資料にあった少年院へ向かうと、そこには規制線が張られていて、一人の女性が落ち着かない様子でそこに立っています。
面会に来た保護者でしょうか。
しかし……特級相手では生存の可能性は絶望的でしょうね。非術師なら尚更です。
「遺体が三人増える前に止めたいところですが……」
本来、私はここにいないことになっているので、監視の薄い場所を見つけてこっそりと侵入します。
「受刑在院者第二宿舎は……あっちですか」
少年院の地図を思い出しながら目的の宿舎に向かうと、ちょうど伊地知君が帳を降ろしているところでした。
「よいしょ」
「ぐえっ!?」
宿舎に入ろうとしていた虎杖君の襟を掴んで引き戻します。
間一髪でしたね。もう少し遅れていれば間に合わないところでした。
「えっ!?」
「禰々さん?」
「お二人とも宿舎から離れてください」
驚いている伏黒君と釘崎さんを手招きして集合させます。
ついでに伊地知君も。
「き、今日はお休みだと聞いていたのですが……」
「ええ、そのはずだったんですけどね」
本来なら数ヶ月ぶりの休みです。
しかし、どうにも上の方々が不穏な動きをしていたので出てくるしかなかったんですよ。
今朝になって知らされた五条さんへ突然の出張依頼。しかも、かなり遠方の。
「送迎はいらないから、宿儺の指の件で潰れた休みの代わりに今日は休んでいいよ」
と五条さんは言っていましたが、虎杖君が高専に来て二週間。上が動くとすれば頃合いでしょう。
そう考えて虎杖君の動きを見ていれば突然の任務です。
虎杖君の器としての強度がわかっていないのに五条さんの付き添いもなく任務なんて、どう考えても何か企みがあるに違いありません。
万が一、暴走したときのリスクが大き過ぎます。
資料を見れば任務内容は生死不明の収容者五人の救助。しかし、そこで確認された呪胎は特級へ変態する可能性あり。
素人の虎杖君、二級の伏黒君、三級の釘崎さんを宛がうには重すぎる内容です。
「それはそれとして……虎杖君は自殺が趣味なんですか? ご要望なら今すぐにでも死刑執行の手続きを取りますが」
「ええっ!? 俺、何かマズいことした?」
「では虎杖君に答えてもらいますが、このまま三人で救助に向かったとしましょう。そこで特級に会敵しました。どうします?」
「さっき伊地知さんが戦うなって言ってたし……逃げる?」
「宿舎の構造は把握してますか?」
「うっ……」
「事前に開示された情報読んでませんね。勘で逃げて袋小路に追い詰められたらどうするんです」
以前から何となく感じていましたが……虎杖君も五条さんと同じ「ま、何とかなるでしょ」で片付けてしまうタイプですか。
なまじ力があるせいでこれまでは運動だろうと喧嘩だろうとこなせたのでしょう。
ですが、そんなものと呪いに立ち向かうことはレベルが違うことを理解してもらわなければいけません。
「いや、でもどこかぶち破れば出てこれるし!」
「そもそも逃亡できないように作られてるのが少年院だろ」
「でもコイツ、素手でコンクリの壁ぶち抜いてたわよ」
「は? 虎杖……やっぱりオマエもゴリラかよ。ゴリラ枠はもう足りてんだよ」
「あれは鉄コンじゃなかったから……つーか、ゴリラ枠って何!?」
三人の会話を聞きながら、その脳筋ぶりに私は思わずため息を吐きました。
力だけでどうこうできるほど呪霊との戦い方は単純ではありません。
「相手が特級なら領域を展開している可能性もあります。何の準備もないまま踏み込めば逃げる間もなく即死ですよ」
「……領域って何?」
いまいち理解ができていない様子の虎杖君。
これはもしや……。
確認の意味を込めて伏黒君に視線を向けると苦々しい顔で頷いています。
「コイツ、領域どころか等級も帳も何も知りませんでしたよ」
「あの人は……死なせたくないなら基本的なことは教えておいてくださいと言ったのに」
本当に守るつもりがあるのでしょうか。
へらへら笑って「まだ二週間しか経ってないし、色々教えるのはこれからでいいよねー」と言っている五条さんの姿が脳裏に浮かびます。
後で七海君に連絡しておきましょう。
彼なら五条さんよりまともな教育をしてくれるでしょうし。
「要するにですね……相手を閉じ込めた上で攻撃が絶対当たる結界が宿舎の中に展開されているかもしれないということです」
「それってつまり……逃げらんねぇってことじゃん!?」
ようやく気付きましたか。
どうにも虎杖君は危機感が薄いというか緊張感がないというか……そのあたりも含めて五条さんとうまく同調してるんですよね。
