それからの伏黒は吹っ切れた。
やるなら徹底的に──その言葉通り一帯の不良、半グレ、その他諸々の非行を見つけた瞬間、とにかく粛清しまくったのだ。
見敵必殺。狙うは急所。
踞る不良をジロリと見下ろしてやれば、元々の目付きの悪さも相まって大抵の相手は震え上がって脱兎の如く逃げていく。
相手が集団であっても、渋々……本当に渋々甚爾に指南を頼んだ結果、まともな反撃をさせずに制圧できるようになったのも大きかった。
それからはその繰り返し。
結果、伏黒の前では非行に走る不良は一人もいなくなった。
津美紀は度々文句を言ってきたが、ほとんどの相手を一撃で、そして一回の喧嘩で片付けたのだから禰々の言う通り最小限の被害で事は収められたわけだ。
「アンタ……そりゃ顔も覚えられるわよ」
呆れた顔を向ける釘崎。
「だな。伏黒の後輩が青ざめてたのも納得した」
さすがに苦笑いを浮かべる虎杖。
「最初に言ったろ……別に面白い話じゃねぇって」
最後に伏黒は気まずそうにまた目を逸らした。
今更ながらえげつないことをしていたという思いはあるが後悔はしていない。
「いやいや、十分面白かったって! でも、禰々さんって昔から禰々さんだったんだなぁ……」
「真希さんに聞いたんだけど禰々さんにやられたヤツらって呪術界の重鎮も含まれてるわよ。現禪院家当主」
「え? マジで?」
「その爺さんアニオタらしいんだけど、禰々さんに録り溜めてたアニメ全部消されたらしいわ」
「うっわ……」
単純なやり方だが、確かにそれはアニオタにとってかなりのダメージだ。
虎杖だって、部屋に帰ってみれば好きな映画のDVDを全て叩き割られていた、なんてことがあれば多少なりとも精神的に堪えるだろう。
思わず虎杖は心の中で合掌してしまった。
「伏黒は禰々さんのそういうエピソードで他に覚えてるのって何かねぇの?」
「俺が一番よく覚えてるのは親父が帰ってきたときだな。そのとき親父はフリーの殺し屋みたいなことやってたんだが、とある依頼で高専に襲撃かけたときに禰々さんが五条先生用に仕掛けたトラップに引っかかっちまったらしくて……」
凄まじい臭いと共にしっかりと記憶されてしまったあの日の話。
顔も覚えていなかったような父親がいきなり帰ってきたというだけでも衝撃的なのに、その日の甚爾は伏黒が気を失いそうになるほどの激臭を纏っていたのだ。
「頭の中が全部シュールストレミングの臭いで埋まって文句を言う気力なんて微塵も湧いてこなかったな……」
「エグいわね……」
「五条先生を一度倒したような人がまさかそんな手でやられるなんてなぁ……」
そうこうしているうちに空は白み始めていた。
結局一晩中粘ってみたものの成果はなし。
朝食の調達も兼ねて近くのコンビニで一度新田と合流する。
「残穢も気配もまるで感じられませんでした」
「……っすか。となるとハズレ……振り出しっすかね」
しかし、他に被害者四人の共通点らしきものはない。
ハズレというより何か情報が足りていない。
そんな感じがあった。
「あっ、いた! 伏黒さーん!」
「ん?」
そのとき、不意に声のした方向を見ればそこには自転車に乗った二人組。
一人は昨日中学校で見た不良の片割れ。
そして彼の後ろに座っていたのは──
「藤沼?」
「誰っすか?」
「同級生です」
伏黒の中学校の同級生──藤沼だった。
話を聞けば二人は姉弟で、昨日家に帰った後、藤沼弟は姉に伏黒の話をしたらしい。
近所で亡くなった森下と八十八橋の関係を調べていた、と。
八十八橋に行ったから死ぬなんてどんなオカルトだと考えていたが、それを聞いた姉があまりにも尋常でない様子で怯えるので何か関係があるのではないかと思って連れてきたそうだ。
「私……私、行ってるの。中二のとき、夜の八十八橋に……」
まさか伏黒の知り合いまで被呪者だったとは。
しかし、これはチャンスだ。
手詰まりの今、少しでも情報がほしい。
「最近、何かお家で変なことないっすか? 家族の中で自分だけが感じる違和感とか」
「私の家、地方のアンテナショップやってるんですけど……私が帰るときだけお店の自動ドアが開きっぱなしなんです」
家族にも相談したが「たまたまだ」と言われてしまった。
それはそうだろう。
呪いが関係しているなんて普通の人間ならまず考えない。
「自動ドアの話はいつ頃からっすか?」
「ちょうど一週間前から一日置きくらい……」
被害者四人は異常発覚から死亡するまで最低でも二週間は空いている。
とりあえず今すぐ呪殺されることはないだろう。
それに安堵しつつ、まだ確認しなければいけないことがある。
「当時、八十八橋に一人で行ったわけじゃないわよね? 誰と行ったか覚えてる?」
「あの……やっぱり何か関係が……」
さすがに矢継ぎ早に問い詰め過ぎたか。
不安げな顔を向けてくる藤沼姉だが、そこは新田が咄嗟の機転を利かせて、大学の
「でも、いろんな人の話聞きたいから一緒に行った人教えてほしいっす」
これで一緒に行った人間から更に情報が得られれば呪霊の本体を見つけられるかもしれない。
「肝試しに行ったのは部活の先輩二人……本当は津美紀さんも一緒にやる予定だったんだけど、ネネさんって言ってたかな? その人が家に来るからやっぱり無理だって直前でキャンセルされたんだよ」
