交流会襲撃の翌日──負傷した生徒もいたため、大事をとって生徒達は休みとなった裏で、学長や五条達は会議室に籠りきりとなっていた。
「では、被害状況の報告です。まずは人的被害。侵入した呪霊の攻撃によって加茂君、伏黒君、真希さんが負傷。狗巻君も呪言の反動によって喉をひどく痛めています」
「加えて交流会襲撃の裏で特級呪物等を保管する忌庫も襲撃されました。気絶させられた忌庫番二名の証言によると、犯人は以前七海君が遭遇したツギハギ呪霊。調査の結果、宿儺の指七本と呪胎九相図一番~三番がなくなっていました」
伊地知と禰々の報告を聞いて夜蛾と楽巌寺は揃って顔を顰める。
高専襲撃。そして、特級呪物の流出。
異常事態もいいところだ。
天元の結界に守られ、呪術界の要である呪術高専が呪詛師と呪霊に襲撃されるなど本来あってはならない。
しかも、襲撃してきたのは人語を解するレベルの特級ときた。
それが少なくとも二体となれば死者が出なかったのは奇跡だ。
そして、そもそも彼らの目的は何なのか。
捕まえた呪詛師は洗脳でもされていたのか要領を得ない発言が多く、ろくな情報は得られていない。
議論が交わされる中、五条は一人黙って今回の件を振り返っていた。
(本当にアイツの言った通りになるとはね。僕達とは別行動の術師もいたのに死者はゼロ。忌庫番すら気絶させられただけ。特級呪物を盗られたのは痛いけど、それでも人的被害は最小限で済んだ)
もしも禰々がいなければどうなっていたことか。
少なくとも術師の数人は殺されていただろう。
(本当に優秀っていうか、頭のネジが飛んでるっていうか……)
並の人間ならパニックになって言われるがままになってしまうだろうに。
「報告は以上です。では、私は高専のセキュリティの見直しをしなければいけないのでお先に失礼します。夜蛾学長、楽巌寺学長、後はよろしくお願いします」
「ああ」
「うむ」
「それから……五条さんにはこれを」
報告を終えた禰々はタブレット端末を袖に入れると、代わりに何かの書類を取り出して五条に差し出した。
「今回奪取された特級呪物の紛失届です。確認お願いしますね」
「ん? ああ、了解」
「では失礼します」
◆ ◆ ◆
夕方──ようやく会議を終えた五条は、少し前まで虎杖が使っていた地下室に足を運んでいた。
「お待たせー」
「八分遅刻ですよ」
地下室で先に待っていたのは七海である。
閑散期ということで仕事もまばらであり、自宅でゆっくりと過ごしていたところ、突然五条からの着信があったのだ。
無視したいのは山々だったが、こういう場合、無視したほうが後々の面倒が増えることを知っている七海は渋々電話を取った。
いつものくだらない無茶ぶりかと思いきや、珍しく真剣なトーンで知らされたのは高専襲撃という異常事態。
休んでいる場合ではないと急いで駆けつけたというわけだ。
「せっかくの交流会なのに台無しになってしまったようですね」
「まあね」
「で、わざわざ私を呼び出した理由は何です?」
「例の件で禰々から新しい手がかりが送られてきた」
五条がポケットから取り出したのは折り畳まれた一枚の書類。
禰々から渡された紛失届である。
それを受け取った七海は内容を見て小さく息を飲んだ。
「宿儺の指と呪胎九相図一番~三番の流出ですか」
「この間、七海が戦ったツギハギの特級呪霊いるじゃん? アイツの仕業らしいよ。でも、それは一旦置いておいて……その紛失届の文字、どう思う?」
「……禰々さんの字じゃないですね。そもそも彼女なら手書きじゃなくてPCを使いますよ」
「今回も紙に付いてた指紋は傑のものだったけど、筆跡は傑と一致しなかった。これで傑が蘇ったって線はほぼ消滅。やっぱり傑の遺体を誰かが操ってるか乗っ取ってるって線が濃厚」
五条が微かに期待していた夏油が蘇った可能性は消えてしまった。
しかし、それはもう去年のクリスマスに区切りをつけたこと。
五条は軽く頭を振って感傷に浸りそうになるのを押し止める。
今はそれよりも禰々から渡された紛失届のことが優先だ。
「後、少し気になったんだけどさ。文字が何て言うか……古い気がするんだよね」
「古い?」
「ウチの家って長く続く家なだけあって蔵に古い資料とかがどっさり残ってるわけ。何となくだけど文字の端々にそれと似たような雰囲気があってさ」
「まさか……次々に遺体を乗り換えて何十年、何百年と生きてきた可能性があるとでも?」
「その可能性は高いと思う。大体、手際が良すぎるんだよ」
複数の特級呪霊、呪詛師を仲間にしていること。
天元の結界によって隠されている高専を正確に襲撃してきたこと。
その結界を容易く抜けてきたこと。
忌庫の位置を特定したこと。
何よりこれだけ動いておきながら、禰々がこちらに伝えた情報以外、手がかりが出てこない。
相手は慎重かつ周到にことを進めている。
もしかすると何十年、何百年とかけて。
「一体何者なんですかね……」
「さあ? でも、まるっきりこっちに勝ちの目がないわけじゃない」
「禰々さんが敵の内部で色々と動いているからですか?」
「そう。前の似顔絵のこともそうだけど、何で敵は禰々の仕事をしてると思う? オマエならわかるでしょ」
「禰々さんなら……多分、情報提供の代わりに仕事を手伝え……という縛りを結んだんでしょうね。過密スケジュールで時間がないから、とでも言って」
「その通り。で、ここからが本題なんだけど……呪術界の人間ってアナログなヤツ多いじゃん?」
「ええ、まあ……」
PCの電源を切ることもできないレベルの人間がゴロゴロいるほどに。
そして、それは呪術師だけではなく、呪詛師も同様である。
「というわけで! 禰々にどんどん仕事を振って敵を疲弊させようと思います! ちょうど交流会の件で死ぬほど仕事はあるしね!」
「そんなバカげたやり方があるわけない……と言いたいところですが、恐らく禰々さんの本命はそれでしょうね。まったくあの人らしい」
どこまでいっても禰々は禰々なのだと七海は小さくため息を吐いた。
最強が相手だろうと、特級呪霊が相手だろうと何も変わらない。
見合うリターンを得られるのなら、ある程度のリスクは平然と負うのもいつも通り。
「一歩間違えれば致命傷だというのに……」
「ま、何とか──」
──なるでしょ。という前に七海の裏拳が五条の顔面めがけて繰り出された。
当然、五条に当たる寸前で止められたが。
「アナタのそれは大体どうにもならないので不穏なフラグを立てないでください」
「オマエさぁ……禰々のせいでマジで遠慮がなくなったよね」
「先輩だからと遠慮しすぎると心が不健康になると学びましたから」
「うげぇ……」