私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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28.彼女は策を授ける

「七十二時間ジャスト……ギリギリですが提出完了ですね」

 

「セーフ……!」

 

 前回の訪問から三日後。

 真人さんの仕事の様子を見るために、私は再び偽夏油さんが根城にしているアパートを訪れていました。

 

「作業の途中で七三術師が来たときはどうしようかと思ったよ。誘き寄せたの俺だけどさ。タイミングが最悪だったよね」

 

 まあ、作業の妨害になればいいと思っていたのは確かです。

 戦闘が長引けば作業時間を削れますし、致命傷を負わせれば回復する時間も必要になったでしょう。

 七海君は制限時間をオーバーさせることはできませんでしたが、それでも術式の相性が最悪な特級呪霊相手に三十分以上戦闘を継続。更に全身を粉砕する成果を出した大健闘でした。

 全身を粉砕されても死なないということは、やはり肉体より魂に攻撃する術を見つけなければいけませんか。

 

「では、私はこれで──」

 

「ああ、ちょっと待ってくれるかな」

 

 ともかく今回の用事が済んだので出ていこうとすると偽夏油さんに呼び止められます。

 

「以前言った指の回収の件覚えてるかい?」

 

「ええ」

 

「私は私の計画があるんだけど、その前に真人が自分達で考えた計画を試したいらしい」

 

「どんな計画です?」

 

「俺が考えたのは──」

 

 真人さんが語ったのはいかにも呪霊らしい計画でした。

 まず吉野順平の家に宿儺の指を仕掛け、指の呪力に寄ってきた呪霊に母親を襲わせる。

 動揺している吉野順平を唆せば、彼は恐らく自分を苛めていた連中が指を仕掛けたのだと思い込むはず。

 普段は理性が働いて人を殺すことなどできないでしょうが、母親が殺されて動揺している状態なら話は別。

 復讐に走ってもおかしくありません。

 そうなればあの虎杖君のことです。

 絶対に吉野順平を止めに出てくるでしょう。

 

「そこで虎杖君と吉野順平をぶつけて宿儺優位の縛りを科す……ですか」

 

「俺の計画が成功すればそれでいいし、失敗したとしても後で高専が順平の家を調べるときに自然に指を回収できる。完璧でしょ」

 

 大体予想通りの行動に出てきましたね。

 ですが、それを実行するには懸念が一つ。

 

「しかし、今までイジメられて反撃すらできなかった吉野順平が復讐なんてできるでしょうか。仮にイジメの主犯のところに乗り込んでも返り討ちに遭うだけでは? それにイジメの主犯を倒したところで、すぐに虎杖君に拘束されて終わってしまうような気がしますが」

 

「そこは大丈夫。俺が順平に力を与えてあげたから」

 

「力?」

 

 どういうことでしょうか。

 すると、真人さんの隣で黙って話を聞いていた偽夏油さんが口を開きました。

 

「術師と非術師の違いは脳だ。肉体に術式が刻まれていても、脳の構造(デザイン)が非術師であれば、それを使うことはできない。だから、真人の無為転変で脳を術師の形に整えた」

 

 映画館で七海君と虎杖君が戦った改造人間も脳幹のあたりが改造されていたと家入さんが言っていましたね。

 そして、七海君の報告でも彼らは呪霊のように呪力が迸っていたとも。

 それを応用すれば確かに非術師を術師に昇華させることも可能でしょう。

 

「別に順平には虎杖悠仁を倒すほどの成果は期待してないんだ。ただ虎杖悠仁を釣るための餌になってくれればそれでいい。俺の本命は虎杖悠仁が宿儺を頼るほどの憎しみを引き出すことなんだから」

 

「……目の前で吉野順平を殺すことで宿儺との交渉を促すとか?」

 

「話が早いね。それには俺が虎杖悠仁より強いことが大前提だけど、殺したいほど憎い相手を殺せないなら、彼が頼る先は宿儺しかない」

 

 確かに吉野順平が目の前で殺されれば虎杖君も覚悟を決めるでしょう。

 それに、彼は所謂キレてから強いタイプですからね。

 しかし、七海君に釘を刺されましたし、あまり無茶なやり方はやめておきますか。 

 

「ちなみに吉野順平の術式は?」

 

「毒だったよ。呪力から毒を精製する術式。分泌は式神の触手を介して行うタイプ」

 

「へぇ……いい術式ですね」

 

 どういう毒を精製できるかにもよりますが、戦闘はもちろんサポートにも役立ちそうです。

 

「では、真人さんの案は却下ということで」

 

「え? 何で? 完全に乗り気だったじゃん」

 

「呪術界は万年人手不足ですから。術式を持っているなら吉野順平は高専に勧誘したいです。貴重な労働力を無駄死にさせるのはいただけません」

 

 葬儀、親族への説明、埋葬、書類の提出、その他諸々……それに何より死体の処理が面倒なんですよ。

 それらしい死亡原因を考えたり、死体を見せられない理由も必要ですし、とにかく私はこれ以上仕事を増やしたくないのです。

 

