「なぜ私の推薦にこだわるのですか」
七海は目の前で焼かれる肉を眺めながら、対面にいる男に問いかけた。
二級術師──猪野琢真。
黒のニット帽がトレードマークの彼は優秀な術式を持ち、相応の実力もあるというのに昇級を断り続けているという風変わりな男だった。
「君の術式なら準一級くらいすぐなれます」
「やっぱ《筋》って大事だと思うんスよ。特に呪術師みたいに血生臭い職業は」
網の上の肉を手早くひっくり返しながら猪野は話を続ける。
「でも、俺は頭悪いから筋の通し方がわからなくなることがある。だから迷ったとき、こう考えるんです──
七海を行動の指針にしておいて、それで七海に認められないまま一級になるのは嘘だと猪野は言う。
「それが君の通す筋ですか……」
「七海さんは悩んだときってどうするんスか? やっぱり頭いいから自分で結論が出るまで考え抜くとか?」
「基本は一人でじっくり考えたいですが、私だって他の人を頼るときはありますよ。自分の考え方ではどうにもならなくなったとき、別の視点で考えるということは大事ですから」
追加で注文したマッコリを受け取りつつ、七海は話を続ける。
「どうにもならない……特に常識的なやり方では無理だという状況に陥ったとき、私は決まって──
幼少の頃から呪術に触れてきたにも関わらず、彼女は呪術に囚われない。
凡そ武器とは思えないものを使って攻撃を仕掛けたり、地味な精神攻撃で心を先にへし折ってきたり。
「彼女は手段を選びません。その上、自分のやり方にこだわらない」
「こだわらない?」
「ターゲットを倒せるなら誰がどんなやり方で倒してくれてもいい──彼女ばかり警戒していると別の誰かに脇腹をブスリとやられることもあるわけです」
学生時代に七海と灰原が五条にイタズラを仕掛けたときのように。
あのときはイタズラを仕掛けてくるのが禰々だけだと油断していた五条の隙を突いたわけだ。
「何なら相手が勝手に自滅してくれるのが一番いい──そんなことを平然という人ですからね」
◆ ◆ ◆
領域が閉じるまでの刹那、七海は己の持ち得る手段を総動員して思考した。
術式で対処できるか──否。
呪力で受けるか──魂までは守れない。
領域が閉じるまでに脱出できるか──結界の縁には僅かに届かない。
領域展開して押し返せるか──領域展開は修得していない。
(ここまで……ですか)
自分ではここが限界。
ならば、と七海は思考を切り替える。
(禰々さんならどうするか)
手段を選ばない彼女ならどうやってこの局面を切り抜けるのか。
思考のトレースなんて真似はできないとしても、彼女のことはずっと見てきた。
何かヒントはないものか。
常識、倫理、道徳──この際全て無視だ。
今までの経験も当てにしない。
彼女なら──
(相手が勝手に自滅してくれるのが一番いい……)
虎杖──無為転変──宿儺──領域──必中。
七海の頭に瞬時に過った一つの閃き。
それと同時に七海は領域の外に分断されかけていた虎杖に向かって反射的に手を伸ばしていた。
そして、虎杖も咄嗟にその手を掴むが、領域をかわそうとしていたせいで七海を引っ張り出すには体勢が不安定過ぎた。
(クソッ……このままじゃ……!)
虎杖は悔しげに歯を食い縛るが、七海はそれでもよかった。
どうせこのままでは死ぬ。
なら、僅かでも生き延びる可能性が高い一手を。
領域が閉じるより一瞬早く、七海は虎杖を
「えっ!? ナナミン!?」
だが、今だけは話が違った。
たった一歩領域へ踏み込ませただけ。
それだけで絶体絶命の状況は一気に覆る。
領域による必中効果──それは虎杖の裡にいる
(まさかコイツ……気付いたのか!?)
真人は先ほど宿儺に触れ、その圧倒的な存在感から格の違いを理解していた。
だからこそ、領域を展開する際に虎杖と七海を分断しようとしたのに。
通常、領域に侵入することにメリットはない。
それを重々理解しているであろう七海が虎杖を領域に引き入れるなんて誰が考慮するだろう。
(最悪だ……!)
絶望する真人の前に宿儺が現れる。
領域内の必中効果によって真人は自らの意思に関わらず、再び宿儺の魂に触れてしまったのだ。
「言ったはずだぞ。二度はないと」
呪いの王の魂に無遠慮に触れるという愚行。
それも二度目となれば慈悲はない。
スッと宿儺が指を振ったその瞬間、真人の左肩から右の脇腹にかけて大きく斬撃が走る。
そんなダメージを受けて領域を維持できるわけもなく。
崩壊した領域の中央で真人は無防備に崩れ落ちる。
(今なら殺せる!)
千載一遇の好機。
真人に向かって全速力で距離を詰める虎杖。
だが、真人も己に残された僅かな呪力を振り絞り、自身の体を最大まで膨張させる。
(最後の
そして、 真人に炸裂する虎杖会心の一撃。
真人はひとたまりもなく破裂する──が、そのあまりの手応えのなさに一瞬だけ虎杖の集中が途切れた。
(軽すぎる……!?)
その一瞬が真人の逃亡する隙を作り出してしまった。
「バイバぁーイ。楽しかったよ」
ボロ切れのようになった真人はスルリと虎杖を躱して近くの排水口へ飛び込んだ。
七海が追撃するも僅かに間に合わず。
更に、ここで虎杖にも限界がきて倒れてしまったことでやむを得ず追跡は断念することとなった。
「逃げられましたね……まあ、最低限の目標は達成したのでよしとしましょうか。さて、事後処理の時間です」
◆ ◆ ◆
後日──
「禰々、忙しいところ申し訳ないんだけどさー……」
「はい。吉野順平の転校手続きの書類です」
「吉野順平を転校生として迎えたいんだ……って、え? 早くない?」
「どうせこうなるだろうと思っていましたから」
斯くして高専に新たな仲間が加わることになった。
三十話読了ありがとうございます。今回のストックはここまでです。
今回は順平を救おうとした結果、イタズラではなく断罪系の展開となってしまいましたが、次はまたどんどんトラップを仕掛けていきたいですね。
それではまた次回もどうぞよろしくお願いします。