私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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14.彼女だってタバコでも吸わなければやってられないときもある

「硝子! 水!」

 

「うわ、オマエ顔すごいことになってるぞ。そこの水道から適当に汲めば?」

 

 汗に涙、鼻水、よだれ、色々な液体を顔から滴らせながら保健室に飛び込んできた五条にドン引きしながら家入は顎で近くの水道を示す。

 一体何がどうして顔が取り柄のこの男がこんな様になっているのか。

 まず間違いなく禰々の仕業だろうが。

 顔を洗って口を濯いだ五条は少し落ち着いたらしく、空いていたベッドの端に座り込んだ。

 

「ハァ……アイツら……ついに結束しやがった……」

 

「結束?」

 

「灰原がお土産だっていう饅頭食ったら中身は激辛の餡だし! すかさず隣にいた七海がコップ渡してきて水かと思って一気に口に含んだら水じゃなくてお酢だし! オマエら一級も祓えねぇの? って言っただけじゃん!」

 

「五条は少しは過去の行いから学んだほうがいいんじゃない?」

 

 禰々をバカにしたせいで散々痛い目をみただろうに。

 家入は小さくため息を吐いて再びカルテに目を落とした。

 

「っと……そうだ。なぁ、五条。最近、夏油と会った?」

 

「傑? あー……そういや最近会ってねぇけど」

 

「禰々が言ってたんだ。夏油の顔色が悪かったって。何か聞いてない?」

 

「夏バテじゃね? 前に《痩せた?》って聞いたときにそう言ってたし。繁忙期が終わったらケロッとしてるって」

 

「五条もか……本当にそうならいいんだけどな」

 

◆ ◆ ◆

 

 まだまだ暑い九月の始め。

 私は家入先輩と一緒に都内の喫煙所で深いため息を吐いていました。というのも──

 

「旧■■村の村人百十二人を殺して逃亡……ですか。その上、両親まで」

 

「悪い……禰々が夏油の様子がおかしいって言ってくれた時点でもっと突っ込むべきだった」

 

「続々と運ばれてくる重傷患者を放っておくわけにはいかないでしょう」

 

 夏油先輩の様子から察するに簡単に口を割ることはなかったでしょうし。

 どうしたって考えてしまうのはわかりますが。

 もっと前に気付いていれば。何かできることはなかったのか。なぜ話してくれなかったのか。

 家入先輩が苦い表情でタバコを咥えたそのときでした。

 

「火、貸そうか」

 

 その覚えのある声に思わず二人揃ってそちらを振り向きます。

 

「や」

 

 そこには先日見た陰鬱な表情が嘘のように晴々とした笑顔を浮かべた夏油先輩が。

 

「一応聞くけど冤罪だったりする?」

 

「ないね。残念ながら」

 

「重ねて一応。何で?」

 

「術師だけの世界を作るんだ」

 

「ははっ、意味わかんねー」

 

 家入先輩は携帯を取り出してどこかへ電話をかけ始めます。多分、五条先輩でしょう。

 電話が終わるまでただ立っているだけというのも無駄ですから、ここは一応事情聴取でもしておきましょうか。

 

「夏油先輩。術師だけの世界を作るとはどういうことですか? 非術師は守るべきもの──アナタはずっとそう言ってたじゃないですか」

 

「まあね。私だってそう思っていたよ。あのときまでは」

 

 言ったところで理解してもらえるとは思っていないけど、と前置きを挟んで夏油先輩は事件を起こした経緯を語り始めました。

 

「きっかけは一年前の星漿体の一件だ」

 

 私の聞いた話では星漿体の一件は丸く収まったはずでしたが。

 色々とイレギュラーはあったものの、星漿体は死亡扱いにして海外へ逃亡。そして、あのときもう一人星漿体がいたのか、それとも新しく星漿体が生まれたのか、どちらにせよ天元様も安定して全てはこともなし──そこまでが私の聞いた話です。

 

「問題はその後だよ」

 

 盤星教は元々問題視されていて、じきに解体される予定でした。

 そして、盤星教の解体に向かった五条先輩と夏油先輩に信者達は憤怒の表情で詰め寄ったそうです。

 そんな信者達に夏油先輩は事前の打ち合わせの通り《星漿体は死んだ。同化もなくなった》と告げました。

 すると、信者達はその表情を一転させ、一斉に笑顔で拍手し始めたらしく。

 中学生一人の死にこぞって歓喜するその様がどうしても醜悪で受け入れられなかったのだと。

 

「いつまで経ってもそのときの光景が頭から離れない。祓って取り込んで。また祓って取り込んで。誰のために? 少なくともあんな猿どものためじゃない」

 

「盤星教の醜悪さはわかりました。ですが、なぜそこから非術師の皆殺しという話になるんです? 盤星教の信者達を殺すというならわからなくもないですが」

 

「特級術師の九十九由基と少しばかり話す機会があってね。彼女は言っていたんだ。《術師から呪霊は生まれない。全人類が術師になれば呪いは生まれない》と。そして、非術師を皆殺しにするのはアリだとも言われたよ」

 

「それはそれは……随分と余計なアドバイスをしてくれましたね」

 

 どうやら特級術師というのは尽く他人の感情の機微に疎いらしいです。

 明らかに顔色の悪い夏油先輩にする話ではなかったでしょうに。

 それに非術師を皆殺しにするのを肯定した?

 その結果がこれですか。

 

「最初に言っただろう。理解してもらえるとは思ってないって」

 

 諦めたような薄っぺらい笑顔を最後に浮かべて夏油先輩は踵を返して去っていきました。

 

「すみません。止められませんでした」

 

「いや、それで正解でしょ。無理に止めようとして殺されたくないし。後は五条がどうするかだけど」

 

 どうにもできないだろうな、と呟いて家入先輩は持っていたタバコを再び咥えます。

 昨夜までの親友が今朝には大量殺戮の犯罪者。

 見つけ次第処刑しろと命令されていても受け入れられるものではないでしょう。

 

「あ、火借りるの忘れてた」

 

「家入先輩。ライターなら私が貸しますから、代わりに一本もらえません?」

 

「え? 禰々って吸うの?」

 

 驚いている家入先輩の言葉には答えず手を差し出すと、家入先輩は「まあ……いいけど」と言ってタバコの箱を渡してくれました。

 箱から一本取り出して咥えると、術式で作ったライターで火を着けます。

 

「フーッ……」

 

「超手慣れてんじゃん……」

 

 横から聞こえた家入先輩の呟きは曖昧に笑って流しておきましょう。

 そのままチリチリとタバコが燃える音を聞きながら、私はぼんやりと思考を巡らせていました。

 もっといいやり方はあったでしょうに。

 どうすればこの結末は回避できたのか。

 今更そんな意味のないことを。

 しかし、出た結論は一つだけ。

 

「本当に……呪術師なんてクソですよ」

 

 紫煙とともに吐き出したその呟きはすぐに空気に溶けていきました。

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