私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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本作は拡張術式の一つとして玉犬・渾を出していきます。


49.彼女の九相図兄弟離脱作戦は成功した

 ときは少し前まで遡る──。

 結界内に一人残った伏黒は玉犬・白と玉犬・黒を合わせた玉犬・渾と協力して次々に呪霊を潰していく。

 限定的とはいえ術式範囲が広いぶん、本体に攻撃能力がないタイプらしい。

 反撃されることを考えなくていいのは助かった。

 

「ラスト!」

 

 最後の呪霊を玉犬が叩き潰す。

 

(これで藤沼のほうは一安心……後は──)

 

 とにかく虎杖達と合流しなければと考えたとき、ポチャン、と何かの水音が伏黒の耳に届いた。

 そちらに目を向ければ天井にぶら下がる大きな蕾のようなものから雫が垂れている。

 

「生き残り? さっきのが本体じゃないのか……?」

 

 結界も閉じていない。

 どういうことだと考えるより先にズルリと蕾の中から何かが落ちてきた。

 

「────!」

 

 それは一体の人型の呪霊。

 しかも、ただの呪霊ではない。

 その呪力の(プレッシャー)から察するに──

 

(特級!? 何でここに!?)

 

 そして、伏黒は気付いた。

 ここまでずっと引っかかっていた疑問。

 なぜ今になってマーキングした人間の呪殺を始めたのか。

 何がきっかけになったのかと考えていたが、最初の被害者が出たのは六月。

 

(これは共振だ。取り込まれた呪霊の中で力を抑えていた宿儺の指が六月の虎杖の受肉をきっかけに呪力を解放したんだ)

 

 地面に降りた呪霊は伏黒の姿を捉えるとニヤリと不気味に笑う。

 そして、手の内で呪力を練り上げると、まるで弓矢のように伏黒に向けて放ってきた。

 

「────!」

 

 ただ圧縮した呪力を飛ばしただけ。

 術式でも何でもない。

 しかし、それだけで呪力の塊を受け止めた伏黒の呪具は木っ端微塵に砕け散る。

 更に次の瞬間──たった一瞬で呪霊は伏黒の背後へ。

 

「────!」

 

 それを玉犬が伏黒を抱えて移動することで無理矢理回避する。

 

「鵺──」

 

 しかし、躱したと思ったのも束の間、特級呪霊は再び距離を詰めてきていた。

 鵺を顕現させるより早く、拳が伏黒に迫る。

 

◆ ◆ ◆

 

 組み合いの最中、一瞬で足を引っかけられて突き飛ばされた伏黒は畳の上に転がった。

 

「はい、また僕の勝ちー」

 

 素人相手なら一方的に勝てる程度には体を鍛えている伏黒だが、五条や甚爾にはまだ遠く及ばない。

 

「そんなんじゃ僕や甚爾(アイツ)どころか七海にも……禰々にだってなれないよ」

 

「────!」

 

「アイツは術式も体術もカスだけど、恵よりずっと本気でやってる。だからアイツは怖いんだ」

 

 格上が相手であろうと忌憚なく策を弄して()りにくる。

 術式の燃費が悪くても、力で敵わなくても、そんなことは禰々にとって大したことではない。

 術師という枠に囚われず、どこまでも自由な発想で動く彼女は目当ての首を()れれば何でもいいとばかりに手段を選ばないからだ。

 

「その気になれば肉を切らせて骨を断つみたいな戦法も平気で取るだろうね。でも、アイツは諦めるってことを知らないからさ。恵のやりそうな死んで勝つって諦めたやり方は絶対にしない」

 

 禰々ならどんな絶望的な状況でも足掻くだろう。

 ありったけの知識と道具を使い、取れる手段が尽きたとしても思考を回し、たとえ死ぬとしてもただでは死なない。

 死に際の獣ほど恐ろしいものはないのだ。

 

「死んで勝つと死んでも勝つは全然違うよ、恵」

 

 そんな思考では一生をかけても禰々にすら及ばない。

 

「本気でやれ──もっと欲張れ」

 

 そう言って五条は伏黒の額を指で弾いてみせた。

 

◆ ◆ ◆

 

「うっ……!」

 

 目を開けるとそこは元いた呪霊の結界内。

 殴り飛ばされて岩に叩き付けられたのか。

 どうやらそれで数秒気を失っていた間に数日前の稽古の記憶が過っていたようだ。

 顔を上げれば少し離れたところで特級呪霊が余裕の表情でニヤニヤと笑っていた。

 やはり特級を相手にするのは無理なのか。

 