「そして、勧誘するなら母親が死亡というのもよくないですね。憔悴したまま術師になってもすぐに死ぬのがオチですし」

 

「別に死んだってよくない? 宿儺が復活すれば何百何千って死ぬんだし」

 

「復活すれば……ですがね。どうせ死ぬなら今でなくてもいいでしょう?」

 

「それはそうだけどさ」

 

 真人さんが不満そうにこちらを見てきます。

 あまり庇いすぎても不自然さが目立ちますね。

 死亡者はゼロで収めたかったのですが仕方ありません。

 やはりここは私のやり方でいきますか。

 

「代わりに一つ提案が。ここはもっとシンプルにいきましょう」

 

「ん?」

 

「虎杖君と吉野順平をぶつけるのではなく、虎杖君とアナタをぶつけたほうが手っ取り早いです」

 

「俺? まあ、最終的には虎杖悠仁と戦うつもりだったからいいけど」

 

「第一のプランは普通に戦って虎杖君を体力的、精神的に追い詰めて宿儺と代わらせる。そして、第二のプラン──こちらのほうが私としては宿儺と代わる可能性が高いと読んでいます。人間の心は弱いほうに流れやすい。楽な逃げ道を作ってやれば、そちらに行きたがるものです」

 

「逃げ道?」

 

「彼、呪霊は何度も殺してきましたが、人間を殺したことはないんです。《とにかく人を助けたい》と言って高専に入った人ですし」

 

 理想は立派ですが、現実はそうはいきません。

 被害者を助けられないことはザラですし、何ならトドメを刺して楽にしてあげることが最善の場合もあります。

 

「しかし、そんな人がどうしても人を殺さなければならなくなったとしたらどうでしょう。《自分が殺したわけじゃない》と言い訳するために宿儺に頼る可能性は高いのでは?」

 

 それを聞いた真人さんは、きょとんとした顔で固まったのも束の間、お腹を抱えてゲラゲラと笑い始めました。

 

「君、性格悪いって言われない?」

 

「数えきれないほど言われてきましたよ」

 

 七海君には申し訳ありませんが、私にできるのはここまでです。

 後は虎杖君の心が折れないかどうかに掛かっています。

 まあ、ここで折れてしまうようなら呪術師としてはやっていけませんからね。

 学長との面談で宣言した《生き様で後悔はしたくない》という言葉が嘘でないことを祈りましょう。

 

「いいね。気に入った。早速明日にでもやるかい?」

 

「いえ、一旦待機していてください。計画を進める前に少々やることがあるんですよ」

 

 どうせならこの状況を最大限利用させてもらいましょう。

 今回、絶対に達成しなければいけないのは吉野順平とその家族の保護。

 また、吉野順平が復讐に走ることのないようにケアを。

 そして、できれば虎杖君には理想と現実のすり合わせをしてもらいたいですね。

 今のままでは精神的な成長は望めません。

 

「じゃあ、俺は適当にうろついてくるかな。やるときは声かけてね」

 

「ええ」

 

 真人さんが出ていったのを確認して、私は偽夏油さんに目を遣りました。

 

「いいんですか?」

 

「ん?」

 

「アナタの考えている計画には宿儺が必要なはずですが。真人さんにはああ言いましたが、もしかすると宿儺に頼ることなく、そのまま殺されてしまうかもしれませんよ。彼にはダメージが通らないと聞いていますし」

 

「普通の攻撃なら……ね」

 

 偽夏油さんは薄く笑ってそう言うと、踵を返してビーチチェアに戻っていきます。

 

「もしかして……」

 

◆ ◆ ◆

 

 ある日の早朝。

 私は真人さんと一緒に吉野順平の家に来ていました。

 

「真人さん。液状化して中に入った後、鍵を開けてください。くれぐれも静かに」

 

「はいはい」

 

 真人さんが中から鍵を開けたのを確認して、私は薄く開けたドアの隙間に身体を滑り込ませます。

 そのまま静かに靴を脱ぎ、廊下を進んでリビングへ。

 リビングを覗き込むと奥のキッチンで吉野順平の母親──吉野凪が朝食の支度をしているところでした。

 虎杖君と吉野順平はまだ寝ているようですね。これは好都合。

 そっと吉野凪の背後に忍び寄り、袖口から出した麻酔薬を染み込ませたハンカチで彼女の顔を覆います。

 

「んんっ!?」

 

 そして数秒後。

 意識を失った彼女を静かに床に横たえます。

 では、手早くやるべきことを済ませましょう。

 

「指を」

 

「はい」

 

 真人さんから指を受け取り、わかりやすいように机の上に。

 その下に《里桜高校で待つ》と真人さんに書いてもらった手紙も忘れずに。

 

「このままだと呪霊に襲われてしまうので……」

 

 火災報知機にライターを近付けて作動したのを確認した後、すぐに吉野家から離脱します。

 

「真人さん。適当に変形して乗せてください。虎杖君の脚力だと追い付かれかねないので」

 

「人使い荒いなぁ」

 

 四つん這いで馬のような手足になった真人さんの背中に乗って目指すのは吉野順平の母校である里桜高校。

 

「さて、次の仕掛けです」

 

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