「行方不明者が頻発していたようですが、先日、警察から連絡があり──」
里桜高校で行われるいつも通りの全校集会。
最後の退屈な話がやっと終わり、全体の空気が弛緩したそのときだった。
一斉に消える体育館の電灯。
更にステージの天井からスクリーンが下り、同時にプロジェクターも起動する。
誤作動でも起こしたのか?
誰かのイタズラか?
誰も彼も顔を見合わせていた。
「おい、あれって……」
すると、生徒の一人が何かに気付いてスクリーンを指差した。
それにつられて他の生徒達もスクリーンに目を向ける。
「……は?」
そこで呆然とした声をあげたのは伊藤という生徒だ。
吉野順平にイジメを行っていたグループのリーダーである。
「何で……」
伊藤の目はスクリーンに釘付けになっていた。
スクリーンに映し出されていたのは自分達が吉野に暴力を振るっている様子だ。
監視カメラの映像を拡大鮮明化したそれにはしっかりと伊藤達の顔が映っている。
「これって伊藤先輩だよね?」
「うわ、ひでぇ……」
周りが何か呟くたびに伊藤は全身から血の気が引く思いだった。
クラスの中心。成績優秀。友達も多く、異性にモテ、教師達からの評判も上々。
高校に入ってから作り上げてきた優等生のイメージがガラガラと崩れていく。
(誰がこんなことをした? いや、そもそもこんなもん見られたら俺の高校生活終わりじゃねぇか……)
頭の中で必死に言い訳を考えるが、目の前の映像がある以上、どう取り繕っても言い逃れはかなり厳しい。
遊びの流れ、ふざけていただけ、というには無理がある。
イタズラで誰かが作った映像だと言っても吉野が実際に傷を見せれば本当のことだとバレてしまう。
なら、映像を作ったのが吉野で、傷も自作自演でつけたものだと言うか?
だが、映像が本物かフェイクかはすぐにわかるだろう。
でも──しかし──いや──それでは──いくつも言い訳が浮かんでは消えていく。
その間にもどんどん流れていく映像。
「ショックだわー……」
「伊藤先輩がこんなことしてたなんてねー」
周りのヒソヒソと囁く声に伊藤の精神はついに限界を迎え──彼は優等生の仮面を脱ぎ捨てた。
◆ ◆ ◆
遠隔でスクリーンとプロジェクターを起動させた後、体育館の様子を隣の屋上から眺めていると、それはもう阿鼻叫喚の有り様でした。
さっきまでの人の良さそうな笑顔や態度はすっかりなくなった伊藤は周りを睨み付けて喚き散らしています。
本人達は校舎裏などの人気のないところでイジメを行っていたつもりでしょうけど、人気がないからこそ不法侵入を警戒して監視カメラが設置されていることに気付かなかったとは間抜けでしたね。
それにこの動画をきっかけにイジメを見たことのある生徒や、他にもイジメを受けていた生徒が名乗り出てくるはずです。逃げる隙は与えません。
「これ意味あるの?」
「吉野順平を勧誘するなら余計な柵はなくしておいたほうがいいので」
「ま、それは俺の計画が失敗すれば……って話だけどね」
闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え。
真人さんの詠唱と同時に里桜高校に帳が降りていきます。
「帳の効果は?」
「外からは入れる。内からは出られない。あくまで呪力の弱い人間はだけど」
帳が降りたことを確認して偽夏油さんは一足先に去っていきました。
それから十分もしないうちに虎杖君と吉野順平が到着します。
「さて、働くとしようか」
「くれぐれも吉野順平は巻き込まないでくださいよ。仕事が増えるので」
「はいはい。愚かな
そう呟いて真人さんは屋上から飛び降りていきました。
さて、私も仕事をしましょうか。
ゴソゴソと袖口を探って取り出したのはメカ丸君特製のミニメカ丸という通信用の傀儡。
帳を張られると副次効果で電波が通らなくなってしまいますからね。
作戦が決まってからメカ丸君に発注したのですが、短い期間でよく仕上げてくれました。
私の手から離れた傀儡はピョコピョコと跳ねながら虎杖君に向かっていきます。
「おわっ!?」
「虎杖君?」
「いや、何か耳に──」
虎杖君の耳にたどり着いたことを確認して送信用の傀儡から呼び掛けます。
