「マジふざけんな……」
「菜々子……手、止まってる……」
元夏油一派である菜々子と美々子は現在、慣れない手つきで目の前のキーボードを叩いていた。
アナログな人間の多い呪術界。
あれだけ呪詛師をかき集めたのにPCを扱ったことのある人間がほとんどいないとは。
禰々に仕事を振られた後、さすがに手書きでは終わらないことを察した羂索が適当な店でPCを調達してきた。
しかし、PCを使いこなせるほど知能のある呪霊はおらず、呪詛師の中でも使えるのは夏油の体から記憶を得ている羂索と、夏油の秘書をしていた菅田真奈美という女性。そして、菜々子と美々子だけ。
必然的に仕事は四人に偏ることになっていた。
「使ったことはあっても私達だって普段こんな作業したことないって……」
「量も多すぎ……目が痛くなってきた……」
モニターに映る大量の文字に二人ともげんなりした表情を浮かべる。
作業を始めてから生活リズムはボロボロだ。
食事は栄養食のクッキーをゼリー飲料で流し込み、睡眠は仮眠を仕事の合間に何度かとって一日に合計三時間寝られれば長いくらい。
肌は荒れるし、髪はボサボサ。目の下にはクマができている。
げっそりとしたその顔は完全にブラック企業に勤める社畜のそれだ。
「村で散々な目には遭ってきたけどさ……」
「これは何か違う……」
菜々子と美々子は呪霊が見えることと術式を持っていたことで、かつて住んでいた村の人々から虐待を受けていた。
殴られ、蹴られ、罵倒され、いつも怪我が絶えない日々。
そんなわかりやすい暴力ならまだよかったのに。
何というか禰々のやり方は陰湿極まる。
別に食事や睡眠を制限したりはしない。
だが、食事や睡眠の時間を削らなければならないほどの仕事を渡してきて「納期に間に合うなら別に好きなものを食べて好きなだけ寝ていただいて構いませんよ」と言って平然としているのだ。
「そんなことしてたら絶対終わらないのわかってるのに……マジで性格悪すぎでしょ」
「まるで嫌がらせみたいなやり方……」
しかも、食事と睡眠の時間を削ればギリギリ終わる仕事量にしているのがなお悪い。
禰々の満足するレベルで仕事をこなす──という縛りがある以上、手を抜くわけにもいかず、菜々子と美々子は死ぬ寸前で生かされ続けているような最悪な気分を味わっていた。
「──不備なしですね。では明日はこれを」
その日の終わり──禰々に終わった仕事を提出すると同時に、また新たな仕事が目の前に積まれる。
それを見て菜々子はつい我慢できずに尋ねた。
「ねぇ、アンタさ……何がしたいんだよ。私達にこんなことやらせて」
急かすわけでもなく、増員を要求することもない。
ただギリギリこなせるだけの仕事を与えるだけ。
意味がわからない。
そんな苛立ちを露にする菜々子にゆっくりと視線を向けた禰々の答えは──
「──嫌がらせ、ですかね」
「は?」
思わず菜々子の口からマヌケな声が洩れた。
(嫌がらせ……って言った? え? マジで?)
