先生の提示した作戦は簡単だ。
特定の地点まで機動要塞を追い立てて袋叩きにする。
「来たな、ナガサワ!」
右前方の崩れたコンクリート建築まで飛び、タジマ粒子の後光を背負う相棒。
背後に置き去った交差点へ降る違法出力のナガサワは熱量も武器だ。
生半可な回避だと焼かれる。
≪エネルギー残30%≫
具合の悪い脚を温存するため、スラスターに頼り切った回避。
エネルギー管理が普段よりも厳しい。
乾いた雑巾を振り絞ってる気分だ。
≪Vさん、こっちでミサイルは対処するから頑張って!≫
黒煙が立ち上る空を赤い光線が走り、横一列に紅蓮の花が咲く。
頼もしいぜ。
「がんばります!」
焦げたコンクリート片を払い除け、見晴らしの良いストリートを前進する。
機動要塞から執拗に狙われる俺は、誘導役として放棄都市を駆けていた。
初心者がやる役じゃないぜ。
ヘルパーさん、誰一人反対しなかったけど。
≪ちっ…加速した!≫
頭上を一瞬で通り越されると誘導の意味があるのか、心配になるからやめてくれよ。
姿勢を右に傾けた機動要塞の右腕、4連装キャノンの砲口が円を描いた。
来る!
≪右腕の4連装、来るぞ!≫
≪避けろよ、
砲撃と同時に緊急停止。
あまりに正確な偏差射撃が目の前で炸裂し、白に染まる視界。
次弾が来る前にスラスターを再点火。
渦を巻く黒煙の中へ飛び込めば、背後で大口径のHE弾が爆裂する。
≪エネルギー残30%≫
脚を温存しながらの逃走は難易度が桁違いだ。
射撃に意識を割いている暇がない。
敵弾と地形とエネルギー残量を確認しながら、最適解を引き続けないと即死する。
誰だよ、俺に任せてくださいとか言って安請け合いした奴は。
≪おらおらおら!≫
≪こっちにもサービスしてくれよなっ≫
追いついてきたヘルパーさん一行、怒りの猛連射!
トーラスフィールドに曳光弾の軌跡が刺さり、青い燐光を散らす。
機動要塞は背部の大型ユニットからミサイルを連射しながら離脱。
ただし――相棒を射程内から出すつもりはない。
俺だけは逃さないという鋼の意志を感じる。
ロボットの心を射止めちまうとは、俺も罪な男だぜ。
「そのまま追ってこい!」
頭上で爆発するミサイルの破片が装甲を叩く中、スティックを前へと倒す。
ライフルに残されたHEAT弾は13発、左腕のレーザーブレイドはマッド・ドッグと打ち合ってから出力調整ができない。
でも、まだ舞える。
≪目標ポイントまで残り2km!≫
目的地は目と鼻の先だ。
ストリートに落ちる影は、全高10mの巨人を飲み込むほど大きい。
放棄都市の中でも高層ビルが過密に密集しているエリア。
つまり、空が狭い。
≪追い込むよ!≫
≪あと一息――≫
不意にレーダーから青点が1つ消えた。
7時方向に見える機動要塞はナガサワを投げ捨て、大型スラスターの出力を上げる。
≪カープマン!≫
これで2人目、どれだけ熟練のプレイヤーでも集中力が途切れる。
その瞬間を機動要塞は見逃さなかった。
間違いなく手強い。
≪足を止めるな!≫
≪各機、所定の位置へ移動!≫
ヘルパーさんは
「こっちだ!」
高層ビルの影へと入る直前に手動照準で発砲。
1発のHEAT弾は狙い通り、ナガサワをコンテナから抜く左腕の手前で爆ぜた。
振り向いた無機質な眼がコンクリートの壁面に隠れる。
≪エネルギー残0%≫
赤茶けたコンクリートジャングルの入口で、スラスターの噴射が途絶える。
ここまでは辿り着けた。
相棒には悪いが、ここから全力で振り回させてもらうぜ。
≪Vさん、来るよ!≫
レーダーに映る赤点が最高速度で接近してくる。
息を深く吸い、少しずつ吐き出す。
「……よし」
一か八かの賭けだ。
スティックを握り、ペダルに足を置く。
大気を震わすスラスターの甲高い絶叫を音響センサーが拾う。
「行くぜ、相棒!」
コンクリート舗装を蹴った瞬間、連なる摩天楼の隙間から機動要塞が飛び出す。
俺を見下ろす赤い眼光、そして4連装キャノンの砲口。
発砲。
1発、2発、3発と連続で火を噴き――狙いが甘い?
