学長との会食のために五条さんを送迎しているときのこと。
「どこか寄ります? 少しなら余裕がありますけど」
「いいよ。たまには先に着いててあげよう」
なぜいつもその心がけができないのでしょうか。
五条さんが好き勝手に寄り道するせいでスケジュールを組み直すのは日常茶飯事。
何なら毎回どこに寄り道するか先読みしてスケジュールを立てる羽目になっているのですが。
「禰々」
すると、何かが五条さんの呪力感知に引っ掛かったようです。
私では感知できない距離のようですが。
「人通りはないので帳の必要はありませんが、念のために交通事故発生の名目で道路を封鎖します」
「仕事が早くて助かるよ。それじゃ適当なところで止め──」
「窓から飛び降りてください。止まっている間に襲われて死にたくないので」
「……僕の扱い方雑過ぎない?」
「五条さんは窓から飛び降りても襲われても死なないじゃないですか。私は余裕で死ぬんですよ」
「はいはい」
よっ、と窓から飛び降りた五条さんが無事に着地したことをミラー越しに確認してから私は一気にアクセルを踏んで安全圏まで距離をとります。
「派手にやってくれますね……」
そこそこ離れたところで車を停めて、術式で作った双眼鏡で五条さんと別れたところを見ると、ごうごうと炎が上がっていました。
あーあー……道路もガードレールもめちゃくちゃになってるじゃないですか。
「呪力の出力からすると未登録の特級ですか……」
たまたま通りがかった私達を襲った……というわけではないようですね。
私を追ってこなかったということは最初から五条さんが狙い。
意思疎通ができるほどの呪いでありながら相手との実力差がわからないとは。しかもバカ正直に真正面から挑むあたり愚かにもほどがあります。自分なら殺れる──とでも勘違いしたのでしょうか。
「虎杖君のときもそうですが、またしても特級とは……上層部からの嫌がらせですかね……?」
それに単独とは思えません。そもそも居場所が割れている時点で高専内に内通者がいるのでしょうね。
五条さんの予定を知ることができる人物。あるいは遠距離からこちらの居場所を把握できる人物。
可能性のある人物を頭の中にピックアップしていると、赫い光とともに呪霊が吹っ飛ばされていきました。ついでに周りの木々もかなりなぎ倒されましたが。
「環境団体にどう説明しましょうか……」
たった数分のうちに爆発的に仕事が増えていきます。
あの人はもう少しコンパクトに戦えないのでしょうか。
そのときでした。
不意に私の背後に何者かが立ったのは。
「や、禰々」
「はぁ……」
ため息とともに振り返ると、そこにいたのはよく見知った顔。
「
「驚くならともかく、ため息を吐かれるとは思わなかったな」
昔と変わらない薄ら笑いを浮かべていたのは去年死んだはずの先輩。最強二人の片割れ。そして、五条さんの親友でもある人。
とある村で非術師百十二人を殺害した最悪の呪詛師──夏油傑。
去年起こした呪術テロ──百鬼夜行で乙骨君に重傷を負わされ、最期は五条さんにトドメを刺されたはずだったんですが。
「君に用があってね。少し話がしたい」
「ふむ……ちょっと待ってくださいね。今リスケしますから」
車に置いていたタブレット端末を取り出します。
五条さんの予定は学長との会食だけですが、私はこの後高専に戻って普通に仕事だったんですよ。
なぜ五条さんも夏油さんも私の予定をめちゃくちゃにするのでしょうか。まったく困ったものです。
「さすがに落ち着き過ぎじゃないかい? 死んだはずの人間がここにいるのに」
平然とタブレット端末を操作する私を見て少々呆れたような表情を浮かべる夏油さん。
まあ、普通は驚くでしょうね。
ですが──
「アナタ、
「ひどいな。まさか私が偽物だとでも?」
「偽物というか……遺体を利用してるんじゃないですか?」
その途端、夏油さんの顔が図星とばかりに歪みました。
「キッショ」
そう呟いた夏油さんは額の縫い目に手をやると、そこにあった糸を抜き取っていきます。
すると、まるでプラモのパーツを外すように頭が外れ、中にあった脳髄が露になりました。
「何でわかるんだよ。六眼でもないくせに」
「別にわかってはいなかったんですけどね」
「は……?」
確かにこの偽夏油さんの言う通り私は六眼でもないし、飛び抜けて呪力の分析が得意なわけでもありません。
「ただアナタが本物だと死亡の記録の修正だとか上がうるさくなったり色々と面倒だと思ったので。後は五条さんの仕事の適当さを考慮してとりあえずカマかけてみただけです」
去年の百鬼夜行の後、遺体処理の報告書が家入さんの名前になっていなかったのがずっと気になっていたんですよ。
五条さんの仕事の適当さからすると、家入さんに夏油さんの遺体を処理させるのは酷じゃないかと考えて変に気を回したんでしょう。
さすがにあそこまで追い詰めておいて見逃すほど五条さんもぬるくはないでしょうし。
百鬼夜行が終わってからは事後処理に追われて誰も遺体を気にしている場合ではありませんでしたからね。さぞかし楽に遺体を盗めたことでしょう。
外した頭を戻しながら偽夏油さんは小さくため息を洩らしました。
「そんな単純なハッタリにかかるなんてね。我ながら間抜けだったな」
「で、何の用です?」
「獄門疆の譲渡。加えて君には内通者になってもらいたい」