「ここまで……だな」

 

 両手の拳を構える。

 奥の手を使うときがきたらしい。

 だが──

 

「つまんねぇなぁ」

 

 ふと伏黒の脳裏に甚爾の姿が思い浮かんだ。

 

「芸がねぇんだよな……まあ、式神使いで術師本人が合わせて攻めてくるってのは珍しいが特にヤバいって感じはねぇし」

 

(ああ……これ中学の頃に言われたやつだな)

 

「体だけじゃなく発想も貧相っつーか……それでも俺の息子かよ」

 

 そうだ。あの頃、不良を制圧するために渋々ながら甚爾に稽古を頼んだのだが、毎日毎日嫌になるほど床に転がされ、バカにされ続けたのだ。

 

(こんなときまでムカつくにやけ面しか思い浮かばねぇとか……)

 

 想像とはいえ段々むかっ腹が立ってきた。

 五条にやられた記憶の直後というのもあってなおのことイライラする。

 

「……やめだ」

 

 そう呟いて伏黒は拳を解いた。

 今際の際で考えるものがあの男のにやけ面とは嫌過ぎる。

 せめてもう少しマシな最期がいい。

 何にせよ、もう伏黒の頭から死んで勝とうなどという考えはなくなっていた。

 

(この状況で魔虚羅の調伏の儀を除いて俺が取れる手段……想像(イメージ)しろ……この状況を覆す想像(イメージ)

 

 痛む体に鞭打って何とか伏黒は立ち上がった。

 幸いにも指の骨は折れていない。

 呪力もまだ残っている。

 全て──問題なし。

 

「やってやるよ!」

 

 チャンスは一度。

 出来なければいよいよ奥の手に頼るしかない。

 それでも伏黒は獰猛に笑っていた。

 どうせ死ぬならやれることを全て試してからだ。

 

「領域展開──」

 

 掌印を組み、全力で呪力を練る。

 

「──嵌合暗翳庭!」

 

 その瞬間──どろり、と伏黒の足元から影が溢れ出した。

 それはみるみるうちに広がって地面を覆い尽くしていくが、やはり練習も何もなしの勢い頼みでは無理があったらしい。

 何とか展開できたものの、相手を閉じ込められるほどの強度はない。

 

(不完全! 不細工もいいとこだ! だが、今はこれでいい)

 

 今は領域の術式性能の向上により、十種影法術の潜在能力が惜しみなく引き出せることのほうが重要だ。

 

「広げろ──術式の解釈を!」

 

 呪霊の足に影から湧き出た蝦蟇達が纏わりついて拘束。

 そこへすかさず伏黒自身も攻撃を重ねていく。

 足元の影を利用して滑るように高速移動。影を立体化した分身の生成。複数の鵺の召喚。

 領域の利を思う存分発揮して特級呪霊に攻撃を浴びせかける。

 だが、呪霊のほうもやられるばかりではない。

 その膨大な呪力を一気にばらまいて伏黒の領域を消し飛ばすという力業に出た。

 

「アハッ」

 

 伏黒の領域を消し飛ばしたことに満足げな笑みを浮かべる呪霊。

 その隙を伏黒は逃さない。

 呪霊の背後──影の中から玉犬・渾を出すと無防備なその背を貫かせたのだ。

 当然、勝利を確信していた呪霊が躱せるわけもなく、そのまま呪霊は消滅した。

 同時に結界も晴れ、元の橋の下の景色に戻っていく。

 

「疲れた……」

 

 いきなり領域展開なんて無茶をしたせいで至るところから出血している上に頭痛と吐き気もひどい。

 

「どこだよ、アイツら……」

 

 早く合流しなければ。

 あの緑青色の化物と釘崎を拐ったヤツのこともある。

 

(でもダメだ……眠気が……)

 

 あまりの疲労に立ち上がれない。

 ぐらぐらと体が傾き始める。

 

「ふむ……一応は生きてますね。これなら大丈夫でしょう」

 

「──っ!?」

 

 しかし、いきなり現れた壊相を見て伏黒は飛びそうになる意識を無理矢理引き戻した。

 よりによって領域展開で呪力をごっそり持っていかれた直後だというのに、ここで新手が出てくるとは冗談じゃない。

 

(何だコイツ……!? さっき釘崎を吸い込んだヤツか!? コイツがここにいるってことは先に結界の外に出た虎杖と釘崎は……)

 

 最悪のパターンが頭を過りかけたそのとき、壊相の背後から虎杖が顔を出した。

 

