虎杖と伏黒が映画鑑賞に興じている頃、北海道で反魂人形の任務を終えた五条と七海は適当なバーに入って飲んでいた。
そこで五条が切り出したのは死んだと言われていた虎杖悠仁の件。
「それを私に話して、どうしろと?」
「言ったろ。僕は多忙でね。精神的な成長のケアまで手が回るとは思えない。一度オマエに預ける機会があると助かるよ」
「自分の手に負えないのに宿儺の器の件を引き受けたんですかアナタは──と禰々さんなら言うでしょうね」
「ぐっ……。七海さぁ……口癖もそうだけど禰々に影響受けすぎじゃない? 元々なかった可愛げがマイナスになってるんだけど」
「慕いがいのない先輩を相手に可愛げなんて必要ないでしょう」
ギムレットを飲みながら七海は冷たく返す。
「まあ、いいです。引き受けますよ。虎杖君の件」
「え? いいの?」
「ええ」
「いや、引き受けてくれるとは思ってたけど、あっさりしすぎて拍子抜けっていうか……」
「元々、禰々さんから頼まれていたので」
「……え?」
「五条さんが教育役では心許ないので私に虎杖悠仁を預けたいと。アナタ、とことん信用されてませんね」
「マジでアイツ仕事早すぎるでしょ……わざわざ目を盗んでこっそり出てきた僕の労力返せよ」
「知りませんよ」
五条の言葉を切り捨てて七海は再びギムレットを口へ運びかけ──
(
ハッとして七海は腕時計に目を落とした。
五条と合流してから既に数時間経過している。
その間、五条が電話を取る姿は一度も見ていない。
五条が携帯の電源を切っていた?
いや、それもない。
もしも五条に緊急の依頼があった場合、電源を切っていたら対処が遅れてしまう。
(違和感……どころではないですね。異常と言っていい)
七海は禰々が自分以上にキッチリ仕事をこなす人間だと知っている。
五条の動きを読み、スケジュールを作り、いかに効率的に消化するか。
それを常々考えている禰々がスケジュールを無視して五条が動くに任せているということは──
(スケジュール通りに動くわけにはいかなかった……ということでしょうか)
腕時計から顔を上げてチラリと七海は横目で五条を見た。
いつもの軽薄な笑みが消えている。
「七海、まだ飲むだろ」
「……ええ」
「シンデレラと……XYZを」
五条が注文したXYZ──その意味がわからないほど七海は鈍くない。
てっきり虎杖のことが本命かと思っていたが、それはまだ半分に過ぎなかったらしい。
「これも禰々から聞いてるかもしれないけど、この間、未登録の特級呪霊二体に襲われたんだ。
「待ち伏せ……」
呪霊に高専の内部情報が伝わっているなど本来はありえない。
高専に内通者がいると考えるべきだろう。
(その内通者にスケジュールを把握されている可能性を考えて、わざと五条さんを好き勝手に動かしたわけですか)
「襲ってきたヤツらの見た目はこんな感じ」
五条はポケットからスケッチブックの切れ端を取り出して七海の前に置いた。
そこには子供の落書きのような絵が二つ。
「最初に襲撃してきたのは富士山頭のほう。最終的に領域まで展開してきたけど、まあ、最強の僕にかかれば雑魚もいいところでさ。ボコボコにして首捥いでやったわけ。でも、尋問中に目から木の生えたソイツが乱入してきて富士山頭を抱えて逃げたんだよね」
「……下手過ぎません? こんなもの提出したら上層部にキレられますよ」
「仕方ないだろ。富士山頭はともかく、雑草のほうは一瞬しか見てなかったんだから。でも、さすがにこれでは上層部に提出できないって禰々が言うから、そんなこと言うならオマエが描いてみろよって修正頼んだのがこっち」
そう言って五条はポケットからもう一枚スケッチブックの切れ端を取り出した。
見れば先ほどより幾分マシな絵が描かれている。
これなら上層部も文句は言わないだろう。
「本当にアイツは優秀だよね。富士山頭をボコボコにしたとき、森の結構奥まで吹っ飛ばしたから、
「────!」
この五条の落書きを元に、見てもいないものをここまで正確に描けるだろうか。
これを描いたのが禰々ではないなら一体誰がこの絵を描いたのか。
五条を襲撃した特級呪霊と繋がっている誰か。
少なくとも味方ではないことは確かだ。
そして、その人物と禰々もまた繋がっている。
(禰々さんが特級呪霊か呪詛師と通じている?)
