戦場は一変した。
ただでさえガス雲のせいで薄暗かった戦場が、砂嵐で太陽を遮られて夜同然になっている。
相棒の脚先すら見えず、平衡感覚を失いそうになる。
暗視モードに切り替えるとホワイトノイズが走って見辛い。
余波で
≪……全員無事か?≫
ようやく息を吹き返した通信からヘイズの声が聞こえる。
視界の右上に映るレーダーはノイズが酷く、現在地すら分からない。
「ぴんぴんしてるぜ」
まずは応答。
≪なんとか……≫
≪問題ない≫
≪こちらも戦闘続行可能です≫
≪ゾエも大丈夫です!≫
全員の無事を確認し、ひとまず胸を撫で下ろす。
フランベを後方から遠隔操作しているゾエは比較的安全だが、あの規格外の攻撃を見た後では絶対とは言えない。
正直、肝が冷えた。
次が飛んでくる前に動くべきだ。
「ヘイズ、あれもアルジェント・メディウムの攻撃なのか?」
≪未確認の攻撃パターンだが、方角から見て間違いないだろう≫
「ゲームバランス崩壊してない?」
≪そんなものは初めからない≫
知ってた。
それにしても、今まで見せていなかった奥の手か。
無人兵器の大部隊なんて必要ないほどの絶大な威力だったが、これまでアルジェント・メディウムは秘匿してきた。
何かしらの制約があると見るべきだが――
「ゾエは何か感じるか?」
攻撃をゾエが予期したことに驚きはない。
無人兵器を相手にしている以上、何が起きても不思議じゃなかった。
≪今は何も……あの声がアルジェント・メディウムだったんでしょうか?≫
「何か言ってた?」
≪射線上から退避せよ、と言ってました!≫
「わぁ、律儀」
ゾエにも聞こえる注意喚起とは、リスクマネジメントが行き届いてるな。
感心してる場合じゃない。
奥の手を使わざるを得なかった理由は――シルバーピアサーズの第一次攻撃か。
各フィールドで無人兵器は基本的に優勢だった。
それでも奥の手を切るとすれば、本体を直接攻撃された時くらいだろう。
≪ふむ……Eフィールドの防衛どころではないな≫
師匠の言う通りだ。
ここから防衛線を立て直したとしても、あの攻撃で一網打尽にされかねない。
かと言ってプレイヤーが分散して戦ったところで、大部隊に揉み潰されるだけ。
酷いゲームもあったもんだ。
≪最悪の撤退戦が始まる≫
ヘイズの放った一言で、重い沈黙が満ちる。
撤退戦――つまるところ、負けたのだ。
手の届かないところで勝敗が決してしまった。
前線に展開しているフラグシップを叩けば打開するような個人戦の問題じゃない。
どう足搔いても覆せない盤面だった。
≪潮時だな≫
≪ええ、早々に退散しましょう≫
元々フリーランスの傭兵だった師匠やアルは迷わず撤退を選ぶ。
間違いなく2人は正しい。
次を見据えて退くべきだと頭では分かってる。
≪ヘイズ、もう終わりですか?≫
喉元まで上がってきた台詞をゾエが代弁してくれた。
またしても不完全燃焼なのだ。
相手が本気を見せたなら、全力で迎え撃ってやりたい。
あと、絶望的な撤退戦というシチュエーションを一度は体験してみたい。
≪じきに防衛線は崩壊する。巻き込まれる前に退くぞ≫
だけど、それはゾエの安全が確保されてからだ。
今までの騒動とは訳が違う。
≪むぅ……作戦失敗です≫
「対策を練ってリベンジマッチだな」
≪お前はブレねぇのな……≫
「当たり前じゃん」
勝ち逃げは許されんよなぁ。
あれの対策なんて想像もつかないが、リベンジマッチは確定事項だ。
首を洗って待ってろよ、アルジェント・メディウム。
≪ふっ…さすが少年だな。この状況では誰もが後ろを見るものだが≫
≪何も考えてねぇだけじゃねぇかな≫
失礼だな、ダン。
いつだって俺は未来を見据えてるぜ。
≪無策に突っ込まないだけ成長したな≫
「ひどくない?」
それだと俺が後先考えないバトルジャンキーみたいじゃん。
おかしいな、否定する要素がないぞ?
――肩の凝りそうな重い空気が消え、吹き荒れていた砂嵐も落ち着いてくる。
各々のティタンが暗視モードでも視認できるようになり、周囲の状況も見えてきた。
巻き上げられた砂が無秩序に飛散したせいで地形そのものが変わっている。
荒野というより砂漠だ。
≪アル、お前はゾエを迎えに行け≫
≪お任せください≫
≪私とJ・Bは輸送ヘリの確保≫
≪心得た≫
ある程度、視界が回復したことでヘイズは
「俺とダンは時間稼ぎか?」
≪お前は分かりやすい方が好きだろう≫
よく分かってらっしゃる。
真正面からの殴り合い、どんとこいだ。
ヘイズたちに面倒事を押し付けているようで、少し気は引けるけど。
≪いくらVがいても、たった2機じゃ――≫
≪だそうだぞ≫
≪ゾエの出番のようですね!≫
相棒の隣に並び立ったフランベは両腕のライフルを構え、闘志を漲らせている。
アルの迎えが行くまでは、我らがゾエちゃんの支援を受けられるわけだ。
俺とダンとゾエ、この即席チームは――
「初心者トリオ結成じゃん」
≪お前は初心者じゃねぇからな?≫
と言いつつ、相棒と肩を並べてくれるカノープス・タイプ2に口元が緩む。
素直じゃないな、ダン君!
