ティタン・フロントラインにおいて知らぬ者はいないと称される人気配信者、芙花・アルビナ。
コンテンツを盛り上げてきた第一人者である彼女もまた地方都市B17の戦いに身を投じていた。
苛烈な戦闘が繰り広げられるDフィールドの様子を実況しつつ、動きの覚束ない初心者たちを手助けする姿には数多の声援が送られた。
しかし、1時間前に配信は終了を余儀なくされる。
アルビナが配信をやめる時、それはタスクの全てを戦闘に振り分ける時だ。
≪機体損傷≫
≪右肩部ユニット、残弾10%≫
≪左腕武器、残弾30%――≫
狭いコクピットを反響する警告音。
視界内にポップアップする情報ウィンドウには鮮烈な赤が瞬く。
それらを確認しながら細かにスティックを操作し、アルビナは愛機を駆る。
≪アルビナさん、8時方向からノーヘッド4機!≫
「了解!」
文明の墓標たる放棄都市のストリートに降り立つコバルトブルーの巨人。
マシンガンの砲口が赤い酸化鉄の砂煙を切り裂き、猛然と炎を吐き出す。
HEAT弾を速射――曳光弾の軌跡が高層建築の角へと走った。
ベージュ色の装甲に穿たれる弾痕。
完全に不意を突かれたノーヘッドは炎と黒煙を噴きながら墜落する。
それを見届けることなくアルビナは愛機を摩天楼の影へと飛び込ませた。
計6門のライフルより放たれる曳光弾が彼女を追い――
「くっ…!」
突如、摩天楼が中層から吹き飛び、衝撃波が機体を揺さぶる。
ロックオン警報は鳴らない。
アルビナを狙った射手は遥か彼方、放棄都市の外縁だ。
長距離射撃に特化したフラグシップ、ヴィクセンに自由な空を奪われている。
「ティンダーさん、ごめんっ」
アルビナはターゲットマーカーを目で追いながら謝罪を口にする。
崩壊を始める摩天楼から無数のガラス片が降り注ぐ。
「2機、抜かれる!」
ガラス片がコバルトブルーの装甲を叩く中、右腕のレーザーライフルよりタジマ粒子の輝きが迸る。
放棄都市の闇を切り開く一筋の光芒。
それは障害となるコンクリート造の建築を溶融させ、ノーヘッドの胸部を吹き飛ばす。
≪てんてこ舞いのウェイターだなっ≫
立ち上る黒煙を合図に飛び上がるダークグレーの巨人が1機。
ローマ数字のXIVを左肩部に刻む中量級ティタンは背部のブースターに点火し、長距離射撃を殺人的な加速で振り切る。
そのまま上空よりノーヘッドを強襲――レーザーライフルの暴力的な速射が降り注ぐ。
衝撃波、遅れて四散する炎と鉄屑。
2機の迎撃に成功した中量級ティタンは陽炎を纏いながら放棄都市へ落下する。
≪ちっ……1分間は使い物にならないか≫
巻き上げられた赤い砂塵を水蒸気の白が吹き散らす。
ダークグレーの装甲がスライドし、露出した強制排熱装置が悲鳴を上げている。
≪敵大型輸送ヘリが接近中、数は13機!≫
≪行ってくれ、アルビナ先生!≫
「ありがとう!」
絶望的な撤退戦に協力してくれている奇特なフリーランスに感謝の言葉を送り、アルビナは新たな戦場へと向かう。
既にDフィールドの防衛線は崩壊している。
先の一撃が視覚的、物理的、電子的にプレイヤーの戦意を粉砕してしまった。
アルビナたちが身を投じている戦いは救命ではなく延命だ。
1人でも多くのプレイヤーが逃げ延びることを願って砲火の下を潜る。
「相変わらず容赦ないね……君は」
この世界がベータ版と呼ばれていた頃から変わらぬ気質だった。
主人が立ち去って久しい放棄都市と変わらぬ存在でありながら、彼女だけは役目を果たさんと戦い続けている。
≪敵機が市街上空に入るっ≫
≪…俺が行く≫
アルビナは開きかけた口を引き結び、ペダルを強く踏み込む。
コバルトブルーの機体が放棄都市のストリートを駆け、砂塵の波を巻き起こす。
≪無理だ、フォックスさん! その損傷では!≫
「今向かう! 持ちこたえて!」
メインカメラが赤い砂塵の吹き荒れる空に機影を捉える。
火達磨になって落下する残骸の影から飛び出す逆脚の中量級ティタン。
白を差し色とする砂漠迷彩は焼け落ち、右肩から先がない。
それでもライフルの砲口は後続の大型輸送ヘリコプターを睨んでいた。
≪残り11機…!≫
砲声、閃光。
吹き飛ばされたメインローターが大気を攪拌し、焼けた装甲の灰を削り飛ばす。
鋼の巨人は止まらない。
姿勢を崩す大型輸送ヘリコプターの機首を蹴り飛ばし、空へと舞い上がる。
