「お疲れー」
「どうも」
目の前に差し出された缶コーヒーを受け取って顔を上げると、やはりそこにいたのは五条さんでした。
「どう思った? 悠仁のこと」
「率直に言えば……しっかりイカレてますね」
危機的状況だったとは聞いています。しかし、その最中、躊躇なく宿儺の指を飲み込むなんてことは普通の人間にはできないでしょう。
そして、何より死刑執行を待つ現状を難なく受け入れているあたり、相当頭のネジは飛んでいるようです。
合水和泥──自己犠牲が極まったようなあの性格は私は苦手ですね。
「特に深く考えずに直情的に動けるところは五条さん好みでしょう。それが後々致命傷にならないといいんですが」
「ま、何とかなるでしょ」
「はぁ……何とも楽観的ですね。希望的観測ばかりしていないで事実に基づいた論理的な判断をしてください」
「ちゃんと考えてるさ。悠仁は僕に並び立つ術師になる。これは確信だよ」
「……その過程で何人犠牲になるんでしょうね」
「嫌なこと言うねぇ……」
私の言葉を聞いた途端、五条さんは痛いところを突かれたと言わんばかりに顔をしかめてみせます。
しかし、こればかりは避けて通れない問題ですからね。
虎杖君の死刑保留は宿儺を完全に制御できることが前提。
それでも虎杖君の性格からして、このまま宿儺を閉じ込めたまま呪術師を続けていくなんてことはできないでしょう。身体能力は抜群ですが、呪術に関しては完全な素人。任務で危機に陥れば必ず宿儺と代わろうとするはずです。
特に仲間が危険な場合は《何でもするから助けてくれ》なんて不用意なことを言い出しかねません。
「私は別に今すぐ虎杖君を死刑にしても構わないということをお忘れなく」
「本人の人柄見てもまだそっち側?」
「人柄を見たからこそですよ。人が死んでから覚悟を決められたのでは遅すぎるんです」
「さっきからグサグサと痛いところを……」
「生かすなら生かすで、せめて最低限の知識をつけさせないと近々死にますよ。上が何も仕掛けてこないなんてありえませんし」
「だよねぇ……もういっそ悠仁の教育も禰々に頼もっかなー」
軽い調子で仕事を追加しようとしてこないでほしいのですが。
大体、私は戦闘は不得手ですし。
「それはアナタの仕事でしょう。他にも色々と伊地知君や生徒に自分の仕事押し付けてますよね? あまりにもサボるなら缶詰にしてでも仕事をしてもらいますけど?」
「ハハッ、どうやって最強の僕を缶詰にするって言うの──」
「これで」
袖から取り出したものを五条さんとの間に置きます。
六面の表面それぞれに目玉が描かれているルービックキューブ大の立方体。
それを見た五条さんの顔はヒクヒクとひきつっていました。
「ちょっ……と待って、禰々。これはヤバい。僕の勘が全力で警報鳴らしてるくらいヤバい」
「そうでしょうね。何せ五条さんに対抗できる数少ない呪物の一つですから」
生きた結界。
源信の成れの果て。
発動条件はあるものの、封印できないものはないという堅牢さを誇る呪物。
「特級呪物──獄門疆です」
「マジかー……」
「私の持つありとあらゆるツテを使って頑張って手に入れました」
「頑張って手に入るようなものじゃないでしょ……というかこれって個人で所有していいものなの?」
「普通は高専の忌庫行きですけど、五条さんが暴走したときの切り札が減りますからと上を適当に言いくるめて今は私の私物扱いですよ。ですから勝手に破壊や封印はしないでくださいね」
「何? 謀反? ついに?」
「さすがに私もこれを使いたくはないですよ。五条さんがしっかり仕事をしてくれるなら必要ないものなんですが」
「はぁー……禰々って優秀だけどさー、そういうところマジで苦手なんだけど」
「奇遇ですね。私も五条さんのことはマジで嫌いです」
そんなこと昔からわかっていたでしょうに。
あのときからずっと。
「悠仁のことに話を戻すけど、そう死刑死刑言わずに、せめて見守っててやってくれない?」
「規定側の人間にそれ言います? それに私のスケジュールは既に限界まで詰まってるんですが。五条さんが私に押し付けた諸々のせいで」
袖から出した手帳を開いて五条さんの顔にグリグリと押し付けてみます。
五条さんの目なら目隠し越しでもページが真っ黒になるほど書き込まれたスケジュールは見えているのでしょうか。
「あー……いや、それは……うん、まあ、その、何ていうかさ、僕も忙しいし……」
「ふーん? そうですか。ところで……生徒が死にかけているのに呑気にお土産を買っていた大馬鹿な教師がいたらしいんですがどう思います?」
すると五条さんの動きが電池が切れたおもちゃのようにピタリと止まりました。
おや、何か心当たりがあるのでしょうか?
