冥冥達が着いたのは東京メトロ明治神宮前駅二番出口側。
そこに降りている帳は二枚。
駅全体を覆う一般人を閉じ込める帳と副都心線ホームを中心とした術師を入れない帳。
更に、その二枚の帳の間──
それが先に到着していた補助監督から伝えられた情報だった。
「間? 中心のホームじゃなくて?」
冥冥の疑問はもっともだ。
結界とは自分を守るもの。
原則として帳を降ろした呪詛師は帳の中にいるものだ。
帳の外にいては発見や迎撃されるリスクが高くなってしまう。
「恐らくですが自分も外に出るデメリットを抱えて結界強度を上げているのだと思います」
それを聞いて東堂と冥冥は顔を見合わせた。
「結界術の基本は無視しているが、それを実行できるだけの手腕がある……か」
「むしろそれくらいの技量がなければ渋谷のど真ん中で呪術テロを起こすなんてことはできないだろうね」
そう考えると渋谷に降ろされた帳も同様である可能性が高いだろう。
冥冥がスマホを取り出して渋谷にいる補助監督達に連絡しているのを横目に見つつ、東堂は話の続きを促す。
「帳を降ろしているのはバッタの呪霊です。術式が確認できなかったことから恐らく二級呪霊。二名の補助監督が負傷しながらも伝えてくれました」
「補助監督が二級呪霊を相手に生き残れたのか?」
「禰々さんが指示書と一緒に簡単な結界を張れる呪符を用意してくれていたので何とか……後は意地ですね」
自分達が死ねば必然的に禰々の仕事が増える。
それだけはあってはならない。
その一心で補助監督達は何とか情報を持ち帰ってきたのだ。
そして、更に重要な情報がもう一つ。
「それから帳の間に……改造された人間がいた、と」
「────!」
その言葉に真っ先に反応を見せたのは虎杖だ。
改造された人間と聞いて思い付くのはただ一人。
真人が来ている。
「アイツが……」
一度はトドメを刺せるところまで追い詰めたにも関わらず逃がしてしまった相手。
今度こそ絶対に祓う。
虎杖は決意を新たに拳を握り締めた。
そして、東堂と冥冥も警戒のレベルを更に一段引き上げる。
「Ms.冥。索敵を」
「もう始めてる」
補助監督達は仕事を果たした。
ならば自分達も続かなければ。
冥冥はカラスと視界を共有して構内を探索する。
「大体わかった」
数分後、冥冥によって伝えられた敵の配置。
改造人間が一般人を襲っているのがB4F。
その下のB5Fは術師を入れない帳が降ろされていて呪力を帯びている冥冥のカラスは入れなかったが、恐らく大半の一般人は改造人間に追いやられてその帳の中にいる。
真人の姿を確認したかったところだが、その前にカラスがバッタの呪霊にやられてしまったため、それ以上のことは不明。
「何のためにB5Fに一般人を集めているのかは不明だけど……ツギハギがいるとなるとグズグズしてはいられないね」
「時間をかければかけるだけ一般人を改造されて手駒を増やされる……か。それなら──」
「そう、戦力を分けて最速で片付ける」
バッタの呪霊は東堂と虎杖。
改造人間は冥冥と憂憂で対処する。
「君達が二級呪霊程度に遅れを取るとも思えないけど、万が一のときはすぐに私達のいるB4Fまで降りておいで」
「「了解!」」
◆ ◆ ◆
虎杖と東堂が地下のフロアに降りると目的の呪霊はすぐに見つかった。
その姿を確認するや否や、東堂は上着を脱ぎ捨てて臨戦態勢を取る。
「おン? 何見テんだヨ」
振り向いたのは伝えられた通りのバッタの呪霊。
その名を蝗GUYという。
「コイツ……だよな?」
「ああ」
「オッオマ、オマエら、ジュジュチュ……じゅじゅちゅ……じゅっじゅっ……呪術師だろ」
たどたどしいが言語を理解しているあたり、一応の知性はあるらしい。
「真人とかいうツギハギ顔の呪霊が来てるだろ? どこにいる?」
「真人は下……俺はココで帳ヲ守ってるンだ」
「────!」
