放送室に入った禰々は袖口からタブレット端末と通信用のミニメカ丸を取り出す。
「真人さん、聞こえます?」
「お、来たね。問題ないよ」
「指の位置はわかりますか?」
「うん。俺がいる門から、まっすぐ一・五キロくらい行ったところかな」
「とすると……」
忌庫への扉は千以上存在する。
しかし、大体の位置さえ割れてしまえば後は楽なものだ。
「緊急連絡です。現在、高専内に何者かが侵入した可能性があります。高専内の術師の方々は私の指示に従って行動してください」
禰々はタブレット端末に表示された監視カメラの映像と真人に持たせたGPSから術師と真人の位置を把握すると、不自然にならないように術師を移動させて真人が通るルートを作っていく。
「忌庫番の方々は気絶させてください。絶対にそれ以上の危害は加えてはいけませんよ」
「はいはい。わかってるって」
人のいなくなった廊下を悠々と進んでいく真人。
ものの五分で忌庫へ繋がる扉まで到着すると、そのまま忌庫番の二名を気絶させる。
そして、一分もしないうちに忌庫から出てくると、その手には宿儺の指と呪胎九相図が入ったカプセルがしっかりと握られていた。
「任務完了っと」
「帰り道は来たルートをそのまま戻ってください」
「了解。あ、そうだ。花御は無事かな?」
「少し待ってくださいね」
禰々はタブレット端末を操作すると甚爾に首尾を尋ねる。
すると、すぐに一枚の写真とともに「瀕死まで追い込んだが植物に潜り込んで逃げていった」と返信が。
「えーっと……一応は無事みたいです。瀕死のようですが」
「マジで? 帳が降りてからまだ三十分も経ってないでしょ?」
「生徒達の連携攻撃と甚爾さんの加勢、五条さんの攻撃が掠ったことで大きなダメージを負ったようですよ」
「トウジ……って誰?」
「生徒の父親です」
「ソイツって強いの?」
「色々な好条件が重なった結果ですが、学生時代の五条さんを倒したことがあります」
「は?」
真人は思わず言葉を失った。
(あの五条悟を倒したって言った? マジで?)
好条件、学生時代──そんな要素があったとしても、あの五条を倒すということは普通ありえない。
呪詛師が束になっても敵わなかったからこそ五条は高専に通えていたのだから。
「何でそんなヤツが来てるわけ?」
「虎杖君が暴走したときの保険ですよ。虎杖君の宿儺に対する強度はまだ不確定ですからね。指を食べさせなくても暴走する可能性がゼロとは言いきれませんし」
「ああ……そう言えば夏油が《高専上層部は虎杖悠仁の器としての強度を計りかねている》って言ってたっけ」
「宿儺に暴走されて困るのはそちらもでしょう? 彼には人間も呪霊も関係ありませんし」
「……まあね」
真人の脳裏に里桜高校で宿儺に触れた記憶が過る。
あれは己の快、不快のみが生きる指針の怪物だ。
下手に刺激すればこちらの計画も台無しになってしまう。
「一応の筋は通ってるのか。監視の名目で呼びつけて本命は花御を祓おうとしてるのかと思ったけど」
「軽率に他人を信じない点は評価しますが……真人さん、仲間思いの人間に有効な手は?」
「……まずは仲間から潰す?」
「その通り。本気で花御さんを倒すなら虎杖君達を退かせてから倒しますよ」
虎杖の情の厚さは美点でもあるが欠点でもある。
仲間が傷付くたびに動きを止めてしまう。視線をそちらへ向けてしまう。目の前の敵から意識を外してしまう。
そんな虎杖を多人数で戦わせるのは悪手──足手まといにしかならない。
だが、花御ほどの特級が相手の場合、まだ虎杖一人では荷が重い。
東堂と組んでトントンというところだろう。
一番手っ取り早いのは虎杖達を退かせて甚爾一人にやらせることだが、今回の禰々の目的は花御を祓うことではないため、あえてスリーマンセルで戦わせている。
(甚爾さんには虎杖君の手本になってほしいところですね。近接戦闘なら甚爾さんは特級呪霊でも余裕で祓えますし)
「渋谷で事を起こす際には架空の任務で九州に行ってもらうのでご心配なく。封印までの時間は稼げます」
「ならいいけどさ」
「あ、そろそろ退却しないと五条さんに気付かれますよ」
「おっと……それじゃまたね」
真人は呪物を抱え直すと元来た廊下を戻っていく。
用が済んだのなら敵地に長居は無用だ。
真人が完全に撤退したのを確認して、禰々は一息吐くと椅子にもたれかかる。
「ここまでは予定通り……ですが……」
タブレット端末に映された写真に目を落として禰々は眉を顰めた。
なぎ倒された木々。深く抉られた地面。
先ほど五条が花御に向けて放った茈によるものだ。
環境保護団体に視察を申請。そして修復費用の捻出。
他にも帳を降ろす際に使われた呪具の精査など仕事は山積みになるというのに。
「まあ、それもあの人達に働いてもらうとしましょうか」
盗まれた呪胎九相図を受肉させれば三人分は労働力を確保できる。
帳の媒介呪具も製作者本人がいるのだから報告書はすぐにできる。
そして、森林
さすがにセキュリティなどは任せるわけにはいかないが。
「精々過労死しないでくださいよ」
フッ、と禰々は悪どい笑みを浮かべてタブレット端末の電源を落とした。