「そして、一番大事な部分です。呪力の扱いもまるでわかっていないのに、その呪具一本で戦うつもりですか? それが壊れたら詰みですし、最悪、宿儺に代われば何とかなるなんて思ってるなら巻き込まれた仲間が死にますよ?」
「うぐっ……」
「では虎杖君。逃げ道も把握せず、呪術の知識もなく、呪力も扱えず、武器は呪具一本。その装備でクラスター弾の絨毯爆撃でトントンと言われる相手からどう逃げるのか聞かせてもらいましょうか」
「え、えーっと……」
虎杖君はダラダラと冷や汗を流しながら「助けて伏黒!」と言わんばかりに伏黒君のほうに視線を向けています。
本当に何の準備もなく飛び込むつもりだったんですね……どうしてそれで大丈夫だと思ったのでしょうか。
夜蛾学長の面接でも《細かいことはどうでもいいっす。俺はとにかく人を助けたい》と言ったそうですが、その助けられる人に恐らく虎杖君自身は含まれていないのでしょう。
五条さんからは虎杖君のことを気にかけてやってくれと言われていますが……自分から死ににいく人をどうやって助けろというのですかね。
すると、今まで黙っていた伊地知君がおずおずと手を挙げました。
「で、ですが禰々さん。特級に変態するのはあくまでも可能性であって……それに今は他に任務に出られる術師の方が……」
「特級で確定ですよ。そうでなければわざわざ不自然な出張を捩じ込んで五条さんを遠ざけたりしません」
恐らく上で情報を止めてますね。
あくまでも虎杖君達に割り振られたのは生存者の確認と救出。
特級と戦闘になったとしても《特級に変態するのはあくまでも可能性であって、まさか本当に特級に成るとは思わなかった》で押し通すつもりですか。
当然、特級が相手では勝てるわけがありませんから、虎杖君を体よく始末できますし、他の二人が死んでも五条さんへの嫌がらせになると考えたのでしょう。
すると、俯いていた虎杖君が何か思い出したようにハッとして顔を上げました。
「って、そうだ! あの人の息子がまだ中にいるんだよ! 助けねぇと!」
あの人、というのは面会に来ていた女性のことでしょうか。
虎杖君の性格からして人命が懸かっているとなれば助けにいこうとするのは当然でしょうが、如何せん実力不足です。
「虎杖君……さっきの話を聞いていなかったんですか?」
「うまく逃げて生きてるかもしれねぇ! 放っておけねぇよ!」
「仮に生きていたとして、その人を素人の虎杖君が守りながら戦えるほど特級は甘い相手ではないですよ」
「でも!」
「でも──じゃねぇ。聞き分けろ、虎杖。ここで俺達が無理に突入して何になる」
なおも食い下がろうとする虎杖君の肩を伏黒君が掴みます。
まあ、伏黒君はこういう案件は等級云々以前に消極的ですからね。
社会から隔離された所謂《悪人》。
自分が犠牲になってまで悪人を助けたいと思う人は少ないでしょう。
どうせ助けるなら善人を助けたい。死ぬかもしれない危険を孕むなら尚更。
しかし、虎杖君はそんなことは関係なく、とにかく目の前の人を助けるのでしょう。
「遺体もなしで《死にました》じゃ納得できねぇだろ!」
「悪人の遺体をわざわざ持って帰ってくるために命を懸ける気は俺にはない」
「悪人だからって──」
「二人ともいい加減にしろ! ここで言い争って何になるってのよ!」
段々話の軸がズレてきましたね。
三人で突入しても死ぬだけですよ、と伝えたかっただけなのですが。
そう言えば先ほどから静かな伊地知君は……と視線を向ければ今にも死にそうな顔でこちらを向いていました。
「ね、禰々さん、私は……」
「大丈夫ですよ、伊地知君。まだ誰も死んでませんから安心してください」
これ以上、彼の胃にダメージを与えるのはよくないですね。
後は私が請け負うとしましょう。
「受刑者が生き延びている可能性はほぼゼロに等しいですが……さすがに特級案件をこのまま放っておくわけにもいきませんからね」
袖口からスマホを取り出して甚爾さんに連絡します。
背後で派手に音楽が流れているところから察するにパチンコですか。
少年院の場所だけを伝えて返事を待たずに切ったその五分後。
見るからに不機嫌な顔で甚爾さんが到着しました。
「俺だって暇じゃねぇんだぞ」
「パチンコ打ってるくらいですから暇でしょう?」
「伏黒が二人!?」
「まさかドッペルゲンガーってヤツ!?」
「ドッペルゲンガーって会ったら死ぬヤツだよな!? 伏黒ヤベェんじゃねぇの!?」
「落ち着け! こういうときはあれよ! 鼈甲飴投げればいいのよ!」
「それ口裂け女の追っ払い方だろ!」
