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オーバーフロー。それは現代的には『あふれる』という意味を持ち、様々な場所で使われている。
水まわりで言えば、水があふれてしまうのを防ぐために、上端よりもわずかに下がった部分に排水口を付ける。この排水口のことをオーバーフローと呼ぶ。
コンピュータの演算において数値型が表現可能な値の上限を超えること、およびそれによって発生したエラーを算術オーバーフローと呼ぶ。
だが、これから解説する『オーバーフロー』は―――ハザードトリガーに備わった、最悪にして最凶のシステムの事だ。
ハザードフォームに変身した後に再びハザードトリガーのボタンを押す事で、さらなる強化状態『オーバーフローモード』へと移行する事が出来るシステム。
それは一時的にハザードレベルを上昇させる事により、敵はおろか味方すらも恐怖を感じる程の圧倒的な戦闘能力を発揮する事が出来る代物だが、同時に暴走状態である事を示している。
冷徹な殺人機械。効率的な数で攻撃を放ち、効果的な部位にのみ攻撃を打ち込み、殺す為に必要な回数だけ攻撃する合理的な機械と化す危険極まりない代物でもある。
事実、桐生戦兎はそのオーバーフローモードを使用して一度だが殺人を犯しているし、過去に猿渡一海を殺す寸前の所まで行った。最後の最後まで、彼はハザードフォームを単体では制御する事が出来なかったのだ。
その恐怖を、今―――一人のラスボスが、味わっていた。
「――――――」
「っは、こ―――」
みしみし…と、漆黒の腕によって力強く握り締められている女の細い首の骨が、軋んで小さな悲鳴を上げている。
呼吸は詰まり、言葉は発せず。そして体は動かせず、抵抗しようとも漆黒の機械は一寸足りとも揺れる事はなく、首を締め続けている。
ただ静かに処刑されるだけの苦痛を、静寂のままに少しずつ消えていく命の灯火を、彼女は眺めていた。
シンフォギアとは違い、そしてノイズとも全く違う異次元の存在。今まで見た事のない正体不明の戦士。
現在進行系で―――フィーネという巫女を、物語の鍵なる人物を殺そうとしている者。
だが、今は未だ櫻井了子だ。フィーネではなく、「櫻井了子」という一人の人間として振る舞っている。
故に―――
「了子君!」
仲間が助けに来てくれる。『大人』の友人が、助けに来てくれるのだ。
紅蓮の髪、怪力無双であると確信出来る強靱な肉体を持った大男――――――特異災害対策機動部二課の司令官「風鳴弦十郎」である。
弦十郎はその巨体に備わった剛腕を振り翳し、巨体に似合わぬ俊敏な動きで構えを取って漆黒の戦士の背後を取った。
戦士の左腕は彼女の首を捕えたままだ。何よりも、当の本人は背後から拳を振り下ろす獅子の如き男に対して振り向く事すらしていない。
風鳴弦十郎が振り抜いた拳は戦士の後頭部を捕え、脳震盪を引き起こして気絶させる――――――
もしもその場に彼を知る人間が居たのならば、きっと誰もがそう思った事だろう。
だが、現実はそうではなかった。
「がッ―――――――――……………!?」
振り抜かれた彼の瞬速の拳は、しかし戦士の後頭部を捉える事はなく、空振りで終わった。
まるで最初から、この展開を読んでいたかの如く精密に、戦士は僅かに自分の首を傾ける事でそれを躱し、逆に彼の顔面へと右腕を振るって強力なカウンターを放ったのだ。
瞬速を越えた速度で放たれた手甲によるカウンターは、彼の顔面を完全に捉えた。そして、衝撃を伴って風鳴弦十郎は呆気なく吹き飛ばされた。
(くっ、なんて強い一撃だ…! 少なくとも、人間の出せる威力ではないな…!)
だが、彼は武人だ。武術を扱う者であるが故に、受け身の取り方も無論の事、心得ている。
吹き飛ばされながらも、しかし地面に足を付け、地面に突き刺す勢いで力を込めて踏ん張り、強引に留まる。
「……」
戦士は自分の攻撃に耐えた弦十郎へと視線を移し、
「な――――――」
腰を回し、右足を後ろへと踏み込んで軸とし、体を回転させて勢いをつけ、左腕で掴んでいた櫻井了子をまるで野球ボールを投げる様な形で弦十郎の方へと投げ捨てた。
投げ捨てられた彼女も、そしてそれを目の当たりにした彼も―――絶句。人を投げるなど、それはもはや人間が行う戦い方ではない。
剛速で投げられた彼女。それは普通に受け止めたとしても、互いに無事ではすまない。両者の負傷は、決して免れない。
避ける? 否、それは無理だ。絶対に無理だ。風鳴弦十郎に、そんな事が出来る訳もない。
「くっ…!」
体を僅かにずらし、高速で飛んでくる彼女の頭が自身の胸辺りを通った瞬間に、弦十郎は彼女の体を抱き締めて何とか受け止める。
だが、勢いが付いた人間の体を止める事は決して容易ではない。故に、再び彼は力強く踏ん張った。彼女の体を折らぬ様に、手加減をしながらも強くその場に踏ん張った。
勢いを足から地面へと逃し、完全に殺し切った後―――
「逃げるぞ、了子君!」
彼は人生で最も速く、その場から逃げ出し、壊れた街の中を駆け抜けた。
「……」
漆黒の戦士は、その後ろを追わなかった。