「伏黒! 何かコイツら俺達を保護しにきたらしい」

 

「は?」

 

「確かにいきなりだったからびっくりしたけど、何もされてないわよ」

 

 続いて釘崎も顔を出し、更にその背後には血塗の姿まである。

 

「とりあえず状況を説明しろ……」

 

 全くもって何がどうなっているのかわからない。

 だが、虎杖と釘崎も「説明って言われても……」と困惑していた。

 今わかっているのは壊相達に敵意がないことだけなのだ。

 

「つか、今更だけどオマエらは何なんだよ」

 

「……では少しばかり話しましょうか」

 

 壊相は虎杖達に自分達が特級呪物の呪胎九相図であることを明かした。

 交流会で高専から奪取されて受肉させられたと。

 

「交流会の裏でそんなことになってたとか聞いてねぇんだけど……」

 

「多分、上で情報が止められたんだ」

 

 特級呪物が特級呪霊によって奪取されたなんて情報を迂闊に外部に洩らすわけにはいかない。

 特に呪詛師界隈に伝われば色々と面倒なことになるのは目に見えている。

 

「で、その受肉したヤツらが何で私達の保護に動いてんのよ」

 

「実は皆さんにお願いがありまして……私達を殺していただきたいのです。ああ、いえ……正確に言えば()()()()()()()()()()()()()()、ですね」

 

「ちょっ、ちょっと待てよ! 全然意味わかんねぇんだけど……」

 

「何でそんなことをする必要がある? 高専から逃げるためか?」

 

「もちろんそれもありますが……」

 

 しかし、壊相は気まずそうに目を逸らした。

 隣にいる血塗を見ても言い出し辛そうにポリポリと頭を掻くばかりだ。

 

「何モジモジしてんのよ。キモいわよ」

 

「その……笑いませんか?」

 

 やがて壊相は決心して口を開いた。

 バカなことを言うなと思われるかもしれないが、信じてもらうためには事情を話すしかない。

 

「労働環境が……悪すぎて……」

 

「「「は?」」」

 

 その言葉に揃って口をぽかんと開ける三人。

 まさかこんな状況でそんな言葉が出てくるとは。

 

「お前ら、ブラック企業か何かに勤めてんの……?」

 

「ブラック企業のほうが善良に見えるくらいです」

 

 壊相が受肉してからの散々な扱いについて説明すると、口を開くごとにどんどん虎杖達の顔が引きつっていく。

 

「──という酷い有り様で。これが私達が受肉して数日間で起こったことです」

 

「えっと……つまり……労働環境が地獄すぎるけど縛りのせいで逃げられねぇから死んだことにしてこれ以上仕事を押し付けられないようにしたいってことか?」

 

「ええ。私達は兄弟三人で生きていければそれでいいので。どこかの山奥で暮らそうかと」

 

「三人ってことはもう一人いるってことよね? 残りの一人はどうしたのよ。さっき言ってた私達のことを教えてくれたってヤツ?」

 

「いえ、それはまた別の人間です。兄は私達が逃げ切るためにまだ役割があるそうなので……」

 

 本当は三人で逃げ出したかったが、羂索や漏瑚達に怪しまれてもよくない。

 禰々は自分達を逃がしてくれた恩人だ。

 仇で返すような真似はしたくない。

 

(話せることは全て話した。後は彼らが提案を受け入れてくれるかどうか……)

 

 壊相達の事情を聞いた虎杖達は顔を寄せ合って話し合っていた。

 

「なあ、どうする? 俺、さっきの話聞いて結構かわいそうになってきてんだけど」

 

「そうね。確かにあの扱いはないわ」

 

「嘘の可能性は……ないか。それならアイツらはここに来る意味がない」

 

 ただ高専に見つかるリスクを増やしただけになってしまう。

 もしここで虎杖達が壊相の申し出を断れば同じことだが、それだけのリスクを負っても彼らは今の場所から逃げ出したいのだろう。

 その必死さはひしひしと伝わっていた。

 

「どうか……どうかお願いします」

 

「頼むよぉ」

 

 トドメに二人揃って頭まで下げられてしまっては無下にできない。

 このまま虎杖達が返事をしなければ土下座までしそうな勢いである。

 

「わ、わかったって! とりあえず顔上げろよ」

 

「そこまでされたら断れないじゃない。いいわよね?」

 

「ああ。気付くとしたらあの人くらいだしな」

 

