「よう」
「何? 急に呼び出して」
ある日の深夜、五条は甚爾に呼び出されて例の地下室まで足を運んでいた。
「ちょっと面白いもんが手に入った」
「何? 呪具か呪物?」
「いや、そういう類いじゃねぇ」
そう言って甚爾は足元に置いていた数個のクーラーボックスを五条へと滑らせる。
蓋を開けてみれば中には大量の腎臓。
「俺の知り合いに孔時雨って裏仕事の仲介屋がいるんだが、昨日の夜にソイツから突然電話がかかってきて──」
孔の話をまとめるとこうだ。
少し前に禰々が孔の元を訪れた。五条悟専属補助監督の禪院禰々と言えば呪術界では有名人。そんな人物が裏に足を踏み入れているだけでもきな臭いというのに依頼内容は臓器売買業者との仲介。明らかに異常事態の気配を察した孔は当然断ろうとした。
だが──
「孔の野郎、禰々に構築術式で特大の尿管結石作られたらしくてな……」
「マジか」
脇腹を押さえて痛みに悶える孔を見下ろしながら禰々は、次は全身に血栓を作る、と脅したらしい。
呪力を籠めたり、呪具を作ったりするだけが構築術式の使い方ではない。
僅か数ミリの異物や血栓で人は死に至ることもあるのだ。
さすがに孔も命は惜しいため泣く泣く請け負うことにしたのだが、仲介しようにも禰々からの依頼となれば裏の業者達も相当の厄ネタだとバレる。
そこで一旦孔が禰々から買い取って、それから改めて孔の名前で業者に流すという流れになった。
「で、あまりにもきな臭いから何か知らねぇかって連絡が入ったんだ。息も絶え絶えって感じでな」
禰々が動いたとなると敵に何か動きがあった。あるいは新しい情報を手に入れたと見るべきだ。
そして孔の事務所に駆け込んだ甚爾が見たのは大量のクーラーボックス、床に踞る孔、中身が抜かれた金庫という強盗にでも入られたような有り様だった。
「何であの禪院禰々が俺の事務所知ってんだよ……尾行された覚えなんてねぇぞ。金庫の暗証番号だって誰にも言ってねぇのに……」
「アイツは必要ならどんな機密情報でも引っ張り出してくるさ。それよりも、だ。アイツは何を言ってた?」
「臓器の売買について聞かれたよ……オマエの名前じゃ売れねぇって言ったらこの様だ」
「臓器?」
手近なクーラーボックスを開けてみれば中身は大量の腎臓。
これが次の手がかりらしい。
そして孔に闇医者を手配してやる手間賃だと言って回収してきたというわけだ。
「これが手がかりねぇ?」
「俺も内臓なんて見慣れたもんだが、
大きさ、形、重さ、色──全てがそっくり同じ腎臓が左右それぞれ十数個。
それを見た五条はすぐに一つの結論に辿り着く。
「反転術式……それも内臓の完全再生となると随分高度なレベルだね」
反転術式そのものが高度な技術な上、ないものを再生させるほどの呪力量、出力となるとできる術師はほとんどいないだろう。
それに肉体を乗っ取っているということは、その肉体に刻まれている術式が使える可能性も高い。
まさか呪霊操術が使えるのに呪霊のストックがないというマヌケはいないだろう。
去年のクリスマスからおよそ九ヶ月。どれだけストックがあるかはわからないが街中で呪霊をばらまかれたりすれば面倒ではある。
「狙うなら頭を一撃で潰さないとマズいか。死後、取り込んでた呪霊達が暴走する可能性は高いけど」
それに下手に長引かせれば回復の時間を与えるだけ。
とにかく一撃必殺。これに限る。
何せ特級呪霊と組んでいるような相手だ。普通の呪詛師より格上であることは間違いないし、ここまで引っ張って逃がすようなヘマをすれば禰々から何を言われるかわからない。
「一応釘を刺しておくが……ミスんじゃねぇぞ」
「大丈夫。僕、最強だから」
五条は傲岸不遜に笑ってみせる。
「どれだけ対策してこようが勝つのは僕だ」
最強の肩書きは伊達ではない。
「それはそれとしてさぁ……いきなり親友の内臓見せつけられる僕の気持ちも考えてほしかったんだけどな」
「確実にオマエへの嫌がらせも兼ねてるな。ちゃんと死体を処理していればこんなことになってないんですよ、ってアイツの声が聞こえてくるぞ」
「マジで性格悪いって……」
うげぇ、と五条は舌を出してみせる。
確かに五条がきちんと死体の処理まで見届けていれば。あるいは規則通りに家入に処理を任せていれば。こういう最悪の事態は避けられた。
「全部終わった後もずっとネチネチ言われるんだろうなぁ」
「だろうな。アイツの性格の悪さは筋金入りだ」
恐らく五条が何か規則違反をするたびに夏油の件を持ち出してくるに違いない。
クックックと喉の奥で小さく笑いを洩らした甚爾は立ち上がるとクーラーボックスを担ぎ上げる。
「それどうすんの?」
「あー……家入だったか? アイツに預けておくさ。オマエに渡すと悪用されかねないからな」
「信用なさすぎじゃない? ……って言いたいところだけど仕方ないか。一回掻っ攫われてるし」
「じゃあな。また何かあったら連絡する」
そう言って甚爾は地下室を後にする。
いくら深夜とはいえ、これだけのクーラーボックスを担いでいるところを見つかると面倒だ。
念のために人目を避けて塔から塔へ飛び移る形で家入のいる治療室を目指す。
「しかし、さすがにこれだけあると重いな」
そのとき──ふと甚爾は違和感を覚えて足を止めた。
(資金調達……敵が反転術式を使える……アイツが伝えたかったのはそれだけか? 俺は何か見逃してねぇか?)
五条の無茶ぶりを何度も解決してきた禰々なら資金調達の方法は他にもあったはずだ。
そして、敵が反転術式を使えようと五条の火力ならあまり関係ない。
それにここまで大きな事態ならきっちりトドメを刺すまで手は抜かないだろう。
(気付け……何だこの違和感は。性格の悪いアイツならどう考えて動く?)
「あ」
腎臓──内臓──人体の一部。
「あー……はいはい。そういうこと。アイツ、マジで性格悪いな」
被害者の会新会員 孔時雨
四十三話読了ありがとうございました。
ストックが……ストックがない……。
次は八十八橋編となります。できるだけ早く投稿したいところですが、体調と相談しながらやっていきます。