虎杖達が蝗GUYと戦っていた頃、冥冥は改造人間を粗方殲滅していた。
「残りは──」
「冥冥だな?」
すると、暗闇から姿を現したのは隣に呪霊を従わせた呪詛師──蛯名仁次。
目の下には色濃くクマが浮かび、頬は痩け、足取りも覚束ない状態で、ただでさえ小物じみた風体が更に弱々しく見えていた。
恐らく、刺客として配置されたのだろうが、これでは戦闘というより最早、介錯にしかならないだろう。
「じゃあ、殺すね」
相手の呪詛師や呪霊が動き出すより早く。
こんな雑魚に時間を使うなど無駄でしかないと言わんばかりに。
冥冥は一瞬で距離を詰めると、呪詛師を戦斧で両断する。
更に次の一撃で隣にいた呪霊も祓除。
「事前に削っておいてくれるとはありがたいね。やっぱりあの子は気が利くよ」
丁度、帳も上がった。
後は虎杖、東堂と合流してB5Fへ向かう。
「行くよ、憂憂」
「はい、姉様!」
◆ ◆ ◆
互いに最速で仕事をこなした東堂と冥冥。
素早く合流し、B5Fに揃って飛び込んだ瞬間、
そこにいたのは──
「あれ? 早くない?」
「真人ォ!」
因縁の相手である真人だった。
虎杖は真人に向かっていこうとするが、その前に立っている一般人達が邪魔で距離を詰められない。
「俺が使うぶんの改造人間を補充したかったんだけど……まあ、いいか。バイバーイ」
まるで虎杖には何の興味もないというふうに真人はあっさりとこちらに向けていた視線を切ると電車の運転席に乗り込んだ。
「やる気満々で来たところ悪いけどさぁ、今はオマエより殺したいヤツがいるんだよね」
数ヶ月もの間、山のように余計な仕事を増やしてくれた元凶。
今は虎杖よりも五条だ。
一刻も早く、あの無駄に綺麗な顔面を貫いてやりたくて仕方がない。
真人は全速力で電車を渋谷へと走らせる。
「クソッ! 逃げられた!」
「いや、間に合ったところで戦えなかったよ。これだけ人が密集していてはね」
虎杖の後ろから人混みの間を縫うようにして冥冥が追い付いた。
地下に追い詰められた一般人は相当な人数で、戦闘に使えるようなスペースはほとんどない。
ここで戦闘を始めてしまえば多くの一般人が犠牲になっていた。
そして、このメンバーで真人にダメージを与えられるのは戦闘を禁止されている虎杖だけ。
どのみち戦闘は無理だった。
「なあ、何があった?」
ならばせめて真人の狙いだけでもわからないものかと虎杖は近くの男に話しかける。
「よくわかんねぇけど……電車乗ろうとしたら後ろから来た連中が俺らを押し退けて電車に駆け込んでいったんだよ。それで……その……電車に乗ったと思ったらソイツら全員変な形になって……」
青ざめた顔で震えながら話す男。
目の前で人間が形を変えていくという異常現象を見たのだから無理もない。
男を落ち着かせるように背を擦ってやりつつ、虎杖が気になったのは話に出てきた
駅に降りていた一般人を閉じ込める帳は確かに進入だけなら可能である。
非術師なら帳も見えていないから帰るために電車に乗ろうとして入ってきてしまった可能性はあるのだが──
「仮装とか全然してなくてハロウィンだから集まったって感じのヤツらじゃなかったんだよな……ジジババも結構いたし。アンチハロウィンの宗教団体とか?」
しかし、男の話からするとそういうわけでもないらしい。
真人に改造された正体不明の集団。
ここにきてまた謎が増えるとは。
「他に何か気付いたことねぇ?」
「そう言えばアイツら何か言ってたな……
「
虎杖は首を傾げるが、冥冥と東堂の顔は険しい。
なぜ今その名前が出てくるのか。
禰々がいなくなった時点で事態をかなり重く受け止めていたが、死人の名前まで出てくるとなると、いよいよ想定外だ。
「どう思う? Ms.冥」
「五条君が去年しくじったと思うかい? Mr.東堂」
「さすがにそこまで甘い男ではない。そもそも五条悟とグルの可能性もないだろうな」
「そうだね。五条君は最強だ。誰かと組んだり、小細工を弄する必要はない。それなら……偽物?」
「ないな。ただの偽物にMs.禰々がここまで大きな策を練るとは思えない。それに見た目だけ真似ても五条悟には六眼がある。すぐに看破されるだけだ」
東堂と冥冥は今得ている情報を元に今回の件を分析し始めた。
同姓の別人なんて可能性はないだろう。
それに「夏油様が
「今回の件、夏油君らしからぬ手口であることは確かだ。特殊な結界術の多用。目立ちたがり屋なのに今回は宣戦布告もなし。何より彼は五条君の実力を嫌というほど知っている。わざわざ指名して事を構えるリスクの大きさはわかっていると思うけどね」
「それに百鬼夜行からまだ一年も経っていないのに仕掛けてきたのも引っかかる。うずまきで消費した呪霊達をそこまで早く補填できるわけがない。呪霊操術なしで五条悟に挑むのはさすがに無謀が過ぎるだろう」
しかし、いくら考えても疑問は解けず。
