「こんばんは」
里桜高校での一件の後、羂索達が根城にしているマンションを禰々は訪ねていた。
手土産に拘束した呪詛師を数人引きずって。
「君、段々当たり前のように出入りするようになってきたね……後、後ろのそれは何だい?」
「真人さんのために連れてきたんですよ。先日の虎杖君達との戦いで何人か改造人間を使ったでしょう? 補充が必要かと思いまして」
「助かるー。体を戻す前にソイツら改造してから行こうかな」
「ああ、改造する前に組織の情報などを聞き出したいので手伝ってもらえますか?」
「了解」
真人は禰々から呪詛師を受け取ると適当に砂浜へと転がしていく。
「で、どうするの? 俺、拷問とかやったことないんだけど」
「うーん……海があるのでまずはオーソドックスに水責めからいきましょうか。殺すのが目的ではないので少しずつ海水を──」
「おー、戦闘みたいな緊張感はないけどこれは中々……魂が面白いくらいに揺れ動いているよ」
嬉々として呪詛師に拷問を始めた二人を見て、羂索は思わず頭を抱えた。
何かを間違えた気がする。
絶対に混ぜてはいけないものを混ぜ合わせてしまったような。
今まで散々悪事に手を染めてきた羂索だが、これは何か違う。
悪意のベクトルがまるで違うのだ。
「真人さんは魂の構造は理解していても肉体の理解がまだまだ浅いと思います。たとえばここの骨はこうやって力を加えると──」
「前に夏油が魂は肉体であり、肉体は魂であるなんて言っていたけど、肉体が魂を凌駕することはあるのかな? 夏油、どう思う?」
「ああ、うん……どうなんだろうね」
それから数時間、陀艮の領域には呪詛師達の汚い悲鳴が響き渡った。
「ざっとこんな感じです」
「こんなやり方があるとはね。勉強になったよ」
「では、もう必要な情報は引き出せたので改造して大丈夫ですよ」
「はーい」
もう身も心もボロボロになって抵抗する気力もない呪詛師達にトドメを刺すように真人は片っ端から改造人間に変えていく。
彼らもまさか自分達の最期がここまで酷いものになるとは想像していなかっただろう。
だが、この性格最悪コンビに会ってしまったのが運の尽きだ。
(ああはなりたくないね)
惨状を
「終わったかい? なら禰々には少し聞いてほしいことがあるんだけど」
「何でしょうか?」
「ああ、そろそろ君にも交流会での計画を話しておこうと思っていたんだ」
◆ ◆ ◆
とある山麓の温泉で漏瑚と真人はそれぞれの戦いで消耗した呪力を回復させるために休んでいた。
「真人、オマエも随分と消耗しているな」
「あ、バレたー? 宿儺と器、アイツら天敵でさー」
プカプカと温泉に浮かびながら真人は虎杖との戦闘を思い出す。
死を意識したことなんて初めての経験だった。
随分呪力を削られたが、そのおかげで領域展開を得られたのだから御の字だろう。
そこまで思い出したところで「あー……いや、あの七三術師もそれなりに厄介だったか」と苦い顔で真人は呟いた。
(ときには自己犠牲も厭わないタイプだとは思ってたけど、まさか虎杖悠仁を自分から領域に引きずり込んで、領域の必中効果で俺に宿儺をぶつけるなんてことをされるとはね……)
あんなギャンブルを仕掛けるタイプだったとは想定外もいいところだ。
宿儺が気まぐれを起こさなければ二人とも死んでいたというのに。
何が彼に影響を与えたのかは知る
「何だ? 七三?」
「いや、何でもないよ。それより漏瑚。宿儺に触れてわかったけど、とりあえず夏油のプランを軸に進めていいと思う」
真人はゆるりと頭を振って先日のことを一旦記憶の底に押し込んだ。
今はそれ以外にやらなければならないことがある。
「指を全て集め、宿儺に献上する……か。結果、ワシらが全滅してもだな」
ニヤリと漏瑚は笑みを浮かべた。
漏瑚達が目指すのは呪いが人として立っている世界。
その世界が実現できるならば、そこに自分達がいる必要はない。
「じゃ、まず高専の保有する七本の指を回収するよ」
そう言って羂索は計画の詳細を語り始めた。
