≪戦闘システム起動≫
まだ砲声は遠い。
しかし、次第に存在感を増していることは間違いない。
ここは防衛対象である地方都市B17より前線に近く、
発着場と言っても土木作業用に改造された重量級ティタンが整地を行い、分厚い鋼板を敷き均しただけ。
最低限の機能しか期待されていない。
これから始まる作戦が荒野の砂塵に埋もれなければ、それで良い。
≪諸君、前線の状況は芳しくない≫
電磁ノイズの混じった通信が狭いコクピットを反響する。
≪Eフィールドは態勢を立て直しつつあるが、
空中強襲旅団シルバーピアサーズを率いる旅団長、グッドイヤーの声に普段の軽薄さはなく、軍人然とした堅さがあった。
顔の見えない通信越しでは、
≪敵主力との交戦に伴い、各防衛線の損害は2割に達しつつある≫
視界右上に拡大投影された戦況図は、押し寄せる赤い津波に削孔される防波堤が映っている。
赤い津波は抽象的シンボルではなく、全て
ゲームバランスを考慮しないエネミーの圧倒的物量は地上に向けられている。
≪背部ユニット接続完了、ストライク・ヴァンガード・システム起動≫
≪エネルギー供給開始、タジマ粒子変換率……≫
コクピットに鈍い衝撃が走り、ポップアップする情報ウィンドウ。
そこに記された機体情報が目まぐるしい速度で更新されていく。
姿勢制御、エネルギー供給、火器管制――ティタンを別種の兵器へ書き換える。
エラーを瞬時に消化し、ジェネレーターが機嫌よく低周波の唸り声を上げる。
長大な発射レールを映すメインカメラに、最終点検を終えた整備クルーのサムズアップが入り込む。
翼のない巨人は、今この時だけティタン・フロントライン最速の航空機械となる。
「つまり、ターゲットの防衛戦力は想定よりも減じていると」
コクピットに座するシルバーピアサーズの稼ぎ頭は、旅団長の言葉を補足する。
≪その通り。協同作戦に感謝だ≫
本来、シルバーピアサーズは陽動作戦に莫大なクレジットを注ぎ込むが、今回は豪勢な囮役がいる。
通信越しでもグッドイヤーの不敵な笑みが目に浮かぶようだった。
≪悪いニュースばかりじゃないわけね≫
≪ありがたいねぇ≫
旅団員の声に釣られるようにカレンもまた口角を上げ、手元のスティックを指先で叩く。
アイドル状態のジェネレーターが発するリズムに合わせて。
≪さて……作戦概要の説明が必要な者は?≫
返答は、沈黙あるいは失笑。
大舞台を前にして台本を忘れる役者はいない。
彼らは
襲い来る即興劇を想像し、如何に踊り切るかを思い描いている。
≪よろしい≫
現実よりも長く、濃い時間を過ごしてきた戦友たちの反応にグッドイヤーは苦笑で応える。
冷静に振舞っているが、今すぐ飛び出して思うがまま空を舞いたいという感情が隠し切れていない。
≪気象条件は良好、予報より好天だ≫
とはいえ、最終確認は欠かさない。
これより彼らが舞い上がる空は地球の大気以上に気難しく、時に鋼の巨人さえ鉄屑に変える。
≪ガス雲の密度が薄い≫
≪そりゃめでたい≫
≪せっかくの晴れ舞台にお色を台無しにされちゃ敵いませんからねぇ≫
ポップアップした情報ウィンドウに記されたガス雲の密度は平均より薄い。
軽量級ティタンの天敵は地上で繰り広げられる戦塵によって薄まっている。
混沌が空に道を開いた。
≪観測塔のライゾームによると観測データに変更なし。高度限界はカーマン・ライン≫
ティタン・フロントラインの頂を望まんと空を見上げる者たち、宙域観測塔のエンブレムが高度100000mにプロットされる。
≪それ以上は頭を上げないように≫
「焼き鳥はごめんだからな」
その高度限界を超えた瞬間、イカロスの翼は焼け落ちる。
衛星軌道より放たれる正体不明のタジマ粒子兵器によって。
