俺たちの前に現れた敵は、たったの1機だった。
コアがティタンというだけで、背部の大型ユニットと脚部スラスターが本体みたいな機体。
今までの大部隊と協同で動いていたフラグシップとは明らかに設計思想が異なっている。
人型兵器というより空飛ぶ武器庫。
戦闘開始から3分ほどで嫌というほど体感できた。
≪ミサイルカーニバルだ!≫
≪ふざけっ――馬鹿みたいに撃ちやがって!≫
譬えるなら流星群。
頭上で光るロケットモーターの輝きは交戦を開始してから減る気配がなかった。
たった1機で絨毯爆撃を繰り返している。
気のせいかもしれないけど、俺に向かって飛来するミサイルが多い。
「あぶねっ」
スティックを右前に倒し、スラスターの噴射方向を変える。
コンマ数秒後、進行方向にあった交差点にミサイルの雨が降り注ぐ。
漫然と爆撃しているわけじゃない。
誘導性能は大したことないが、それを感じさせない精度だ。
≪こいつ、いい加減に!≫
新型フラグシップに足下から肉薄するヘルパーさんの1人。
その目の前で強烈な噴射炎が空を焦がした。
視界から消える巨体――マッド・ドッグと同等の加速だ。
明らかに重量過多な機体を無理やり飛ばしてやがる。
相棒の2倍近い跳躍性能を見せた中量級ティタンに影すら踏ませない。
≪反撃が来るぞ!≫
高層ビルの隙間を縫うように飛ぶフラグシップから青白い閃光が瞬く。
レーザーライフルなんて生易しいものじゃない。
直撃を躱したはずの中量級ティタンが装甲から白煙を引いた。
≪あつぃ!≫
≪ナガサワは、まずい≫
あの輝きは違法出力のナガサワだ。
熱量の限界に達した砲身が火花を散らして脱落する。
新型フラグシップはナガサワを投げ捨て、即座に新品を
「……何本持ってるんだろ」
背部の大型ユニットはミサイルを発射するだけの存在じゃない。
あれは文字通りの武器庫だ。
左側面のコンテナ全てにナガサワを格納しているとすれば、あと10発は撃てる。
≪トーラスフィールドを減衰させるよ!≫
「うっす!」
先生の射撃に併せて、手動で照準。
左腕に装備したナガサワを放つ際、新型フラグシップは機動が単調な左回りになる。
そこが狙い目だった。
ただ、問題は――奴の周囲を回る青い光輪だ。
レーザーライフルの一撃は半円状に歪み、糸が解けるように飛び散った。
スラスターを狙ったHEAT弾も空中で爆ぜて効果なし。
鉄壁の防御だ。
「走攻守隙なし、か」
加減しろ、馬鹿!
そんな俺の嘆きが届いたのか、新型フラグシップの紅い眼光が相棒を見下ろす。
ビルの屋上を蹴り抜き、次なる高層建築へと跳ぶ。
「開発者の顔が見てみたいぜっ」
背後に置き去った文明の墓標を砲撃が襲い、黒煙と粉塵が相棒を押し出す。
新型フラグシップの右腕、4連装キャノンは精度がいまいちだ。
でも、ティタン用を繋ぎ合わせた急造品みたいな造形はかっこいい。
≪まったくだね。ずいぶんと子どもっぽいことをしてくれる≫
むっとした声の先生も可愛いぜ。
いや、そんなことを言ってる場合じゃない。
ぼくのかんがえたさいきょうのティタンの突破を許した場合、撤退中のプレイヤーを轢殺される。
いや、待て――どうして突破しないんだ?
あれだけの機動力があれば、俺たちを振り切るのは簡単なはず。
考えられるのは、時間稼ぎ。
でも、新型機にさせる仕事じゃ――
「……新型」
本当にそうか?
発射されたミサイルの白い軌跡が吸い寄せられるように俺に向かってくる。
ふと、エリア13の水没都市で受けた熱烈な歓迎を思い出す。
≪エネルギー残0%≫
傾いた高層建築の壁面を滑り落ちながら、新型フラグシップを観察する。
機体フレームはフラグシップの素体、脚部スラスターはマッド・ドッグの流用、右腕の4連装キャノンはティタン用武装、左腕のナガサワは言わずもがな。
≪強装弾すら通さないとは…!≫
≪こっちは好きに撃てねぇってのに!≫
撃ち上がる砲火を跳ね返す青い光輪も、背部の大型ユニットも何かしらの流用なんじゃないか?
