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「ふっ、ふっ、ふっ……」
冷たい空気と風が流れ、登りたての日の光が差し掛かる住宅街の道路。
その端を、一人の男が走っていた。
時刻は5時50分。即ち、早朝。
この世界に生まれ変わり、早くも高校三年生までの年月を経過していた小日向龍兎は、今日も今日とて日課のジョギングに勤しんでいた。
この世界に転生し、小日向龍兎としての生を受けてから数十年。
彼は、物心付いた時からトレーニングをし始めていた。
(こんなのは、気休め程度にしかならないが…でも、体力は作っておいて損は無いだろ。)
それは決して、誰かに褒められたいからではない。誰かに持て囃されたいからでもない。
ただ―――生きたいから。無力でいたくないから。それだけの事であり、そうなりたくないが為に、彼は鍛えているのである。
この世界には、ノイズと呼ばれる正体不明の怪物が存在する。
ノイズは突如として現れ、そしてその周囲を無差別で襲うある種の怪人であるが、その強さは仮面ライダーに登場する怪人とは次元が違う。
動きこそ単純ではあるものの、しかし触れてしまえば一瞬にして物質を自分ごと塵にしてしまうという局所的な攻撃力を持っている。
更には通常兵器が全く効かないという防御力すら持ち合わせている。故に、この世界においてノイズとは危険極まりない存在であり、同時に人類の天敵でもある。
そんなノイズを前にしてみれば、体力が有るか無いかやら、筋肉が有るか無いかなど実に些細な事だ。安心材料になるかどうかすらも怪しい。
だが、やるに越した事はないのも事実。何より、体力は無いよりも有る方が断然良い事に変わりないのだ。
(仮面ライダーは総じてスペックが高い。ベストマッチじゃなくて、トライアルフォームでハザードなのは救いではある…とは言え、人間にとって脅威なのも確かなんだよなぁ…)
仮面ライダーのスペックは其々のフォームによって変わるというのは、周知の事実だろう。
だが、ビルドのスペック変化の数は、従来の仮面ライダーを大きく上回っている。
ビルドの世界観には、『ベストマッチフォーム』という概念が登場している。
ベストマッチと呼ばれるフルボトルを組み合わせて変身した形態の名称であり、その名前通り“相性が良い”組み合せである為、純粋な戦闘能力はトライアルフォームに勝る。
ちなみにトライアルフォームとは、ベストマッチ以外の組み合せによって変身した形態の名称である。
だが、トライアルフォームがベストマッチの下位互換という訳ではないし、そもそもの前提として『ハザードフォーム』という強化フォームが付属している。
元も子もない事を言ってしまえば、仮面ライダーのスペックは一貫して誰を相手にしても脅威的な数値である。
それが常に強化フォーム、しかも作中一度も完全に制御する事が出来なかった暴走という危険性を秘めた力まで付いているのだ。
だが、トライアルフォームはベストマッチフォームよりもスペックが落ちている。
作中で猛威を振るったハザードフォームは、総じてベストマッチフォームのものだった。
本当に、多少の気休めでしかないが、そのお陰で絶望にはなっていない。
(それに、『シンフォギア』もある訳だし…オーバーフローしても、多分大丈夫だろ。いや、しない方が良いのは確かなんだが…)
「って、もう家じゃねぇか。」
思い、悩みながら走っている内に、意識の半分が思考に振り分けられていた内に、龍兎は既に自宅の玄関前に立っていた。
腕に付けた時計を見て、現在の時刻を確認する。
短針は6を指し、長針は7を指している。つまり、現在の時刻は6時35分。
高校生である彼にとって、その時間は―――
「余裕だな。」
全然、余裕の範囲内だった。
ふぅ…と、息を整える様に短く吐いて、ドアの取手を掴み、後ろへと引いて開く。
ガチャ、と鳴るドアの音。そして、開くと共に玄関から放たれる嗅ぎ慣れた我が家の匂いと、リビングから香る空腹を刺激する良い匂いの、剃り合わない二つが龍兎の鼻を刺す。
履いていた靴を乱雑に脱ぎ捨てて、駆け足で廊下を走り抜けてリビングへの扉を開き、
「ただいま!」
と、朝から出す声とは思えない程の大きな声を出した。
「おかえり、龍兎。ご飯出来てるよ」
「おかえり。朝から元気だな、龍兎。」
「おかえり、兄さん。」
帰って来た彼を出迎えるのは、三人の家族。
台所で料理をしながら、柔らかく笑って出迎える母親。
テーブルで娘と朝食を食べながら、元気な息子に笑顔になる父親。
父親と朝食を食べながら、元気に帰って来た兄に優しい笑みを浮かべる実妹。
この世界における、彼の大切な家族である。
「ただいま。って、ただいまって言う前に、まずはおはようか。」