例外はない。
だが、シルバーピアサーズは宇宙を見上げていない。
窮屈な空であろうと眼下の華を拝めれば、それでいい。
≪よし――これより作戦を開始する!≫
旅団長グッドイヤーより作戦開始が高らかに宣言される。
≪発射シークエンスに移行≫
≪作業員は速やかに退避せよ≫
重々しい駆動音が轟き、メインカメラが徐々に地平線からガス雲の流れる空を映す。
天を突き刺すように伸びる発射レールの先には、まだ見ぬ戦場が広がっている。
ここより空を目指す者は、大型ロケットブースターを装備した全24機の軽量級ティタン。
大型ミサイルに増槽、安定翼まで装備した姿は戦闘機と形容すべきだろうか。
≪第一次攻撃開始≫
野戦発着場の周囲に築かれた掩体より白い頭を覗かせる大型弾頭。
タジマ粒子を圧縮充填したカマール3の槍列だ。
その数は128を数え、全てがアルジェント・メディウム直上に飛行コースを設定されている。
一斉に点火――掩体より噴き出す猛烈な噴射炎。
光と熱と音が荒野を駆け抜ける。
砂塵を吹き散らし、巻き上がった白煙が野戦発着場を覆い隠す。
さながらスモークマシンの稼働するコンサートステージだ。
≪ブースター点火までカウント≫
遥か彼方まで見通せぬ空を異形の巨人たちが睨む。
すでにカマール3の描いた白い軌跡が道標の如く引かれている。
≪3、2、1――≫
カレンはリズムを取っていた指を止め、スティックを握り込んだ。
これから彼の耳に届く子守歌を聞き逃さないために。
≪点火!≫
刹那、巨人の手に押し潰されるような強烈な加速が搭乗者を襲う。
火花を散らし、悲鳴を上げる発射レール。
白煙のカーテンを突き破り、一瞬で背後に消え去る野戦発着場。
24機で構成される空中強襲旅団シルバーピアサーズは音の壁を突破した。
◆
闘争。
それはカレンにとって呼吸だ。
だから、闘争の箱庭――アリーナに籍を置いている。
初めは資金調達が目的だったが、初代フレイムロッカーと恐れられる頃には本業となっていた。
限られた手札を切り合い、強者と鎬を削る時間は何物にも代え難いものだ。
しかし、アリーナ3位に名を刻む男の戦場とは――
≪目標まで1分!≫
不純物のない群青が頭上から地平線まで続く空。
眼下には朱と灰の入り混じった雲海が広がり、地表を拝むことは叶わない。
この空こそがカレンの主戦場である。
≪各隊、状況を報告せよ≫
旅団の最先頭、鏃の切先を務めるグッドイヤーより通信が入る。
微小な金属を含有するガスとタジマ粒子の層を抜けたことで、通信状態は極めて良好だ。
≪こちらアルファ1、異常なし≫
≪こちらチャーリー1、いつでも!≫
≪デルタ3、オールグリーン≫
4機を1個小隊とし、計6個小隊で構成される空中強襲旅団は1機も欠けることなく目標へ飛翔していた。
≪よろしい≫
引かれる純白の航跡に乱れなく、編隊は一定の間隔を維持している。
カレンを含む旅団員の多くはVRコンバットシミュレーターの出身者であり、この程度は造作もない。
≪これよりヘルダイブを開始する≫
≪ウィルコ!≫
ここからが本番なのだ。
レーダーに表示された飛行コースの終端が迫る。
背部の大型ロケットブースターは充填されたタジマ粒子を計算通り燃やし尽くし、役目を終えた。
眼下にはアルジェント・メディウム、後戻りできない。
≪突入!≫
旅団長の溌溂とした声が響き渡ると同時に、スティックのボタンを押し込む。
コクピットを震わす衝撃は、爆発ボルトが正常に作動した証左。
浮遊感と同時に押し寄せる高揚感。
≪背部ユニット、パージ≫
24機のティタンは一斉に大型ロケットブースターを切り離した。
すぐさま重力が異形の巨人たちを捕まえ、高度計と速度計の値が踊り出す。
