東急百貨店 東京東横店を中心に半径四百メートルの帳が降ろされた──と連絡を受けた高専メンバーはすぐさま動き出す。
上層部から指示があるより早く、それぞれの指示書の内容通りに準備を終わらせて配置についていた。
「五条さんが見たところ、一番外側は一般人のみを閉じ込める帳。次に術師を入れない帳。更にその内側に五条さんを閉じ込める帳。最後にまた一般人を閉じ込める帳の四重構造になっているそうです」
七海班──メンバーは七海建人、猪野琢真、伏黒恵。補助監督は伊地知。
「電波は?」
「断たれています。連絡は帳を出て行うか、
「随分と面倒なことになっていますね」
連絡が取れなければ何かあったときの対応は確実に遅れる。
他言無用の縛りに引っかかるリスクを避けるために禰々の指示書の内容は端的なものであり、想定外の事態が起きた場合の細かな対処などは書かれていなかった。
「ですが、今の私達には禰々さんの指示書に従いつつ、臨機応変にやるしか方法はありません」
「俺は《奥の手の禁止》、《領域を使うタイミングは慎重に》でしたけど……七海さんの指示は何だったんです?」
「《好きに動いて構わない》と《指揮をする人間がいなくなるので絶対に死なないこと》の二つです」
「信用のレベルが五条先生と段違いですね……」
「さすがっすね……俺は《七海君の指示に従うこと》だそうです」
それぞれの指示を聞いて七海は少し考える。
伏黒、猪野の二人は優秀だ。
不完全ながら領域が使える伏黒。
二級術師だが実力は準一級以上の猪野。
そして二人とも状況に合わせて手を変えられる術式を持っているのがありがたい。
となれば七海達がやるべきことは周辺に潜んでいるであろう呪詛師の排除。
「まずは術師の侵入を拒む帳を解除しなければ話になりません。交流会後の調査で、この手の帳を降ろすために媒介となる呪具が必要だとわかっています。それを見つけ出し、破壊する──いいですね?」
「「はい!」」
◆ ◆ ◆
禪院班──メンバーは禪院直毘人、禪院真希、釘崎野薔薇。補助監督は新田。
釘崎、新田とともに配置場所に着いた真希は先にいた直毘人を見つけるなり「ゲッ……!?」と顔をしかめてみせる。
「ジジイ……! 何でテメェがここにいる」
「禰々から指示があってな。来い、と」
「それで素直に来たのか? 禪院家当主が?」
「無論、本来ならそんな礼儀知らずの指示に従う義理はない。しかし、もう録り溜めたアニメを消されるのはゴメンだからな」
「このアニオタクソジジイがよぉ……」
そのやり取りを聞きながら釘崎は「アニメ削除されたって話マジだったのね……」とドン引きしていた。
「フンッ……まあ、俺の話はいい。状況はどうなっている?」
「異変があったのは駅前のスクランブル交差点ッス」
ハロウィンの渋谷だというのに人がいないという異常事態。
散り散りに帳の縁まで逃げてきた一般人は皆口を揃えて「五条悟を連れてこい」と訴えている。
帳を壊そうにも一般人のみを閉じ込める帳は術師を透過してしまうため壊せない。
よって今すぐ一般人を解放するのは無理だというのが今ある情報だった。
「じゃあ、私達は帳を降ろした呪詛師を探してとっちめるってことでいいな?」
「そうッスね……一応上層部からは待機命令が出てるんスけど──」
◆ ◆ ◆
日下部班──メンバーは日下部篤也、パンダ。
「──従えねぇよな」
「だな」
高度な結界術に五条を指名したこと。
ほぼ確実に交流会の襲撃犯と同一人物だ。
「上は被害を最小限にするために五条悟
禰々の指示書にあった──五条さんが「大丈夫。僕、最強だから」などと言い出した場合、確実に大丈夫ではないので一切の言動を信用しないでください──という指示は誇張でも何でもない。
禰々がそういうのだから今回五条は本当に大丈夫ではないのだろう。
そんな状況で上層部からは五条単独で事を収めろとの指示。
(そう言えば指示書には上層部も信用するなってあったな。ってことは上層部もグルか?)