違和感は危機感と思え。
躊躇なくペダルを蹴り、相棒を前へと押し出す。
≪機体損傷≫
衝撃で視界が上下に振れる。
被弾した右肩から装甲が脱落し、防塵カバーだけになる。
崩れた姿勢を制御、目の前に迫る高層ビルへ脚を突き出す。
「散弾か」
背後を見遣れば、遠ざかっていくコンクリート舗装がエメンタールチーズみたいになっていた。
何の準備もせずに突っ込んでくるわけないと思ってたよ。
味を占めたらしい機動要塞は4連装キャノンにサブアームで弾を込め、追撃の構え。
「やってくれるぜ」
高層ビルの壁面を蹴り飛ばし、コンクリートジャングルの奥深くへと跳ぶ。
飛距離が伸びない。
脚部の関節が悲鳴を上げている。
そんな相棒の頭上を飛び越し、狭い空に蓋をする
「…不用意じゃないか?」
勝利を確信している、そんな佇まいだった。
そういうところは
「今だ!」
≪今だよ!≫
合図と衝撃は、ほぼ同時。
四方から爆発音が轟き、視界を覆わんばかりの粉塵が舞い上がる。
震える大地、そして――コンクリートジャングルが崩壊を始める。
地鳴りを伴って倒れる高層ビルの影が急速に濃度を増す。
物理的に狭まる空からアンダーパスへ滑り込めば、あとは機動要塞を見送るだけだ。
「じゃあな」
紅い眼光が灰色に遮られ、闇が世界を包む。
先生曰くトーラスフィールドは高い防御性能を誇るが、構造物の質量を支えられるものではないそう。
鉄壁の防御を奪えば、俺たちにも勝機がある。
≪タジマ粒子濃度上昇≫
このまま埋没する可能性は――
≪何の光!?≫
≪これはタジマ粒子の連鎖反応…!?≫
≪退避ぃぃぃ!≫
あるはずがない。
一気に闇が消し飛ばされ、俺は初めてティタン・フロントラインの
不純物のない蒼が一面に広がる――タジマ粒子の空間だ。
情緒の欠片もねぇや。
メインカメラに激しいノイズが走り、レーダーは現在位置を喪失。
≪警告、タジマ粒子濃度異常上昇≫
≪退避推奨≫
アンダーパスより上には、粉々になったコンクリートやら鉄筋の燃え滓があるだけ。
ただ、機動要塞の影は空中になかった。
「ようこそ、戦場へ」
頭部のカメラを守るバイザーが開かれ、赤い眼光が俺を睨む。
灰色の大地に落ちた機動要塞は青い光輪を纏っていなかった。
相棒が地を蹴る――ナガサワの砲口が上がる。
右腕に異常振動、ライフルの照準が踊る。
彼我の距離は突撃も回避も間に合わない。
だから、どうした。
≪Vさん、おまたせ!≫
天使の一声!
