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『ピコーン、ピコーン』
オレンジ色の物体は、そんな玩具の様な巫山戯た音を発生させながら会場を破壊していく。
ノイズ―――人類の天敵。通常の兵器が一切効かず、少しでも触れられてしまえば塵と化して殺されてしまうという、最悪の相手。
そんな敵を一人、天羽奏は相手にして立ち回っていた。
「くそっ…! 思ったより数が多いぞ!」
彼女が纏うシンフォギア『ガングニール』の武器である槍を薙ぎ払い、近付くノイズを次々と倒してはいるものの。
しかし、そうはしてもノイズの数は一項に減らない。それどころか、増えているとさえ思える。
それは、彼女にとって最悪の事態だった。
(くそっ…! このままじゃ、あの子を助けられない…!)
彼女の後ろには、ガングニールの破片が突き刺さって重症を追ってしまった逃げ遅れ―――もとい、立花響が居る。
このままでは、自分諸共、逃げ遅れた彼女すら巻き込んで殺されてしまう。
(でも…『絶唱』を使えば、彼女を助けられる…)
例え、自分が死ぬ事になったとしても―――彼女だけは、助けられる。
けれど。だけれど。だけれども。
『彼』は、それを許さない。それをさせない為に、此処に来た。
「―――」
パァン―――と。突如として、目の前のノイズの肉体が、粉々に砕け散った。
「え…」
漆黒の背中が、彼女の目に映った。
それは突如として現れ、ノイズを一撃で粉砕した。
信じられない光景だった。信じられる筈もない現実だった。
そう簡単に倒される事のないノイズが。
シンフォギアや聖遺物でなければ傷付ける事も叶わないノイズが。
そんなノイズが、たった一撃で粉砕されたのだ。
ただ拳を振り抜いただけで、殺されたのだ。
シンフォギアでもなければ聖遺物でもない何か。
いや、寧ろそれよりももっと恐ろしい何かを感じさせる存在が、目の前に立っている。
心の奥底に有るであろう無意識が、人間の理性の裏側に隠れる原始的な本能が、目の前に立つ存在が危険であると、力強く叫んでいる。
「……」
片方は深紅、片方は群青。とても特徴的な顔は、何処となく子供が好む正義のヒーローの様に見える。
だが―――その異質な雰囲気が、すぐにそれを打ち壊す。
その眼光が、やはり本能を刺激する。コイツは、危険であると。
「…」
だが、目の前のそれは彼女の本能を無視する様にノイズの方へと動き出した。
ただの一本。ただ一本、その黒い足を踏み出したというだけであるにも関わらず。
天羽奏には、その一步の地面を踏む音が、とても大きく、重たいものに聞こえた。
そして、死神が歩んでいる様にも―――錯覚した。
「…」
漆黒の戦士へと群がる雑音の化身。その一体が、その太い腕を戦士へと伸ばす。
が―――
ブォンッ! と。疾風が息吹いた次の瞬間、先と同じ様に、ノイズの体が粉微塵に消し飛ばされた。
それが引き金となったのか、漆黒の戦士は次の標的へと狙いを定め、素早く地を駆ける。
詰めは一瞬。僅か数秒に満ちる刹那の瞬間で、戦士は既に多数のノイズの眼前まで距離を詰めると共に、拳を振り抜いていた。
ヒュンッ、と。黒い拳が空を切り裂き、疾風を吹かすと共に雑音の化身を綺麗に貫く。
砕け散る。が、攻撃は止まない。
右足を振り上げ、左足を釘の様に固く地面に打ち付けて軸とし、そのまま大きく旋回する。
漆黒の暴風が雄叫びを上げる。漆黒の刃が、恐ろしい速度で回転しながら周囲の雑音を斬り伏せ、纏めて消し飛ばす。
まるで豆腐の様に斬り刻まれて、宙に舞う雑音達。その姿は実に滑稽で、そしてとても愉快なものだった。
人々を消す存在が逆に消し飛ばされている。
街を壊す存在が逆に殲滅の限りを受けている。
何と滑稽で、何と愉快で。そして、憐れな事だろうか。
だが、戦士はそんな事など知らぬのだろう。
「…」