「マジか……」
一歩間違えば津美紀まで呪われていた。
もしも禰々がいなかったら……そう考えるとゾッとする。
「それじゃあ私はこの二人を家まで送り届けてくるんでレポートの続きお願いするっす」
「はい」
藤沼姉弟と新田が十分に離れたのを確認して伏黒は虎杖と釘崎を手招きして顔を寄せさせた。
「……マズいぞ」
「え? 何が? ちょうど一週間前から異変が起こったんならまだ余裕あるだろ? 来週には五条先生も出張から帰ってくるし、そのときに改めて──」
「元々の予定ならな。でも昨日の朝、高専出る直前に──」
遡ること丸一日──
「え? 出張って一週間じゃなかったんですか?」
「んー……そのはずだったんだけど、出張ついでにちょっと昔の知り合いに会ってこようと思ってさ」
「知り合い?」
「会った瞬間僕をビンタしたアクティブなクソガキとそのお付きのメイドさん」
──ってことで僕がいなくてもサボっちゃダメだよ。と言い残して五条は行ってしまった。
なぜよりによってこのタイミングなのだと言いたくなる。
しかし、五条が気まぐれなのはいつものことだ。
嘆いたところで仕方がない。
「なら伏黒の親父さんは? 少年院のときみたいに呼べねぇ?」
「そっちも今は海外だ。禰々さんに頼まれた一稼ぎできるネタがあるらしい。特級術師の九十九さんに何か用があるとかで」
五条も甚爾も海外となると後は高専の術師を派遣してもらうしかない。
だが、伊地知に電話で確認したところ、現在動けるのは二級術師のみ。
「恐らく虎杖君の成長を加味した上で割り振られた任務。そこから更に等級が上がるとなると二級術師の手には余るかと。皆さんも同様です。個人的には撤退をすすめます」
しかし、予定を調整するにしても長引かせるのはマズい。
被害者四人と藤沼達の他にもまだまだ被呪者がいる可能性がある。
間に合わなかった被呪者達には諦めてもらうしかない、と割り切れればいいのだが、それを看過できる虎杖達ではない。
「今すぐ俺達で解決するしかねぇだろ」
「そうね」
やる気を見せる虎杖と釘崎だが、そこで伏黒は二人に待ったをかけた。
「せめて禰々さんにも連絡してからだ。もしこれで虎杖が何かやらかしたら……」
「「あ」」
少年院の件で無理に突入しようとして完璧に論破された件が脳裏を過る。
禰々は融通を利かせてくれることもあるが、それはそうしなければ五条がゴネて更に面倒なことになるからだ。
しかし、もしもこの件で虎杖が何か五条でも庇えないような失態をすれば禰々は容赦なく死刑を執行するだろう。
禰々は五条と違って「まあ、大丈夫でしょ」とか「何とかなるって」という楽観的な思考はしていない。
冷徹にリスクとリターンを天秤にかけられる人間だ。
「何とか調査を続けさせてもらえるように交渉してみるけどな」
特に仲がよかったわけではないが、さすがに知り合いを見殺しにするのは気分が悪い。
「──というわけなんですが……」
「ふむ……」
伏黒の報告を聞いて禰々は少し考える。
これだけの術式範囲となると一級呪霊以上であることはほぼ確定。
三人でもかなり厳しい任務になることは間違いない。
「普通なら伊地知君の言う通り素直に撤退するのがベストですが……どうせ聞かないでしょうね」
虎杖達は優しすぎるのだ。
虎杖は常に他者を優先して自分のことは二の次だし、伏黒も今回は引くつもりはないだろう。
そして、二人が行くなら当然釘崎もついていくに決まっている。
「わかりました。調査はそのまま三人で続行してください。ただし、くれぐれも死なないように。一人助けるために三人死んでは割に合いませんから」
「ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
「ふむ……八十八橋の件がこちらに関わってくるとは」
八十八橋と言えば先ほど壊相と血塗が宿儺の指の回収を頼まれた場所だ。
「一番目の被害者が六月に死亡していることから推察するに既に指は呪霊に取り込まれていると考えていいでしょう」
六月と言えば宿儺が受肉した頃。
恐らく、それをきっかけに取り込まれていた指が呪力を解放した。
「そうすると相手は特級相当……やはり三人に祓わせるのは少々厳しいですね。壊相さんと血塗さんが先に辿り着いて指を回収するのがベストですが……」
何も知らずバッティングすれば戦闘になるのは確実。
虎杖達が死ねば五条と甚爾が暴走しかねないし、そんな失敗は禰々のプライドが許さない。
しかし、逆に壊相と血塗が死んでしまえば脹相のメンタルに甚大なダメージを与え、仕事の効率がガタ落ちするのは間違いない。
どちらに味方しても中々に大きな損害が出てしまう──と、そこで思考を止めてしまうのは凡夫の発想だ。
「この機会を利用して九相図兄弟には離脱してもらいましょう」
そろそろ九相図兄弟も不満が爆発してもおかしくない頃合い。
そもそも彼らは別に漏瑚達を信用しているわけではない。
ただ都合がいいから組んでいるだけだ。
そして、連日の無茶な仕事で元からなかった信用は更にドン底に落ちた。
そこへもっと条件のいい提案をすれば彼らは必ず乗ってくる。
特に兄弟達の安全が関わってくるなら尚更だ。
「さて……どう交渉しますかね」