエは今回の件に何も関わってねぇんだよな?」
「関わってませんよ。縛りを結んでも構いません」
その後、縛りを結んだ上で改めて五条先輩の質問に答えてみますが特に異常はありません。
「チッ……マジで関わってねぇのかよ」
「私を追い出す口実がなくなって残念でしたね」
ふん、と五条先輩が顔を逸らしたところで夏油先輩が談話室に入ってきました。後ろに同化予定の星漿体とお付きであろうメイドを連れて。
「おや、みんなここにいるとはね」
「傑、どうなった?」
「話はついた。これから理子ちゃんと黒井さんは死亡したものとして海外に逃げてもらうよ」
「上出来」
どうやら夏油先輩は星漿体の同化をやめさせるために交渉していたようですね。
普段は色々と問題の多い先輩達ですが、こういうときには心強いんですよ。何せ最強の二人が味方につくのですからどこの組織も手は出せません。彼女の未来は保証されたようなものです。
そのまま四人は早速手続きを進めようと談話室を出ていきました。
「私はうっすら察してたけど禰々も気付いてたの? アイツらがあの子助けようとしてるって」
「ええまあ……五条先輩も夏油先輩も何だかんだ甘いですからね。それに三日間だけでもずっと一緒にいた星漿体が同化して傷心してるところにふざけたトラップを仕掛けるほど私は鬼ではないです」
さすがにそこは弁えます。恐らく先輩達が星漿体を助けるであろうことを見越して私は色々と仕掛けていたのですよ。
今回は私の意図しない方向に作用したようですけど。
ところで、五条先輩の話を聞いたときから気になっていたのですが──
「家入先輩。五条先輩ってさっき甚爾さんに負けたって言ってましたよね?」
「うん。あー……ってことはアイツらの最強ってアイデンティティなくなったな」
「これからは、二人で
「うわ、ダサ……でもまあ、アイツらから最強って肩書き取ったら普通のクズ二人じゃん。俺達二人でクズだから! って宣言されても今更だよね」
そんな話をしていると再び部屋の外からドタドタと激しい足音が。
そして「おい、オマエら」とドアの隙間から顔を出したのは五条先輩です。
「言っとくけどな! 今回の負けは相手が逃げたんだからノーカンだからな? そこんとこ勘違いすんじゃねーぞ? 俺達は二人で最強! わかったな?」
そう言って五条先輩は音高くドアを閉めて去っていきました。
まだまだ最強の座を譲るつもりはないようです。