Hello Happy World! 作:ニッコりーな
こころは、父親がいつも見せてくれたとあるバンドのライブの映像が好きだった。ステキな音楽で、会場のみんなが笑顔になっていく、その光景がこころにとっての“夢そのもの”で。
毎朝毎晩欠かさずその映像を見た。夢のようなあの光景を、何度もその目に焼き付けた。
──BanG、Dream! ボーカルの言葉に合わせてこころはそう叫ぶ。こころは、特にこのフレーズがお気に入りだった。その言葉を口にするだけでどこからか勇気が湧いてきて、なんでも出来るような気持ちになる。
それほどまでに彼女はそのライブ映像が好き“だった”。そう、好きだった。
ある日、そのライブを記録したカセットが動かなくなってしまいこころが愛したライブのデータは跡形もなく消えてしまったのだ。こころが愛したライブは、もう二度と見ることのできないものとなってしまった。
こころは記憶の中で、なんどもあの光景を思い出そうとした。聴いているだけで胸が弾むようなメロディも、ピカピカと照らされる赤い星のギターも、観客たちの眩しい笑顔も。
まるで永遠みたいに感じたあの瞬間を、何度も思い出そうとした。
でも、思い出せないのだ。あのライブを、頭が思い出させてくれないのだ。だからこそこころはあの赤い星のギターと永遠の幻にひどく焦がれていた。
──BanG Dream!
時の流れは残酷だ。あの日の記憶の破片すら思い出せなくなってしまったこころだが、そのフレーズだけは彼女に深く刻まれていて。
その言葉が、いつもこころを勇気づけてくれた。その言葉が、いつもこころを笑顔にしてくれた。
……そう。あたしもそんな風に、誰かを笑顔にできる人になりたかったの。
〜☆〜
花咲川高校に、こころの居場所はない。こころから見えるクラスの空気は、暗く澱んでいて、胸がギュッと苦しくなる。
用なんてないのに、誰とも目を合わせたくなくてついトイレに逃げ込んでしまう。こころは、こんな自分が嫌だった。それでも、この小さな空間だけがこころの救いだった。
──弦巻さんってなんか絡み辛いよねー。
──わかるー。なんか生きる世界が違うっていうか。
──てか、お嬢様が花咲川って、おかしくない? 別に月ノ森とか羽丘でいいじゃん。
──ああ、もしかして私たちを見下してる? みたいな?
──ちょっと、声でかくない?
──え、ヤバ! うちら弦巻家に消されちゃうじゃん!
そんな時、扉越しに聞こえる心無い声。おそらく、クラスメイトだろうか。その言葉は、こころの胸に深く突き刺さり、ナイフのように彼女を抉る。
「……そんなこと、するわけないじゃない」
こころは、とあるお嬢様学校から逃げるように花咲川に進学した。その理由は、どうしても周りの空気に馴染めなかったから。
数年前までのこころはとても天真爛漫な性格をしていたと思う。だが、それが仇となった。世界を笑顔にしたいと言う夢想も、彼女の太陽のような笑顔も、その全てが仇となった。
そんな自分を変えたかった。世界を笑顔にできるようなヒーローに生まれ変わりたかった。
でも、結果はこの有様。きっと、あたしには無理だったのね。落ち込むこころだが、時間はそんなこころに寄り添うこともなく過ぎていく。
「──BanG、Dream」
授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。こころは今日もこの言葉を纏って、一日を生き抜くのだ。
〜☆〜
──In the name of BanG_Dream!
放課後の中庭。誰もいない日陰で、こころはひとり口ずさんでいた。
いつも自分に勇気をくれる歌を。いつも自分に笑顔をくれる歌を。その歌を口ずさむだけで、少し気持ちが楽になるから。
そろそろ、帰りましょう。こころが立ち上がった瞬間、見慣れない水色の髪がこころの視界に入ってくる。
「ステキな歌だね」
「……えっ」
「盗み聞きしちゃったみたいで、ごめんね。でも、すごくステキな歌だなって思って。あなたさえよければ、曲名、教えて欲しいな」
水色の髪の少女は、にこりと笑ってそう言った。あまりに突然の出来事にこころの頭は真っ白になる。
どうにかして言葉を紡がなきゃ、どうにかして質問に答えなきゃ。振り絞るように、こころはこう答える。
「ごめんなさい。あたしは、この曲の名前を知らないの」
すると、水色の髪の少女はそうなの? と首を傾げる。こころはコクリと頷くと、自身を自嘲するように笑う。
「変、よね。好きな曲なのに名前を知らないなんて」
「……ううん、そんなことないよ。名前はわからなくても、その曲はあなたにとって大切な歌なんだね」
想像していたものと違う返事に、こころは目を丸くする。それと同時に、たくさんのものが奥底から込み上げてきて。
「ええ、ええ! この曲は、あたしに勇気と笑顔をくれる、大切な曲なの。あたしは、この曲みたいになりたい。あの赤い星みたいに輝くヒーローに、あたしはなりたい! あたしは、世界を笑顔にしたいのっ!」
まるで太陽を浴びたひまわりのように、笑い、自身の夢を語るこころ。少女は、そんなこころを優しい目で見つめていて。
「ご、ごめんなさい。いきなり変なこと言って、びっくりさせちゃったわよね」
「……ねえ。良かったら、あなたの名前を教えて?」
「え? あ、あたしは弦巻こころ……、って名前……よ?」
「こころちゃん、ステキな名前だね。私は、松原花音って言うんだ」
水色の髪の少女……改め、花音は自身の名前を名乗ると、こころの目をまっすぐ見つめる。その瞳は、真っ直ぐに彼女をとらえ、離そうとしない。
こころちゃん、花音はそう口にすると、目の前の笑顔を忘れた
「私が、あなたの勇気になってあげる」
基本的に不定期更新になる予定です。これから始まるこころたちの物語を温かく見守っていただければ嬉しいです!