ナガサワの長い砲身を一筋の光線が貫き、生み出される強烈な輝き。
「待ってました!」
トリガーを引き、ライフルの砲口からHEAT弾が飛び出す。
勘だけを頼りに修正したフルオート射撃。
12発のHEAT弾が描く軌跡は、機動要塞の大型スラスターに吸い込まれていく。
発火――左脚部の大型スラスターが青白い炎を噴き出した。
今度こそ重量過多の機体は大地に縛り付けられる。
≪右腕武器、残弾無し≫
≪機体損傷、回避推奨≫
突き進む相棒の装甲を弾けたタジマ粒子が焦がす。
機動要塞が右脚部のスラスターを噴射し、地面を削りながら旋回する。
灰を被った4連装キャノンの砲口が真円を描いた。
「上等!」
ペダルを蹴った瞬間、砲口が紅蓮に輝く。
眼下、巻き上げた燃え滓を大口径の散弾が吹き散らす。
ようやく、空飛ぶ武器庫を見下ろせるぜ。
≪エネルギー残30%≫
スラスターをカット、慣性任せの自由落下。
エネルギーを左腕に供給し、光の剣を形作る。
俺を見上げる眼が鋭く細められ――背部の大型ユニットが動く。
展開する2本のサブアームは、多脚戦車と全く同じ形状。
「それは――」
高速で突き出されるレーザーダガーの狙いは、コクピット一点張り!
「もう見た!」
横合いから薙ぎ払えば、枝を刈るように飛ぶ。
半身を回した勢いに任せて、こっちもライフルもプレゼントしてやる。
右腕から離れるライフル本体――機動要塞の胸部で小爆発。
ライフルが粉々に粉砕され、抜けてきた散弾が装甲で火花を散らす。
仕込みにも限度があるだろ、おい!
「いい加減にっ」
4連装キャノンを踏みつけ、装甲の剥離した胸部にレーザーブレードを突き込む。
≪左腕武器、異常加熱≫
出力が落ちるなら、より深く突き立てる!
「墜ちろ!」
無数の火花が飛び散り、青白い閃光がメインカメラを焼く。
そして――赤い眼光が消える。
二度と機動要塞が浮き上がることはなかった。
雪のように灰が降り積もり、砲声が遥か遠くから聞こえる。
「ふぅ……」
額を拭おうとしてヘルメットに手が当たる。
コクピットを反響する警告音は鳴り止む気配がない。
許せ、相棒。
≪勝ったの…?≫
「はい、やりました」
先生からの問いに、清々しい気分で答える。
≪よっしゃぁぁ!≫
≪世界最速撃破だぜ!≫
≪誰か掘り起こしてくれ……俺も見たい≫
≪待ってろ、今行く≫
機動要塞撃破に湧くヘルパーさん一行に便乗する元気はなかった。
さすがに目と脳の酷使が過ぎたぜ。
頭は割れるように痛いし、目を動かすのが億劫だった。
「…時間切れかぁ」
そして、何よりアルジェント・メディウムには
夕焼けを思わせる紅蓮の光が地平線で存在感を増している。
あの一撃が別のフィールドを狙っている可能性は――無いな。
根拠はないけど、俺の開花した第6感が囁くのさ。
多分、当たる。
≪ごめんね、Vさん≫
左腕を失った先生の愛機が、一歩一歩確かめるように歩いてくる。
コバルトブルーの装甲は無傷な面がなく、レーザーライフルだけが機能を失っていない。
その判断のおかげで俺たちは勝てた。
「謝ることないですよ、先生」
勝利の立役者には笑っていてほしい。
たとえ、これから理不尽な敗北が降り注ぐとしても。
「今日も楽しかったです」
≪楽しかった、か……うん、そうだね≫
そうとも。
今日も白熱のロボットバトルを、ティタン・フロントラインを全力で楽しめた。
文句のつけようがない最高のお祭り騒ぎだった。
「……覚えてろよ、アルジェント・メディウム」
それはそれとして、リベンジマッチまで首を洗って待ってろよ。
俺は諦めが悪い男だぜ。
≪覚えておこう≫
「は?」
突如、通信に割り込む謎の声。
反応できない俺を余所に、地平線で太陽が爆発した。
タジマ粒子の輝きが荒野を両断し、ぼろぼろの放棄都市まで一直線に迫る。
