私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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26.彼女の魂の色は真っ黒に染まっている

「まさか君がここに来るとは思わなかったな」

 

「五条さんが出張中なので。せめて顔合わせくらいしておいたほうがいいでしょう?」

 

 陀艮の領域の入口として設定されているマンションに禰々が現れたことに羂索は目を瞬かせた。

 いくら縛りを結んでいるとはいえ、特級術師と特級呪霊が揃っている敵の拠点に単独で乗り込んでくるなんてことはありえない。

 しかも、術師ならともかく禰々は補助監督だ。

 術式もこちらに対抗できるものではない。

 

「入ってもいいですか? これ、手土産のメロンです」

 

「……ああ」

 

 戸惑いながらも羂索は禰々を領域の中へ招き入れた。

 そして、戸惑ったのは羂索だけではない。

 領域の中にいた漏瑚と真人、裏梅は目を見開き、花御も禰々を見て固まっている。

 陀艮だけは一人ゆらゆらと領域内の海を漂っていたが。

 

「おい、夏油! どういうことだ!」

 

「どういうことも何も……別に私が呼んだわけじゃないんだけど」

 

 漏瑚の問いに羂索は苦笑いを返すばかり。

 さすがにこの暴挙とも言える訪問は羂索も想定していなかったのだ。

 盛大に舌打ちを洩らした漏瑚は続いてその大きな単眼でジロリと禰々を睨み付ける。

 

「随分警戒されてますね」

 

「ふん。今の人間は所詮嘘で塗り固められた紛い物だからな。何を企んでいる?」

 

「そうですねぇ……この場で私がアナタ達を挑発してわざと殺されることで一人くらいは縛りで道連れにできるかもしれない──とか」

 

「む……」

 

 しかし、漏瑚の睨みをものともせず、禰々は逆に綺麗な笑みを返してみせた。

 

「冗談ですよ。そちらにどういう人員がいるのかわからないと仕事が振れないので、顔合わせのつもりできただけです。後、連絡手段も聞いてませんでしたし」

 

「キサマ……!」

 

 漏瑚の顔が忌々しげに歪むが、それでも禰々の表情は揺らがない。

 

(へぇ……)

 

 そんな禰々に興味を引かれたのは真人だった。

 真人は人間の魂の形を見ることができる。

 苛立っているときは刺々しい形を取ったり、悲しいときは弱々しく萎んだり、楽しいときは弾むように揺れたりする。

 そういう感情の動きを真人は魂の代謝と呼んでいるのだが、だからこそ、こんな敵地のど真ん中でも一向に代謝しない禰々の魂を見て気になってしまった。

 どす黒い闇をこれでもかと無理矢理圧縮して固めたような魂。

 あまりに黒すぎて一目見たとき、胸にぽっかりと穴が空いているのかと思ったくらいだ。

 

(一体どんな経験をすれば魂にそんな色がつくんだ)

 

 初めて見るタイプの人間。

 初めて見るタイプの魂。

 ニヤリと笑って真人は禰々に近付く。

 手で触れられる位置まで寄っても禰々の魂は一向に揺らがない。

 

「俺は真人。よろしく」

 

 そう言って真人は握手を求めるように手を差し出した。

 

「禪院禰々です」

 

 だが、禰々はその手に一瞬だけ視線を落としたものの、手を取ることなく名前だけ名乗る。

 

「あれ? さすがにそこまで無防備じゃないか」

 

「ダメだよ真人。私達は彼女を害しないという縛りを結んでいる。縛りを破ったとき私達にいつどんな災いが降りかかるかわからない」

 

 他者間の縛りは自分にかける縛り以上にリスクが高い。

 遊び半分で危害を加えられて、今ある駒と新しく手に入れた駒の両方を失うわけにはいかない。

 

「触れることで発動するタイプの術式ですか」

 

「そう。俺の術式は魂に触れ、その形を変える」

 

 真人は少し得意げに小さく折り畳んだ改造人間を取り出して解放してみせる。

 すると、その改造人間を見た禰々は一瞬だけ何かを思い出すように宙に視線を彷徨わせた。

 

「もしかして神奈川の映画館の……」

 

「ああ、知ってるんだ。あれやったの俺なんだよ」

 

 禰々のところにも報告がきていた一件。

 神奈川の映画館で男子高校生三人の変死体が見つかったというもの。

 それは死体を見慣れている禰々でも中々見ることのない、体の形を無理矢理変形させられたような歪なものだった。

 更にその後、現場を調査していた七海と虎杖は二体の異形と交戦。

 当初は呪霊だと思われていたそれは、家入の解剖の結果、映画館の三人と同じく改造された人間であることが判明した。

 

(さて、どんな反応をするのかな)

 

 あれを作った本人が目の前にいるのだ。

 少しは反応するだろうと真人は禰々の顔を覗き込むが──

 

「それは……僥倖ですね。犯人が目の前にいるならわざわざ探しにいく手間が省けました。早速、仕事をしてもらいましょうか」

 

「え?」

 

 禰々は毛ほども動揺を見せないどころか、ポカンとしている真人の目の前に袖口から出した書類と写真をドサドサと積み上げていく。

 

「最近の行方不明者のリストです。名前と写真を確認してアナタが殺した人間とそうでない人間に振り分けてください」

 

「わざわざ殺す人間の名前なんて聞かないし、顔も一々覚えてないよ。最近は小さくしてストックしてるけど顔の判別つかないし」

 

「身に付けていたものなどでも構いませんよ。衣服や身分証、アクセサリー……とにかくアナタが殺した人達の情報を洗いざらい書き出して照合してください」

 

「マジで……?」

 

「とりあえず手持ちの改造人間全員分。期限は三日で」

 

「三日!?」

 