五条を煙たく思っている連中は多い。
それは呪霊や呪詛師のみならず高専にも。
特に上層部と五条が犬猿の仲なのは有名な話だ。
(五条がいなくなれば好き放題にできるからな。上が敵の策に乗ったって不思議じゃない。事が終われば都合の悪いヤツらを消して自分達の天下の出来上がり……か)
敵がただの身の程知らずならまだいいが、こうやって高度な結界を念入りに何重にも仕掛けているあたり敵も本気で策を練ってきたらしい。
そんな状況で五条をぶつけるのは愚策だが、それでも五条以上の実力を持つ術師がいない以上、こちらは五条を出すしかない。
「あー……どう考えてもヤベェ気配しかしねぇ」
ポケットから取り出したチュッパチャプスを舐めながら日下部は少々苦い顔をしてみせる。
気になるのは五条のことだけではない。
一般人の様子を確認するために帳の内側に入ってみたが、別に呪霊や呪詛師が殺し回っていたわけではなかった。
問題は地下だ。
大きな呪力の気配がいくつも蠢いていた。
(恐らく特級呪霊……だが、それだけのはずはねぇ)
特級呪霊で囲んで五条をフルボッコ──そんな雑な作戦が通じるわけがない。
その程度で負けるなら呪術師最強という肩書きが泣くだろう。
(何かある。五条を倒せるか行動不能にできる何かが)
五条が行動不能になれば最悪の場合、日下部が特級呪霊と一騎討ちなんてこともありえる。
いや、一騎討ちならまだいいが、まとめてかかってきたりしようものなら必死で逃げるしかない。
思わず日下部は小さく舌打ちを洩らした。
本来なら日下部はこんなヤバい案件に参加したくなかったのだ。
「口では渋る割に今回はやけにあっさり前線に出てきたよな」
「誰が好き好んで出てくるかよ……禰々には恩がありすぎるから仕方なく出てきただけだっつーの。妹の見舞いに行けるように調整してもらったり、緩い任務回してもらったり」
「なるほどな」
◆ ◆ ◆
冥冥班──メンバーは冥冥、憂憂、虎杖悠仁。
「彼女には稼がせてもらっているからね。ここで失うのは惜しい。本気でいくよ、憂憂」
「はい、姉さま!」
冥冥はいつになくやる気だった。
禰々がいなくなれば今後の損失は億は下らない。
何が何でも取り返さなければ。
(禰々さんに稼がせてもらってるって……何かヤバいやり方してるイメージしか湧かねぇ……)
虎杖がそんなことを思っているのを察したのか冥冥は小さく笑いを洩らした。
「別に違法なやり方をしてるわけじゃないさ」
「あ、それなら安心──」
「ちゃんと法の抜け穴を利用しているからね」
「──できねぇ!? やっぱ禰々さんがまともなやり方してるわけなかった!」
やはり禰々はどこまでいっても禰々なのだ。
「まだ法が整備されていない分野だから大丈夫なんだよ。まあ、いずれ規制はかかるだろうが、今ならシステムの穴に気付いてしまえば早い者勝ちで大儲け──」
「ストップ! それ以上聞きたくねぇ!」
冥冥が明らかにヤバい話をし始めたところで虎杖は耳を塞いだ。
バレなければ犯罪ではないを地でいく禰々と金さえもらえれば大抵のことは引き受ける冥冥。
組ませてはいけないタッグがここにもいた。
「はぁ……で、俺達は何すんの?」
「私の術式を使って周辺で異変がないか監視。可能性は低いけど帳の内側に意識が集中している今、外側から襲撃される可能性もあるからね」
「なるほど」
こうして七海班、禪院班、日下部班、冥冥班が渋谷周辺に配置されたわけだが、今回投入された高専の戦力はこれだけではない。
「待たせたな!
