私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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61.彼女は知っている。あの人がしくじらないわけがない、と。

「や、悟」

 

 背後から聞こえたその声を忘れるわけがない。

 五条の頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響く。

 振り向くな、と。見るな、と。逃げることを最優先にするべきだ、と。

 ここで振り向いてしまえばどうなるかはわかっている。

 わかっているというのに。

 それでもなお、視線がそちらへ向いてしまうのを五条は止められなかった。

 

「久しいね」

 

 視線の先にいたのはまぎれもなく去年自らの手で葬った親友。

 その瞬間、五条の脳内に溢れ出す三年間の青い春。

 親友と過ごした日々が走馬灯のように一瞬で脳内を駆け巡る。

 そして、その刹那の時間で獄門疆の条件は満たされてしまった。

 封印有効範囲四メートル以内かつ対象の脳内時間で一分経過。

 逃げる間もなく獄門疆が五条の体を拘束する。

 

「──っ!」

 

(やられた!)

 

 わかっていたのに。

 術式を使おうとしても呪力が感じられず、振りほどこうとしても体に力が入らない。

 いくら五条が最強だとしてもこの状況から抜け出す術はない。

 完全に詰み。

 

「だからアナタは信用も信頼もできないんですよ」

 

 そんな禰々の声が聞こえた気がした。

 事前にあれだけ情報を渡していたのに。

 何たる無様。

 何たる醜態。

 これで最強なんてお笑い草もいいところだ。

 

「ダメじゃないか、悟。戦闘中に考え事なんて」

 

 五条は目の前にいる親友の体を乗っ取った人物をジロリと睨み付ける。

 

「で、誰だよオマエ」

 

「夏油傑だよ。忘れたのかい? 悲しいね」

 

「肉体も呪力も……この六眼()に映る情報はオマエを夏油傑だと言っている」

 

 しかし、()()

 こうして対面してみるとよくわかる。

 コイツは断じて夏油ではない。

 

「だが()の魂がそれを否定してんだよ。さっさと答えろ! オマエは誰だ!」

 

「……キッショ。何でわかるんだよ」

 

 羂索は額の縫い目をほどいて、不気味な口が付いた白い脳髄を露にする。

 

「そういう術式でね。脳を入れ換えれば肉体を転々とできるんだ。もちろん肉体に刻まれた術式も使えるよ」

 

 今回の作戦で一番の山場を終えたことで余裕ができたのか羂索はニヤニヤと笑って語り始めた。

 

「君さぁ、夏油傑の遺体の処理を家入硝子にさせなかったろ。変なところで気を遣うね。おかげで楽にこの肉体が手に入った」

 

 五条がちゃんと規則を守っていれば。

 あるいは処理が終わるまで見張っていれば。

 羂索の計画はもう少し手間取っただろう。

 全く間抜けなことをしたものだと嘲笑うような羂索の視線に五条は静かに奥歯を噛み締めた。

 

「君、強すぎるんだよ。私の目的に邪魔なの」

 

「忘れたのか? 僕に殺される前、その体は誰にボコられた?」

 

 去年の百鬼夜行──夏油による東京と京都の同時攻撃を隠れ蓑にした高専襲撃。

 狙いは乙骨と一緒にいた祈本里香の奪取。

 しかし、紆余曲折あった結果、夏油は切り札の極の番を繰り出したにも関わらず乙骨によって迎撃されたのだ。

 

「それにまだ禰々がいる。アイツならどうにかするさ」

 

「ハハッ、まだそんなことを言ってるとはね。その獄門疆は誰から渡されたと思う? 禰々からだよ」

 

 だが、五条の言葉を羂索は鼻で笑い飛ばす。

 禰々は既にこちら側なのだと。

 

「それに乙骨憂太の無制限の術式模倣(コピー)と底なしの呪力は最愛の人の魂を抑留する縛りで成り立っていたに過ぎないものだ。それがなくなった今、君ほどの脅威じゃない」

 

 百鬼夜行の最後、祈本里香は乙骨が主従関係を破棄したことにより、その魂を縛っていた呪いは解呪された。

 結果、乙骨は祈本里香によって担われていた無制限の模倣(コピー)と底なしの呪力を失うことになったのだ。

 それでも乙骨は百鬼夜行後、僅か三ヶ月で特級術師に返り咲いたのだが。

 

「懸念していた九十九由基の情報も禰々が仕入れてくれたしね」

 

 五条は封印。

 乙骨は五条の代わりにはなり得ない。

 九十九も手持ちの術式で対処可能と羂索は判断した。

 

「最高戦力の特級術師達が攻略できれば、その他の術師が束になってかかってきてもそこまで怖くはない」

 

「……そうかよ」

 

 そう思ってくれているのか。

 警戒すべきは五条でも他の術師でもないということに未だに気付いていないとは。

 五条は思わず緩みそうになる顔を引き締めた。

 あの用意周到な禰々がこのまま終わるはずがない。

 それは絶対だ。

 

「夏油」

 

「真人、起きたのかい?」

 

 すると、他の呪霊達より一足早く無量空処の硬直から復活した真人が近付いてきた。

 

「もう動けないんだし、今まで余計な仕事を増やしてくれた仕返しに何発か殴ってもいいよね?」

 

「駄目だよ、真人。封印有効範囲四メートル以内で脳内時間一分が経過すると獄門疆の定員をオーバーするからね。せっかくの封印が解ける可能性がある。今までの恨み辛みを思い出さずに殴るなんてできないだろう? それにうっかり死なれても困る」

 

「はいはい」

 

「不満はあるだろうけど、今は無様に捕まったあの姿を見て満足しなよ」

 

 そう言って羂索と真人は五条に顔を向けニタリと嫌な笑みを浮かべてみせた。

 

「いやー、それにしても絶景だね。千年待ちわびた光景となると感動も一入だよ」

 

「僕最強だから、なんて余裕綽々で言ってるからこういうことになるんだよ。ところが実際はこの様とはね」

 

 ゲラゲラと笑う二人に向かって五条はベッと舌を出してみせるくらいが関の山。

 

「やるならさっさとしてくれ。むさ苦しい上に眺めも悪い」

 

「それもそうか。私も君が暴れまくった事後処理のせいで連日徹夜で眠くてね。さっさと終わらせて寝たいんだよ。おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう」

 

 閉門──という号令と同時に獄門疆が閉じ、元のルービックキューブ大に収縮して羂索の手に収まる。

 

「封印完了」

 

 やっと成し遂げた。

 数百年かかってようやくだ。

 まだまだ今後やらなくてはいけないことは山ほどあるが、とりあえずは一安心。

 そう、羂索は()()()()()()()()

 その瞬間を見られているとも知らずに。

 

(やっぱりアイツは禪院(うち)の血筋だな。五条の坊が動ける間は敵も警戒を解かねぇだろうが、封印できたとなれば気が緩むのも無理はねぇ)

 

 瀬戸際を乗り越え、仕事からも解放されたその瞬間が一番隙ができる。

 もしも羂索が万全であったなら、ここに至るまでの不自然な点を怪しんだだろうし、疑っただろう。

 しかし、ここ数ヶ月の大量の仕事と頻繁な反転術式の行使により、羂索は精神的にも肉体的にも削られていた。

 だから犯してしまったのだ──勝利を確信し、油断してしまうなどという典型的なミスを。

 その隙を作ることこそが禰々の真の目的だった。

 五条は確かにしくじってしまった。

 しかし、そのしくじりも禰々の計算の内だったとしたら。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 禰々なら平然とそういうだろう。

 事前に構内に仕掛けられた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という縛りをかけられたミニメカ丸が静かに起動する。

 

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