普通の攻撃が通じない相手に一番慣れているのは禰々だ。
あの五条にイタズラを仕掛けられる彼女なら、この程度の相手など即攻略してみせるだろう。
「相手の術式がブラックボックスなら、とりあえず条件を暴きましょう」
「はい」
とにかく何でもいいから多角的に試すのだ。
呪力に反応しているのか。
自動で発動するのか手動で発動するのか。
持続時間はどれくらいか。
掌印や詠唱、呪具が必要な術式なのか。
分析しないことには始まらない。
(禰々さんのやり方を真似してみるか)
伏黒は粟坂に気付かれないようにそっと影に左手を入れると、そこから何かを取り出した。
そして、右の拳を振り被って粟坂に真っ直ぐに向かっていく。
拳だろうと呪具だろうと攻撃が効かないと高を括っている粟坂は余裕の表情で待ち構えるが──
「ぶはぁっ!?」
突然、視界は白一色に。
ニヤけた顔面に放たれたのは拳ではなく、左手に握られていた
伏黒の影は物を格納できる反面、その重さを術者が引き受けなければならないというデメリットがある。
しかし、こういう小物なら影に入れても負担する重みは少ない。
そして呪霊はともかく、人間には効くし、何より虚を突ける。
まさかそんなものが飛んでくるとは想定していなかった粟坂が思わず顔を覆った瞬間、伏黒はすかさず右の拳を叩き込んだ。
「ぐぅっ!?」
(今の攻撃はまともに入った……術式は任意で発動するタイプか)
五条のように呪力に反応して自動で防がれるということではないらしい。
このまま連続で攻撃できればよかったのだが、粟坂が腹巻きから小刀を取り出したのを見て伏黒は一旦退くことを選択した。
「脱兎!」
再び大量の脱兎で牽制しつつ、七海のところまで後退。
とりあえず今の攻撃でわかったことを共有しなければ。
「攻撃は当たってますね。五条先生みたいに届いてないわけじゃない」
当たった上で効いていない。
バリアの可能性は除外された。
「それに高速で回復してるわけでもない。そもそも目眩まし後の一撃以外、まともに傷付いた気配がありません」
高度な回復術式、治癒術式ではない。
ならば硬化の術式かと考えたが、それも違う。
殴った感触に呪力で強化された以上の硬度はなかった。
本人を強化するタイプの術式ではないとみるべきだ。
「後は受けたダメージを別のものに押し付ける術式なんかもありえますけど……」
「周りを見たところそれらしいものはありませんでした。離れたところで彼の呪力が動いた感覚もありません」
「となると、攻撃を弱体化させる術式の可能性が高いですね……でも、それなら防御を捨てて攻撃に専念していいはず」
ただの弱体化ではない。
何か条件がある。
そのとき、ふと伏黒は気付いた。
(何で動かない……?)
脱兎の向こうにいる粟坂が動く気配がない。
やけに警戒した様子で構えているだけで、それ以上進んでこないのだ。
(まさか……)
そんな粟坂の様子を見て伏黒の頭に浮かんだ一つの可能性。
攻撃の弱体化という伏黒の読みは
(猪野さんの攻撃を受けても万象に踏まれても平気なのに陽動用の脱兎に警戒したってことは……)
チラリと七海を見れば、彼も気付いたらしい。
僅かなアイコンタクトのみで二人はお互いの作戦を察知すると、
片方は強い力、片方はほどほどの弱い力で叩けば弱いほうの攻撃は強化されて通るはず。
なぜなら──
(──コイツの術式は
強い攻撃ほど弱く、弱い攻撃ほど強くなる。
しかし、単なるあべこべでは空気抵抗などの微弱な力でやられてしまうため、あべこべにできる上限と下限があるのだろう。
その上で呪力で体を強化して身を守っているから攻撃を無効化されたように見えていたわけだ。
「ぐっ!」
「通りましたか」
伏黒の読みは当たった。
全力で殴った伏黒の攻撃はダメージになっていないが、力を調節した七海の攻撃は通ったのだ。
(コイツら……まさか気付いたのか!? さっきの
まさか小麦粉の入った小袋一つで術式を暴かれるとは思っていなかった。
この短時間で術式を見破られたことに驚愕する粟坂だが、二人は更に粟坂が想定していない行動に出る。
「がっ!?」
粟坂に攻撃するついでとばかりに伏黒の拳と七海の鉈が脳震盪でふらついていた部下の男に直撃したのだ。
「
「いや、オマエら明らかにコイツ狙ってたじゃねぇか!?」
思わず粟坂は怒鳴るが、七海も伏黒も聞く耳を持たない。
「言いがかりはやめていただきたいですね」
「オマエが動いたせいで、その人に
この一件が終わった後、上層部に問い詰められても大丈夫なように都合の悪いことは全て
悪びれる様子など欠片もなく、堂々と言ってのける二人の姿に粟坂は鳥肌が立った。
この感覚を彼は知っている。
(最初に「人質にとられた」なんて言ってる時点で気付くべきだった……! コイツら、まるで今日までの数ヶ月間、嫌というほど俺達に仕事を押し付けて、騒ごうが脅そうが顔色一つ変えなかったあの女と同じ……)
顔から血の気が引き、握った拳にじっとりと汗が滲んだ。
コイツらはヤバいと本能が告げている。
しかし、禰々と結んだ縛りのせいで逃げるに逃げられない。
ここで逃げて仕事を放棄したと見なされた結果、縛りを反故にした罰で死ぬのは嫌だ。
(か、勝てばいい……コイツらも上のガキも全員殺せば問題ねぇ)
しかし、心の声とは裏腹に粟坂の体は拒否を示していた。
ドクンドクンと心臓の鼓動がうるさい。
呼吸はどんどん浅く早くなっていく。
膝がカタカタと震える。
それに合わせるように視界も揺れて定まらなくなってきた。
それでも──
(ふざけんな若造が! 俺は生涯現役! 死ぬまで弱者を蹂躙する!)