まずは花御の力で高専の結界を突破。そのまま陽動として派手に暴れてもらう。
その裏で真人には本命の宿儺の指と呪胎九相図の回収を。いくら天元が結界で忌庫に通じる扉をランダムに変えても、指に付けておいた真人の呪力で作った札のおかげで場所を特定するのは容易い。
もちろん花御一人が陽動を頑張っても五条が辿り着けば祓われてしまう。稼げる時間は数分もないだろう。
それを避けるために今回は強度のテストもかねて嘱託式の帳を使用する。五条のみ侵入できないという条件で強度を底上げした帳で時間を稼げば、真人が呪物を奪取して離脱するには十分なはずだ。
「ただ……この計画を実行するにあたって禰々からちょっと面倒な要求があってね」
「面倒な要求? 何だ?」
「花御の負担を減らすために真人には高専の術師を間引いてもらうつもりだったんだけど、それはダメだそうだ」
この計画を伝えたとき、禰々から返ってきたのはまたも冷たい視線だった。
「その死んだ術師の仕事は誰がやってくださるんです? 五条さんを封印する前に過労死するつもりですか?」
禰々は袖口から取り出したタブレット端末を操作して羂索へと見せる。
そこに表示されていたのは数枚のリスト。
「交流会の当日、高専にいる術師のかたがこれだけいて……それぞれの抱えている任務のリストがこれで……更に五条さんが面倒臭がってその人達に押し付けるであろう任務がこれだけあって……」
「うっげ……」
羂索が辟易するほど、リストには細かい文字でびっしりと任務が並んでいる。
場所は北海道から沖縄まで。等級そのものは二級以下の任務が大半だが数が多い。これを渋谷での計画の準備と並行しながら消化していくのは如何せん無理がある。
「これを全部こなしてもらえるなら私は別にその計画でも構いませんよ?」
禰々はこともなげにそう言うが、羂索にはそれが不気味だった。
(脅されている人間の態度じゃないだろ……)
主導権はこちらが握っているはずなのに。
彼女は自分が殺されないために、こちらに従わざるを得なくなったはずなのに。
どうしてこうも
なぜこちらが尻込みする羽目になっているのか。
「で、どうします?」
「一度持ち帰って検討させてもらうよ……」
羂索は何とか声を振り絞ってそう答えるのが精一杯だった。
「ふむ、一応筋は通っているが……本当にヤツは仕事のことしか頭にないのか? 見方を変えれば仲間が死なないように庇ったとも考えられるぞ?」
「確かにね……真人は彼女についてどう思った? 信じるに値すると思うかい?」
「一応は信じてもいいんじゃないかな」
「根拠は?」
「俺を強くしてくれたこと。禰々のおかげで自分の才能が格段に伸びていってるのを感じるんだよね。どうすれば人間を効率良く壊せるか。逆に壊れないギリギリのラインはどこか。そういう力加減が随分上達したよ」
「へぇ……」
「夏油は俺達の拷問見てたでしょ? そのときも俺が思い付かないようなやり方を色々と見せてくれたしね」
相手に合わせて臨機応変に。最も効率的で最も効果的な方法で。
「虎杖君と戦ったときに何度攻撃しても倒れなかったでしょう? ときに精神は肉体を凌駕します。ですから、こういう場合は心を折るのが手っ取り早いんです」
そして、禰々によって心を折られた彼らは面白いように情報を吐き出したのだ。
ちなみに彼らの最期の言葉は揃って《オマエ性格悪すぎだ!》だった。
「俺はまだまだ強くなれる。今はただ彼女に感謝しかないよ」
「君が強くなってくれるのは歓迎するけど、そういう方向に強くなってほしかったんじゃないんだけどなぁ……」
キラキラと目を輝かせる真人と呆れた様子でため息を吐く羂索。
「まあ、つまり禰々が二重スパイなら俺を強くする理由はないでしょってこと。ただでさえ俺に対抗できる人間は少ないんだし」
「……それもそうか」
(とりあえず様子見かな。中途半端なタイミングで殺して高専に感付かれるようなことは避けたい。有能なら精々利用させてもらおう)