「一気に行方不明者が増加したせいで警察がうるさいんですよ。死亡が確定すれば表向きは事故か事件で処理できますから」

 

「えー……」

 

 真人は助けを求めるように周りに視線を遣るが、羂索は肩を竦めて舌を出し、裏梅は素知らぬ顔で明後日のほうを向いている。陀艮に関しては言わずもがなだ。

 そして、漏瑚と花御も──

 

「キサマがやったことだ。ワシは知らん」

 

「私も手伝えることはありませんね」

 

 取り付く島もなく、それぞれのビーチチェアに戻っていく。

 

「マジで……?」

 

「では、お願いしますね。ああ、それから一応確認するので手持ちの改造人間は提出してください。その代わりに今後改造するのは高専が捕まえた呪詛師をどうぞ。どうせ死刑待ちなので差し上げますよ。闇雲に改造人間を作られるとまた確認が必要になるので」

 

「ああ、うん……」

 

 呆然とする真人をよそに禰々は羂索とメールアドレスの交換をし始めた。

 

「では、今後の連絡はこのアドレスで。とりあえず五条さんの今月のスケジュール送っておきますね」

 

「ああ。それから早速次の情報だけど、繁忙期が終われば交流会があるだろう? その情報がほしいんだ」

 

「交流会で何かやるつもりですか?」

 

「まあね。まだ準備段階だけど。でも、それを君に教えるわけにはいかないな。漏瑚じゃないけど、私も君のことを完全に信用したわけじゃないし」

 

「交流会で暴れられると修繕の手配やその他諸々の仕事が私に回ってくるんですが? それも結局アナタ達に回すつもりなので、どうせならスムーズに終わらせて後始末の手間を減らしたほうが効率的だと思いません? 後、教員や補助監督に死亡されると色々厄介なんですよ。その仕事も私に回ってくるでしょうし、ご遺族への説明など他にも色々。情報を出し渋ってご自分の首を絞める羽目になってもいいのなら──」

 

「わかったよ……教えればいいんだろ。相変わらずクソ細かいね、君は」

 

 心底面倒臭そうに羂索は一つため息を吐くと禰々に向き直った。

 

「君、少年院の指に仕掛けておいた真人の呪力で作った札剥がしただろ」

 

「これですか?」

 

 禰々が袖口から取り出したのは一枚の札。

 少年院の呪霊が取り込んでいた指を保管する際に禰々が見つけたものだ。

 

「何で気付いたんだよ。一層目の封印の内側なんだから普通は気付かないはずなのに」

 

「虎杖君のことがあったばかりですからね。念には念を……ということで調べたら、たまたま見つけただけですよ。それが何です?」

 

「その札を付けた宿儺の指を高専に回収させたくてね。少年院の指の札は君が剥がしてしまったから、今度の指は札を剥がさないまま保管してほしい」

 

「もしかして……発信器代わりにして忌庫の位置を突き止めるつもりですか?」

 

「察しがいいね。花御を陽動に使って交流会の最中に高専に侵入。宿儺の指と呪胎九相図一番から三番を回収して離脱って筋書きだよ。真人がいい感じに使えそうな子供を見つけたらしいから、その子を使って適当に事件を起こして──」

 

 すると、禰々の冷えきった視線が羂索に突き刺さる。

 あまりの冷たさに思わず羂索が口を噤むほどの。

 

「これだから呪術師はクソなんですよ。いや、今は呪詛師でしたね。どちらにしてもクソですが」

 

 ここは禰々にとって敵地のど真ん中である。

 それにも関わらずこの不遜な態度。

 いきなりの訪問、特級呪霊相手にまるで臆さない物言い──羂索は禰々の性格を計りかねていた。

 そんな羂索に禰々は視線と同じ冷えきった声をかける。

 

「アナタ、あれですか。一応の計画と目的はあるのに、面白ければ何でもいいという感じで、その時々のフィーリングでガンガンアドリブぶちこんでいくタイプ」

 

 禰々の主義は合理性と効率。

 つまり五条や羂索とは真逆の人間である。

 

「適当に事件を起こして──なんて曖昧な計画で動かないでください。やるならもっと効率的に。後、報告、連絡、相談は徹底するように。とりあえず交流会で盗む呪物の紛失届書いてください」

 

「盗む本人に書かせるものじゃないだろ……しかも事前に」

 

 予告状ではあるまいし。

 しかし、書けと言われたなら仕方ない。

 羂索は目の前に置かれたペンと紛失届に渋々手を伸ばした。

 

「それから高専内の内通者は誰ですか? 今後のためにも打ち合わせをしておきたいのですが」

 

「京都校の与幸吉だよ」

 

「……彼ですか」

 

 禰々は俯いて少し考える素振りを見せたがすぐに顔を上げる。

 

「それでは今回はこれで。指の回収についてはまた後日」

 

 羂索が書き終えた紛失届を回収し、禰々は颯爽と立ち去っていった。

 

「やれやれ……何とも食えないね」

 

◆ ◆ ◆

 

「内通者は与幸吉──メカ丸君……となると見返りは体の治癒でしょうか。彼の術式範囲なら情報収集にはうってつけですしね」

 

 マンションを出た禰々は、これからの動きを考えていた。

 

「後、気になるのは夏油さんが言っていた使えそうな子供ですが……」

 

 神奈川の映画館の件で犠牲になった三人の他に無傷で出ていった少年が一人、監視カメラに写っていたはず。

 確か名前は吉野順平。

 

「もう少し詳しく調べてみましょうか」

 

 禰々はスマホを取り出して七海に連絡する。

 

「お疲れ様です。今、神奈川の映画館の件で動いてますよね? 新しい情報があれば私にも共有してください。少々気になった点があったので」

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