私、性格悪いんですよね   作:Midoriさん

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※反転術式で再生した時点でその部位の呪術的な価値はゼロになるらしいですが、この小説では反転術式で回復した部位でも芻霊呪法は有効なものとします。


62.彼女と関わったことが運の尽きである

「釘崎──やレ!」

 

「──了解!」

 

 ミニメカ丸からの通信を受けて動いたのは釘崎。

 地下室で釘崎に渡されたものは三つ。

 指示書と通信用のミニメカ丸、それにクーラーボックスに入った大量の腎臓である。

 《ミニメカ丸の起動を合図に腎臓に全力で共鳴りを放て》──それが釘崎への指示だった。

 

「芻霊呪法──」

 

 なぜ指示役がメカ丸なのかも、この腎臓が誰のものなのかも釘崎は知らない。

 だが、禰々が用意したのだから全ては必要なことなのだろう。

 この腎臓を渡してくれた五条が何とも言えない表情をしていたのが引っかかるが、それは置いておく。

 今はただ全力で禰々からの指示をこなすのみ。

 ありったけの呪力と殺意を籠めて釘崎は金槌を振り被った。

 

「──共鳴り!」

 

 資金源として売り払われた腎臓達に重ねられた藁人形めがけて黒い火花を放ちながら容赦なく釘が叩き込まれる。

 そして、腎臓との繋がりを通じて、そのダメージは本体へと伝播。

 無防備な羂索に容赦なく炸裂する。

 

「──がぁっ!?」

 

「夏油!?」

 

 突然、内側から弾けるような激痛に襲われた羂索は思わず膝を折って踞った。

 

「ごふっ……!」

 

 何が起こったのか考えるより先にボタボタと羂索の口から大量の血が零れる。

 

「は……?」

 

 何か壊れてはいけない臓器がやられた感覚。

 完全な不意打ちであったため、呪力による防御も間に合わなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 しかも、その攻撃は一度では終わらない。

 二度──三度──と何度も繰り返し羂索にダメージを与えてくる。

 肺をやられたのか口からは血の泡が溢れ、言葉を発するどころか呼吸さえ危うい。

 

「っ……!」

 

 しかも今回は黒閃によるゾーン状態のおかげで釘崎の呪力はより研ぎ澄まされて鋭さを増していた。

 圧倒的格上である羂索にすら絶命寸前のダメージを与えるほどに。

 

(周りに術師の気配はない……遠隔攻撃の術式か)

 

 羂索の額にダラダラと冷や汗が浮かぶ。

 手足が痙攣し始め、目の焦点さえ合わなくなってきた。

 死が迫ってくるのがわかる。

 随分と忘れかけていた感覚だ。

 しかし、羂索も呪術全盛の時代を生きてきた猛者の一人。

 そこからの判断は早かった。

 とにかく必死に反転術式を回してギリギリで命を繋ぎながら、羂索は震える両足に何とか力を込めて立ち上がろうとする。

 五条の封印は達成した。

 もうわざわざ戦う理由はない。

 獄門疆さえ持って逃げてしまえば後はどうとでもなる。

 しかし、ここで羂索にとって想定外の事態がもう一つ。

 突然、獄門疆がその重さを増したかと思うと床にめり込んだのだ。

 

「────!?」

 

 どうやら獄門疆が五条悟という存在を処理し切れていないらしい。

 そんなことがありえるのか。

 

「何てヤツ……!」

 

 どこまで特別なのだ。

 どこまで規格外なのだ。

 これでは逃げることもできない。

 それでも獄門疆が五条悟の情報を処理しきるまで耐えきればこちらの勝ちだ。

 術師の犠牲を最小限にするために五条以外は帳に侵入してくることはないと羂索は読んでいた。

 そもそも術師を入れない帳の強度は色々な縛りで底上げしてあるし、それを突破できるとしても誰が特級呪霊がゴロゴロいる場所に好き好んで入ってくるのか。

 

(普通はそう考えるよなぁ)

 

 しかし、一人だけいるのだ。

 渋谷に降ろされた四重の帳を難なく潜り抜けられる特異体質で、特級呪霊を相手できるだけの実力を持ち、尚且つ羂索の呪力感知を容易に無視し、誰にも気付かれることなく駅の中に潜んでいられる人物が。

 

「ダメじゃねぇか、前髪野郎。勝ちを確信して油断なんて」

 

「────!」

 

 背後から聞こえた声と僅かに感じた呪力に反応して羂索が振り返るより早く、その首が撥ねられていた。

 

「伏黒……甚爾……!?」

 

 宙を舞う羂索の首が視界に捉えたのは釈魂刀を振り抜いてニヤリと笑っている甚爾の姿。

 

「九州へ任務に行ったはずじゃ……」

 

「ククッ……随分削られてるみたいだな。渡された情報をそのまま信じるなんて。縛りは結んだんだろうが、アイツは()()()()()()()()()()()()なんて言ったか?」

 

 羂索が禰々と結んだ縛りは、()()()()()()()、だ。

 ()()()()()()()()()()