時間にして、約三分。その僅かな時間で、その周囲に群がっていたノイズは全てが消え去った。
たった一人の戦士が、数十もの天敵を打ち倒したのだ。
漆黒の戦士は、その現実を直視して呆然としている天羽奏の方を振り返る。
紅い視線と蒼い視線が、呆然としている天羽奏の体を貫き―――彼女の意識を叩き落とした。
「!」
彼女はすぐに体勢を立て直し、ガングニールの槍を振るい全ての瓦礫を吹き飛ばし、倒れ伏す響を抱き上げて直ぐに駆け出した。
感謝の一つも言わぬその行動は、しかし責められる様な事ではない。
何せ、本能が危険だと叫ぶ程の相手なのだから。
彼女はすぐに相方である風鳴翼の方へと赴き、彼女と共に響を病院へと送り届けようと颯爽と駆けて行った。
「…」
戦士はじっと、彼女達の背中を見詰めている。
もう見る必要が無い筈の背中を、じっと見詰めている。
「……………………」
ハザード・トリガーを使用して変身するハザード・フォームは、原作においてたった一度も克服された事がない。
フルフルラビットタンクボトルという中和剤を投入する新アイテムを桐生戦兎が開発した事で制御が出来る様になったものの、ハザード・トリガー単体での制御は一度も叶っていない。
時間が経てば経つ程に強化剤が脳に浸透され、変身者は意識が途切れ暴走する。
ハザード・トリガーに搭載されている機能の一つである強化状態移行システム『オーバーフローモード』へと突入し、ハザードレベルを上昇させて味方すら恐怖を抱く戦闘能力を発揮させる。
目に映る者全てを破壊するまで止まらない、冷酷な殺人人形へと変貌を遂げるのだ。
彼等は、その物語の副題をこう呼んだ。
―――ハザードは、止まらない。
「……」
さて、ここからが本題だ。
小日向龍兎は確かに転生者だ。神からその力を授けられた人間だ。
だが―――彼のハザードレベルが元から高かったのかと問われれば、そうではない。
彼はビルドの世界の住人ではない。戦いとも無縁の世界で生きていた普通の一般人だ。
そんな彼が扱うのはハザードフォーム。ハザードレベルを上昇させて自身を強化する、ある意味で自滅の力と呼ぶに相応しい代物だ。
桐生戦兎は元よりハザードレベルが高く、戦闘経験もそれなりに有った訳だが。
だが、彼はそうではない。彼は元より普通の一般人だ。
そうなると、必然的に―――彼の意識が飲み込まれる時間は、桐生戦兎よりも早いという事になるのではないだろうか。
いや、そうでなかったとしても。
そもそもの開発者である本人すら完全に制御出来なかった代物を、ただの他人が暴走せずに扱えるだろうか?
否。それは断じて違う。
現実は―――甘くない。
「…………」
二つの眼光は既に彼女達を見失っている。
同時に、本人である彼もまた意識を失っている。
其処には戦士以外に誰も居ない。
ただの静寂が、一人で立っているだけだった。
「突如現れて、ノイズをいとも簡単に葬るなんて…得体の知れない怪物ね。」
が、一人の敵がそれを破った。終わりの音の名を持つ女が、現れてしまった。
誰もが思う―――馬鹿か彼奴は、と。
『マックス・ハザードオン!』
「なに…!?」
それが声を発した瞬間、戦士は引鉄を再び押して瞬速で敵の眼前へと距離を詰める。
ブンッ! と。
常人には見切る事どころか捉える事も出来ない程の速度を持った死神の鎌の如き拳が振り抜かれる。
本能による直感。それが奇跡を掴み取り、体を横へと回転させる事で、何とかその拳を回避する。
だが―――それだけでは終わらなかった。
「がっ…!?」
振り抜かれた右腕は空振りで終わったが、しかし空いた左腕はガシッ、と力強く敵の細い首を鷲掴みにした。
『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』
『Ready Go!』
『オーバーフロー!……ヤベーイッ!』
ハザードが、始まった。