視界が落ちる――地平線より下、混沌渦巻く雲海へ。
希薄な大気の中で安定翼が風を掴み、降下角度を調整。
シルバーピアサーズは鏃を崩さない。
強烈な加速度が全身を座席に押し付ける中、カレンはメインカメラが映す戦場を睨む。
≪第1波全弾迎撃!≫
鏃の目指す先、ガスの雲海を引き裂いて七色の閃光が溢れる。
≪うひょぉぉ……≫
≪主力が出払っても防空網は厚いままかよ≫
128発のカマール3が迎撃されたのだ。
アルジェント・メディウムに生半可な飽和攻撃は通用しない。
≪想定内、作戦に変更なし≫
あくまでグッドイヤーの声は平静だった。
七色で彩られた空には高濃度のタジマ粒子が満ち、地上からの眼を一様に潰す。
思い描いていた理想的な突入だ。
「怖気づいたか?」
無意識のうちに口角を上げたカレンは、鏃の最右翼より旅団員たちを挑発する。
≪冗談!≫
≪こうでなくちゃ面白くないね!≫
盛大に花火を打ち上げるパーティー会場を前にして、誰もが高揚を隠せない。
外気温は氷点下を示しているが、体感温度は真夏日だ。
砂と鉄屑の大地に咲く一輪の華へ一直線に降る。
≪
鏃がガス雲の雲頂を貫き、ついに高度は15000mを切った。
レーダーはノイズの嵐に覆い隠され、僚機の位置は目視でしか確認できない。
≪迎撃来るぞ!≫
鋭い警告が飛ぶ。
鳴り響くロックオン警報、激しく明滅する赤。
そして、無数のシンボルが視界を埋め尽くす。
急速に距離を縮める
「大歓迎だな」
≪まったくだ!≫
思わず笑ってしまうほどの物量。
極超音速ミサイルを含む迎撃ミサイルの槍衾は、アルジェント・メディウムの巨体すら隠してしまう。
散布されたタジマ粒子が眼を奪っているが、数とは脅威。
彼我の距離が縮まる。
≪ブレイク!≫
紅蓮の閃光が瞬き、異形の巨人たちが空を舞う。
よく訓練されたダンサーのように24機は衝突することなく散開した。
その間隙を極超音速ミサイルが突き抜け、遥か上空で華を咲かせる。
「踊るぞ!」
至近を擦過する白い軌跡を横目にスティックを倒し、ペダルを踏み込む。
迫り来る迎撃ミサイルに向かって加速するネイビーブルーの影。
直撃――寸前でスラスターの噴射炎が瞬く。
近接信管が作動するもターゲットの軽量級ティタンは弾片すら届かぬ距離。
迎撃ミサイルが虚しく空中で炸裂し、鉛色に濁った大気を震わす。
≪
その間にも高度計の数値は下降を続けている。
荒野を進む大輪が鮮明に視認できる高度だ。
ロックオン警報が鳴り止む気配はない。
新たに表示されるシンボルの数に、カレンは静かに笑みを深めるだけ。
≪アルファ4、帰りのチャフは残しておけよっ≫
機体後部のディスペンサーから連続発射される白銀の金属片。
「帰りの心配は突破してからだ」
電子の眼を欺く吹雪を散らし、ネイビーブルーの機体が迎撃ミサイルの間隙へと飛び込んでいく。
≪やっぱりバカだろ、この数!≫
≪怯むな! 突っ込め!≫
光波、電波、あらゆる誘導方式の迎撃ミサイルが24機に殺到する。
1対1のアリーナでは決して味わえない非常識な鉄の嵐。
≪フレア、フレア!≫
チャフに続いて高温のフレアを発射。
後方に広がる紅蓮の翼へ迎撃ミサイルが吸い込まれ、閃光と爆音が背中を押す。
≪対空砲火、来るぞ来るぞ!≫
悲鳴のようで、嬉々とした警告が右から左へ流れる。
眼下、アルジェント・メディウムの花弁――複層滑走路で無数の砲火が瞬く。
最早、警報など意味を成さない。
視界を埋め尽くさんばかりの曳光弾の輝き。
アドレナリンが全身を駆け巡り、極限まで高められた集中力。
カレンは迷わず愛機を死地へと駆り立て、僅かな隙間を潜り抜ける。
≪アルファ1より各機、攻撃用意!≫
≪ウィルコ!≫