作業の最中に美々子が、まるで嫌がらせみたいなやり方、とは言っていたが、まさか本当に嫌がらせだったというのか。
呆然とする二人に禰々は何ということもないように続ける。
「去年、アナタ達が起こした百鬼夜行で私達の仕事が激増しましたからね。因果応報ということで」
建物の崩壊などの物的被害。術師の死亡。補助監督も少なくない人数を殺されてしまった。
ただでさえ過密スケジュール気味なのだ。
人数が減ったことで一人あたりの負担は当然大きくなる。
それに加えて被害を受けた東京と京都の復旧作業も追加ときた。
年末年始の休み、そして土日の休みは普通に潰れ、後片付けのために奔走する羽目に。
その原因が目の前にいるのだから嫌がらせの一つもしてやりたくなるというものだ。
「ふざけんな! 私達は夏油様の見据える世界を信じて──」
「アナタ達が何を信奉しようとそれはご自由に。言葉で語ったところで理解し合えるものではないでしょう」
菜々子は机に拳を振り下ろして激昂するが、禰々はそんなものはどうでもいいと言わんばかりに切り捨てた。
「ああ、でも一つだけ気になることがあるので聞いておきますが、そこまで夏油さんに心酔していたアナタ達が、なぜ偽物の夏油さんに協力してるんです?」
「それは……」
菜々子はここまでの経緯を手短に説明する。
百鬼夜行で夏油が敗れたことはすぐに菜々子達にも伝わった。
菜々子達はそれぞれ事前に伝えられていた逃走ルートを使って即座に離脱。
一旦バラバラになった後に合流し、今後の動きをどうするか話し合っていたとき。
あの偽夏油が現れたのだ。
驚きのあまり言葉を失う一同を前にソイツはニヤニヤと笑って言った。
自分に協力すればこの体は返してやる、と。
「だから私達はアイツの計画を手伝って夏油様の体を取り返そうと……」
「ド素人ですか、アナタ達……」
だが、禰々から向けられたのは呆れ果てたような冷たい視線だった。
「それ、ちゃんと縛りであることを確認しましたか?」
「「え……?」」
「少なくとも私が彼の立場なら絶対に返すことはないですね。獄門疆に五条さんを封印するにはあの姿で彼の前に出る必要がありますし、封印が完了したとしても手放すメリットがないんですよ」
何せ呪霊操術は式神や操作の術式の最高峰。
階級換算で二階級の差があれば無条件で呪霊を取り込むことができ、主従契約がある呪霊でも主を殺してしまえば取り込める。更に取り込める数に制限はなく、その圧倒的な手数に対処できる者はそういない。
それを菜々子達の気持ちを慮って手放すほど羂索は甘くないだろう。
あれは他人を道具や舞台装置くらいにしか考えていないタイプの人間だ。
「恐らく、体を返すという話はただの口約束でしょう。残念でしたね」
それを聞いて菜々子と美々子は揃って顔を青ざめさせた。
夏油の体を取り戻せる──それが彼女達の唯一の支えだったのに。
全ては嘘だったのだ。
菜々子と美々子はただ都合よく利用されていただけ。
夏油の体が彼女達の元に戻ることはない。
「一応、釘を刺しておきますが、今になって縛りを要求するのはやめておいたほうがいいですよ。あの偽夏油さんにとってアナタ達の価値は低い。言ったところで殺されるだけです。気付いていないふりをしておくのが良策かと」
「でも!」
それでは何のために自分達はここにいるのか。
夏油の体を取り戻せず、羂索を倒すこともできず、縛りのせいで逃げることもできない。
このまま利用されるだけ利用されて終わりなのか。
絶望に打ちひしがれる二人を前に禰々は小さく微笑んだ。
さて、ここがチャンスである。
連日の過労と夏油の体が帰ってこないことで二人は非常に不安定な状態になっている。
元が敵同士だったこともあり、二人の禰々に対する信用はないに等しいが、拠り所をなくした今ならば。
「そんなお二人に一つ提案です」
まるで悪魔のように禰々は二人に甘い取引を持ちかける。
「このまま彼に協力し続けても夏油さんの体は返ってこないということがわかったわけですが……アナタ達の望みを叶えられる手段があるとしたらどうします?」
「それは夏油様の体を取り返せるってこと? ってかやっぱりアンタ、アイツらの仲間じゃなかったんだ」
「取り返すというより、あの人の計画を潰すというほうが正しいですけどね。もちろんそのための仕事はしていただきますし、乗るか反るかはアナタ達次第です」
羂索が夏油の体を返すことはない。
二人に羂索に勝てる実力はない。
それでも二人にとって夏油の体を取り返すことは何としても叶えたい悲願なのだ。
「……縛りを結ぶなら乗る」
「アイツの計画をぶっ潰して……」
「では、決まりですね」
二人は禰々の手を取った。
四十一話読了ありがとうございました。
今回のストックはここまでです。
次回は八十八橋編の予定ですが、壊相と血塗はセリフが少ないこともあり、キャラがいまいち掴めなくて苦戦しているので年末に投稿できるか、それとも来年になってしまうのかというところです。
そして、先日頂いた感想が三百を超えました。多くの感想をありがとうございます。思い付かないようなアイデアがあったり、鋭い先読みをされていたり、いつも楽しんで読んでいます。
それではまた次回もよろしくお願いします。
昼休みに読みやすいかなと考えたので十二時投稿にしているのですが、皆さんどのタイミングで読まれているのでしょうか?
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