 偽の情報でも情報は情報。

 九州への任務を依頼したという話は甚爾から目を逸らすための真っ赤な嘘だった。

 

(アイツ、マジで五条のこと信用も信頼もしてねぇんだな。絶対にしくじるだろうって負の信頼はあるらしいが)

 

 禰々は五条など最初から当てにしていない。

 それでも五条(最強)を捨て駒に使うなんて誰が考えるのか。

 しかし、そんな案を平然と実行するのが禰々である。

 禰々は五条が獄門疆からは逃れられないことを確信して、あえて羂索の思い通りに事を進めた。

 羂索にトドメを刺すのは五条である必要はない。

 敵を葬れるなら誰でもいい。

 漫画や小説でよくある「これは俺がやらなくちゃいけないことなんだ」や「アイツは俺が倒す」という使命感に満ちた考えは邪魔でしかない。

 他に有効な手があるなら躊躇なくそちらを使う。

 その点は禰々はどこまでもドライだった。

 

「オマエみたいな隙のないヤツには緩急つけて偽のゴールを作ってやるんだ。計画通りだったのはオマエじゃねぇ。アイツのほうさ」

 

「いつから……」

 

 こんな筋書きをいつの間に考えた。

 まさか羂索が初めて接触したあの夜からなのか。

 獄門疆を渡せば当然、羂索はそれを使う。

 もちろん狙いは五条。

 そして、夏油の肉体を乗っ取ったことから、それを利用して五条の脳内時間で一分を経過させるつもりだろう。

 獄門疆を要求された時点で禰々はそこまでたどり着いていた。

 そして、五条の性格を考慮すれば羂索の策を回避するのは困難。

 それならば五条が封印される前提で反撃の策を練ればいい。

 

(しかし、綺麗に嵌められたものだね)

 

 甚爾が呪力探知に引っかからないとしても攻撃の瞬間は呪具を取り出すためにバレてしまう。

 呪力を帯びていない普通の武器で攻撃する手もあったが、反転術式が使えることと反撃を考慮すれば一撃の不意打ちで決めたい。

 そこで禰々は大量の仕事で羂索の体力、集中力を削ぎ、なおかつ資金調達の名目で肉体の一部を回収。

 五条の封印で気が緩んだ瞬間を釘崎の芻霊呪法で動きを封じた上で甚爾がトドメを刺すのが本命。

 ここまで徹底的に嵌められてしまっては羂索もお手上げだった。

 しかも、それを行うために躊躇なく敵の懐に飛び込んでくるイカレっぷり。

 彼女にとっては恐らくただ仕事をこなしただけ。

 必要だからやった──その程度のことに過ぎないのだろう。

 

「真人!」

 

 しかし、最後の足掻きとばかりに羂索は叫ぶ。

 釈魂刀で切られた傷は反転術式では回復しない。

 つまり首を切られた時点で渋谷事変は失敗。

 羂索が考えていた今後の計画も水泡に帰した。

 だが、ここまで散々引っ掻き回してくれた禰々に何か一つでも仕返しをしなければ気が済まない。

 羂索の叫びに応えるように真人が甚爾目掛けて手を伸ばす。

 

「あー……コイツは魂を観測してねぇとダメージが通らねぇんだったか?」

 

 だが、自身に向かってきた真人の手を甚爾は無造作に叩き切った。

 

「は?」

 

 真人は信じられないものを見るような目を己の傷口に向ける。

 今の感覚は紛れもなく──

 

(──魂ごと切り裂かれた!? まさか……)

 

「知覚してるのか! 魂の輪郭を!」

 

「俺の肉体は特別製だからな。無生物の魂でも観測できるんだよ」

 

 そして釈魂刀はあらゆるものの硬度を無視して魂さえも切り裂く呪具。

 硬度を上げた真人の防御すら釈魂刀の前には無意味なのだ。

 甚爾は続け様に釈魂刀を真一文字に一閃。

 真人の頬を左から右へと切り裂いた。

 

(あふ)がっ!?」

 

 まずは領域展開を封じる。

 更に真人が飛び退くより早く、返す刀で手足を切って逃がさない。

 

(なら、ストックした改造人間で──)

 

 しかし、それも遅い。

 改造人間を吐き出す前に目にも止まらない速さの甚爾の刺突が連続で真人の体を穿つ。

 その突きは正確に真人が体内にストックしていた改造人間を粉砕。

 

(コイツ……! 速すぎんだろ!)

 

 分身する暇さえ与えてもらえず、己の魂がゴリゴリと削られていく感覚に真人は恐怖した。

 天敵は虎杖だけ──そんなことはなかったのだ。

 むしろ踏んできた場数の多さや冷静な判断力があるあたり、虎杖よりも厄介極まる。

 更に釈魂刀のせいで防御が意味をなさないため、これなら変形してタイミングをズラすことで対策できる黒閃のほうがまだよかった。

 しかし、絶望に打ちひしがれる真人に甚爾はニヤリと笑いかける。

 

「オマエはまだ利用価値があるから殺さねぇよ。他の特級も始末しなきゃならねぇし」

 

「は?」

 

 言うが早いか、甚爾は思い切り片足を振り抜いて達磨にした真人を蹴り上げた。

 そして天井をぶち抜いて渋谷の上空に放り出された真人。

 

(何のつもりだ……?)