まさか馬鹿正直に場所を教えてくれるとは。
それにもう一つ情報を得られたのは大きい。
蝗GUYは帳を
辺りを見回せば蝗GUYの後ろに呪符で覆われた大きな釘のようなものが床に刺さっている。
「アレ、かなり怪しいな」
「恐らく交流会で帳を降ろすのに使われた呪具と同じだろう」
なら、アレを壊せば帳も上がるはず。
一気に距離を詰めて蝗GUYを蹴り飛ばそうとする虎杖だが、その前に東堂が動いた。
パンッ、と手を叩くと、いきなり東堂の足元に帳を降ろすための呪具が。
「え?」
「エ?」
「フンッ!」
虎杖と蝗GUYが呆然としている間に東堂が呪具を踏み砕く。
さっきまで呪具があったところに目を向けてみれば、そこには代わりに先ほど脱ぎ捨てられた東堂の上着が落ちていた。
確かに不義遊戯で入れ替えてしまえば、これほど楽なことはない。
「オ、オマエ!?」
いきなり守っていたはずの呪具を破壊されたことで蝗GUYが動揺を露にするが、東堂は既に次の一手を繰り出していた。
パンッ、と再び手を叩く音が響くと同時に今度は東堂の横にいた虎杖と蝗GUYの位置が入れ替わる。
「何──ガッ!?」
いきなり虎杖と入れ替えられた蝗GUYは真横から放たれた東堂の拳をまともに食らってしまう。
倒れ込んだ蝗GUYは、ふらつきながらもすぐに立ち上がろうとするが、それよりも早くまた拍手の音。
次の瞬間、蝗GUYの視界に映ったのは東堂の靴底だった。
(何ダ!? 何が起こっテル!?)
東堂は踏み砕いた帳を降ろすための呪具の欠片と蝗GUYを入れ替えたのだ。
強靭な脚のバネ、凄まじい咬合力、タイミング自在の四本腕、鋭い腹部を伸縮させて高速で撃ち出す奥の手──何一つ使えず、ぐしゃり、と蝗GUYの頭は無造作に踏み潰された。
僅か一分にも満たない戦闘。
蝗GUYの消滅を確認すると、すぐさま東堂は歩き出す。
(こんな東堂初めて見た……これが本気の東堂……!)
東堂は普段、特級が相手でなければ術式は使わない。
そんな彼が二級呪霊の蝗GUYを相手に最初から躊躇いなく術式を使っているということはそれだけ本気ということだ。
(ベストな動きができたはずだ。これでいいか? Ms.禰々)
何せ東堂の頭の中には鮮明に思い浮かんでいるのだ。
寒気がするほど綺麗な笑みを浮かべた禰々の姿が。
「今、アナタのそばにいるのは既に
だから特級にしか術式を使わないなどという非合理なこだわりなど捨ててしまいなさい、と。
禰々にとっては仕事を完璧にこなすことが最優先であり、そのためなら徹底的に無駄は切り捨てる。
「もしアナタが無理にこだわりを押し通して何か失態があったら……わかってますよね?」
想像の中だというのにゾッとするほど鮮明に禰々は告げた。
この一件、万が一にも失敗できないことはわかっている。
個人のこだわりなどどうでもいい。
何が最善なのか常に考えろ。
禰々がこれだけ徹底的にお膳立てをして尚、一手の間違いが致命傷になることもありえるのだから。
交流会のときの戦闘も手を抜いていたわけではないが、今回はあのとき以上にシビアに立ち回らなければいけないらしい。
最速、最短で仕事を終えた東堂の成果に満足したのか禰々はスッと消えていった。
「フッ……相変わらずだな」
普通の人間が同じ指示を出しても東堂は絶対に従わない。
威圧的に接してきたなら躊躇いなく殴り飛ばすだろう。
しかし、禰々は違う。
敵に囚われても一切諦めることなく、策を練り、罠を張り、たった一人で敵の情報をこちらに送り、一歩間違えば死ぬ綱渡りを平然とこなしてみせる。
「五条悟専属補助監督──それが私の肩書きです」
その肩書きを背負うなら、この程度のことは出来なければならない──と禰々は言うだろう。
そんな禰々だからこそ今回、東堂は己のこだわりを捨ててまで指示をこなすことを優先したのだ。
「行くぞ、
「おう!」