交流会の一日目が終了し、待機部屋に戻る途中で禰々は申し訳なさそうに七海達を振り返った。
「すみません。最後の交流会だというのに私怨を晴らすのに付き合ってもらって……」
「構いません。禰々さんの過去は以前聞いていましたからね。あれだけひどい仕打ちを受けていれば今回の件も仕方ないでしょう」
「でも心配だよ……アイツ、もしかしたら禰々に復讐しようとするかも……」
「ええまあ……今夜にも襲撃があるかもしれませんね」
あの直哉のことだ。
あそこまでコケにされて何もしてこないというのは考えにくい。
「だ、大丈夫なんですか……!?」
「そこはちゃんと考えているので恐らく大丈夫だと思いますが……」
禰々達が待機部屋に戻ると、部屋の前で家入と五条が待っていた。
「お疲れ。七海、灰原、ケガしたところ見せて」
「はい、お願いします」
「お願いします!」
七海と灰原は家入の前に立つとシャツを捲ってそれぞれのケガを見せる。
「んー……二人とも骨まではイッてないね。これならすぐ治せるよ」
家入が手を翳して反転術式を使うとみるみるうちにアザが消えていく。
「京都校の治療はどうしたんです? あちらにも負傷者がいたはずですが……」
「ほとんどのヤツは禰々のトラップにビビって動いてすらいなかったからね。軽傷ばっかりだったからすぐ終わったんだよ。アイツ以外は」
まだまだ暑い九月の始め。
そんな中に六時間近く放置された直哉の右手と右足は繋ぐには無理があるほど傷んでしまっていた。
いくら家入が他者に反転術式を施せても、ない手足を再生するなんてことはそうできない。
あの体では術師を続けていくことは無理だろう。
そして、術師を続けられないということは次期当主の資格も失ったということ。
それは直哉に絶望を与えるには十分すぎた。
半狂乱になって治療台の上で暴れに暴れ、最終的に術師が数人がかりで押さえ込むことになったのだ。
「これじゃ治療どころじゃないからって後は他の人達に任せて逃げてきた。近付いた拍子に殴られたくないし、いくら治療でもあんなヤツの股間に手ェ添えたくないから」
そして、どうやら種馬としての役割すら失ったらしい。
「奪えるものは全て奪ったって感じですね。それでこそ今まで耐えてきた甲斐がありました」
生まれ持った肉体も、術師としての人生も、次期当主の立場も、男の尊厳も──全てを潰しておきながら、それでも命だけは奪わないというのが逆に最悪だ。
これから直哉が味わうのは針の筵どころではない生き地獄だろう。
生かさず殺さず──いつだったか聞いた禰々の主義。
まさにその通りになったわけだ。
「性格悪すぎだろ……人の心とかないわけ?」
自分の性格の悪さを自覚している五条ですら思わずそんな言葉を洩らしてしまった。
すると、禰々は袖口から出したボイスレコーダーを五条に手渡す。
「これを聞いてもそれが言えますか? 私はあれでも足りないくらいだと思っていますけど」
「何だこれ?」
「聞けばわかりますよ」
「聞けっつーなら聞くけどさぁ……僕の悪口でも録音したわけ?」
五条が訝しみながらも再生ボタンを押したそのときだった。
「クソ女ァ!」
禰々達の背後から怒号が響く。
振り向くとそこには目を血走らせた直哉が点滴のスタンドにもたれかかるようにして立っていた。
「よくもやってくれたなぁ……」
直哉はブルブルと怒りに身を震わせながら禰々を睨み付ける。
構築術式では大したことはできないだろうという甘い読みさえしなければ。
呪力のないトラップを警戒するあまり、相手の術式への警戒が疎かになるなど術師としてあるまじき失態だ。
「そんな隙を見せたばっかりに……術師としての将来も……次期当主の座も……全部失った」
それは禪院直哉の終わり。
いくら相伝の術式を持っていても術師として役立たずなら禪院家では人権などないも同然である。
このまま実家に戻れば直哉に待っているのは今まで散々見下してきた兄達や部下からの嘲笑だ。
「でもまあ、もう全部どうでもええわ」
直哉の左手には治療室からくすねてきたメスが握られていた。
「オマエさえ殺せるんやったらな!」
点滴スタンドを派手に倒しながら修羅のような形相で直哉は禰々に突進する。
右の手足を失くした状態でも術式を使える技術は見事だが、最速まで加速できたのは手足が揃っていたときの話。
加速の甘い今ならば──
「フッ!」
禰々と直哉の間に割り入った七海が突き出されたメスを鉈で弾き飛ばす。
「邪魔すんなやザコが!」
「禰々さん、急いで避難してください。今の彼は何をするか──」
「いや、いいよ」
禰々を逃がそうとする七海を制して直哉の前に出てきた五条。
その身には周りの人間が息苦しくなるほどの呪力が迸っていた。
