「イジメはよくないですよねぇ……」
少し吉野順平のことを探ってみれば、出てきたのはクラスメイト数人によるイジメの数々。
彼が映画館を訪れていたのは平日の昼間ということでしたが、これでは学校に行きたくなくなるのも納得です。
しかも、よりによってそのイジメてきた連中が同じ映画館にいたのですから、彼の気分は最悪だったでしょう。
そこまで調べたところでスマホに七海君から着信が。
「お疲れ様です。何かありましたか?」
「映画館の事件を起こした特級呪霊と交戦しました。少し傷を負ってしまったので家入さんに治療してもらっています」
おや、七海君が負傷するとは珍しい。
何か想定外の事態があったのでしょうか。
そのまま七海君の報告を聞いていると──
「ダメージを与えられない……ですか」
「ええ、己の魂の形を強く保っていると言っていました」
もう少し真人さんから情報を引き出しておくべきでしたか。
まさかそんな方法でダメージを無効化するとは。
「他にも自身の足を変形させて加速するなど、とにかく応用が効く厄介な術式でした。ヤツが拠点にしていた地下道の天井を落として、全身を粉々にしましたが……生きている可能性が高いでしょうね。私は彼が言うところの魂を知覚できていませんから」
「ふむ……」
ダメージが通らない。触れられたら終わり。自由自在の変形──確かに難敵ですが、私はそれで諦めるような性格はしていません。
攻撃がろくに通じない相手の攻略は今まで散々経験してきたのですから。
まあ、それは後で考えるとしましょう。
「で、虎杖君はその間に何を?」
「……吉野順平の家で晩御飯を食べて映画を見ていたそうです」
「ほう……」
七海君は自分の仕事をこなしてくれたというのに何をしているのですかね、虎杖君は。
随分余裕のようですが。
「しかも、接触した際に正直に呪霊のことについて尋ねたらしく……呪術師ということも言ってしまったと……」
「既にこちらのことが色々とバレているということですか……」
「す、すみません禰々さん……私が虎杖君に連絡ができなかったばかりに……」
伊地知君の震え声が電話の向こうから聞こえてきます。
そこまで怯えなくてもいいでしょうに。
それにしても──
「虎杖君は、まだ危機感が足りていないようですね」
「禰々さん。彼はまだ子供です。あまり無茶な真似は……」
「どうせ北海道で五条さんと飲んだときに色々言われたんでしょう? 《多感な時期の若人は一度の毒が心を壊すこともある》とか《悠仁は覚悟も度胸も戦いに必要な思い切りもあるけどまっすぐすぎる》とか」
「……五条さんのスマホに盗聴アプリでも入れてるんですか? ほとんどそのままのことを言われましたよ」
「その程度のことが先読みできなければ五条さんの補助監督なんてできません」
何せ隙あらば自分の任務を生徒に押し付けるような人です。
サボらせないために先読みのスキルは必須なんですよ。
「それはそれとして……私はその多感な時期に《禪院筋が後輩とかマジありえねーんだけど》と言われて心を壊されたので、子供だから、と甘やかすような優しさは持ち合わせていないんですよ」
「また意地の悪い言い方を……」
七海君は小さくため息を吐いて一瞬だけ黙ったものの「ですが」とそのまま話を続けました。
「アナタは少年院で彼を助けた。更に上層部に見つからないように嘘の報告を上げ、私に教育を頼んできました」
「それは──」
「必要なことだったから、と言われてしまえばそれまでです。それでも私はアナタが冷酷な人間ではないと思っています。私もアナタの機転に救われた一人ですし」
「…………」
私も普通の家庭に生まれて、もう少しまともな幼少期を過ごしていたら、彼のように真っ直ぐな気持ちを口にできたのでしょうか。
「今の彼は未熟ですし、彼の行動一つで周りの人間が大勢死ぬリスクがある。しかし、彼のような他人のために本気で怒れるような人間は貴重です。リスクを恐れて切り捨ててしまうには惜しい」
「見守るべきだとしても、善処します──としかお答えできませんよ?」
「それで構いません。私もまだ彼を術師として認めていませんから」
「では、話を戻しますが……今後の動きはどうします?」
「虎杖君には吉野順平の監視を頼もうと思っています。特級呪霊が関係している以上、彼を戦闘に巻き込むのはリスクが高い」
「それならコソコソ探るより、適当な理由をつけて吉野順平の家に宿泊させてください。もうこちらが彼を疑っているのはバレていますし、虎杖君がいることで抑止力になるならそのほうがいいですから」
「わかりました。伝えておきます」
「それから一つ追加情報を。その吉野順平ですが、学校でイジメを受けていたようですよ。映画館の被害者三人と他にも数名の生徒からタバコの火を顔面に押し付けられたり、殴る蹴るの暴行を受けている様子が監視カメラに映っていました」
「復讐のために彼が呪霊と手を組んだ可能性があると?」
「ええ、まあ……イジメで精神的に不安定になっている人間なんて実に誑かしやすいですから。何かに利用するなら、そういう人間です。それに身内が母親一人というのも都合がいい。人質にとるもよし、心をへし折るために殺してもよし」
「……アナタが呪詛師や呪霊ではなくて本当によかったです」
「それは同感だな。治療、終わったぞ」
心底安心したような七海君のため息混じりの言葉に続く家入さんの声。
多分、隣にいる伊地知君も全力で頷いてますね。
揃いも揃って私を何だと思っているのでしょうか。
「では、また何かあれば連絡します」
「はい。ああ、虎杖君に言っておいてください。死んだらベッドの下やクローゼットの奥に隠してあるものが晒されますから気を付けてくださいね、と」
「勝手に部屋に入ったんですか?」
「いえ、禪院家で掃除を押し付けられたときに色々と見つけてしまうことが多くて……大体の隠し場所はわかってしまうんですよ。まあ、寮の鍵程度なら術式で複製できますし、ピッキングでも開けられますが」
「ちなみに禪院家で見つけたものは……」
「机の上に揃えて置いておくか焼却処分しました」