突然、虎杖の背後から覚えのある声が響く。
「東堂!? 後、京都校の人達!?」
振り向けば東堂を筆頭に加茂、三輪、真依、西宮と京都校のメンバーが揃っていた。
「何でここに?」
「今朝、俺のところに急にMs.禰々から指示書が送られてきた。《約束を果たせ》と」
以前、交流会前に東京校で暴れた際、禰々は東堂に仕事を一度手伝うという約束を取り付けていた。
指示書に書かれているのはそのことだろう。
「しかし、Ms.禰々は普段そんな曖昧な指示を出す人間ではない。リスクを極限まで下げ、効率的に任務をこなすために死ぬほど細かく指示を送ってくれる」
相手の情報、天候、土地の状態、周辺の住民の人数や密集場所、地域の風習や歴史、帰りに買っておくべきおすすめのお土産まで。
それを無視して好き放題するのは五条くらいである。
「東堂からその話を聞いて私達は直ちに異常事態だと判断した。それにメカ丸とも今朝から連絡が取れない。関連があるかもしれないと思って私達も来たんだ」
「え? メカ丸も?」
「それで……早速なんですけど、これってどういう状況なんです?」
三輪の疑問はもっともだ。
東堂に送られてきた指示書だけでこちらに来たということはまだ禰々がいなくなったことは聞いていないのだろう。
「実は──」
虎杖は禰々がいなくなったこと。
禰々が今回の件を引き起こした犯人と一緒にいる可能性が高いこと。
他言無用の縛りを掻い潜るために指示書が残されていたことを伝えた。
「禰々さんが行方不明!? しかも、敵側についてる!?」
その瞬間、真依が血相を変えて虎杖の胸ぐらを掴む。
「お、おう……」
あまりの剣幕にたじろぐ虎杖。
そして、周りを見れば加茂達の顔も先ほどより更に険しい。
(東堂まで黙ってる……そこまでヤベェのかよ)
東堂も交流会で花御と戦ったとき以上に真剣な顔になっている。
「
「お、おう?」
「気を引き締めろ。これは戦争だ」
禰々がいなくなる──それは虎杖が考えているよりずっと深刻な事態なのだ。
善悪だとか戦う意味がどうだとかそんな次元の話ではない。
禰々を取り戻す。敵は倒す。
成すべきことはその二つのみ。
「君達」
すると隣で何か連絡を受けていた冥冥が立ち上がる。
「渋谷に向かうつもりだったけど行き先変更だ。明治神宮前駅に渋谷と同様の帳が降りた」
ここにきて新たな帳の出現。
渋谷と同様ということはそちらも一般人が巻き込まれている可能性は高い。
「生憎、今回は虎杖君に無理に戦うなという指示が出ていてね。東堂君に戦闘は任せたい。最悪の場合は君の術式で虎杖君を戦場から離脱させてほしい」
東堂は虎杖の「戦うな」という指示を聞いてピクリと眉を動かしたが、すぐにその意図を察したのだろう。
特に何も言うことはなかった。
今回の件がどう転ぶかは五条と虎杖にかかっている。
五条が戦闘不能になれば高専の戦力はガタ落ち。
虎杖──というより宿儺が敵に利用されても被害は甚大なものになる。
どちらか片方だけでも状況はかなり悪化するというのに二つ重なれば致命的だ。
「それから残りのメンバーは私達の代わりに渋谷へ行ってくれるかな。多数の一般人が帳に囚われているらしい。不義遊戯の入れ替えで救助する手もなくはないが、人数が多いせいで現実的じゃない」
こうして冥冥班+京都校は冥冥、憂憂、虎杖、東堂と加茂、三輪、真依、西宮に分かれて行動することになった。
「高田ちゃん関連以外であんなに真剣な顔の東堂先輩初めて見ましたよ……」
渋谷へと足を進めながら三輪が呟く。
二年間見てきたが、東堂があそこまで緊張感を放ったことは滅多にない。
強敵と戦っているときにも獰猛に笑っているような東堂がだ。
だが、隣にいた真依は呆れたようにため息を吐いた。
「馬鹿ね。あれは違うわよ」
「え?」
「禰々さん、東堂先輩に仕事を頼むとき、どこからか高田ちゃんの非売品グッズを手に入れてくるのよね」
「あ……禰々さんがいなくなるとそれが手に入らないから……」
東堂もどこまでいっても東堂なのだ。
◆ ◆ ◆
そしてサポート役の家入班──メンバーは家入硝子、吉野順平。
他者に反転術式が施せる家入は元より、順平もサポート役としてはかなり優秀だ。
術式と式神のクラゲで様々な種類の毒を分泌することはもちろん、その式神に乗っての移動や患者の運搬、式神で打撃を防ぐ壁役になれるなど色々なことができる点は大きな強みである。
「僕の指示書には《家入さんと補助監督のサポート及び警護》ってあったんですけど……」
「まあ、私は貴重な回復役だからね。敵にしてみれば真っ先に潰したい人材だ。ボディーガードは任せたよ」
「に、荷が重いです……」
「胃薬出そうか?」
第五十二話読了ありがとうございました。
今回のストックはここまでです。
本当は一気にラストまで書き上げたかったんですが、戦闘描写に行き詰まっているのでまた気長にお待ちください。