それどころか考えれば考えるほど違和感が増えていく。
「何してんの? 早く追いかけねぇと──」
「静かに。姉様の思考の邪魔です」
中々その場から動かない二人に焦れたのか、会話に割って入ろうとした虎杖を憂憂が押し留める。
今は重要な話し合いの真っ最中だ。
「それにあの電車を追うのは得策ではありません」
方向から考えると電車の行き先は恐らく渋谷だろう。
一般人だらけの構内で五条が戦っているところに車両いっぱいの改造人間を投入する。
それが敵の作戦らしい。
狭い構内で一般人、改造人間、特級呪霊が入り乱れる中、迂闊にそこへ飛び込んでしまえば五条の邪魔になるし、最悪巻き添えで死ぬ。
「そもそも戦うなと指示されているのですから下手に動かないでください」
「そうなんだけどさぁ……俺って禰々さんに信用されてねぇのかな……」
「…………」
「今更気付いたのか、みたいな目で見ないでくんない!? え? 嘘だろ? ねぇ!?」
ショックを受ける虎杖。
スッと視線を逸らす憂憂。
正直なところ虎杖の戦果は──杉沢第三高校で伏黒を助けたこと。里桜高校で結果的にだが七海を助けたこと。交流会で東堂と協力して花御を退けたこと。
それらが宿儺を受肉させてしまったことに見合うかと言われると怪しいところである。
恐らく禰々の虎杖に対する評価はまだマイナス。
色々と世話を焼いているのは五条の暴走を考慮してのことだろう。
頭を抱えて「マジかー!」と嘆く虎杖だが、禰々はそのあたりはシビアな節があるのだ。
そうでなければ謀略策略犇めく呪術界では生き残れない。
冷酷さもときには必要となる。
今回もそうだ。
「夏油君の件は不明な点が多すぎるから確実なことは何も言えないけど……あの子が何を考えているのかは何となくわかったよ」
「
しばらく話しあった結果、禰々の狙いを察した冥冥と東堂。
今回の件、全く犠牲者を出さずに事を収めるのは無理だと禰々は判断したのだろう。
だからこそ
そこで話を打ち切り、冥冥は虎杖に目を向けた。
「虎杖君。その正体不明の集団についてはわかったから気にしなくていい。ツギハギ顔の呪霊が五条君のところに向かったなら彼が何とかするだろう。つまり私達の出番はここまでだ」
「ええっ!? 俺何もしてねぇんだけど!?」
「それでいいんだよ。君の役目は何もしないことなんだから」
むしろ何かされては困るのだ。
「Mr.東堂、君は渋谷へ向かうといい」
「ああ。
渋谷へと向かう東堂の背を見送りながら虎杖は釈然としない気分だった。
「不満かい?」
「まあ……」
虎杖が冥冥に向ける視線には「こういうときのために鍛えてきたんじゃないのか」という思いがありありと込められている。
「確かに君が動くことで助かる人間もいるかもしれない。だが、そう考えるなら逆に君が動くことで犠牲になる人間がいることも考えるべきだ」
「宿儺を出さなきゃいいんだろ?」
「それだけじゃない。君、一時のテンションで動く悪癖があるだろう? 仲間が傷付いたり、追い詰められてからが本気になるタイプ。誰か一人の勝手な行動が致命的になるこの状況で動かれると危なっかしいんだよ」
「うっ……」
「それに君は退くことを知らないからね。戦いが始まってしまえば傷付いても戦えなくなるまで止まらない。でも、宿儺を殺すために生かされている君に死なれると、ここまでの働きが全部無駄になる。よって君は動かないことがベスト」
「ぐっ……」
禰々は虎杖と違って現実主義者。
虎杖の性格。敵との相性。五条の動き。他の術師の配置。その他諸々。
全ての要素を含めて考えた結果、それでも虎杖を戦わせるリスクのほうが大きいと禰々は判断したのだ。
「というか本来、君に求められているのは器としての強度だけだ。五条君がしれっと呪術師にしてるだけで」
「でも、五条先生は──」
高専に入ってすぐに同じことを五条に言われた。
宿儺の指は自分や伏黒が取ってくるから君はここで待っていればいいんじゃないか、と。
しかし、それでも虎杖は「やる」と意見を曲げなかった。
「いや、身も蓋もないことを言ってしまうと、そういう君のこだわりなんて彼女にはどうでもいいんだよ。ただでさえ五条君が好き放題やって大変なのに、そこに余計な仕事を増やされることになるわけだから」
「マジで身も蓋もねぇじゃん……で、でも、五条先生は俺は
さっきのやり取りの後、更に五条は言ったのだ。
宿儺が力を取り戻すために指の在り処を教えてくれる、と。
「交流会で宿儺の指が今回の敵に盗られたけど君は気付かなかった。それに今も指を持っている敵の位置はわからないだろう?」
「確かに……全然わかんねぇ」
かなり初期に言われたことが、ここにきて何の意味もなかったと言われるとは。
「もしかして五条先生って結構適当?」
「今更だね。あの五条君だよ? 彼を信用した君が悪い」
※蛯名仁次の配置を原作から変更しています