花御が祓われ、脹相は当てにできず、実質単独になってしまった漏瑚。
それでも諦めないのはさすがというべきか。
人混みに紛れながらヒットアンドアウェイに徹して何とか時間を稼ぐ。
そんな漏瑚を五条は淡々と追いかけていた。
(最終的に禰々がやろうとしていることはわかってる)
黒幕は相当狡猾で慎重だ。
実力もかなりのものだろう。
そんな相手をむざむざ逃がすようなミスはできない。
禰々は恐らく待っている。
敵を確実に
だが、五条にも譲れないものがあるのだ。
(傑は僕が弔う)
今度こそ絶対に。
もうしくじらない。
有象無象の呪詛師では五条の相手にならないことがわかっている以上、特級呪霊を片付けてしまえば黒幕自身が出てくるしかないだろう。
そこを確実に仕留める。
獄門疆の封印条件さえ満たさなければ確実に勝てる。
(そこが一番ネックなんだけど)
夏油の肉体で五条の目の前に現れることで条件を満たすつもりなのだろう。
そこは禰々から伝えられた指紋や筆跡などの情報で推測できた。
しかし、だ。
事前にわかっていても、夏油の肉体を持つ者が目の前に現れたとき、五条はいつもと同じ動きができるだろうか。
冷静にその場から離れられるだろうか。
あの三年間の青春の日々を思い出さずにいられるだろうか。
それほどあの三年間は五条にとって大きな意味を持っている。
「……っと、まずはこっちに集中か」
何だかわからないがここにいるのはマズいと周囲の一般人も思考が追い付いてきたのだろう。
かなり人が捌けて動きやすくなってきた。
このまま一般人が減ってスペースができれば漏瑚を捉えられる。
だが、漏瑚が何かに気付いたように背後を振り返った。
「来たな!」
その視線の先にはホームに入ってくる電車。
この状況で普通に電車が来るわけがない。
そんな五条の予感通り、ホームに止まった電車の中からは大量の改造人間が飛び出してきた。
「────!」
更にそれに合わせて上から落ちてきたのは地上にいた一般人。
五条が上を見ると先ほどまで花御が塞いでいた吹き抜けが開いている。
(なるほど……そういうことね)
改造人間によって死者が増え、地上からの一般人の投入によって生者も増える。
これでは埒が明かない。
(どうする……領域を展開して一般人諸とも特級呪霊と改造人間を殺すか? いや、それはできない)
それが最速の解決策であるが五条が一般人を殺すわけにはいかない。
特級呪霊だけを狙い撃つには改造人間と一般人が邪魔。
改造人間だけを狙えば特級呪霊が一般人を殺すだろう。
(こうやって悩ませることも狙いのうちなんだろうけど……ってアイツは……)
そのとき五条の目が捉えたのは改造人間達の中に佇む真人。
(ツギハギ! 七海と悠仁の言ってたヤツか!)
どこにいるのかと思っていたが、まさか駅の外で改造人間を量産していたとは。
すると、ゆらりと緩慢な動きで真人の濁った目が五条に向けられた。
「五条悟……!」
真人の頭を過るのはこの数ヶ月の仕事漬けの日々。
五条による呪霊祓除の際の周辺被害に関する書類。
五条がこちらに丸投げした任務の報告書。
五条が勝手に持ち出した呪具の使用申請書。
五条がサボった授業の資料作り。
五条が経費で落とせと無茶を言ってきた無駄な買い物の精算。
五条への苦情その他諸々の処理。
「コイツが……あの大量の仕事の原因……!」
確かな土壌。一握りのセンスと集中力。後は些細なきっかけで人は変わる──ならば人から生まれた呪霊もまた同じ。
些細なきっかけさえあれば──そう、
更にオフィスに籠りきりで外界との接触がほとんどなかったこともきっかけの一つとなった。
狭いオフィスの中、何の娯楽もない環境に飽きた真人は自分の魂と向き合う時間が増えたのだ。
そして掴んだ──己の魂の本質を。
「無為転変──」
自身に向けて術式を行使。
次の瞬間、真人の体が変貌する。
本来踏むはずの段階を一気に省略──呪霊として別次元の存在へと上り詰めたのだ。
「──遍殺即霊体」
体つきはより筋肉質に。
両肘には通常時にはなかったブレードが。
両手はそのままということは無為転変は変わらず使えるのだろう。
(この状況で進化!? 漫画の主人公かよテメェは!)
目を見開く五条めがけて真人は改造人間を足場に一気に距離を詰める。
そして、五条に拳を繰り出すが──
「ハハッ、マジで当たんない!」
当然、五条は無下限で防御。
すかさずカウンターで蒼の吸い込み反応を重ねた拳を繰り出すが、返ってきたのは硬い手応え。
体の強度が劇的に跳ね上がっているらしい。
しかし、これ以上蒼の出力を上げれば周りの一般人達を巻き込んでしまう。
人が密集しているこの状況で更に威力の高い赫は撃てない。
それ以上の茈は言わずもがなだ。
(いよいよできることがなくなってきたな)
相手に領域展延があるとはいえ、五条が術式を強く保てば無下限で耐えられる。
しかし、耐えたところで何になるのか。
耐えている間に改造人間によって一般人が死んでいくだけだ。
逃げても同じこと。
しかし、攻めるにしても体術と呪力操作だけでは決め手に欠ける。
せめて改造人間を排除してスペースを確保しなければ蒼すら撃てない。
(なら──)
今の最善策はこれしかないだろう。
一か八かの賭け。
五条の右手が帝釈天印を結ぶ。
「
「マジか!?」
真人達に走る緊張。
まさかやるつもりなのか。
この状況でそんなことをすれば少なくない一般人が巻き込まれるというのに。
だが、五条は構わず続ける。
「──無量空処」
五条の選択は──
コンマ二秒は五条が勘で設定した非術師が廃人にならず、後遺症も残らない無量空処の滞在時間。
一瞬とは言え領域内で膨大な量の情報を脳にぶちこまれた結果、その場の非術師、改造人間、呪霊の動きは一斉に停止。
同時に五条は改造人間のみに標的を絞って可能な限り最速で倒していく。
そして、特級呪霊達が無量空処のスタンから復帰する前に改造人間を鏖殺──その間僅か二百九十九秒。
(改造人間はこれで全滅……)
乱れた呼吸を整えつつ、確実に生き残りがいないことを確認。
これで状況は振り出し。
後は花御を殺ったときと同じようにコンパクトに立ち回って漏瑚と真人を仕留めればいい。
(その後は傑の体を乗っ取ってる黒幕をどうするかだが……)
そこまで考えたとき、顔を上げた五条の視線が一点で止まった。
五条の正面。
ほんの数メートル先にそれはあった。
呪符で包まれた立方体──紛うことなき獄門疆である。
(このタイミングで来やがった!)
獄門疆──開門。
獄門疆が開き、中から巨大な一つ目のアメーバのようなものが現れる。
だが、まだそれだけだ。
封印の条件が全て満たされたわけではない。
(封印が有効な半径四メートルから離れれば──)
しかし、五条が動こうとしたその瞬間だった。
「や、悟」