「そうだよー。兄さん、何も言わずに行っちゃうんだもん。」
「仕方ないだろー? 態々起こす訳にもいかないし。てか、起こされたくないだろ?」
「良いよ、兄さんなら。…そうしてくれないと、ちょっと…怖いから。」
「…? なんか言ったか?」
未来が暗い顔をして、小さく呟いていた中、しかし当の本人は美味しそうに朝食にありついていた。
その所為もあって、彼女の言葉は一切耳に入っていなかった。食欲とは、全く凄まじいものである。
「ふふっ」
頬に米が付いたその顔を見て、つい軽く吹き出してしまう。
先の空気が、言葉が、まるで馬鹿らしいと思えてしまう。
全く…これだから、この兄は。
「な、なんだよ…急に笑いだして。」
「なーにんも!」
朝から。
今日も、小日向家は幸せだった。
そして、それが小日向龍兎にとっての最後の幸せである事など、当然誰も知らなかった。
□ □
「……よし。」
場所はツヴァイライブの開催場。その間近となる場所。
今日、この時間―――主人公であり、彼にとって大切な妹分である立花響にとって大きな人生の分岐路が生まれる。
ノイズの発生と襲撃―――それに伴う、天羽奏の死亡。
結果的に、天羽奏のお陰で立花響は生き永らえる事が出来た訳ではあるが、その後は状況的な誤解による差別が待っていた。
今回、彼が行うのは―――
「天羽奏の救助。そして、響にヘイトが向かわない様にする事―――」
それ即ち、自分自身にヘイトを向かわせる事。
ハザードフォームに変身した自分にヘイトを向けさせる事で、立花響と天羽奏にヘイトが向かわない様に仕向ける事。
それこそが、今回の目的だった。
「普通のビルドなら兎も角…ハザードフォームなら、実に悪役らしいしな。」
乾いた笑みを浮かべながら、しかし緊張を忘れずに、懐からソレを取り出す。
『ビルドドライバー』―――仮面ライダービルドに変身する為に必要不可欠な、命と言っても過言ではない代物だ。
ボトルが何個有っても、前提としてビルドドライバーが無ければ何も出来ない。
つまり、ビルドドライバーがあってこそ、仮面ライダービルドに成れるという訳だ。
「…腹括れよ、俺。こっからは、もう後戻り出来ないんだからな…!」
此処での出来事を無かった事には出来ない。
見過ごすなんて以ての他だ。大切な妹分と、好きなキャラクターを見殺しに出来る程、彼の心は冷たくない。
「…耐えろよ、意識。」
暴走しない様に、覚悟を決める。頑なな決意を固め込む。
そして、ドライバーに挿し込まれた赤色の危険物――――――『ハザードトリガー』のボタンを、親指で押し込んだ。
『ハザードオン!』
危険の引き金。危険の始まり。
ブーン、と、まるで異常事態を報せる時の様な重低音と共に、危険とは無縁の様な音楽が奏でられる。
だが、それは最も恐ろしい最悪の兵器。
仮面ライダービルドという作品において、最も冷酷かつ残酷な―――最強の殺人兵器。
そして、変身する為に必要な二つのボトルを取り出し、その全貌を顕にする。
龍の顔が象られた青いボトルと、兎の顔が象られた赤いボトル。
その二つを握り締め、勢いよく縦に振るう。
そして、その二つをドライバーの凹みへと其々はめ込んでいく。
『ラビット!』
『ドラゴン!』
「…まぁ、そりゃベストマッチしないか。戦兎だからベストマッチした訳だしな。」
仮面ライダービルドの変身者である桐生戦兎が、最終回においてラビットフルボトルとドラゴンフルボトルを組み合わせた事で、本来ならベストマッチしない筈の二組がベストマッチを引き起こした。
だが、それは桐生戦兎の強い想いがあってこそ引き起こされた奇跡。
故に、彼以外の者が組み合わせたところで、ベストマッチする事は絶対にない。確実に、ない。
だが―――今回は、それとは別のモノがある…!
ハザードトリガーという、引き金が有る。
「行くぞ…」
レバーへと手を伸ばし―――その肉体を、危険の泥沼へと投げ込む。
『ドンテンカン! ドーンテンカン! ドンテンカン! ドーンテンカン!』
『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』
漆黒色の、分厚い金庫の様な物が前後に現れる。
それはある種の檻にして、地獄へ向かう為の重たい扉。
彼の覚悟を問う―――番人となる物。
『Are you Ready?』
「とっくにしてるさ―――変身。」
重厚な漆黒の扉が―――彼を、挟み込んだ。
それは僅かな時間。数秒程度に満ちるだけの時間だけの審判の時。
黒煙が溢れ、扉が離れ、開けられ、消えていく。
青色の目と赤色の目を持った、漆黒の戦士が―――其処には立っていた。
『Uncontrol Switch! Black Hazard!』
『ヤベェェェイッ!』
仮面ライダービルド―――ラビットドラゴンハザードフォームの登場である。