「ちょっおま――」
ようやく反応した時には、時すでに遅し。
俺は死んだ。
◆
第二の太陽が生まれ、衝撃波が荒野を駆け抜ける。
それは戦場に背を向けたプレイヤーたちの背中を強かに打つ。
≪第2射が落ちたぞ…!≫
≪ありゃDフィールドの方角か≫
地平線より射す朱色の光に照らされる無数のティタン。
無傷の機体は存在しない。
焼けた装甲には弾痕や裂傷が刻まれ、当然のように四肢が欠損している。
刀折れ矢尽き、誰もが満身創痍だった。
≪なんとか赤字は免れたかなぁ≫
≪撃破報酬、どうなるのかね?≫
≪防衛失敗だから出ないんじゃない?≫
≪とっととずらかるぞ、お前ら≫
素体再生センターの世話にだけはなるまいとプレイヤーたちは戦場から離脱していく。
地方都市B17の放棄が覆ることはない。
≪アルジェント・メディウム、このままだとセントラルまで来ないか?≫
≪もう誰も止められんよ≫
≪ストーリーイベントがサービス終了の引金とか笑えんぞ≫
≪世に銀蓮の祝福と安寧を……か≫
戦線後方に位置する空中強襲旅団シルバーピアサーズの野戦駐機場を飛び越えていく鋼の巨人たち。
黒煙を引く機体が低空を通過し、撤収作業を進める団員たちに砂塵を浴びせる。
その光景をスカイブルーの曇なき瞳が映していた。
「ゾエ様」
名前を呼ばれた少女は、傍らの
人形めいた無表情から冷たい印象を受けるが、その瞳には他者を思い遣る光が宿っていた。
深入りはしないと語った傭兵の本質を少女は信頼している。
「まだVとアルビナが戻っていません」
信頼しているからこそ、包み隠さず心配事を口にした。
少女は――ゾエは待っている。
送り出したヒーローと助け出されたヒロインの帰還を。
頭の上や防塵ゴーグルには砂が積り、ここで過ごした時間を物語っている。
「まだ旅団長は帰還してないの?」
「MIAだよ、MIA!」
彼女たちの背後を行き交う団員の間で不吉な言葉が飛び交う。
空中強襲旅団シルバーピアサーズは旅団長含む第一次攻撃隊は未だに帰還していない。
そもそも上位クランの多くが音信不通という前代未聞の事態だ。
「お二人なら大丈夫です」
静かに膝を突き、ゾエと目線を合わせたアルは断言する。
気休めではない。
かつて上位クラン、逆叉座に所属していた1人だからこそ彼の実力を正しく理解している。
無人兵器如きでは殺せまい。
身も蓋もないことを言えば、素体再生センターでリスポーンできる。
「行きましょう。ヘイズが待っています」
無敵の人よりもゾエの安全確保が最優先だ。
既にヘイズとJ・Bはセントラルまでのチケットを確保したと連絡があった。
遠隔操作システム、ゴーストは分解して小型コンテナに収納済。
24機のノーヘッドを撃破する大金星を挙げたダンはフランベを連れ、地方都市B17へ向かっている。
残すところは、ゾエの退避だけだ。
「…分かりました」
聡い少女は当然、理解している。
ヘイズから連絡を受けても、気を利かせたアルが口を噤んでいたことも。
長い黒髪に絡まった砂を払い、防塵ゴーグルを着けたゾエは気持ちを切り替える。
「Vより先にリベンジマッチの準備です!」
揺り籠から少女を連れ出した
「ええ、V様を驚かせましょう」
屈託のないゾエの笑みに釣られ、アルもまた口元を緩めた。
2人は踵を返し、砂塵の降り注ぐ野戦駐機場を後にする。
地方都市B17の防衛は失敗した。
敗北という結果は多くのプレイヤーに影を落とすが、彼女たちは例外に思われた。
「あなたは――」
不意に足を止め、ゾエは第二の太陽を見つめる。
スカイブルーの瞳に紅蓮が映り込み、蒼を焼き尽くす。
「何に苛立っているのですか?」
問いかけに
刻まれた足跡を赤い砂が飲み込んでいく。
やったか!?(やってない)