「俺の親父だよ……つーか、平日の昼間からギャンブルで散財してんじゃねぇよクソ親父!」
甚爾さんは騒いでいる三人の言葉を聞き流しながら「で、依頼は?」と話を進めます
「取り残された収容者五人の救助と安否確認。ただし、特級がいます」
「ふーん……特級ね。報酬は?」
「上層部の企みを阻止したことも含めて五条さんに吹っ掛けるのでご心配なく」
その言葉に甚爾さんはにんまりと口の端を吊り上げました。
甚爾さんは清々しいくらい損得勘定で動いてくれるので助かります。
「いいぜ。その依頼受けてやる」
げえっ、と芋虫のような武器庫呪霊を吐き出した甚爾さんは悠々とした足取りで中に入っていきました。
さすがに慣れたものですね。
ただの特級程度相手では眉一つ動かしませんか。
さて、と甚爾さんを見送った私は虎杖君のほうを振り返ります。
「ここは甚爾さんに任せるとして……とりあえず虎杖君には死んでもらいましょうか」
「え゛っ!?」
「本当に死んでもらうわけじゃありません。ここで死んだことにして、適当なタイミングで復帰させてあげますから安心してください」
今の虎杖君が生きて帰っても、どうせまたすぐに上が動くでしょう。
それなら死亡扱いで監視を外させたほうがいいので。
「もちろん死亡扱いになっている間は呪術に関しての特訓期間にします。覚悟してくださいね? 泣き言は聞きませんよ」
「う……うっす!」
できれば宿儺の指が全て集まるまで何もしないでくれるほうが私としては助かるのですが。
五条さんのことです。またいつも通りに《若人から青春を奪うなんて許されていないんだよ。何人たりともね》と言うでしょうね。
「では、虎杖君は伏黒君と釘崎さんを逃がすために特級と孤軍奮闘の末に死亡という筋書きで。傷は特殊メイクで何とかします。後は……服も破いておいたほうがいいですね。伏黒君、お願いします」
「玉犬」
虎杖君が脱いだ制服を玉犬がビリビリと引きちぎっていきます。下は腿のあたりを裂いておくくらいでいいでしょう。さすがに全裸を晒されるのは嫌でしょうから。
「お、オレの制服が……まだ二週間しか着てないのに……」
「大丈夫ですよ。新しい制服代も五条さんに出してもらいますから。メイク始めますから動かないでくださいね」
術式で作り出した筆やクリームで虎杖君の体に特殊メイクを施していきます。
胸の中央には特に派手な傷を作って心臓を抉られたように。
「うっわ……グロ。本物の傷口みたい。何かやってたんですか?」
「いえ……ただ、五条さんがあまりにもやらかすので、補助監督をやっているうちに色々と変なスキルが身に付いただけですよ。まあ、今回はそれが役に立ったわけですが」
最後に目元や唇など細々とした部分を仕上げれば完成です。
「おお……目ェ瞑ってると本当に死体にしか見えないわね」
「そうだな」
「虎杖君はこれでいいとして……お二人にも軽く傷をつけておきましょう。無傷だと不自然ですから」
打撲痕に見せかけたメイクや、頭に包帯を巻いて戦闘で負傷したように見せかけましょう。
すると、ちょうど伏黒君と釘崎さんのメイクが終わったところで、宿舎から漂っていた呪力の気配が霧散します。
「おや、終わったようですね」
しばらくすると傷一つない甚爾さんが戻ってきました。
「生存者はなし。中にいた特級は殺った。それから──」
甚爾さんがポケットから取り出したのは宿儺の指。
中にいた呪霊が取り込んでいましたか。
伊地知君に渡して簡易的ではありますが封印してもらいます。
「遺体はどうでした?」
「ぐしゃぐしゃだったが一応五人全員回収して
「では、その遺体は家入さんに届けてください。ああ、ついでに私を高専まで送ってもらえますか?」
「はいはい、人使いの荒いことで。報酬弾めよ?」
「それはもちろん」
甚爾さんに抱えてもらいながら後の動きを四人に伝えます。
「伊地知君。伏黒君。虎杖君を運んでください。なるべく高専スタッフの目につくように。釘崎さんは神妙な顔で後に続いて。泣き真似もいいアピールになります。私は先に高専に戻って虎杖君死亡の書類を作っておきますから」
せっかくの休みでしたが、やはり潰れてしまいましたね。
虎杖君の教育をサボっていた件と休みを潰された憂さ晴らしで五条さんには何かキツいお仕置きを仕掛けるとしましょう。
※さすがに宿儺に出てこられるとイタズラでは対処できないので、この小説では契闊の件はなしで進めます。宿儺へのイタズラとして、宿儺が虎杖の頬に口を出した瞬間に激辛唐辛子などを食べさせて撃沈させる案もあったんですが、ちょっと呪いの王に対するイタズラとしては弱いかなと。