スティックのボタンを素早く指で叩き、迷いなく兵装を選択。
翼を掠める火箭の根源、滑走路上に展開する多脚戦車の中隊にターゲットシーカーが重なる。
≪たらふく喰らわせてやれ!≫
ボタンを押し込んだ瞬間、足枷が外れたように軽量級ティタンが浮き上がった。
安定翼のパイロンから解放された大型ミサイルが複層滑走路に向かって突進する。
伸びる16本の白い軌跡を無数の曳光弾が追う。
7発が四散、残るは9発――ターゲット直上にて弾頭のスキンが剥離。
ミサイル内部に格納されていた無数の子弾が露出する。
それらはカタバミの種のように弾け、複層滑走路へと降り注ぐ。
≪着弾!≫
爆発、爆発、爆発。
視界内をKILLの表示が乱舞し、滑走路上からターゲットマーカーが次々と消失していく。
半数以上を撃破、戦果は上々だ。
≪花道は開けた! 行け!≫
役割を果たした小隊は、即座に離脱機動へ移る。
スラスターが紅蓮の炎を吐き、機体を空中へと押し上げた。
同時に安定翼が駆動し、メインカメラが地平線を映す。
≪ターゲット、
高速で遠ざかるアルジェント・メディウムの直上からは本隊が降下中。
散発的な対空砲火を潜り抜け、迷うことなく花道を進む。
彼我の距離は、必殺の間合。
≪フルファイア!≫
16機から一斉に放たれた槍は、空中強襲旅団シルバーピアサーズが誇る銛だ。
何故、彼らが第8艦隊の最大戦力足り得るか。
何故、第8艦隊が超弩級戦艦を保有しないか。
対艦戦闘では過剰火力と言われてきた対艦ミサイルが今、本来の役割を全うする。
≪ターゲットに命中!≫
アルジェント・メディウムの上部構造物が朱に覆い隠される。
遅れて爆轟が走り、噴火を思わせる大爆発が四方へと炎の手を伸ばす。
≪A滑走路およびC滑走路の大破を確認、歩行停止!≫
32発全てが複層滑走路か、その基部に突入した。
滑走路は弾薬の誘爆に加え、暴走したタジマ粒子が各所から噴き出し、完全に機能を喪失。
深刻な損傷を負った基部は複層滑走路の自重を支えることができず、崩壊を開始した。
≪よっしゃぁ!≫
≪うぉぉぉ!≫
≪かましてやったぞ!≫
離脱に移ったシルバーピアサーズの面々はコクピットで歓喜に打ち震え、興奮は最高潮に達する。
これまで無敗を誇ったエネミーに初めて痛撃を与えた。
前例がない、彼らだけが知る景色。
この日のために重ねてきた努力が報われる瞬間だった。
「悪いな、V……第2波はないかもしれん」
攻撃成功の余韻に浸りながら、カレンは独り言ちる。
撃破こそ至らなかったが、アルジェント・メディウムの無人兵器運用能力に支障が出ることは間違いない。
各防衛線が態勢を立て直し、反撃に移ることも可能だろう。
≪よし、このまま戦場を離脱――≫
≪ターゲットに新たな動きあり!≫
その報告を聞いた時、誰もが耳を疑った。
≪なんだと…?≫
それが誰の呟きであったかは定かではない。
解像度の低いサブカメラが映す無人兵器の母は、歩みを止めてはいなかった。
黒煙を引く複層滑走路が荒野に落下し、酸化鉄の混じった赤い砂塵を巻き上げる。
枯死というには潔く、散華というには厳か。
剪定が相応しい。
「まさか、あれは……」
8枚あった花弁を2枚落とし、大輪は新たな顔を見せる。
花弁の代替として上部構造物から迫り出した
「主砲か?」
彼女の回答は是。
ティタン・フロントライン史上最大口径の連装砲が2基、高脅威目標に照準を合わせる。
充填完了――巨砲咆哮。
大気が震え、大地が割れる。
高濃度タジマ粒子の眩い光芒が世界を塗り潰す。
◆応募キャラクターのご紹介
・ゲルゲルググ様より
機体名:ネビュラリガード
搭乗者:ライゾーム
所 属:宙域観測塔
ご応募ありがとうございました!