「もしもし。聞こえてますか?」
「え? 禰々さん!? 何で?」
「里桜高校に帳が降りたと報告があったので……どうせ制止も聞かずに飛び出してきたのでしょう?」
「うっ……今度は絶対に死なねぇようにするから! 順平もいるし大丈夫だって!」
正直、私にとって《絶対》だとか、《大丈夫》だとか、《何とかなる》という言葉は何の信用にも値しない言葉なのですが。
五条さんもよく口にしますが、結局私が尻拭いに動く場合が大半ですし。
まあ、今回の件はこれから虎杖君が呪術師としてやっていけるかの分水嶺です。
しくじればそれまでのこと。
「吉野順平にその傀儡を渡してください。虎杖君は帳を降ろした犯人の対処。吉野順平には生徒の避難を頼みます」
「おう! じゃあ、そっちは頼むぞ順平!」
「え……ええっ!?」
虎杖君は傀儡を吉野順平に投げ渡すと校舎へ乗り込んでいきます。
戦闘が始まれば私にできることはほとんどないですからね。
後は彼がこの戦いの中で成長してくれることを信じるだけです。
「もしもし、あの……」
では、次は吉野順平の件を片付けるとしましょうか。
「時間がないので手短に。まずは体育館に行ってください」
「は、はい……」
「少々騒ぎになっていますがお気になさらず」
「騒ぎって……え……?」
体育館に入った途端、スクリーンに大きく映し出された映像を見て呆然とする吉野順平の前に、人混みをかき分けて伊藤が飛び出してきます。
「何だよこれ! オマエ何か知ってんだろ!」
「何かって……」
「余計なお世話だと思いましたが、力を得たことで復讐に走られても困るので、先んじて手を打たせてもらいました」
ここで彼に暴れられるとデメリットしかありませんからね。
五条さんが庇うでしょうが、余計なレッテルを貼られた状態で転校するのも気まずいでしょうし。
「《強者に愛を》、《弱者に罰を》、《愚者に死を》なんてことを言っていた宗教団体がいたんですけどね。弱者が泣き寝入りして、強者が何の罰も受けずのうのうと生きてるなんておかしな話だと思いませんか」
「そうですね……因果応報、天網恢恢疎にして漏らさず──それがあるべき社会の姿です。強者だって罰を受けないと釣り合いが取れない」
「おい! 何ブツブツ言ってんだ!」
「オマエはこうされるだけのことをしてきたじゃないかって話だよ」
「テメェ……!」
伊藤が吉野順平の胸ぐらを掴み上げますが、以前のような怯えた様子はありません。
やはり力を得ると肝が据わるものですね。
「パニック状態で動かれるのは色々と面倒なので体育館にいる全員を気絶させてください。本来、非術師に術式での攻撃は呪術規定違反ですが、今回は戦いに巻き込まれないための措置ということで報告するので」
「わかりました」
次の瞬間、伊藤と外村を除いた全員が体育館の床に崩れ落ちます。
「なっ……!?」
「死にはしないよ。眠らせただけだ」
真人さんが脳を調整したのが数日前。
この短期間でここまで術式を使いこなしますか。
ますます欲しくなりましたね。
「本当はオマエが立てなくなるまでぶん殴ってやりたいよ。でも、オマエにはもう罰を下してくれた人がいるみたいだからさ。精々噛み締めろ」
「っ……!」
激昂した伊藤が拳を振り上げるより早く、吉野順平の有するクラゲの式神が毒を注入します。
力なく倒れた伊藤を一瞥して、続いて外村に視線を向ける吉野順平。
「吉野……」
「先生、ちゃんと見たよね? 忘れないでね。これがアンタが見えてなかった現実だ」
「吉野……俺は……」
外村が何か言うより早く、彼もまた床に倒れ伏します。
「全員気絶させました。多分、一日経てば目を覚ますと思います」
「ありがとうございました。では、そのままそこで待機してください。素人のアナタが戦いにいくと流れ弾で殺されかねないので」
「はい。あの……何でこんなことを?」
「仕事を手伝っていただいた対価ですよ。アナタと接触していた呪霊は祓除の対象ですから。アナタが彼の興味を引いてくれたおかげで逃がさずに済みました」
「祓除……? ちょっと待ってください! 真人さんは悪い人じゃ──」
「アナタの倫理観では手当たり次第に人を殺している存在が悪ではないと言えるのでしょうか?」