「だとすれば」
急造機の目的は無視できない脅威として君臨し、ここに俺たちを足止めすること。
それをノーヘッドどころか、ヴィクセンすら援護しない。
この状況から考えられるのは――
「先生」
≪Vさんも気づいた?≫
「もしかしなくても狙われてます?」
≪そうだと思う。でもっ≫
先生の駆るコバルトブルーの中量級ティタンを目視した瞬間、ロックオン警報が鳴り響く。
反射的にペダルを蹴る――滑り台にしていた高層建築が切り落とされる。
相変わらずナガサワさんは素敵な威力をしてやがるぜ。
赤熱化した相棒の脚部が白煙を引く。
≪右脚部温度上昇、異常加熱警報≫
≪左脚部温度上昇≫
相棒の跳躍性能に陰りが見えてきた。
ここまでの連戦で被弾はないが、機体の駆動系が悲鳴を上げている。
俺の蛮行に耐えてくれているが、そろそろ限界だ。
≪あれを無視したら、もっと酷いことになる≫
「同感です」
あの機動要塞は時間稼ぎなんて生温いことは考えてない。
こっちを全滅させるために火力を総動員している。
撤退中のプレイヤーまで轢き殺してやると言わんばかりに。
≪とはいえ、あの暴れっぷりだと手も足も出ませんよ≫
≪せめて軽量機が生き残っていればな≫
通信に耳を傾けつつ、高架橋の下へと滑り込む。
着地――衝撃を吸収した脚部の動作が鈍い。
舗装を削り取りながら30mほど滑走して、ようやく硬直から立ち直る。
≪右肩部ユニット、パージ≫
≪左肩部ユニット、パージ≫
空のランチャーと重心調整用のレーダーユニットをパージする。
おそらく、次が最後の勝負になる。
闇の濃い高架橋の下から足場となる建築物を探してメインカメラを回す。
高度差を補うことができれば、まだ勝負できる。
≪手はあるよ≫
アルビナ先生の不敵な声が響き、後ろ向きだった通信が静まり返る。
この声色を俺は知っている。
よく知っているとも。
≪成功は保証できないけど≫
無理難題に挑む時――不意に笑みが零れてしまう時の声だ。
「やりましょう、先生」
多分、俺も笑っている。
先生の手伝いに来たはずなのに、圧倒的な敵を前にすると楽しくて仕方がない。
「そっちの方が手も足も出ない今より楽しいですよ」
分の悪い賭けは嫌いじゃない。
あの難攻不落に見える機動要塞を、どうやって叩き落すのか。
どれくらいの困難が待っていて、突破した先には何が拝めるのか。
新雪に寝転がるような高揚感があった。
≪そうだな…違いない≫
≪ああ、まったくもって――≫
ヘルパー協会の皆さんも似たような声色で笑っていた。
ああ、そうだ。
忘れちゃいけない。
困っている初心者の前に颯爽と現れるヘルパーさんも――
≪違いねぇ!≫
ティタン・フロントラインに頭から爪先まで浸かった住人なんだ。
圧倒的な敵を見て、楽しくないわけがない。
≪それじゃあ、作戦を説明するよ≫
きっと小悪魔な笑みを浮かべているであろう先生は、楽しげに作戦を語り出した。
◆
赤茶けた荒野を2機のティタンが疾走していた。
砂塵を巻き上げて進む彼らの目的地は、地方都市B17。
突然、大地が途切れ、深い渓谷が大きく口を開ける。
≪ヘイズ君≫
空中に身を躍らせた黒鉄のティタン、アパラチアを駆るJ・Bから通信が入る。
≪輸送ヘリの確保というが宛はあるのかね?≫
「ある」
ヘイズは即答する。
ミルフィーユのような地層が見える渓谷に沿って飛行する片手間に、目的地までのルートを算出していた。
「最悪、私たちはティタンで離脱すればいい」
ルートを確認したヘイズは素早く瞬きする。
網膜に投影されていた映像が愛機のメインカメラへ戻る。
ヘイズが身に着けている狐の面は着用者の視線を追い、アプリケーションの起動や操作が行える優秀なガジェットだ。
「ゾエの席だけは確保する」
進行方向、渓谷の壁面が小さく剥がれ落ち、不可視の大気が揺らぐ。
スティックを前へ倒し、ヘイズは純白の愛機を加速させる。
≪なるほど≫
パイルバンカーの機構が作動し、火薬が爆ぜる。
渓谷に響き渡る鋼鉄の圧壊音。
鉄杭は虚空を――否、多脚戦車の砲塔を貫徹していた。
実弾兵器には有効な装甲もパイルバンカーの前では等しく無力。
ニードルランチャーの砲口が火を噴くことはない。
≪ムリヤ君か≫
「そうだ」
渓谷の闇へと消える鉄屑は、ステルスユニットを搭載したアルジェント・メディウムの斥候。
それを一瞥することもなく、2機のティタンは飛行を続ける。
≪この状況だ。B17では足の奪い合いになっているだろう≫
「あれに手を出す物好きはいまいよ」
≪いや、彼女の心配はしていない≫
鼻で笑うヘイズに対し、J・Bは冷静な声で返す。
取立屋がエクソスケルトンを配備せざるを得なくなった
「…まさか、私が争奪戦に首を突っ込むと思っていたのか?」
≪私を呼んだということは、
心外だ、とヘイズが憤ることはない。
そそっかしい友人やゾエがいなければ、問答無用で武力行使に移っていた。
穏便に事が運ぶのであれば、J・Bを呼んだ理由は何か――
「お前は、あいつを余計な所に連れていく」
レールガン狂いのサイボーグは友人を甘やかす上に、怪しい飴玉で釣ろうとする。
厄介な男なのだ。
≪ふむ……妬いて――冗談だ、ヘイズ君≫
スラスターの推力を絞ったアパラチアが渓谷の壁面を蹴り、一際高く飛ぶ。
ヘイズの指先がスティックのトリガーから離れる。
ほぼ同時に、渓谷の壁面に築かれた地方都市B17を目視。
マイタケを彷彿とさせる複層の床が張り出し、壁面を穿った穴には灰色の建築が犇めいてる。
≪しかし、私がいなくとも少年は止まらないようだ≫
「なんだと?」
J・Bの心の底から楽しげな声に、ヘイズは嫌な胸騒ぎを覚える。
外周ブロックから続々と飛び立つ輸送ヘリコプターの群れを見下ろし、2機のティタンは高度を落とす。
地方都市B17の管制は反応しない。
≪アルビナ君の配信は観られるかね?≫
芙花・アルビナ。
友人が世話になったという女配信者だ。
そこに思うところがないわけではないが、情報収集のため
そして――
「あの馬鹿……」
画面を見るなり、ヘイズは天を仰いだ。
同時接続数が6桁を超える配信には、躍動する初期機体の後ろ姿が映っていた。
銀巫女「なんなのこいつ……」