バカな、ありえない、と言いかけて七海は言葉を飲み込むように口に手をやった。
あの禰々なら。
五条よりも性格の悪いあの人なら。
裏切ったふりをして敵陣を内側から瓦解させるくらいのことは平気でやる。
(こんな回りくどいやり方をして敵の存在を伝えたということは他言無用の縛りでも結ばされたということですか)
禰々が敵の情報を口にできない以上、こちらが察して動くしかない。
この絵も五条が自力で他人が描いたものだと気付かなければ何の意味もなかった。
「ま、そんなわけで忙しくなりそうだから、禰々のフォローも頼むよ。多分、七海にも色々仕事振ってくると思うからさ。おっと……」
すると、話が終わったのを見計らったように五条のポケットから着信音が鳴る。
「もしもし? うん、七海と北海道。は? ちょうどいいから追加任務? 今ちょっとバーで飲んでる最中で……いや、酔ってないけどさ。あ、切りやがった」
すると、数秒後に五条のスマホにメールで追加任務の詳細が送られてくる。
画面には目眩がするほどびっしりと文字列が並んでいた。
「まさかアイツ……ここまで見越して僕が北海道に向かうの放置したんじゃ……」
「禰々さんならありえますね」
何とも無駄のないことだ。
実にあの人らしい、と七海が小さく笑っていると、それが面白くなかったのか五条はガシッと七海の肩を掴んでいい笑顔を向けてきた。
「七海、手伝って。つーか、手伝え」
「お一人でどうぞ。残業は嫌いなので。酔ってますし」
「カクテルの一杯や二杯で酔うほどオマエ弱くないでしょ。先輩と夜遊びしようぜ」
「はぁ……禰々さんに言いますよ」
「うげっ……マジで可愛げねぇー」
五条はカウンターに置かれたシンデレラを一気に呷るとバーを出ていった。
残された七海は目の前のXYZに目を落としながら、先ほど見せられたスケッチブックの切れ端を思い返す。
あの絵の気になる点は見てもいないものを正確に描いてみせたという点。
そして、
薬品によって紫色に浮かび上がったそれはどう見ても成人男性のそれだった。
更に七海の頭に過ったのは、そのスケッチブックの切れ端を出したときの五条の顔。
さらりと出したように見せていたが、隣にいた七海には五条の顔が見たことがないほど緊張しているのがわかっていた。
成人男性で五条があんな顔をするとなれば、頭に浮かぶのは一人の人物。
(まさか今回の反魂人形よろしく、死者が蘇ったとでも?)
嫌な汗が一筋、七海の頬を伝う。
単なる悪い妄想にしてしまいたい。
だが、既に事態は刻一刻と進んでしまっている。
(もしそうだとすれば五条さんはすぐに動きたいはず。ですが、そうしない──できないということは敵の規模は相当大きい。あるいは迂闊に動けば逃げられてしまうと考えて間違いありません)
死者の蘇生云々は一旦置いておくとして、敵の全容が見えてこない以上、こちらは後手に回るしかないというのは実に痛い。
(ですが……最悪の状況というわけでもない)
こちらに優位な点があるとすれば二つ。
一つは言わずもがな五条の存在。
そして、もう一つは禰々が敵の内部に入り込んでいることだ。
(敵が高専内の情報を少しでも得ているのなら禰々さんの優秀さも耳に入っているはず)
五条の補助監督となれば扱う仕事は量も質も他の補助監督とは段違いのものとなる。
それを一切のミスなく捌き、更に五条の無茶ぶりにも難なく応え、あまつさえ五条の動きを掌握して仕事から逃がさない。
そんな優秀な禰々を手に入れた敵は間違いなく彼女を利用しようとする。
最も五条の近くにいる。高専の機密情報を日常的に扱っている。
敵にとってこれほど使いたい人間はいない。
だが、それこそトラップなのだ。
いつでも殺せる。反撃できるはずがない。そんなふうに自分が優位に立っていると錯覚させられて、気付いたときには餌食になっている。
そこで敵を一網打尽にするつもりなのだろう。
「相変わらず性格悪いですね」
だが、それを平然とやってのけるからこそ、七海は禰々を信用しているし、信頼しているし、尊敬もしているのだ。
一つ小さく息を吐いて、七海はグラスに口をつけた。
二十五話読了ありがとうございます。今回のストックはここまでです。
いやー……この一ヶ月ほど全く筆が進まず、順平の名前すら出せていないので頭を抱えています。
凪が呪霊に襲われる→間一髪で救出→病院に連れていく間に部屋の血痕を見た順平が暴走→順平が真人に殺される寸前でオリ主乱入して救出って流れでもいいんですけど、ありきたりかなぁ……と悩んでます。何よりイタズラする隙がないので、この小説のメインテーマから外れてるのが……。
また一ヶ月くらいで次話を出せたらいいなぁ……とは思っているのでゆっくりお待ちください。