自分は常に奪う側の人間だ。
往年の呪詛師としてのプライドが粟坂を何とか奮い立たせた。
得物の小刀を構え、二人を睨み据える。
だが、術式が割れてしまったのが致命傷になってしまった。
「フッ!」
「ぐうっ!?」
七海は基本的に十劃呪法を使って威力を上げつつ、たまに術式を使わない、あるいはわざと七:三の点を外すことで威力を抑えて粟坂の術式に対処。
「鵺! 蝦蟇!」
伏黒も攻撃力に差がある式神を同時に使い、更に自身でも攻撃していく。
しかも、それだけではない。
伏黒は粟坂の術式に気付いたとき、同時に攻撃する以外にもう一つ攻略法を見つけていた。
粟坂の術式にはあべこべにできる上限と下限が存在する。
なら、
術式が作用しないほどの攻撃とも言えない攻撃を重ねていく。
まさに禰々の十八番とも言えるやり方である。
(見せてやるよ。禰々さんに仕込まれた何でもありの戦い方を)
そこから先は一方的だった。
攻撃の合間に影から取り出したトリモチを顔面にぶつけて呼吸できないようにさせる。
オイルを地面に垂らして滑らせる。
墨汁を使っての目潰し。
シンプルにワイヤーで手足を引っかける。
服に大量の瞬間接着剤を胴体めがけてぶちまけることで服を貼り付けて動きを阻害するなど、細々した攻撃とも言えないような攻撃が随所に挟まれていた。
「よっと」
「もがっ!?」
挙げ句の果てには近くに転がっていた大きめのカラーコーンを粟坂の頭に被せて視界を遮るなんてことをする始末である。
「ふ……ふざけんな! ガキの喧嘩じゃねぇんだ!」
こんなやり方をされてしまってはあべこべも呪力強化も関係ない。
強い攻撃が効かないからといって開き直り過ぎではないだろうかと思ってしまうが、これが禰々のやり方である。
「それでも呪術師か!? プライドはねぇのか!?」
「オマエみたいな木っ端呪詛師にやられるほうが恥だ」
禰々の影響を思い切り受けている二人が相手では分が悪すぎた。
元々、粟坂の勝利パターンは相手の必死の一撃をあべこべにしてからのカウンター。
しかし、あべこべにされるとわかっている二人は全く大技を出してこない。
延々と強弱をつけた攻撃で粟坂を削っていく。
(このまま俺が限界を迎えるまで嬲り殺すつもりか!)
もう既に連日の疲労のせいで立っていることも怪しいのだ。
粟坂の術式は攻撃に合わせてあべこべの基準を調整する必要がある。
しかし、今の粟坂にはもう細かい調整ができるだけの集中力はない。
何とか目で捉えた攻撃だけはあべこべにしているが、そもそも二対一で手数は倍の上、使えるものは何でも使う多様な攻撃が繰り出されるせいで全く対応が追い付いていなかった。
「ぐ……うぅ……!」
(こんな……こんな若造にこの俺が……)
禰々がよく言っていることだ。
相手が人間であれば心を折るのが一番早い。
二人を見て禰々のことを思い出した時点で粟坂はもう雰囲気に飲まれていた。
そして、じわじわと削られ続け、ついに粟坂の呪力が尽きると同時に術式が解除されてしまう。
(マズい……攻撃に対応するのに必死になりすぎた……!)
「その瞬間を──」
「──待ってましたよ」
これで力加減は必要ない。
伏黒の全力の拳と七海の十劃呪法込みの拳が同時に粟坂に炸裂する。
「テメエら……性格……悪すぎ……だ……」
最後にそう言い残して倒れた粟坂。
完全に反撃の気配がないことを確認してから二人は顔を見合わせると、同時に肩を竦めてみせた。
「禰々さんに比べれば──」
「──俺達程度大したことないですよね」
粟坂と部下は補助監督達に回収を頼んでおく。
「さて、術師を入れない帳は上がりましたが、まだ周辺に残党がいる可能性があります。見つけ次第対処していきましょう」
「他にも上層部の部下が出てきたときはどうします?」
「同じように適当に流れ弾や巻き添えでやられてもらいましょう」
この後、猪野と合流した七海と伏黒は周辺を掃討するべく動き出した。
久しぶりにちゃんとイタズラの描写入れると楽しいですねぇ。