「殺さないことを条件に、ですか? まあ、アナタと縛りを結んだところで用済みになれば別の方が殺しにくるんでしょうけど」
「いや別に? 断れば殺すつもりだったけど、来るべきときまで情報を提供してもらえば後は好きにするといい。どうせ君では私の計画は止められないしね」
計画……ですか。夏油さんの遺体を乗っ取ってまで何かしようというのです。ろくでもないことなのは察しがつきますが、今の時点ではその内容はわかりませんね。
「獄門疆は今のところ誰も封印していないので構いませんが、内通者のほうは無理ですよ」
「ふーん? さすがに五条悟は裏切れないと?」
「いえ……罪悪感だとか立場がどうこうという話ではなくてですね。単純に時間がないんです」
そう言って袖口から出した手帳を渡すと、偽夏油さんは中を見て「うへぇ……」と嫌そうな声を洩らしました。
普通はそうでしょうね。労働基準法なんて完全に無視したスケジュールですし。
「仕事の効率がいきなり悪くなったら怪しまれますよ?」
「参ったな……まさかその断られ方は予想外だった」
「まあ、私も死にたくはないので、そちらから人員を回してもらえるなら協力しますけどね。五条さんについて一番知っているのは私ですし」
「へぇ……? 少しは躊躇とかないのかい?」
「ないですよ。私、あの人嫌いなので」
続いて袖口からペンを取り出して渡します。
「獄門疆は今は手元にないので後で郵送で送ります。これで宛先を書いておいてください」
「郵送……」
「あのスケジュールを見てわざわざ直に届けにこいと? 不自然な動きになって五条さんに疑われますよ?」
「わかったわかった。それでいいよ」
特級呪物を郵送するということに若干引いた様子を見せた偽夏油さんでしたが、私がそう言うと面倒臭そうに了承してくれました。
「それでは縛りの内容はどうしますか?」
「君を殺さないことを条件に獄門疆の譲渡、情報提供をしてもらう。時間を作るために必要な人員はこちらから回す。後は他言無用の縛りもだね」
「いえ、殺さないこと、人員を回すという部分は変えてください」
「何か不満が?」
「大ありですよ。こちらは寝る間もないほどの過密スケジュールでやってるんです。殺さなければセーフと危害を加えられて休業になったらスケジュールに支障が出ます。それに人員を回すというところも、いざ人員を回されて
「さすがに私もそこまでは考えていなかったんだけどね……」
「それから五条さんはこちらの都合も考えず好き勝手に動いて予定を増やすので《命令された仕事は終わったので追加は受け付けません》とか《仕事しろとは言われたけど完遂しろとは言われてないから途中だけど帰る》とか言われても困るんですけど。後、呪霊って基本的に知能低いじゃないですか。来てもらって使い物になりませんでしたというのもやめてもらいたいですね。更に言うなら来た人が私を殺すかもしれないので、この件の関係者全員に同じ縛りを結んでもらいたいんですが」
「君、ウザいくらい細かいね……えーっと、じゃあ獄門疆の譲渡、情報提供、他言無用の代わりに──」
すると、少し離れたところで呪力の気配が一気に膨れ上がりました。
領域展開……さすが特級ですね。
でも、五条さんを相手にそれは愚策です。
そんなことを思った数秒後、同じ場所に今度は別の呪力の気配が。
五条さんも領域を展開して押し返しましたか。
五条さんが領域展開したなら決着はついたとみるべきでしょう。
「五条さんのほうは終わったみたいですね」
「思ったより早かったな。もう少し粘ってほしかったんだけど」
「縛りの続きですが……代わりに私に危害を加えない。また、私の生活を侵害しない。私の仕事を私の満足するレベルでやってもらう。更に関係者全員に同じ縛りを結ばせる、ということでどうでしょう。半端にされても困りますから」
「ふむ……」
「早く決めないと後数秒で五条さん到着しますよ」
「チッ……わかった。
五条さんの名前が出た途端、偽夏油さんは嫌気が差したように顔をしかめると踵を返して去っていきました。
一気に大量の情報を与えて考える時間を作らせないことは詐欺の常套手段。
精々壊れない人が来てくれるといいんですが。
五条悟専属補助監督──その過酷さは他の補助監督とは格が違うのですから。
所詮はただのサポート役……なんて思っているなら地獄を見せてあげますよ。
「禰々ー!」
声の方向を向くと五条さんがこちらに向かって飛んでくるところでした。なぜか虎杖君を担いで。
死亡扱いになっている人間を軽々しく外に出さないでほしいのですが。
「ゴメン! 逃げられた!」
「逃げられた……?」
更に五条さんの言葉を聞いて私は思い切り眉を
「いや、そんな虫が湧いたゴミを見るような目で見ないでよ。違うんだって。尋問してたところにソイツの仲間が現れて──」
五条さんの言い訳を聞きながら私は今後の動きについて考えを巡らせます。
偽夏油さん、獄門疆、特級呪霊、内通者、更に絶妙のタイミングで現れた
まあ、私は私の仕事をするだけです。
自分にできることを精一杯頑張るのは気持ちがいい──ですからね。
縛りってどれだけ屁理屈や抜け道を見つけて自分に優位にするかなので考えるの苦手です……(・・;)
メロンパンはこんな条件飲まないだろ、と思われた方はすみません。