「さ、悟君……!?」
「おい……これオマエが言ったってことで間違いねぇのか」
五条の手元にあるボイスレコーダーからは、夏油のことを身の程知らずと評する直哉の音声が流れていた。
今朝の会話を禰々はしっかり録音していたのだ。
五条から常人ならすぐさま卒倒するほどのプレッシャーを受けながらも直哉は何とか声を絞り出す。
「じ、事実やろ! 大体、悟君だって親友なんて言われて正直迷惑しとったん
「オマエが僕達の何を知ってるっつーんだよ。迷惑なんて思ったことねぇし、アイツは今でも僕の親友だよ」
五条の六眼が直哉を射貫く。
既にボイスレコーダーは五条の手の中で塵に変えられていた。
こんなもの一秒足りともこの世に残しておきたくない。
「禪院の助けになるのは業腹だけど、これはさすがの僕もスルーできないね。どっちが身の程知らずだったかちゃんと理解してもらわないと」
「五条、殺すなよ?」
「ああ。ちょっと出来損ないの腐ったミカンをどうするか
「ま、待っ──」
「じゃあ、京都の本家まで一緒に行こうか。僕ならすぐ着くから言い訳考える暇なんてないよ」
そのまま五条は直哉を引きずって闇の中へと消えていった。
直哉は最後までわかっていなかった。
禰々は手段を選ばない。
行儀よく一対一で戦ってやるほど禰々は真っ当な性格はしていないのだ。
「夏油をバカにした代償は大きかったな」
すると、そう呟いた家入の横で「すみません、家入先輩」と禰々が小さな声で謝った。
「ん?」
「私、夏油先輩のために怒ってませんでした」
直哉を痛め付けている間、禰々は夏油のことなんてこれっぽっちも考えていなかった。
ただ千載一遇の好機を逃したくなかったのだ。
ルールに則った上で禪院直哉の全てを奪えるこの好機を。
夏油への侮辱も、五条の激怒も、禰々にとっては直哉を追い詰めるための駒でしかない。
しかし、家入は「何だ、そんなことか」と何でもないように言ってタバコを取り出した。
「私も同じだから気にしなくていいよ。本当は夏油のことを知らないヤツがどこで何言ってても別にどうでもいい。ただ可愛い後輩をイジメてたヤツにムカついたから、夏油のことを理由にして《どっちが身の程知らずかわからせてやれ》って言ったんだ」
かつての学友をバカにされたから──という建前があったほうが都合がよかった。それだけの話だ。
その後、五条と禪院家の間でどのような
しかし結果として、あれだけ直哉を痛め付けたにも関わらず、禪院家から禰々に一切のお咎めはなかった。
「連れ戻されて座敷牢にぶちこまれるくらいは覚悟していたんですけどね」
と、禰々自身も拍子抜けするくらいに事は綺麗さっぱり片付いたのである。
翌日、直哉は欠席という形で予定通り個人戦は実施されたが、禰々の事前の情報収集によって策を授けられた七海、灰原、伊地知は快勝。
禰々は相手が棄権したことで不戦勝となり、交流会は東京校の一方的な勝利で幕を閉じた。
後になって聞いた話だが、直哉は特別一級術師の認定取り消しの上、高専を退学。実家に戻ったものの、様々なショックに耐えきれなかったのか、部屋に引きこもってうわ言を呟くばかりになってしまったそうだ。
三十六話読了ありがとうございます。今回のストックはここまでです。
本当は現代の交流会を終わらせるところまで書きたかったのですが、直哉を好き放題痛め付けたら満足してしまったんですよねぇ……。
この過去の交流会編は中々悩みましたが、前話では二十件以上の感想をいただけて本当に嬉しかったです。
もしかして皆さん直哉がやられる様を期待されていたのでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。
さて、次回は現代編に戻って交流会を進めていきたいと思っています。
色々と忙しいので、また期間が空くことになると思いますが……。
それではまた次回もよろしくお願いします。
今更ですが……五条や直哉など被害者の会のキャラが推しだという読者の方々は、この小説をどんな気持ちで読んでくださっているのでしょうか?
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ゲラゲラ笑っているので問題なし
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推しが犠牲になるのを涙を流して見ている
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推しが犠牲になる回は読んでいない
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その他