≪いいか、時間稼ぎだぞ。履き違えるなよ≫
「そんな念を押さなくても」
≪振りではないからな≫
「うっす」
俺を睨むメインカメラの紅い眼光には、有無を言わせない迫力があった。
ティタン・フロントラインに来てから約束を破ったことは――そこそこあるな。
最低じゃん。
ここは我が友の信頼を回復せねばなるまい。
≪よし、行動開始だ。B17で会おう≫
それぞれが目的地に向けて一斉に動き出す。
スラスターの噴射炎が視界の端で瞬き、2機のティタンが地方都市B17へ向けて飛翔する。
風林火山を駆るアルは砂丘を踏み越えて、シルバーピアサーズの野戦発着場へ。
≪少年、全体チャットを覗いてみるといい≫
通信が途切れる直前、師匠は意味深な助言を残していった。
全体チャットの存在自体は知っていたけど、ついぞ利用したことのないコミュニケーションツールだ。
あることないこと書き込まれてそうで、なんとなく避けていた。
しかし、この五里霧中の状況では少しでもアンテナの高さを上げておくべきかもしれない。
周囲を警戒しつつ、チャット機能を起動する。
「どこもかしも浮足立ってるな」
全体チャットの様子を一言で表すなら阿鼻叫喚。
≪Sフィールドの防衛は放棄!≫
≪第1から第4排水路までを爆破するぜ。巻き込まれるなよ!≫
≪早くしてくれ! これ以上はカニの上陸を防げん!≫
≪敗走中、探さないでください≫
≪傭兵どもが逃げたんですけどぉ!≫
≪やってられるかよ、こんなクソゲー!≫
それを眺めていても、いまいち現実感がない。
今のところ、Eフィールドは不気味な静寂に包まれている。
スクラップには赤茶けた砂が降り積もり、戦闘の痕跡を飲み込みつつあった。
防衛戦の敗北を認めて尚、不思議と悔しさが湧き上がってこないのは、俺も相棒も負けていないからか。
≪おい、ヘルパー協会がDフィールドで殿してるってよ!≫
ふと、目に留まる単語――ヘルパー協会。
≪寄り合い所帯がどうして殿をしてるんだ!?≫
≪俺が知るか!≫
≪アルビナ先生だよ!≫
≪くそっ…ニュービーどもが取り残されてんのか≫
≪腕利き揃いだが、多勢に無勢だぞ……≫
走る電流。
一瞬で流れていったチャットに、見逃せない名前があった。
「先生…?」
助けを求める初心者がいるところに先生あり。
今、繰り広げられている絶望的な撤退戦の最後尾で初心者を引率をしながら戦っている。
相変わらず、出来るヘルパーさんの職場は過酷だ。
聞こえてしまった以上、俺に耳を塞ぐ選択肢はない。
機体に損傷なし、残弾も問題なし、あとは――
≪V、ここは大丈夫です≫
口を開くよりも先に、ゾエは力強く言い切った。
≪アルビナのところに行ってください!≫
「ゾエ」
俺が何を言い出すか、分かっていたように。
全体チャットをゾエも見ていたのか。
「2人で大丈夫か?」
レーダーは未だに回復してないが、DフィールドがEフィールドの近所ってことは覚えている。
ヘイズに感謝しないとな。
問題は、そのDフィールド方面から接近してくる
≪いや、大丈夫じゃねぇよ。説明しろ、V≫
進路を塞ぐように立ったトリコロールカラーの中量級ティタンは、ノーヘッドなぞ眼中にないと背を向ける。
いつになくダンの声は真剣だった。
「お世話になった人が最前線にいる」
薄まった砂塵の中、曳光弾が空へと走り、爆炎が地平線を照らす。
Dフィールドで行われている戦闘が、ついにEフィールドまで下がってきた。
≪……それを助けに行こうってか?≫
「ああ」
この世界に降り立って右も左も分からなかった俺を導いてくれたアルビナ先生の力になる。
それだけは譲れないんだ。
ロックオン警報が鳴り響き、ノーヘッドの戦列から上空に向かって垂直に伸びる白線。
赤い闇に包まれた空を切り裂くロケットモーターの閃光は100を数える。
着弾まで秒読み。
≪くそっ!≫
ほぼ同時に俺たちは大地を蹴った。
相棒の進路を遮る影はない。
ダンのカノープス・タイプ2と交差したのは一瞬、トリコロールカラーの機影は渦巻く砂塵の中へと消える。
≪絶対に戻って来いよ!≫
ミサイルが一斉に着弾。
猛る炎の壁が鬱陶しい砂のカーテンを焼き払い、相棒の装甲を軽く焦がす。
おかげで視界はクリア、よく見えるぜ。
そろそろ見飽きたベージュ色の量産機1ダースが。
「怒られる時は一緒だぜ!」
嬉々としてペダルを踏み込み、強烈な加速で相棒を前へ押し出す。
≪エネルギー残60%≫
刹那、足下をレーザーキャノンの眩い光芒が駆け抜けた。
反応の遅れたノーヘッドを貫通し、ぱっと盛大な花火が砂丘を彩る。
≪俺を巻き込むなよ!≫
悲しいこと言うなよ。
泣いちゃうぞ。
≪運命共同体ですね!≫
俺の着地を狙っていたノーヘッドの右腕が吹き飛び、慌てて後退していく。
ダンとゾエの頼もしい師弟コンビに背中を預け、もう一度地面を蹴る。
空中から望む戦場は、敵味方入れ乱れるカオスだ。
鋼の巨人が入り乱れ、火花を散らす――それはもう夢のような光景だ。
ロボットバトルの王道と言っていい大規模集団戦。
それを越えた先にアルビナ先生はいる。
面白くなってきた。
こいつ、いつも楽しんでるな(遠い目)