≪アルビナ、後は頼む――≫
満足げな声を残し、通信が途絶。
3方向より飛来した回避不可能の狙撃が彼を射抜いた。
レールキャノンの十字砲火はフレームを引き裂き、鋼の巨人を空中で四散させる。
「フォックスさん…!」
腕利きのフリーランスが、また一人散華した。
巷でヘルパー協会と呼ばれている集団はクランではない。
出身不問、所属不問、善悪不問――お人好したちの寄り合い所帯だ。
リスクを冒してまで戦う義務はない。
しかし、この場から逃げ出す者はいなかった。
自身の行いにクレジット以上の価値を見出しているからだ。
≪くっ…敵機の降下を確認!≫
偵察ドローンから送られてきた低解像度の映像には、10機の大型輸送ヘリコプターから降下する36機のノーヘッド。
最後に放棄都市へ降り立つ機影を睨み、アルビナは険しい表情を浮かべる。
「マッド・ドッグか……皆、線を下げるよ」
近接戦闘に特化したフラグシップ、マッド・ドッグが2機。
半身ほどもある規格外の右腕レーザーブレイド、機体各所に増設された機動戦用スラスター、両肩部の補助ジェネレーターシステム。
突撃し、斬殺することを追求した機体は、撤退戦において最悪の手合いだった。
≪分かりました!≫
≪了解だ、アルビナ先生≫
スラスターの紅い閃光が放棄都市に彼方此方で輝き、プレイヤーたちは戦闘エリアから後退する。
アルビナたちが健在である限り、敵は撤退中のプレイヤーに全戦力を差し向けることができない。
「スミスさん、こっちに来られる?」
≪こちらも新手のマッド・ドッグを確認しました。援護はできそうにありません≫
通信越しに申し訳なそうな声が返ってくる。
2機以上での交戦が推奨されるマッド・ドッグだが、単騎であればアルビナは対処できる実力があった。
しかし、マッド・ドッグは2機、加えてノーヘッドを36機も引き連れている。
「どうすれば……」
いよいよ切れるカードが少ない。
放棄都市を東西に区切る幹線道路の影に入り、闇に沈むコクピット。
喉元を締め上げられるような感覚に、アルビナは唇を噛む。
≪うぇっ!? 市街中央にカニが!≫
思考を強制中断させる悲鳴。
≪どっから湧いたんだ!?≫
同時に後退予定のエリアで爆発音が轟き、不吉な黒煙が高層建築へと絡みつく。
未だノイズの走るレーダーに次々と現れる赤点。
足下の振動を拾う音響センサーを見遣り、アルビナは正解に思い至る。
「まさか……地下から!?」
無人兵器は放棄都市の地下を走るインフラストラクチャーを辿ってきたのだ。
前方からは敵本隊、後方からは奇襲――これは計画された包囲戦。
戦力を逐次投入し続けることでプレイヤーを拘束し、後方からの奇襲を可能とした。
それは誰一人逃さないという彼女の意思表明に思われた。
≪弾がねぇ時に湧きやが――≫
≪まずいまずいまずい!≫
≪ティンダー、早く逃げろ!≫
≪くそっ…排熱が!≫
味方を示す青点が消えていく。
アルビナは危険を承知でペダルを踏み、愛機を空高くへと押し上げた。
視界が摩天楼と並び、戦闘の開始されたエリアを視界に収める。
ヴィクセンからの長距離射撃は――飛来しない。
一瞬の空白、脳裏を過る疑問。
無慈悲な狙撃手たちは何を狙っているのか。
≪このままだと包囲され…ってなにぃ!?≫
回答は眼下にあった。
≪ちょっと邪魔するぜ!≫
摩天楼の下を隠す砂煙が波打った。
赤茶けた砂塵を突き破って紅蓮の炎が四方へと飛散する。
連鎖するように爆発が引き起こされ、レーダーからエネミーの反応が消失していく。
アルジェント・メディウムの築いた包囲は、恐るべき外力で引き裂かれようとしていた。
≪今度は変形する多脚戦車か!≫
嬉々として強敵に挑み、瞬く間に破壊してしまう。
「この声は……」
絶望など微塵も感じさせない。
聞いているアルビナも思わず笑みになってしまう
「Vさ――」
地表へ降下する愛機のメインカメラは、この世界で最も頼もしい初期機体を映す。
初めて出会った時から変わらぬ鋼の雄姿だ。
「んん…!?」
爆走する車輪の怪物を引き連れている点を除いて。
◆応募キャラクターのご紹介
・天城様より
機体名:エクシヴ
搭乗者:ティンダー
・神居様より
機体名:ジェフティ
搭乗者:フォックス
・章介様より
機体名:ガーラント
搭乗者:ジョン=スミス
皆様ご応募ありがとうございました!