 

 意味がわからない。

 殺せたはずだ。

 あの状況で真人にとれる手段は何もなかった。

 呪力も尽きかけ、己の魂を強く保つことすら無理な状態。

 見逃す理由などないはずなのに。

 

(まあ、いいか。逃がしてくれるっていうなら逃げてしまえば──)

 

 最後の呪力を振り絞り、羽を生やして逃げようとした真人。

 しかし、何の考えもなく敵を見逃すなんてことはやはりありえないわけで。

 

「見つけたァ」

 

「──っ!?」

 

 逃げようとした真人を何かが掴む。

 目を向ければ、そこには白い化物がいた。

 それは《リカ》。

 かつて乙骨に取り憑いていた祈本里香──彼女の成仏後に乙骨に残された()()()の術式と呪力の備蓄の役割を担う存在である。

 

(誰だよコイツ!?)

 

 しかし、真人がそんなことを知るはずもない。

 そうして混乱している間にリカの肩に何者かが降り立った。

 

「ふぅ……禰々さんの指示を受け取ってから最速で帰ってきたけどギリギリだったね」

 

 海外にいた乙骨である。

 彼もまた禰々からの指示を受けていた。

 《即帰国》、《めぼしいものが見つかればコピー》、《後は臨機応変に》。

 禰々らしからぬ簡潔過ぎる指示。

 それを見て事態の深刻さを察知した乙骨は指示通りに帰国するなり駆け付けたというわけだ。

 

(めぼしいものが見つかればコピー……ってことは、それだけ強力な術式を持つ術師か呪霊がいるってことだよね)

 

 乙骨はチラリとリカの手に捕らえられている真人に目を向ける。

 帰国の最中にも乙骨は伊地知と連絡を取り、できる限りの情報を共有していた。

 そのとき伝えられた敵方にいる特級呪霊についての情報。

 呪力は底を突いているが、コイツは間違いなく例の特級。

 わざわざ甚爾が乙骨の方向に蹴り飛ばしたのは言わずもがなコピーしろということだろう。

 

「憂太ァ、これ食べていいィ?」

 

「うん」

 

 そして、リカの巨大な口が目の前で開く。

 

「待て! やめ──」

 

 真人がやめろと言葉を紡ぐ前にリカは容赦なく真人を食いちぎった。

 特級呪霊 真人──祓除。

 同時に乙骨が無為転変を模倣(コピー)

 

「こっちも頼むぜ」

 

 続いて甚爾が乙骨に向けて蹴り飛ばしたのは夏油の胴体。

 羂索が死んだことにより、調伏されていた呪霊達が溢れ出して暴走し始める。

 空中にばらまかれた呪霊達がこのまま渋谷の街にいる人間を襲い始めれば被害はとんでもないことになるだろう。

 しかし、その点は抜かりない。

 

()()()!」

 

 乙骨が既にコピーしていた呪言により、呪霊達の動きが一斉に止まる。

 更にその隙を使って──

 

「──無為転変」

 

 乙骨は自身に無為転変を使用。

 さすがにまだ得たばかりの術式であるため使いこなすところまではいかないが、それでも今は十分だ。

 筋肉をより強靭に。

 心肺機能も強化。

 肉体を変化させることで赤鱗躍動以上に能力を引き上げる。

 ただでさえ五条に次ぐ異能と云われている乙骨がそんな力を得ればどうなるか。

 有象無象の呪霊が何匹いようと相手になるわけがない。

 リカと協力して片っ端から呪霊を潰していく。

 羂索が内包していた呪霊の対処は乙骨とリカで問題なし。

 羂索の最後の悪あがきさえも禰々は見越していたのだ。

 残るは──

 

「オマエらだな」

 

「なっ……!?」

 

 背後から高速で襲いかかろうとした漏瑚を甚爾は事も無げに頭から真っ二つにしてみせた。

 漏瑚が普段のスペックを発揮できていたなら、少なくとも一撃で両断されることはなかったかもしれない。

 しかし、ここ数ヶ月間の禰々による削りで漏瑚の動きは甚爾にとって何の脅威にもならないほどに落ちていた。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 呪力がない人間に負けるなどありえない。

 そう言わんばかりに愕然とした表情で漏瑚は塵となって消えていった。

 特級呪霊 漏瑚──祓除。

 

「よくもみんなを──」

 

「はい、お疲れ」

 

 次々と同胞達がやられていく様子に激怒した陀艮だったが、漏瑚と同じように動きは連日の疲労で鈍く、甚爾が釈魂刀の一閃で首を落とすほうが圧倒的に早かった。

 特級呪霊 陀艮──祓除。

 僅か一分にも満たない間に状況は逆転。

 五条封印の歓喜も束の間、羂索と呪霊達は絶望に突き落とされて消えていった。

 

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