なんて……知らないはずはないですよね。何せご本人なのですから。
私が監視カメラの映像と伏黒君の報告をもとに手帳に記した情報を読み上げてあげましょう。
「特級呪物紛失の連絡が六月■日の■時■分。五条さんが仙台に到着したのが翌日の■時■分。駅構内の監視カメラの映像から店内を物色していた時間が■分。そして仙台駅から杉沢第三高等学校まで通常なら車で一時間半。五条さんの高速移動なら■分といったところでしょう。伏黒君の報告によると受肉したのが■時■分ですから……お土産なんて買わずに真っ直ぐに現場へ向かえば受肉の阻止には十分間に合ったはずなんですよね」
特級呪術師──それも現代最強呪術師と称される五条悟が職務放棄。その結果、特級呪物が受肉。
五条さんの職務放棄は大して珍しくもないことですが、それで特級呪物が受肉したと知られればとんでもないスキャンダルです。
「禰々……一応聞くけどその情報って……」
「私のところで止めてありますが。この情報が伝われば上層部は嬉々として五条さんを蹴落としにかかるでしょうね。そうなれば虎杖君は即死刑執行」
サボっていた本人がいくら弁明したところで意味はないでしょうね。真っ当に仕事をしていれば防げたのですから。よくて呪術界追放。最悪の場合、意図的に両面宿儺の復活を目論んだとか言われて虎杖君諸とも死刑ですか。
「虎杖君も自分の人生が地元の銘菓によって狂ったと知ったらどういう反応をするでしょうか。虎杖君の性格からすると《それでも宿儺を食ったのは俺が決めたことだから》なんて言いそうですけど」
五条さん、よく言ってますよね──若人から青春を取り上げるなんて何人たりとも許されていないんだ、って。
「しかし、大人の怠慢で若人を血みどろの青春に突き落とすのは果たして許されることなのでしょうかねぇ?」
「あー! あー! 聞こえなーい!」
「アナタが五条悟ではなかったらさっさと見限って切り捨てるんですが。失脚されると虎杖君や伏黒君を含めアナタに救われている術師が上に消されることになりますし、それを好機とみた呪詛師や呪霊も一気に動き出すでしょう。そんな面倒事は私も避けたいところです。血筋に恵まれましたね」
「こういうこと言うから苦手なんだよ……先輩への敬意とかないわけ?」
「信用も信頼もなければ尊敬もしてませんが?」
「ひどっ! 僕泣きそー 」
えーん、とわざとらしい泣き真似をしている五条さんですが、これで傷付くような柔な性格してませんよね。
そもそも私の五条さんへのプラスの感情がなくなったのはアナタの自業自得でしょう。
「《禪院筋が後輩とかマジありえねーんだけど》」
「うっ……
「忘れるわけがないでしょう。入学初日に初対面であんなことを言われたら」
もらった缶コーヒーに口をつけながら私が高専に入学した頃を思い返してみます。
「学生時代の五条さんがいかにクズだったか虎杖君達に暴露して私の評価が正しいことを証明してもらいましょうかねぇ?」
「あ、あれはさぁ……若さゆえの過ちというか……」
「それではマイナスに振り切っている信用を取り戻すために仕事に励んでください。これ、次の任務の資料です」
「はーい……」
資料を手に去っていった五条さんが顔にくっきりと写った予定に気付いて戻ってくるまで後十秒。
星漿体の件が終わったところでストックがなくなるんですが、参考までにお聞きします。後の展開としてメロンパンをボコるために夏油の闇堕ちは──
-
あり。メロンパンはボコろう。
-
なし。夏油様の闇堕ちなど許さない。