「それは……」
「《俺は君の全てを肯定する》、《君には才能がある》──そんな言葉をかけられましたか」
「────!」
その反応から察するに図星のようですね。
否定され続けて生きてきた人間は一度肯定してあげればすぐこちらに傾倒するんですよ。
真人さんにとってこれほど誑かしやすい人間もいなかったでしょう。
「一度冷静になることをおすすめしますよ。もう君を縛るものはないんですから。これからのことをゆっくり考えてください」
こういうのは七海君の担当なんですけどね。
私はどちらかというと真人さんに近い思考ですし。
バカにされれば倍にしてやり返し。暴力を振るわれれば社会的に抹殺し。相手が再起不能になるまで絶望のドン底へ叩き落とす。それが私です。
「さて、こちらはこれでいいとして……後は虎杖君ですね」
吉野順平のいる体育館から虎杖君が戦っている校舎へ視線を移します。
ダメージが通らない。触れられたら終わり。
戦闘経験豊富な七海君でも苦戦した相手です。
虎杖君でも分が悪いと思いますが、偽夏油さんの様子からすると虎杖君には何か真人さんに対抗できる手段があるようでした。
「私の推察が正しければ……」
すると、そのとき校舎の壁を突き破りながら虎杖君がグラウンドに飛び出してきます。
更に虎杖君に続いて真人さんもグラウンドに。
「ん?」
そこで気付いた一つの異常。
真人さんの顔を見ると一筋の鼻血が流れていました。
あの真人さんが明らかなダメージを受けているということは……。
「当たり……ですね」
虎杖君は宿儺の器。常に肉体の中に他者の魂が存在している状態です。だから私達が捉えられない魂の輪郭を知覚できる。
これは賭けになりますが、もしも真人さんが虎杖君の裡にある宿儺の魂に触れたとすれば、呪いの王と称される宿儺が真人さんの意図通りに動くでしょうか。
何せ王と称されるくらいです。
同じ特級の中でも格下の真人さんのいいようにされるとは思えません。
そして、グラウンドで二人が殴り合う中、一瞬の隙を突いて真人さんがついに虎杖君に触れました。
「君じゃ俺に勝てないよ。さっさと代わんなよ、宿儺にさ」
さあ、どうなるか。
私の予想が外れていたならここで全ておしまいですが……?
緊張の一瞬──その結果は。
「代わんねぇよ。言ったよな。ブッ殺してやるって」
呆然とした表情の真人さんを虎杖君の頭突きが襲います。
真人さんの掌に触れたにも関わらず何の変化もなし。
「偽夏油さんが余裕だったわけです」
虎杖君がやられるはずがないとわかっていたんですね。
少なくとも宿儺に無為転変は通じません。
そのうえ、ダメージを無効化できる特性まで潰されています。
後は持久力の勝負。
虎杖君の体力が尽きるのが先か、真人さんの呪力が尽きるのが先か。
「おっと……七海君も来ましたか」
すると、真人さんが拠点にしていた地下道で残された改造人間の処理に当たっていた七海君がここで合流します。
いいタイミングですね。
残る心配は──
「お゛えっ」
真人さんが胃の中にストックしていた改造人間を吐き出します。
改造人間に虎杖君の相手を任せて七海君から片付けるつもりですね。
「さて、この局面を乗りきれるかどうか」
仲間が敵に襲われて危機に陥りました。でも、僕は敵を殺せませんでした。なぜなら敵も人間だったからです。
そんな考えではこの先通用しません。
しばらく改造人間から逃げていた虎杖君ですが──
「……殺しましたか」
歯を食いしばりながら三体の改造人間を殺害。
ようやく覚悟を決めたようですね。
こうなると彼は強い。
七海君と再び合流し、真人さんに攻撃を仕掛けていきます。
二人がお互いに作った隙に絶え間なく攻撃を浴びせかけていたそのとき、パカリと真人さんの口が開きました。
そこには二対の手で組まれた掌印が。
ああ、これは少々まずいですね。
「領域展開──自閉円頓裹」
突如として空中から無数の手が現れて領域を構築していきます。
その
七海君にはこの状況で有効な領域対策の術がありません。
できれば手出しは避けたかったのですが、ここで七海君を見殺しにはできませんからね。
私が袖口に手を入れたその瞬間──
「おや……?」