 壊相達の態度が真摯なこと。

 危害を加えられていないこと。

 高専に見つかるリスクを負ってまでここに現れたことなどを考慮して、三人は壊相達の頼みを了承した。

 

「ああ、それから宿儺の指はありましたか?」

 

「あ、ああ……これだ」

 

「少し貸していただけますか」

 

 宿儺の指を受け取った壊相はどこからか取り出した封印の札を手際よく巻き付けていく。

 

「どうぞ」

 

「ども……」

 

(アフターケアまで完璧かよ……)

 

 ここまでされてはもう疑えない。

 その後はできるだけ不自然にならないように報告するにはどうすればいいかを五人で話し合う。

 最終的に、八十八橋の呪霊と交戦中に壊相と血塗が乱入。三つ巴の戦いとなったが瀬戸際で伏黒が領域展開を会得。八十八橋の呪霊と九相図兄弟をまとめて撃破。九相図兄弟の遺体は結界諸とも消滅。

 そういう筋書きでいくということに落ち着いた。

 

「では、くれぐれもよろしくお願いします」

 

 最後にもう一度深々と頭を下げて壊相と血塗は闇の中に消えていった。

 

◆ ◆ ◆

 

「さっきのヤツらって、誰かに言われて俺達を手助けしに来たってことだよな」

 

「そうね」

 

「何のために? わざわざ自分達を裏切らせる手伝いするヤツなんていんのかな?」

 

「敵も一枚岩じゃないってことでしょ。そりゃあんだけブラックな環境なら裏切りたくもなるわよ」

 

 任務からの帰り道、虎杖と釘崎が話しているのを聞きながら伏黒は考えていた。

 

(この感じ……)

 

 あまりにも用意周到。全てを見透かしたように動くやり方。そして何より発想がひねくれている。

 

(まさか……禰々さん?)

 

 連日、書類の入った段ボールを積んで出かけていくのも何かそれと関係があるのか。

 

「伏黒?」

 

「どうしたのよ。ボーッとして」

 

「いや……何でもねぇ」

 

◆ ◆ ◆

 

「脹相さん。これ追加です」

 

「ああ……」

 

 机の上に書類の束を置いた禰々は、その去り際にトントンと脹相の背をタップした。

 壊相と血塗の離脱が成功した合図だ。

 後は脹相の演技力次第。

 

「……弟が死んだ」

 

「へぇ……そういうのわかるんだ」

 

「マジ……? また人数減ったの? せっかく増やしたのに?」

 

 羂索は興味深そうな声を洩らすが、真人は呆然とした顔で天井を見上げた。

 わざわざ高専に潜入して盗ってきたというのに。

 これではあまりに見合わない。

 

「メカ丸君から報告です」

 

 更に信憑性を高めるために禰々がメカ丸からの偽の報告を読み上げる。

 

「壊相さんと血塗さんはバッティングした虎杖君達と交戦。二人とも死亡しました。死体は元々八十八橋にいた呪霊の領域とともに消滅したそうです」

 

「そんな……」

 

 机の上にポタポタと脹相の涙が落ちていく。

 

「ううっ……壊相ォ……血塗ゥ……」

 

「いずれ仇は取る……泣くな、脹相」

 

 漏瑚は神妙な顔で慰めの言葉をかけるが、これはそういう涙ではない。

 

(よかった……! 本当に……!)

 

 二人が無事に逃げきれたことに対する安堵の涙である。

 

「さて……脹相さんは忌引きということで少し休んでもらいましょうか。今は仕事ができる精神状態ではないでしょうし」

 

「すまない……」

 

 確かに仕事ができる精神状態ではない。

 気を抜けば顔が緩んでしまいそうだし、何ならガッツポーズまでしてしまいそうだ。

 怪しまれる前に脹相はオフィスを後にして自分用に割り当てられた部屋へ入っていった。

 

「さて……では脹相さんが復帰するまでこの仕事を誰に……どうしたんです?」

 

 脹相が残した仕事を振り分け直そうとした禰々だが、羂索が驚いたような表情で固まっているのを見て手を止める。

 

「いや……君ってそういう気遣いできたんだと思ってね。てっきり家族が死んでも無理矢理働かせるのかと」

 

「え? 不安定な精神状態で仕事をしてミスを連発されても困るというだけです」

 

「前言撤回するよ……やっぱり君は人の心をどこかに置き忘れてきたらしい」




四十九話読了ありがとうございました。今回のストックはここまでです。

次回はそのまま渋谷事変にいくかゼロの内容を挟むか考え中ですが、そろそろ終盤ですのでもう少しの間お付き合いください。
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